ARMORED CORE for Bidden【ACfb】アーマード・コア4   作:あきてくと

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Break The White Lance 〜BFF本社襲撃〜

 傾きかけた北大西洋の太陽は金色に輝き、辺り一帯の空と海を黄金色に染め上げる。低く垂れ込めた積乱雲の隙間からは、天使でも降臨しそうな光芒が幾つも差し降ろしては海面を煌めかせた。

 

 大気中に舞う水滴に太陽光が乱反射して起こる薄明光線現象は、その神々しさから古より『天使の階段』や『ヤコブの梯子』などと呼ばれてきた。俺は子供の頃に『レンブラント光線』と、誰かから教わった記憶があった。

 

 俺の進行方向上には、幻想的な光の柱が無数に立ち上る。しかし、マッハ2近い速度で洋上を飛ぶ俺には、その雄大な景色を楽しむ余裕は微塵もない。少しでも気を抜けばネクストが制御不能になり、海の藻屑となった後に、俺自身が天使の階段を昇らなければいけなくなるからだ。

 

 現在、俺とネクストが素晴らしい速度を発揮できているのは、背中に取り付けられている拠点強襲用の大型追加ブースターのおかげだ。

 

 フィオナの父であり、ネクストの基本理論を完成させた奇才イェルネフェルト教授が生前に考案した装備であり、コロニー・アナトリアの技師が完成させた。ネクストを弾丸よろしく高速度で敵地まで飛ばして、迎撃を避けつつ敵拠点を強襲するための特殊装備だ。

 

 拠点強襲用追加ブースターなどと言うと聞こえはいいが、実際には、ただのロケットエンジンをネクストの背面に取り付けただけの代物でしかない。ほとんど直進する事しかできず、わずかでも進行ベクトルと出力ベクトルがズレれば、膨らませた風船が空気を解放して飛び回るがごとく、どこへすっ飛んでいくかわからない。

 

 おまけに、つくったはいいが使う機会がなかったため、倉庫の奥で埃をかぶっていた骨董品だ。俺はこの装置がいつ爆発するかと肝を冷やしていた。

 

 要するに、俺は現在、興味本位だけで作られた試作のロケットエンジンにネクストごとくくりつけられて、大西洋上の撃破目標に向けて、ぶっ飛ばされている最中だ。だがおがげで、強力な護衛艦隊の攻撃を受けることなく目標の船に接近できているのは事実だった。

 

 

 そんなものまで引っ張り出して請け負った今回の任務は、洋上のBFF本社機能を集約した大型船舶クイーンズランス破壊。それはつまり、BFFを潰すという意味だ。

 

 傭兵が企業を潰すことなど珍しいことではない。レイヴン時代ならば、それは日常茶飯事だ。しかし、今回ばかりは事情が違う。BFFはパックス6企業の1社であり、軍需産業をはじめ、エネルギーや食料など世界のあらゆる産業をGAと二分している。BFFを潰すということは、実質的には世界の半分を潰すということだ。

 

 BFFの本社機能が停止しても、現BFFの機能はGAが引継ぎ、実際的な影響はほとんどないだろう。しかし、それによるいざこざ(・・・・)は確実に起こる。

 

 俺が現役のレイヴンだったなら、こんな仕事は引き受けない。たしかに若いときにはずいぶんと無茶な仕事もしたが、ある程度実績を積んでからは比較的おとなしく仕事をしていた。ベテランレイヴン達から「戦う相手と程度を見誤るな」と口酸っぱく言い聞かされていたのもあるが、自分でもそれが正しいと思っていた。

 

 そのベテランレイヴン達からの助言は、世界の存続に関わるような大企業の仕事を受ける際は注意しろという意味だった。大企業との取引はハイリスクハイリターンだ。とくに超長期的なリスクに注意を配る必要がある。

 

