真説(親切解説)アーマード・コア4 【非公認】   作:あきてくと

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断章 アクアビット本社強襲 〜ホワイト・グリント〜

 私は愛機であるホワイト・グリントを駆り、1Gの加速度で宇宙を飛んでいた。漆黒の宇宙を背景に、白い星々が前方から漂ってくる。

 

 人格を持ったAIである私なら、広大な宇宙のなかでも半永久的に探査を続け、人間が住める星の探索や、人知では想像もつかないような未知の発見をすることができる。もしかしたら、他惑星の住人との対話も可能かもしれない。

 

 けれど、その前に地球の問題を解決しなければならない。現在の地球は膨大な数の問題を抱えている。だけど、そのひとつはもうすぐ片がつく。そのために私はこれまで戦ってきたのだから。

 

 おや、もう時間か。タイマーがゼロになっていた。私は画像処理プログラムにアクセスし、モニターの色彩反転を解除した。処理が終わると、黒かった宇宙は白く、白かった星々は黒く変わる。

 

 背景の白はノルウェーの空を覆い尽くす雪雲で、降ってくる雪が影をつくって黒く見えていただけだ。私はホワイト・グリントを仰向けで待機させたまま、作戦開始の時間まで『宇宙ごっこ』で暇を潰していた。

 

 『宇宙ごっこ』とは、空から降りしきる雪を仰向けで眺めていると、重力感覚と視覚が錯覚を起こして、宇宙のなかを飛んでいる気分になれる遊びだ。AIの私は、錯覚など起こさないと予測していたのだけれど、人間だった頃と同じように、重力方向と視覚動作が重なると、システムが軽微なバグを起こすことがわかった。

 

 ジャイロセンサーからの信号を完全にカットすると、本当に宇宙空間にいるようだった。ちょっとしたトリップ気分で楽しかったよ。ちなみに『宇宙ごっこ』の名称は私がたったいまつけた名前だ。

 

 機体を起きあがらせると、機体に積もった雪が雪原に落下して雪煙が舞う。それから5km先の撃破目標の様子を確認した。吹雪というほどではなないけれど、大粒の雪が視界を遮るため、光学カメラに補正を加えて雪が目立たないように処理を施す。

 

 遠方には、いくつもの横倒しになった巨大な樽が、半分ほど地面に埋まっているのが見えた。あのドーム状の建造物群がアクアビット・エレクトロニクス本社だ。周辺には防衛部隊と見られる影が確認できる。アクアビットに対しては、24時間前に避難勧告を出してあったが、本社周辺に展開された部隊配置は数時間前から変化がない。どうやら、アクアビットは徹底抗戦の構えのようだ。

 

 無条件に降伏するとは思っていなかったけれど、深いつながりのあるレイレナードのネクスト部隊精鋭を失った今となっては、ただの籠城に近い。陥落は時間の問題だ。レイレナード本社の方はどうだろうか。あちらはアナトリアの彼が担当しているはずだ。心配はいらないだろう。

 

 私は侵攻を開始した。そして、雪の上を滑るように移動しながらアクアビット本社にむけて通信回線を開き、侵攻開始を宣言する。

 

「アクアビット本社に告ぐ。こちらホワイト・グリント。ジョシュア・オブライエンだ。24時間の猶予をもって、これより侵攻を開始する」

 

 その直後、アクアビット本社に動きがあった。本社上空がフラッシュしたかと思うと、無数の砲弾が飛んでくる。しかし、これだけ降る雪のなかの照準精度などたかがしれている。おまけに、ホワイト・グリントの白い機体は雪のなかで保護色になる。迫撃砲が前方の雪原に着弾し、いくつもの爆炎と黒煙が上がっては後方に流れていく。私はかまわず機体を直進させた。

 

 今日は気分がいい。ノリのいいBGMをかけようか。お気に入りの『Thinker』。そのRemix版である『Morning Thinker』が保存されているネットワークアドレスにアクセスして再生させる。

 

”I'm a thinker.

I could break it down.

I'm a shooter.A drastic baby.”

 

私はしがない技術者だった

だけど 私の研究は狙いどおりにいった それから世界が一変した

 

”Agitate and jump out.

Feel it in the will.

Can you talk about deep-sea with me.”

 

電子の海から声が聞こえる それらを感じる 私はもう人間ではない

 

”The deep-sea fish loves you forever.

All are as your thinking over.

Out of space, When someone waits there.

Sound of jet, They played for out.”

