ARMORED CORE for Bidden【ACfb】アーマード・コア4 作:あきてくと
《アナトリアからノブリス・オブリージュへ。狙撃準備完了。今だ》
レオハルトは、アナトリアの傭兵に言われるがままに機体の動きを止めた。空中からラフカットが接近するのを捉えていたが、それも無視して一瞬だけ操作を放棄した。
すでに弾は打ち尽くし、機械系か電子系かのトラブルでパージ不能になっていた
少なくとも右側だけにバランスが偏向した今の状態では、
着弾。右背面に衝撃があった。それからさらに背中で大きな爆発が起こった。右肩の
弾切れのわりには、大きすぎる爆発にレオハルトは少々驚きながらも機体を立て直す。幸いなことに機体の損傷は軽微だ。さらに爆発によって吹き飛ばされたことで、上空から接近していたラフカットの眼下をすり抜ける形になり優位なポジションを手に入れた。
身軽になった機体をすぐさま回頭させ、爆煙のなかに突っ込んだラフカットに向けて左腕のレーザーブレードを突き出すと、攻撃を予期していなかったであろうラフカットは、そのまま胴体を高温のプラズマ刃で貫かれ動きを止めた。
「ザンニ! チッ」常に冷静沈着なベルリオーズが珍しく慌てた声を上げる。僚機を失った動揺だけではない。シュープリスはアナトリアの傭兵からの援護射撃の回避にてこずっていた。
「ありがとう、アナトリアの傭兵。これで1対1だ。ベルリオーズ、決着をつけようか」
レオハルトはアナトリアの傭兵に礼を伝えるとともに、ベルリオーズに一騎打ちを申し出る。
「邪魔が入ったが、作戦に変更はない。予定の範疇だ」ベルリオーズも、いつもの強気の態度で応えた。そして、この戦闘で初めての近距離戦に応じる。
2機がライフルで牽制射撃をしながら背面ブースター全開で一気に距離を詰める。すれ違いさまにノブリス・オブリージュはブレードを振るうが、シュープリスは難なく回避して2機が交差する。
シュープリスは急旋回する一瞬で右肩の
大気が激しく振動する。爆発の衝撃は、あたり一帯の空気を吹き飛ばし、真空状態になった空間に、砂をまとった空気が注ぎ込み砂嵐が起こる。爆発の黒煙が掻き消えないうちに数発のライフル弾が襲来しシュープリスの機体をかすめた。
さらに嵐の中をものともせず、ノブリス・オブリージュが素早く接近し右腕のライフルを放ちながら左腕のレーザーブレードを発振させた。超高温のプラズマに焼かれた砂が、爆ぜて火花を散らす。ノブリス・オブリージュは青白く輝く剣を連続で振るう。
シュープリスは、その連撃を巧みな機動で回避し、子供と遊ぶ大人のようにそれをあしらい、スキを見つけては蹴飛ばす。加速しながら両者が繰り出す四肢の動きは瞬間的に音速を超え、衝撃波が発生してさらに周囲の砂を巻き上げた。
そして、わずかでも距離が離れれば、お互いに追撃を加えようとライフルを構える。システムがロックオンするより早く、感覚だけで照準をあわせ、引き金を引き、お互いのコックピットを我武者羅に狙う。
実力が拮抗している両者が放つ弾丸は、お互いが寸前で回避した。銃弾を射かけながら機体が交差し、位置を入れ替え、さらなる攻撃を繰り出す。2機は見えないゴム紐でつながっているように短周期で接近しては離れ、近距離での攻防が延々繰り返された。
「ベルリオーズ。この戦いの果てに、お前は、お前達は何を見る」
レオハルトがライフルを射かけながらベルリオーズに問う。
「知れたこと。増えすぎた人口を削減し新たな秩序をもたらし、人類にとって新しい世界を創り上げる。国家解体戦争はそのための足がかりだったはずだろう」
ノブリス・オブリージュからの銃撃を、シュープリスは後退しながら難なく回避し、寸分おかずライフルで反撃する。
「そのとおりだ。私も、間接的にとはいえ何億という人間を殺した。だが、我々が戦っていては、新たな世界など生み出せはしない。かつては同じ目的のために世界と戦ったはずだ。何がお前たちと我々を隔てている。なぜ戦いを引き起こす」
長らく抱えていた疑問を、レオハルトはベルリオーズに問いただす。レイレナードの軍事行動の意味は明白だ。しかし、その根底にある意志を確認したかった。
「昔のよしみだ答えてやる。つまり、結果は同じであっても含まれる意味が違うのだよ」
ベルリオーズは含蓄ある言葉で返す。レオハルトはその意味を汲み取ることができない。
「どういうことだ」