 大企業の依頼で大きな戦果を挙げれば、それだけ対立企業の反感を買う。怨恨や復讐ならばまだかわいいほうだ。場合によっては、公に外を歩けなくなったり、レイヴンとして仕事ができなくなる恐れすらある。

 

 すべての権力がトレードオフの関係にあることを理解し、大局での力関係に敏感でなければ、いずれは身を滅ぼす。つまりは『仕事を続けたければ目立ちすぎるな』ということだ。これは上位のレイヴンなら誰もが知る暗黙のルールだった。

 

 仮に、俺がBFFを潰して、もしも世界がうまく回らなくなったとしたら、その責任はアナトリアが負わされる危険性さえある。GAの後ろ盾というものが、どれだけ信用に値しないかはこれまでの付き合いでよくわかっていた。

 

 ただ、アナトリアの指導者であるエミールが、どこまでそのことを理解しているかが疑問だ。口ではわかっているとは言うものの、ここから先はビジネスの延長では立ち回れない世界だぞ。

 

 エミールは何をしたい。コロニーを維持するだけなら、ここまで大きな仕事を請け負う必要などないはずだ。アナトリアの力を世界に誇示したいのか。それとも、かつて繁栄したイェルネフェルト教授の功績を、再び世界に知らしめたいのか。どこの世界でも、死ぬのは目立つ奴からと相場は決まっているものだ。

 

 

 

《まもなく敵艦隊主力に会敵。BFFのリンクス(No.8)王小龍(ワン・シャオロン)が指揮する第八艦隊よ。このまま速力で振り切りましょう》

 

 作戦領域外で待機しているオペレーターのフィオナから、通信で連絡指示が入る。フィオナからも、エミールを説得してもらうように頼んだが、それでもエミールの判断は変わらなかった。

 

《___待って! 敵艦隊前方にネクストを確認。BFFのNo.5(プロメシュース)です。敵は長距離ライフルを装備。撃墜されないように高度をとって》

 

 およそ3km離れた位置。広範囲に展開する敵艦隊の前方に、一隻だけ先行する船があった。その上には、しゃがんだ姿勢で長大なスナイパーライフルを構えるネクストがいた。

 

 俺はネクストのメインブースターの推力を使って、機首をわずかに持ち上げて上昇させた。機体がロックオンされたとの警告が発せられる。眼前やや下方に光点が瞬くと機体に軽い衝撃が走った。追加ブースターの後方下部に被弾し、破損したブースターだけ出力を低下させた。機体には微振動が発生し、さらに操縦がシビアになる。

 

《こちらBFFのメアリー・シェリー。いい的よ。あなた》こちらを狙撃したネクストから、自信満々の態度で通信が入る。

 

 続いて放たれた二射目は、約2km程先からの狙撃にもかかわらず、一射目とほぼ同じ場所に命中する。言うだけあって、大した腕だ。下部後方のブースターは機能を停止し、わずかに速度を落とした。推力バランスが崩れ、もはやネクストのメインブースターだけでは高度を維持できない。機体は何をしても機首を下げて降下し始める。

 

 俺は敵機めがけて機体を突進させる。ブースターが生きているうちに、こちらの射程まで接近しなければ、一方的に狙い撃ちされてしまうからだ。

 

《あらあら、玉砕覚悟の野良犬根性かしら。無様な男。死になさい》

 

 三射目はクイックブーストを使って辛くもかわす。しかし、無理な機動でバランスを崩し、機体は空気が抜けながら飛ぶ風船のごとく制御がきかなくなる。振り乱されながらも、必死で機体を立て直そうと操作するが、追加ブースターをパージしなければバランスを取り戻すことは不可能だ。

 

 俺の機体は、まだマッハ1以上を速度を保ったまま、無軌道に空中をのたうち回る。だが、そのおかげで狙撃されることなく、さらに敵機に接近できた。

 

