真説(親切解説)アーマード・コア4 【非公認】 作:あきてくと
ママンはいつも私に言った。
「アンジェ、いつも高潔でありなさい」
ママンはフランス貴族の家柄だ。私は生粋のパリっ子で、パリジェンヌ。私はこれでも品格ある家柄のお嬢様なのだ。もっとも、『鴉殺し』と恐れられるレイレナードの
私の父親はレイヴンだったそうだ。父の顔は知らない。
私の育ての父。つまりママンの再婚相手は、同じく貴族家系の気弱な男だった。私がひとにらみしただけで腰を抜かして脂汗をかくような男だ。12歳の頃、私は厄介払いされるように寄宿学校へ編入させられた。巡りめぐってレイレナードに入社し、正規リンクスになった時点で家柄とは完全に縁を切った。
ママンはいつも私に言った。
「アンジェ、素直であることを心がけなさい」
私が搭乗するネクストの名前はオルレア。名前の由来は、フランス解放の英雄『オルレアンの乙女』からとったものではあるが、とくに深い意味はない。強いて言うなら、抑圧された幼少期を過ごした私の、ほんの些細な反抗心を少し大げさな言葉で綴っただけにすぎない。
国家解体戦争に参加したのも、単なる反骨精神と興味本位。それに当時陥っていた軽い自暴自棄がそれを後押ししただけだ。反抗期がずいぶんと遅れてやってきたものだと、自嘲してみたりもする。
その結果、多くのレイヴンを葬ったが、別段レイヴンに特別な恨みがあったわけではない。
戦いながらレイヴンだった実の父親を探しているなどという三流映画のシナリオのような理由ではないし、初めて寝た男がレイヴンで、ずいぶんと
ただ、ネクストに乗る私より、強い人間を探していた。私が全力を出せる相手を求めていた。それがたまたま、当時はまだ地上最強と呼ばれていたレイヴンであっただけだ。
とはいえ、なにかとレイヴンには縁がある人生であることには違いがない。私はレイヴンの娘なのだから、仕方がないことなのかもしれないな。
ママンはいつも私に言った。
「アンジェ、その獲物を狩る獣のような目をおやめなさい」
私の目は、元レイヴンだという父に似た。私の鋭い目鼻は、まわりにずいぶんと威圧感を与えるようだ。そもそも、この目はママンが若かりし頃に駆け落ちした結果じゃないか。私にそんなことを言われても困る。
私は、その鋭い目をさらに細めるようにして、目の前で唖然とした様子でいるアナトリアの傭兵をカメラごしに見つめる。
突然現れたレイレナードのネクストが、自陣営に属する巨大兵器ソルディオスを破壊したのだ。混乱するのも無理はない。私はアナトリアの傭兵に向けて通信を開き、ソルディオスを破壊した理由と、私がここにいる目的を懇切丁寧に教えてやる。
「ようやく出会えたな、アナトリアの傭兵。こんなガラクタのようなアトラクションでは満足できないだろう。私が楽しませてやる。手合わせを願おう」
しかし、彼は返事をよこさない。ますます混乱させてしまっただろうか。
ママンはいつも私に言った。
「アンジェ、いつも毅然としていなさい」
目の前にいる、元レイヴンだというアナトリアの傭兵が搭乗する機体を見つめる。心臓の鼓動が強く早まる。
コックピットのバイタルアラートは警告こそ発しなかったが、私の心拍数はイエロー表示の下限付近まで上昇していた。緊張や恐怖からではない。これは憧れや恋心に近い。
レイレナードの諜報部が入手した、アナトリアの傭兵とバルバロイとの戦闘映像を初めて見たとき、私は運命的な出会いを感じた。モニターごしに、この男の前でなら私の
胸の高鳴りが止まらなかった。資料映像を奪いとって、何度も、何度も、何度も、見返した。ティーンの頃に、テレビのアイドルに憧れるような、浅はかで、薄っぺらで、のぼせ上がった気持ちだけが暴走するような情熱を年甲斐もなく抱いた。
そして今、その男が目の前にいる。興奮のあまり卒倒しそうだ。私は通信を開き、目の前にいる男に向かって想いを告げる。
「お前と1対1で戦えるこのときを、私は夢にまで見て待ちわびていた。さあ、やるぞ」
本当に夢に見たのだ。私にしては珍しく素直な言葉が口から漏れる。顔は赤面していることだろう。
確かめる方法はひとつだけ。私を倒せるかどうかだ。
私が左手のマシンガンを構えオーバードブーストを起動させた。彼も接近戦では役に立たない左手のスナイパーライフルを投げ捨て、右手でアサルトライフルを構える。そして同じくオーバードブーストを起動させた。
「行くぞ!」
お互いの背面ではコジマ粒子の圧縮が始まり、光の粒が収束していく。それが臨界圧縮に達したとき、後光が差し、膨大なエネルギーによって両機がほぼ同時に弾かれた。引き延ばされたゴムが元に戻るような勢いで接近する。2機の相対速度は一瞬で音速の2倍にも達した。