2機は一時距離を取り、中距離射撃で牽制し合いながら会話を続けた。
「ローゼンタールとオーメルは人類を存続させるため、人口削減と残った人類の管理支配を望んだ。だが、我々レイレナードが望む世界は、不要な人間を排除して、生き残った有益な人間だけが住む世界だ。
求める結果が同じだから協調した。しかし、所詮は寄せ集め。意見が違えば対立も起こる。当然だろう」
「優生学思想を現実のものにするつもりか。不要な人間を切り捨てる社会などあってはならない。不安定な世界は、誰かが適切に管理すれば十分に機能するはずだ」
「それが傲慢だというのだ。そして、それこそが人類の存続の妨げとなっている。ローゼンタールやオーメルの、旧世代から続く強制的な抑圧こそが我々の望む新しい世界にとっては不必要なのだよ」
「傲慢? 世界を管理する役目はお前達も担っているはずだろう」
「無論、管理は必要だ。だが、一方的な管理体制は人類全体の衰退に繋がる。人類は生き残ればそれでいいのか。ただ生き延びるだけなら我々は動物と同じだ。人類は進化し続けなくてはならない。進化を促進させるものはテクノロジーしかない。だが、ローゼンタールとオーメルの頭の固い老人どもは、自由な発想と技術の進歩をも抑圧している」
「それは、お前達が非人道的な技術開発を進めるからだ」
「非人道的であることは認める。だが、進歩には痛みがつきものだ。痛みを怖がっていては、進歩はあり得ない。そんな人類の100年後の未来はどうなっている? 200年後は? 1000年後は? 痛い、痛いと泣き喚いたところで、なにも変えることはできない。
人類が未来永劫生き残るにはテクノロジーに頼るしかない。我々にできることは、それを実行するか、しないかだ。変化が怖い者は、ただ死を待てばいい。
世界が動かないのなら、我々は強制的に変革を起こす。そして、単一的な思考をもって矛盾のない世界を管理運営する。それが我々レイレナードの総意だ」
シュープリスはライフルを握る両腕を広げ、聴衆がいれば拍手を求めるかのようにそこで演説を一旦区切る。
「それは人格転移型AIを神と崇めるということか? 技術者上がりのくせに信心深いお前らしい考えだ」
「人格転移型AIは、その一端にすぎんよ。AIを用いた指数関数的な技術向上が、どんな形にせよ我々を革新に導く」
「いや、過ぎたテクノロジーこそが人類を滅ぼすのではないか。人間は急激な変化に耐えきれない。我々人間には、変化に順応する長い時間が必要なのだ。
ベルリオーズ、私は世界は一度歩みを止めるべきだと思う。人間は生得的に変化を嫌う生き物だ。旧世紀の緩やかな進歩ですら、人類はおいていかれそうになっていた。自分たちが生み出したものにすら振り回されていた。人類は一度進歩をやめて、これまでの歩みを振り返ることが必要だ。
だからローゼンタールは___ハインリヒ・シュテンベルグは人類史をリセットしようとしている。最低限のテクノロジーだけで人類が自立循環できるシステムを再度構築し、完璧な仕組みをつくり上げる。それは既存の技術だけで可能だ。エネルギー問題は解決しつつある。あとは食料問題だけだ」
「いまだに剣と権力を振りかざす時代遅れが考えそうなことだ。それは、地球が存続していての物種だろう。地球は___宇宙を含めた自然環境は我々に優しくはないぞ。
我々が目を向けるべきは宇宙だ。しかし、今は道が閉ざされている。それこそローゼンタールとオーメル、GAの老害が生んだ最大の罪だ。そして、地上が平穏である限り、人々の意識は宇宙へは向かない。
さらに、緩慢な進歩は資源を浪費するたけだ。枯渇する前に残りわずかな資源の使い道を明確にしなければ、我々はいざとなったときに、地球を脱することすらままならなくなる。
もっとも、全人類がAIに人格転移すれば、食料問題はすぐさま解決することが可能だが」
「そうまでして生き延びねばならないのならば、いっそ人類は滅びるべきだ」
銃口を下げていたノブリス・オブリージュに、レオハルトは再びライフルを構えさせる。ベルリオーズも右腕のライフルを突き出し照準を絞る。
「レオ、旧友として忠告する。お前の言うそれは、弱者の言い訳だ」
「いや違う。ベル、お前の語る言葉こそが、強者の偏見だ」
同時に放たれた弾丸同士が空中で衝突して弾ける。その衝撃が2機の間の空気を一瞬震えさせた。