 500mほどの距離まで近づいたところで推力を切り、タイミングを見計らって追加ブースターをパージする。大型の追加ブースターはバラバラになって、高速度を保ちながら敵機へ向かって散乱した。それは、言わばブースターの残骸を弾丸とした大質量の散弾銃だった。

 

 メアリー・シェリーがこちらの意図に気づいて、プロメシュースに回避行動を取らせるが、放射状に広がる無数の弾丸は回避は不可能だ。おまけに、身軽になって体勢を整えた俺は、敵機へ向かって飛んでいく残骸の中から燃料タンクを見つけ出すとライフルで撃ち抜く。

 

 爆発した燃料タンクの衝撃は敵機の視界と動きを封じ、残骸をさらに加速させプロメシュースを襲った。

 

 海面を叩く無数の金属片と爆発の衝撃で大きな水柱が上がるのを、後方カメラで確認した。俺はすでにオーバードブーストを起動させ、遥か先へと機体を進ませていた。

 

《予期せぬ攻撃に驚いたでしょうね。あの高飛車女は》フィオナが珍しく辛辣な言葉を放つ。敵パイロットの口ぶりに何かおもうところがあったのだろう。

 

 撃破はできなくとも、間違いなく甚大な損傷を与えたはずだ。追撃してくるのは難しいだろう。

 

 俺は金色に染まる海上を滑るように突き進んだ。眼前にはBFF自慢の主力第八艦隊が横に広く展開し、こちらの進撃を阻もうとしている。

 

 

     ◇ ◇ ◇

 

 

王小龍(ワン・シャオロン)指令官。敵ネクストを補足しました。艦隊左翼を迂回して突破を試みています》

 

「コジマ粒子弾を敵ネクストとその周辺に向けて発射。敵機がオーバードブーストを停止したら艦主砲およびミサイルを一斉斉射しろ。そして弾幕に紛れ込ませてターゲティングドローンを放て。同時に右翼艦隊は左翼へ移動。敵機を囲い込む」

 

 作戦中は、ストリクス・クアドロ( 愛機 )のコックピットから部下に指示を発令するのがいつものやり方だ。ネクストに乗っていた方が戦況を把握しやすいし、必要なときに移動も狙撃もできる。それに、齢のせいで身体が思うように動かなくなってきた。

 

 動きが遅い艦隊戦は常に状況を把握し、ニ手、三手を先読みしなければならない。戦況を把握しやすく、身体の不自由を意識しなくていいネクストのコックピットは、儂にとって最適なオペレーティングルームだった。

 

 このBFF第八艦隊は、対ネクスト戦を想定した海洋艦隊だ。全艦船には万全のコジマ汚染対策が施されている。とはいえ、実際にネクストの相手をしたことはない。これまでそのような事態などなかったのだから。

 

 そもそも、艦隊などいくら集めようがネクストの前では無力だ。艦船の速力はネクストよりも遥かに遅い。オーバードブーストを使われては、あっという間に突破されるか沈められてしまう。そのことは、ネクストのパイロットである儂が誰より知っている。そのための対策が、コジマ粒子弾によるコジマ粒子の高濃度散布だ。

 

 コジマ粒子は粒子同士が干渉すると、お互いの機能を相殺するように働く性質をもつ。よって、高濃度コジマ粒子下ではオーバードブーストやプライマルアーマーは使えなくなる。艦隊でネクストを相手にするには、まずコジマ粒子の散布し、敵の足を止め、包囲したうえで火力で叩くのが常套手段だ。

 

 ただ、この苦肉の策がどこまで通用するかな。国家解体戦争で8番目の戦果を挙げ、BFF作戦参謀役を務めるこの王小龍とはいえ、どんな手を使ったとしても、艦隊などでネクストを落とせるとは思っておらん。おまけに敵機は、元レイヴンだというアナトリアの傭兵だ。

 