お互いの機体を猛烈な勢いで加速させながら、クイックブーストで左右に軌道を修正し、お互いを狙う弾丸を回避する、そして、少しでも有利なポジションを奪い合う。
機体のディテールがはっきりとわかる距離まで接近すると、同時にレーザーブレードを発振させ、お互いの急所をめがけて渾身の一撃を振るった。
右腕で斬り上げた私のブレードと、左腕で薙払った彼のブレードがぶつかった。同極性のプラズマ干渉が起こす強い反発を検知してオーバードブーストの加速は自動で解除されるが、機体は依然として高い運動エネルギーを保ったままだ。
その膨大な運動エネルギーは、ブレード同士の接点を中心にして、互いの機体にかかるベクトルを強制的に狂わせる。私の機体は右スピンしながら進行方向左に投げ出された。
視界の端には、彼の機体が錐揉みしながら進行方向左上に跳ね飛ばされるのが見えた。
私の機体は砂塵を巻き上げながら砂の上をコマのように回る。強引に
同時に熱源体接近を告げるアラートがけただましく響く。まだ焦点の合いきらない眼前には、噴射炎を吹き出して迫る複数のミサイル弾頭らしきものがあった。
迎撃するためのマシンガンは、姿勢制御に使って明後日の方向を向いている。クイックブーストはリロード中で緊急回避もできない。
私はとっさに右腕のレーザーブレードを一閃させた。強烈な熱と光によって、すべてのミサイル弾頭が一瞬にして蒸発した。
彼はあの制御不能状態のなかで、私の機体をロックオンしミサイルを放った。しかも、着弾のタイミングを見計らってだ。並大抵のリンクスには成し得ない離れ業に、嬉しくて嬉しくて背中がゾクゾクとする。
この興奮と賞賛の気持ちを彼に届けたくて、右肩に背負ったプラズマキヤノンを構えた。折り畳まれていた本体とバレル部が一直線に並び、その砲口がまだ機体制御を取り戻そうともがいている彼に向ける。照準に捕らえると躊躇なくトリガーを引いた。
超高温の光弾が彼に向かう。しかし、直前で回避された。続けて連射するも当たらない。直進しかしないはずのプラズマ光弾が、彼の機体の直前で曲がったように見えた。
やはり、遠距離からでは彼へ想いは届かない。届かないのならば右腕で直接伝えるまでさ。私は彼のもとへ機体を進ませた。接近を拒むかのようにライフル弾とミサイルが飛んでくるが、障害となるものはすべて迎撃か回避をしてさらに接近する。
マシンガンで牽制しながら、スキをみつけては肉薄し、ブレードを発振させて刃を重ねる。そのたびに激しいスパークが発生し、高輝度光と超高熱が弾けた。熱せられた周囲の空気が上昇気流を生み出し、時折発生するつむじ風が周囲の砂を巻き上げた。
ママンはいつも私に言った。
「アンジェ、いつも美しくありなさい」
戦場に身を置くリンクスである私は、ママンの言う『美しさ』とはかけ離れた存在になった。さらに今では『レイレナードの鴉殺し』などと呼ばれている。
今の私は、アナトリアの傭兵にはどう見えているのだろう。端麗な
私は、戦うことでしか自己表現ができない不器用な女だ。けれど戦いのなかでこそ、私は美しく自分を輝かせられる。
重なるプラズマ刃がスパークして眩しく輝く。機体が弾かれると、すぐさま射撃に転じて相手にスキを与えない。そして、すぐさま接近してはブレードを振るうも、一撃必殺のレーザーブレードだけははお互いが確実にかわし、致命傷だけは避ける。近中距離での一進一退の攻防が延々と繰り返された。
左腕から放たれるマシンガンが弾切れを起こして止まる。ここまでの時間はあっと言う間に感じられたが、ずいぶんと長い時間を戦っている。気づけば、すでに日は傾きはじめていた。
機体は砂とホコリとにまみれている。機体塗装はブレードの高温で熱せられ、いたるところが沸騰して水膨れのようになったまま固まっていた。
弾薬が残り少ないのは向こうも同じだろう。ずいぶん前から牽制の乱発を避け、丁寧な射撃に切り替えて残弾を温存しているようだ。
ふふふ、楽しいなレイヴン。この戦いを終わらせてしまうのがもったいないくらいだ。私はレーザーブレードだけを残して、ほかのすべての武装を捨てる。
それに応じるように、彼もブレード以外の武装をすべてパージし、左腕から超高温のプラズマを発振させて構えた。
こちらの誘いを受けてくれるのか。うれしいじゃないか。殺したとしても、殺されたとしても、後悔はしないよ。
私は興奮に任せて、緊急時以外は使用が禁止されている深部のシステムメニューにアクセスし、ネクストとの神経接続レベルを引き上げる。同時にジェネレーターのリミッターも解除する。
私もブレードを発振させると、彼のレーザーブレードの3倍もの太い光条が右腕から延びてブレードを形成する。膨大な熱量で機体周辺の外気温が一気に上昇し空気が揺らいだ。
この
MT程度なら触れただけで跡形もなく蒸発させるほどの隔絶した出力をもつ。大飯喰らいなうえ、扱いを誤れば自機を損傷させかねない諸刃の剣だが、