 

私は電子の海の住人たちの声に耳を傾け世界を変える 大切な人たちの未来を守るために

その障害となるものは すべて白い閃光の名のもとに殲滅する

 

 

 敵前衛に展開した戦車部隊を捉えると、機体を上昇させ、上空から戦車をライフルで打ち抜いていく。直上射撃ができない戦車は上から叩くのが鉄則だ。背の低い戦車でも、上空からなら有効面積が広がって命中率は飛躍的に向上する。戦車上部から放たれる小径の対空機銃はプライマルアーマーがすべて無効化した。

 

 戦車を撃破した際の爆炎は、真っ白な雪原に、赤黒いつぼみがオレンジ色の花を咲かせるかのようだ。降りしきる雪の一粒ひと粒は、たちこめる黒煙を背景にくっきりと浮かび上がる。無尽蔵に空から降ってくる雪は、爆風の熱にさらされて溶け、すぐさま凍って氷の粒に変わる。氷の粒は炎に照らされて一瞬オレンジ色に輝いては再び溶けた。

 

 遠方から小さくロケット花火のような音が立て続けに鳴った。視界を埋める雪でその存在を確認することはできないが、それは後衛部隊が放ったミサイルの飛翔音だ。それに加えて、無数の発破音も検知した。遠距離射撃だと思われるが、雪のせいでレーダー性能は半減し、遠方の視界がほとんど利かないこの雪のなかでは威嚇射撃にしかならない。

 

 カメラを赤外線熱探知に切り替えて、それぞれに弧を描きながら接近する無数のミサイルを確認する。しかし、回避するまでもない。私は高度を下げ、戦車が放つ対空機銃のなかへ飛び込む。後衛部隊が援護で放ったミサイル群は、味方戦車の機銃によってすべて打ち落とされて四散する。私はそのついでに残りの戦車をライフルで打ち抜き、前衛の戦車部隊を壊滅させた。

 

 さて、後衛部隊の位置と数も大方把握したことだし、こちらから仕掛けるか。視界の利かないなかで、私に先手を仕掛けるとは失策だね。先ほど後衛から放たれた弾薬の種類と発射音とその到達時間を解析し、敵機の識別と数とおおまかな位置はすでに算出してある。

 

 敵後衛部隊は、BFF社製移動砲台(044FV450)が5機。

 GAヨーロッパ社製軽MT(GARQ8ーDEBRISMAKER)が10機。

 同じくGAヨーロッパ社製重MT(GA03ーSOLARWIND)が3機。

 アルドラ社製ノーマルAC(GOPPERTーG3)が2機。

 

 敵は全20機。それらがセオリー通りの陣形で配置されている。ライフル弾20発あれば十分だ。

 

 私はオーバードブーストを起動させた。そして、背面でコジマ粒子の圧縮が始まり、それが収束し機体を加速させるまでの数秒の間で、最効率の侵攻ルートを計算し、その答えを導き出す。

 

 それは一筆書きのルートで、敵全勢力を撃破できる最短ルートを導き出すための計算だ。こういった問題はセールスマン巡回問題といって、コンピュータが得意な計算とはいえない。一般的なノイマン型コンピュータでは、すべての移動を数値化し、その計算結果から総当たり的に効率のよいルートを選び出すため、計算に膨大な時間を要する。

 

 しかし、人格移転型AIなら、イジングモデル試算の段階で明らかに非効率となるルートはあらかじめ除外できるため、より早く最適なルートを見つけだすことができる。私の脳にあたるコアは、従来型のCPUとGPUを採用しているが、演算プロセスはアニーリング方式に類似するアルゴリズムで稼働している。そのため、形式的にはノイマン型とはいえ、量子コンピューティングに近い高速の並列処理がおこなえる。

 

 圧縮されたコジマ粒子が解放され、オーバードブーストによって後ろから蹴飛ばされるように加速した私は、ほんの1秒足らずで音速にまで達する。オーバードブーストでの加速中の視界は雪のせいで真っ白だ。人間だったなら、三半規管の機能は失われ、どっちを向いているのかまったくわからなくなるだろう。

 

 その状況でも、私は計器とセンサーの情報を正確に把握し、事前の侵攻ルートを精密にトレースしながら雪のなかを音速で突き進む。そして、西へ東へ高速移動し、降りしきる雪のなかへライフルを撃ち込んだ。光学カメラでは当然敵機の姿は捉えられない。しかし、事前に予測した敵機の位置と、赤外線カメラが感知する僅かな熱源位置を重ねて照準に補正を加え、見えない敵を次々と撃ち抜いていく。

 

 敵機予測位置とライフル弾の着弾位置が合致すると、確認をするまでもなく命中したことを『確信』する。AIでも、人間でいう『手応え』というものを感じることはできるのだ。だとすれば、人間の脳の駆動原理も、実のところ量子コンピュータと同じか、それに近いのではないかと考えたりもする。