 長い付き合いだったBFFは、間違いなく今日で終焉を迎えるだろう。ある程度は善戦を尽くすが、いざとなったら躊躇なく見限らせてもらうぞ。陰で陰謀屋などと揶揄されているのは知っているが、それが儂のやり方だ。企業もろとも命を捨てるなど願い下げだ。

 

「敵ネクストは、オーバードブーストを停止したぞ。全艦一斉斉射。ターゲティングドローンを発進。敵ネクストを補足したら、射撃管制AIに艦隊中央に誘導するように射撃をさせろ」部下達に指示を出す。

 

 艦船の射撃システムは簡易的な人工知能を用いている。そのため、現代の艦砲操作はTVゲームより簡単だ。ターゲットを設定すれば、波による揺れと地軸、重力や風向きを自動補正して勝手に当たる。

 

 さらにターゲティングドローンを目標上空に飛ばせば、ドローンがより正確な目標位置情報を送信して命中精度が飛躍的に向上する。

 

 敵機の左側を狙って射撃をすれば、右に回避するものだ。そして、ベテランパイロットほどより予測に忠実に動いてくれる。それらを応用すれば、ターゲットを射撃で誘導することも、撃破することも訳はない。実に、つまらん。

 

 敵ネクストがこちらの意図どおりに誘導されていくのを、直接視覚野に届けられる映像から確認していた。艦隊は包囲網を狭めつつあった。

 

 さあ、アナトリアの傭兵。この窮地をどう乗り越える。

 

 

     ◇ ◇ ◇

 

 

 艦砲射撃は正確だった。近接信管による爆発を大きめの機動で回避していたが、いつの間にか艦隊に包囲されていた。しかも、高濃度のコジマ粒子が散布されているため、オーバードブーストは使えない。まんまと戦術にはめられたようだ。

 

 こちらが動けば、移動しようとする方向に射撃され回避を余儀なくされる。しかも15隻全艦の砲撃が連動しているように途切れないため、ほぼ身動きがとれない。

 

 現在は360°から押し寄せてくる砲撃を、細かな機動で辛うじて回避していた。しかし、これでは撃破されるのは時間の問題だ。ネクストの能力を過信しすぎていた。敵の司令官は、艦隊戦とネクスト戦をよく理解している。

 

 砲撃はさらに精度を増し、直撃コースを飛んでくる。一発が胸部に直撃し、機体が大きく弾かれた。そこへ追い打ちのように全方位から砲弾が押し寄せてくる。俺はたまらず海中に逃げようとすると、すぐさま全方位から魚雷が押し寄せた。あわてて海面に出ると、再び砲撃が集中する。移動はおろか、上昇も下降もできない。まさに八方塞がりだ。

 

 《レイヴン! 攻撃を一カ所に集中して突破しましょう。このままじゃ撃破されるわ》

 

 「そんなことはわかっている」できないからこうしているんだ。高度神経接続(オーバーロード・フラッシング)で対処するか。それでも対応できるかどうかわからない。回避し続けるだけではこちらが根負けしてしまう。

 

 そのとき、フィオナが歓喜の声を上げた。

 

 《見つけたわレイヴン! 頭上に小さな機影を確認。たぶん、砲撃の誘導装置よ》

 

 ネクストのレーダーにその反応はなかった。小さすぎて探知できないのだろうか。「フィオナ、一瞬だけ高度神経接続(オーバーロード・フラッシング)を使う」

 

《了解》フィオナの遠隔操作で、ネクストとの神経接続レベルが切り替えられた。

 

 機体との神経接続レベルを上げた状態だと、敵艦隊の砲撃がどれだけ正確かがよくわかる。おそらく、これは人間の狙撃ではない。複数の砲弾の着弾タイミングを調整して、常に退路を塞ぐように射撃されている。すべての艦船の砲撃がわずかなズレもないほど緻密な連携によって行われていた。逃げ場がなければ、いくら精密に機体を操作できようとも回避は不可能だ。

 