さあ、
オーバードブーストとクイックブーストの推力に任せて、真正面から突進させる。もはや小細工など無用だ。身軽になった両機が、さきほどまでより早い動きで肉薄する。
左腕にブレードを装着している機体同士であれば、お互いがブレードを構える腕とは反対側のポジションを獲得しようとするため、時計回りに円を描くような軌道を描く。しかし、私が右手に、彼は左手にブレードを装着しているため、私達は自然と平行移動を主体としながら斬り結ぶ。
軽快にステップを踏んでは、踏み込みの力を刃先に伝え鋭くブレードを振るう。時折ターンをして遠心力を加えてブレードを薙ぐ。一瞬離れてから、懐に飛び込むように鋭くブレードを突く。端から見れば、それはボールルームダンスのような動きだ。私はダンスも得意だぞ。そして、彼はペアを組むのに申し分ない相手だ。
だいたいの相手は一瞬で勝負がついてしまうため私は興ざめしてしまう。だが、今の私と互角に戦えるとは、さすが私の見込んだ男だ。
アナトリアの傭兵の機体関節部がコジマ粒子の光で美しく輝いている。そして、四肢の動きは機械とは思えないほど滑らかで速い。なにか特別な技術を用いているようだ。
私はさらに神経を集中し、素早い動きの彼に対して、動作予測の速さで対抗する。もはや自分が機体を動かしているのか、機体が勝手に動いているのかわからない。だけど気持ちがいい。この時間がずっと続けばいいのにと思う。そう、これだ。これが私の求めていた戦いだ。
私はこれまで強い者をみつけては、誰彼かまわず戦いを挑んだ。もちろん、国家解体戦争の同胞達ともだ。
だけど、ベルリオーズの戦い方は傲慢でいけない。レオハルトは淡泊すぎる。セロの坊やが一番マシだったが、私の趣味じゃない。彼らは確かに強いけれども、私は満足しなかった。
思った通り、彼とは相性がいい。こうして刃を交えると、彼がこれまでどのようにして死線をくぐり抜けてきたか、よくわかる。動きの癖や、間合いの取り方から、どこを見ているか、何を見ているか。何を見てきたか。
私の中にあるものも感じるだろう。私は今、これまで生きてきたなかで、もっとも充実している。
ダンスのペアがそうするように、セッションする演奏家達がそうするように、これまで積み上げてきたすべてのものを出し合い、お互いの底にあるものをむさぼり喰らう。
四肢を巧みに使い、フェイクを交え、刃を振るう。相手をじらして、予測の裏をかいて、何度も何度も刃を重ね合う。
プラズマの刃を交えながら、興奮と鎮静、期待と失望、痛みと快楽、恐怖と愉悦、安心と同時に不安を感じる。あらゆる感情が刹那の間に現れては消え、それが延々と繰り返された。
無心のまま、感情だけが冷静と情熱の間をゆらぐ。戦略や戦術といった余計なことは一切考えず、ただ、手にした刃を相手よりも早く届けることだけに集中できる純粋な戦いが、私がずっと求めてきたものだ。
戦いながら濡れてきそうだ。私は狂っているのかもしれない。それでも、愛しているよレイヴン。
私が右腕で繰り出した袈裟懸けを、彼は半身になっただけで回避した。刀身のプラズマを避けたとしても、
これまでの斬り合いで、刀身の熱量が及ぶ範囲を見切ったのだろう。自機の損傷を最低限に抑えつつ、最速の反撃ができるギリギリを距離を狙った正確な回避だ。
コックピット装甲を赤熱させながら、彼は攻撃後に生まれた私のスキをついて左腕のブレードを振り下ろした。
わずかでも操作を間違えれば命を落としかねない決死のカウンターは見事なものだが、そのブレードは私には届かない。私の左腕に備わる二振り目の
オルレアには、両腕に
不意に左腕を失った彼はバランスを崩し、勢い余ってその場でグルリと回転する。スキだらけだ。勝負あったな。
私は左足を踏み込み、初撃で切り払った右腕のブレードを返して、無防備になったアナトリアの傭兵へと月光のごとく輝く
視界の右側で光が溢れる。私の右腕が振るった
彼がスキだらけで一回転したのは、右腕に格納式レーザーブレードを装備するためのフェイク。一部始終を身体で覆って動きを読ませず、振り返りざまに装備を終えた格納式レーザーブレードを振り払ったのか。
まさか、
そういえば、ママンは私にこうも言っていた。
「アンジェ、あなたは必ず不幸になるわ」
そんなことはない。全力を振り絞って負けたのだ。これ以上幸せなことはないよ。ママン。
目の前が真っ白な光で溢れた。
※本小説では、アンジェの乗るオルレアの左腕にはマシンガンとブレードのふたつの武器を搭載していることになります。
ゲーム本編の設定を大きく変えることは避けたかったのですが、演出上、ムーンライトの二刀流でなければアンジェの実力の全て出しきれないと判断し、以上の設定を敢行させていただきました。どうぞ、ご容赦くださいませ。