ARMORED CORE for Bidden【ACfb】アーマード・コア4 作:あきてくと
目が覚めたとき、初めて視界に飛び込んできたのは、広大なドーム内の高台から望むまったく現実感のない地平だった。ああ、そうか。どうやら俺は死んだようだ。天国とはこういうところなのか。
いや、レイヴンの俺が行くべき場所は地獄だ。何人もの人間を金のために殺し、ただただ強くなることを求めてきた末路は、火炙りの刑でも串刺しの刑でも償うことはできない。
ここはなにもない虚無の空間。いるだけで気が狂いそうになる無限の地獄。なにかとやり過ぎた俺には、ふさわしい地獄ということか。閻魔様というのはなかなか洒落のわかる奴らしい。
《聞こえる?》
夢のなかで何度も聞こえた女の声がした。どうやら俺は早くも狂い始めたようだ。
《ねえ、聞こえていると思うんだけど、応えてくれるかしら》
マイクを通したような響きで女が再び聞いてくる。いぶかしがりながらも、俺は声がでることを確認しながら、たどたどしく答えた。
「きこえている」
《ああ、よかった。ようやく会話ができるわね。はじめましてというべきかしら。私はフィオナ・イェルネフェルト。あなたの主治医よ》
「主治医? 地獄に医者がいるのか?」
《地獄?》しばらく間があって《ああ、錯乱しているのね。安心して、あなたは死んでいないわ。ここはトルコのコロニー・アナトリア。死にそうだったあなたの身柄を保護しているの。ここに来る前のことは覚えているかしら》
「覚えている。大規模な企業クーデターの戦場で、敵の新型ACと交戦した。そして死んだと思っていた。ここは地獄で、なかなか洒落た地獄だと思っていたところだ」
あはは、とマイクの奥でフィオナが笑うのがわかった。
《あなた、おもしろいわね。あなたはいまネクストのシミュレーターの中にいるわ。ええと、ネクストというのは企業連合が開発した新型ACのことで、いまでは国家解体戦争と呼ばれるクーデターであなたが戦ったACのことよ。
ネクストはAMSという神経伝達システムでコントロールするの。それによって従来のACよりも、緻密な動作が可能だけども、制御に膨大なデータを処理する必要があるから、高い脳の処理能力と適性がなければ動かすことはできないわ。
あなたが見ている映像は、あなたの脳に直接送信している映像データよ。接続できるだけでもあなたには適正が認められるけれど、さらに正確なデータを取りたいから、シミュレーターでテストをしたいの。今の気分はどうかしら?》
「生死を彷徨ったあげくに、いきなり叩き起こされたと思ったら、ACに乗っている俺は、つくづくレイヴンだということを実感している。さらに、空気の読めない医者と名乗る技術者まがいのサディスト女に、強引に運命を弄ばれている。間違っても、いい気分じゃあない」
《ふん、そうじゃなくて。あなたが今、ネクストに接続されて、どんな身体感覚でいるのかを確認したいのだけれど。一応、計測できるすべての生体データはモニターしてあるけれど、あなたが今どのように感じているかを、あなたの口から具体的に聴きたいわ》
「意識はこれまでにないほどクリアだ。視界は良好。体はぬるま湯に浸かっているように、感覚は鈍い。重力もあまり感じない。明晰夢のような、はっきりとした夢のなかにいるようだ。しかし、夢でないことははっきりとわかる」
《痛みや圧迫感、息苦しさはないかしら》
「少し目眩を感じるが問題ない。いたって良好だ」
《経過は上々ね。あなたの脳と身体は損傷が激しくて、治療の一貫としてAMS接続するための外科的処置を施させてもらったの。断りもなしに手術をしたことは謝ります。でも、こうしなければあなたは間違いなく死んでいた。緊急事態の救命措置であって、あなたに見返りを求めたりもしないわ》
フィオナのいっていることは大方理解できた。しかし、現状をすべて飲み込めたかといえばそうではない。そして、俺は選択肢を持ち合わせていないことがわかった。
「それで、俺はどうすればいい?」
《コロニー・アナトリアは、あなたを客人としてもてなすわ。ただコロニー指導部は、元レイヴンであるあなたを使って傭兵稼業を計画しているわ。もちろん、あなたの意向次第だけれども。あなたが決めるべきは、ネクストに乗るか、乗らないかよ》
「俺に動かせるのか? あれを」天使のシルエットをした死神の姿が頭をよぎる。
《ある程度の適性は認められる。としかいえないわね。ネクストは操縦技術よりも適性が第一に問われるわ。適性が低ければ、いくらレイヴンであっても思い通りに動かすことは難しいの。習熟次第ではある程度まではコントロールできるけれども、どうなるかはやってみないとわからない。というのが本当のところよ。
───と、いっても決められないわよね。とりあえず神経の接続レベルを上げて、動作テストだけおこないたいのだけれども、このまま続けていいかしら? ただし、あくまでテストであって、戦闘への参加や契約を強要するものではないわ》
「わかった。了承する」
《了解したわ。では、これから神経接続を通常モードに移行してテストに移ります。接続を切り替えた瞬間にショックのようなものがあるから気をつけて。異常を感じたらすぐに教えて》
「了解した」
《ちなみに、ネクストのパイロットは、接続を意味する
一呼吸おいて、景色が遠のいた。キーンという高周波音が聴覚を襲い吐き気をもよおす。それが暫く続いたかと思ったら、いきなり心臓を後ろから蹴られたような感覚に一瞬パニックに陥る。
同時に、身体感覚と思われるものが無機的な情報として脳に入ってくるのが感じられた。意味の分からない膨大な量の数字の羅列が、コンプレッサーで圧縮されて無理やり頭の中につめ込まれているかのようだ。
なおも、耳鳴りのような音は周波数を上げ、脳内で反響しながら、鋭く耳の後側を突き刺す。少しでも気を緩めれば、自我が吹っ飛んでしまうのが直感でわかる。しかし、なにをどうすればよいのかわからない。ただただ耐えることしかできない。
奴は、あのとき対峙したネクストは、こんな感覚のなかであれを動かしているのか。混濁する意識のなかで、あのとき対峙したネクストの圧倒的な機動力を思い出していた。
《レイヴン! 大丈夫!? 応答して!!》
応答を求めるフィオナの声が遠くで聞こえる。しかし、それに応える余裕すらない。
これでは濁流に飲み込まれるのを、岩場につかまり必死に耐える弱々しいヤマネコだ。翼をもがれたワタリガラスはヤマネコとして生まれ変われるのか。それともヤマネコの餌となるのか。
幾多の戦場の中でも味わったことのない恐怖感と不快感の片隅で、新しい目標への期待と、戦いの予感がした。それは故郷に帰るような懐かしさでもあった。