 人工知能とはいえ、画像認識やレーダー、レーザーだけに頼った照準ではこれほど正確な射撃はできるはずがない。それを可能にしているのが頭上のドローンのようだ。俺の視覚は頭上に浮かぶ3つの点を捕らえ狙撃を試みる。

 

 点にしか見えない上空のドローンをここから狙撃するのは容易ではない。何発かライフルを放って、ようやく1機に当たったようだ。そのとたん、艦砲の命中精度が明らかに低下した。

 

 俺は砲弾の合間を縫いながら機体を上昇させた。2機目と3機目のドローンを捕らえ撃墜させると、艦隊の砲撃は威嚇射撃かと思うほど当たらなくなる。もはや、高度神経接続(オーバーロード・フラッシング)を解除しても回避は容易だった。

 

 

     ◇ ◇ ◇

 

 

 ターゲティングドローンの存在に気づかれたか。ネクストのレーダーには映らないほど小さなドローンは、パイロットに気づかれることはまずない。向こうには頭の切れるオペレーターがついているようだ。

 

 ターゲティングドローンと人工知能をリンクさせた精密射撃は、一度仕掛けに気づかれてしまえばもはや使えん。とはいえ、画像認識とレーダーが連携しただけのAI射撃では、ネクスト相手では分が悪いことは明らかだ。

 

 案の定、ターゲティングドローンを撃墜されてから、艦砲は敵ネクストに一切命中していない。機械による射撃など所詮こんなものだ。

 

「全艦に通達。射撃管制システムを儂のネクスト(ストリクス・クアドロ)に接続しろ。儂が撃つ!」

 

 そのかけ声とともに、すべての艦船の射撃管制がストリクス・クアドロに集まり、ネクストのデータ接続クライアントが接続確認を要求してくる。それら15すべての接続に許可を下す。

 

 そして、機体オペレーティングシステムの神経接続プロセス変更メニューにアクセスし神経接続レベルを上げた。高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)を使うのは何年ぶりだったかな。それすら覚えておらん。加齢のせいもあって、脳にもだいぶガタがきている。まだ、負荷に耐えられるだろうか。

 

 視界にまばゆい程の光が溢れ、ホワイトアウトを起こす。後頭部よりの中央付近に鈍い痛みが走り、眼球から側頭部にかけてチリチリと焼けるような感覚に襲われた。除々に光が薄れ視界を取り戻すが、その映像はもはや二つの眼球による三次元映像ではない。

 

 艦隊15隻の射撃照準システムが捕らえた映像データと照準補正データが同時に頭の中に入ってきて、それらすべてが敵ネクストを捕らえている。もちろん自機のカメラ映像も主観として同時に認識している。これは高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)のときだけ使える、儂だけが見られる光景だ。モニタールームで複数の画面を見ているのとも違う。上空から見下ろすような俯瞰視点に近いが、それも違う。

 

 あえて言葉にするなら、敵ネクストのコンピュータ3Dモデリングを、儂が自由自在に飛び回りながら眺めていると言えばいいだろうか。もちろん、そこに時間の概念は入っていない。もしくは、時間は非常にゆっくりと流れている。

 

 艦艇のすべてに自分が乗って、狙撃スコープをのぞき込んでいるのを一つの意識で認識し、敵ネクストの形状と、動きのX軸・Y軸・Z軸ゲインを正確に把握できる。同時に、重力・地軸・風向き・空気抵抗などのあらゆる要素も把握しているため、それぞれの照準をどこに向ければ、砲弾がどう飛ぶのかが正確に知覚できた。

 

 複数の自分が個々の視点をもち、それら個々の視点はすべて自分で、そのすべてを理解し制御できる拡張された意識状態だ。時間と場所を超越した五次元空間とはこのような状態を指すのではないかと、高負荷で接続するたびに思う。

 

 敵ネクストは砲撃を警戒し、細かく左右に揺れながら包囲網を突破しようとしている。その動きを予測し照準を合わせる。

 