「ふふん。全人類の人格転移型AI化は、さすがに冗談だ。たしかに、滅びる運命ならば受け入れるしかないな。それが、自分たちが蒔いた種なのならばなおさらだ。だが、私は足掻くよ。何があってもだ」
「我々はどちらも傲慢過ぎる。決めるのは中立的立場の人間であって、我々ではないはずだ。そろそろ二人とも幕引きのときかもしれん」
「私が死んでもレイレナードは止まらんよ。すでにバトンは渡してある」
「ならば好都合だ。まずは、私たちから地獄へ堕ちるべきだ」
「さっきも言ったように、私は往生際が悪い。生憎だが、世界が終わるとしても足掻き、もがき続けさせてもらうよ」
ベルリオーズは、シュープリス背面のオーバードブーストを起動させた。2丁のライフルを前方に構え、身を低めて加速に備える。
「私が引導を渡してやる。白き騎士たる我が名にかけて」
レオハルトも、右腕のライフルと左腕のレーザーブレードを構え、同じくオーバードブーストを起動した。コジマ粒子の光がノブリス・オブリージュの機体背面に収束していく。
弾かれるように加速した2機は、銃撃をしつつ、亜音速で螺旋を描きながら距離を詰める。オーバードブーストが放つ大量の放射熱と、高速機動によって攪拌された空気は上昇気流を生み出し、砂塵を伴った竜巻を発生させた。
銃口から放たれる無数の弾丸は、強風でわずかに軌道をそらし、両機の背後へ消えていき、竜巻から放射状に周囲へまき散らされた。2機は引き金を引き続ける。炸薬の破裂する光と、砂塵の激しい摩擦で生まれる稲光が、荒れ狂う竜巻のなかで瞬く。
もっとも接近したところで、シュープリスの放った一発がノブリス・オブリージュの右肩に命中し肩装甲を砕く。強風と着弾の衝撃でバランスを崩しながらも振るわれたノブリス・オブリージュのレーザーブレードは、シュープリスの右ライフルを真っ二つに叩き斬った。
とっさにベルリオーズは左腕のライフルを突き出す。
そのときレオハルトは、コックピットのなかで物理的な衝撃以上のショックを身体に感じた。ネクストに神経接続している間は痛覚は遮断されているため痛みは感じない。しかし、バイタルアラートはレッドで警告を発しはじめた。
視界には血圧と血流サインが見る見るうちに低下していく様子がモニタリングされた。胸部をえぐったシュープリスのライフル先端は、ノブリス・オブリージュのコックピット内部を破損させ、その破片が肉体にダメージを与えたようだ。レオハルトは激しい脱力感を覚え、視界が歪むのを感じた。
それでも、この期を見逃さず、右手に握ったライフルを放り投げてシュープリスの肩をつかみ、密着状態を保ち続ける。
ベルリオーズは離脱しようとノブリス・オブリージュの胸部に突き刺したままのライフルの引き金を引く。
シュープリスの放つゼロ距離射撃の衝撃と轟音が何度もレオハルトの身体を襲う。すでに意識は朦朧としていた。それでもなんとか意識を保ち、左腕をシュープリスのコックピットに叩きつける。
同時にレーザーブレードを発振させると、わずかな反発の後、シュープリスの背中からプラズマ光が延びた。それを見届けるとレオハルトの身体からは急速に力が抜ける。
それきりシュープリスは動きを止めた。レオハルトも、もはや機体の制御がままならない。2機は竜巻に煽られながら砂の上に自由落下した。レオハルトには落下の衝撃が感じられなかった。砂で衝撃が吸収されたのか、すでに感じられないほどの状態にあるのか定かでなかった。
《こちら、アナトリア。ヒラリエス撃破》
アナトリアの傭兵の声が聞こえた。幻聴。いや通信か。
《ミド・アウリエル。レッドキャップを撃破。しかし、パイロットは脱出ポッドで逃走。次の目標に向かいます》
続いて、ミド・アウリエルからの通信も入る。レオハルトは最期の力を振り絞り、通信に応える。
《___いや、こちらも終わった。相打ちだがな……ミド……後は頼む……レイヴン……世界を___》
ミド・アウリエルには、イスタンブール前線基地で私が片付けるはずの残務整理を頼むことになる。申し訳ないなとレオハルトは思う。そして、あの無愛想な娘が幸せに生きられる世界になってくれればいいと思った。
アナトリアの傭兵。お前とは一度顔を合わせて話したかった。もっとも、お前にとっては迷惑だろうが。誰よりも力を持ち、誰よりも中立である、
それこそ迷惑な話か……。レオハルトは自分の身勝手な考えに思わず笑いたくなった。
我々は人を殺しすぎた。責めを負って共に逝こう。ベル。言葉を発したかったが、もう声は出せなかった。