 頭の中で、神経細胞が盛大に弾け飛んでいるのがわかる。頭痛がして目眩のようなものを感じる。視界がわずかに歪む。高い神経接続レベルでの運用負荷で、脳が崩壊していく様子がはっきりとわかった。

 

 儂も齢をとった。ほんの数年前までは、わずか15隻の同時照準制御など造作もないことだったというのに。照準を正確に合わせようとするほど頭痛と目眩はひどくなる。

 

 これが最後の高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)下での狙撃になるだろうことを確信した。システムが導き出した射撃タイミングと、知識が導き出したタイミングが、長年の勘によるタイミングと一致した瞬間に、仮想意識下の右手ひと差し指をスッと引く。これまで、何千、何万回と引き続けてきた儂の右手人差し指は、いつもと寸分変わらずに動く。

 

 自機のスナイパーライフルの発射音が轟き、少し遅れて艦砲射撃音が連続音となって聴覚野に届いた。砲弾は敵機の周辺で爆破した。

 

 ライフル弾は敵ネクストに当たる。しかし、寸前で直撃は回避され、左肩装甲を砕くにとどまった。敵ネクストはわずかにバランスを崩すも、すぐに体勢を立て直す。

 

 そして、艦隊包囲網を突破すると、真っ直ぐにこちらへ向かってきた。儂の立つここが最終防衛ラインだった。

 

 迎撃するために、ネクストに構えさせたスナイパーライフルの照準を絞るが、身体が震え視界がブレて照準が定まらん。もはや何発撃っても当たる気がしなかった。

 

 どうやら儂も、引退どき(ロートル)が来たようだ。

 

 引き金はもう、引けなかった。

 

 

     ◇ ◇ ◇

 

 

 ブースターを吹かして艦隊の包囲網を突破する。正面の空母上には4足型のネクストがスナイパーライフルを構えていた。王小龍(ワン・シャオロン)のストリクス・クアドロだ。

 

 狙撃に備え、こちらもライフルを構えて機体を左右に振る。しかし、ある程度接近したところで、敵機は構えていたライフルを降ろした。アイカメラが数度点滅を繰り返し「攻撃の意志なし。行け」と伝えてくる。

 

 俺はいぶかしく思いながらも、警戒しながら横を通りすぎる。あの人工知能による射撃管制が艦隊の総力だったのだろう。それを突破された今、これ以上の戦闘は無駄であると判断したらしい。敵の司令官は引き際を心得た人間のようだ。

 

 同時に、BFF内部では命に代えても企業トップを守るといったような忠誠心では動いていないことを察知する。BFFは遅かれ早かれ潰れたことだろう。

 

 コジマ粒子が散布されたの帯域を抜けると、俺はオーバードブーストを起動して、BFFの本社であるクイーンズランスを目指して機体を加速させる。遠くに見える撃破目標まで、遮るものは何もなかった。

 

 

 眼前には、夕日によって黄金色に染め上げられた白亜の美しい艦が迫る。BFFの本社機能を集約した大型船舶クイーンズランス。ネクストのカメラが捕らえた映像では、サイズ感がつかみづらい。まるで丁寧に造り込まれた模型のようにも見えるが、実際のサイズは世界一周できる規模の豪華客船よりも、ニ周りほど大きくつくられている。

 

 武器などは搭載されていないようで、こちらが接近しても迎撃行動はない。やや航行速度を高めたようだったが、船舶の加速などネクストにとっては何の意味もなさなかった。

 

 クイーンズランスの前方甲板上に、ネクストを乗り入れさせた。甲板上に2機分のヘリポートがあるとはいえ、ネクストにはやや手狭だ。周辺の構造物を踏みつぶし乗船させると、ネクストの重さで船首がわずかに沈み込む。乗船切符の代わりに、艦橋に向けてライフルを構えると、敵艦から通信で呼びかけがあった。

 

《こ、こちらクイーンズランス。BFF代表だ。そちらはアナトリアの傭兵だろう? 素晴らしい腕だ。どうだBFF専属リンクスとして働かぬか? コロニー・アナトリアの維持をBFFが全面的に支援するのが報酬代わりだ。悪い条件ではないだろう?》

 

 BFFの代表が、焦りが伝わるほどの早口で命乞いを求めてくる。一応フィオナに確認をとる。

 

「___だそうだ。どうする?」

 

《ちょ、ちょっと待って、エミールに確認をとるわ》

 

 思わぬ額の提示条件に、今度はフィオナが慌てる。おいおい、本気で俺を売り飛ばす気か。

 

 傭兵をやっていれば、勧誘・裏切りなど別段珍しいことではない。レイヴンのように、間に仲介業者がいるわけでもないため、後腐れさえなければ、どちらの陣営につこうが問題はない。BFF側に加勢して、もしこの戦争に勝利できたなら、それなりに見返りもあるだろう。

 

 だが、そうは依頼主(問屋)がおろさない。突如、レーダーに新手の機影を捕らえた。海中にひそんでいた潜水艦のようだ。潜水艦は姿を現すなり、発射管を開きミサイルを放つ。ゆるい放物線を描いて飛来するミサイルの飛行軌道から、ターゲットは俺のネクストではなくクイーンズランスの方だとわかった。

 

 ミサイルを迎撃するためにライフルを向けるが、ロックした瞬間に嫌な予感がした。明確な理由があるわけではない。ただ、逃げるべきだと直感が働いた。俺は船から飛び去り、爆発に巻き込まれないように距離をとる。ミサイルはクイーンズランスの左舷中腹に命中した。

 

 視界を失うほどまばゆい閃光の後、これまで感じたことがないほどの衝撃波に機体が揺さぶられた。膨張した熱波が一帯の海水を一瞬で蒸発させ、爆心地から押しやられた高温の空気が爆風となって押し寄せる。爆風は途中で冷やされ、大気中に厚い雲を生成しながら猛全と迫った。

 

 機体の周辺はプライマルアーマーが保護してくれてはいるが、それでも機体がバラバラになるのではないかというほど連続した衝撃がコックピットまで伝わる。

 

 計器類は狂ったように数値を変動させ、どちらを向いているのかまるでわからない。着水したような衝撃のあと、しばらくして機体制御システムが自動でバランスを回復し海面まで上昇させたようだ。

 

 海上の光景は、先程までとは一変していた。低く立ち込めていた雲は、ひとつ残らず消え失せ、代わりに成層圏まで届くのではないかというほど高い雲がそそり立っていた。北大西洋の夕日によって、金色に染め上げられた巨大な雲の柱は、威圧的な存在感を放つも、まったくもって現実味が感じられなかった。

 

 

《ヴン・・・・・・、レ・・・ヴン・・・・・・お・・・答を・・・》

 

 ノイズ混じりではあるものの、通信機からフィオナの声が聞こえた。電波干渉の影響で通信は途切れとぎれだ。

 

「こちらレイヴンだ。聞こえるか。こちらは問題ない」

 

《あ・・・無事・・・よ・・・った。放し・・・性ばく・・・発を確に・・・わ。何が・・・あった・・・》

 

「所属不明の潜水艦からのミサイル攻撃があった、撃破目標はそれにより消滅。とにかく、これより帰投する」

 

 潜水艦の攻撃目標は、BFFのクイーンズランスと俺だったのだろう。だとすれば、あの潜水艦の所属は、依頼主のGAか、その背後にいるローゼンタールかオーメルの艦だろう。大方、証拠隠滅か。

 

 俺たちは、敵だけでなく味方にまで命を狙われる際どい立場にいる。だからこんな依頼など、受けるべきではないと言ったんだ。

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