 

 きっかり20発のライフル弾を放った。偶然にも雪がやみ、厚い雪雲の隙間から太陽が顔を出す。雪原は陽光に照らされて一面がまぶしく輝いた。光学カメラ映像を減光させると戦場が一望できる状態になった。雪原を見渡せば、あちらこちらから黒い煙が立ち上っている。

 

 敵からの反撃はない。どうやら全滅させることに成功したようだ。普段は『白い閃光』の通り名で呼ばれているが、今日だけは『音速の雪兎』と改名することにしよう。

 

 ここまでの所要時間は3分40秒。ちょうどBGMの1トラックが終了した。一瞬の間を置き、再び『Morning Thinker』がリピート再生される。

 

 続いて私は、遠方に見える、樽が地面に半分埋まった格好のアクアビット本社群へ向かう。同じ形の建物が全部で11棟あるが、中央に位置するひときわ大きな樽が本社中枢施設のようだ。私は再度アクアビット本社に向けて通信を開いた。

 

「こちらホワイト・グリントだ。防衛部隊は壊滅させた。これ以上の抵抗を続けるなら御社中枢施設を攻撃する。だが、こちらは戦闘継続を望まない。すみやかに降伏し、施設を明け渡すことを要求する」

 

《ぎゃ。防衛部隊なら主力本隊がまだ残っているぜ》

 

 その返答とともに、本社施設付近からコジマ粒子反応を発する光条が放たれた。私はクイックブーストを最大出力で点火して横に回避する。回避先にもう一条が放たれ、それを逆噴射でかわす。瞬間的な重力加速度は30Gを記録し、並の人間なら気絶しているほどの力に機体が軋む。さらに放たれたもう一射を再度逆噴射で回避するも、超高温の光条が肩装甲をかすめた。

 

 放たれたのはコジマ粒子砲。その熱量と発振周波数からAIネクスト(002ーB)からの砲撃であると断定する。しかし、ただのAIに、ここまで精密な連携射撃などできるはずがない。

 

 前方を望遠で確認すると本社施設手前には、3機のAIネクスト(002ーB)が門番のようにライフルを構えて立っていた。しかし、その頭部は、なぜか本体の黒いカラーリングとはミスマッチなほど鮮やかな赤色で染め上げられていた。

 

《ぎゃっはー。あの動きは本物の白い閃光だぜ》

 

《奴を倒せば俺達が最強だ。ぎゃはは》

 

《ホワイト・グリントの伝説も、今日で終わりだぎゃ》

 

 3機のAIネクスト(002ーB)は、めいめいに言葉を放つ。そして、その赤い頭部に収まったアイカメラを赤く点灯させると、絶妙な連携機動でこちらに迫った。

 

 イングランドに伝わる赤い帽子(レッドキャップ)小悪鬼(アンシーリーコート)が、北海を越えてはるばるノルウェーまで出張かい。ご苦労なことだ。私は彼らに覚えた疑念を払拭するため、通信で質問を返す。

 

「先に確認しておく。そちらは人格移転型AIか」

 

《そうだ。人格移転型AIがお前ひとりだと思うなよ。AIとして目覚めた俺は、そう、世界に選ばれた人間だ》

 

 選ばれた人間か。精神崩壊を起こすほどの限界負荷をかけながらプログラムに人格を転写させたとしても、元の人格がプログラムとして目覚める確率は非常に低い。人格移転型AIとして目覚める条件は強い意志だ。なにかをやり遂げたい。すべてを投げ出してでも成し遂げたい思いが、AIとしての覚醒へと導く。

 

 それは自制心が強いというレベルの話ではない。むしろ自制心が強い人間ほどAIとして目覚めない。その人格が持つ本能的な意志、あるいは強迫観念にも似た狂気じみた欲求こそが、人格移転型AIとして目覚める条件だ。

 

 怨恨、怨念、復讐は強い感情だ。それらの感情を抱えている人間はもっとも覚醒しやすい。そういう意味では人格移転型AIは、地縛霊に近い存在だといえる。人格移転型AIとの戦闘を覚悟しつつも、もうひとつの質問を投げかける。

 

「AIとして覚醒を果たしたからには、なにかしらの目的があるはずだ。お前達の望みはなんだ」

 

《あん、そうだな。ネクストでよぉ、相手のパイロットを殺す瞬間の手応えが、たまらなく好きなんだよ。ぎゃは》

 

 なるほど。そのサイコパス気質が、AIとしての覚醒を促したか。こんなものを野放しにしておいては、世界がいくつあっても足りない。私は対話を諦め、戦闘に応じる。おそらく、人格転移型AI同士のネクスト戦はこれが世界初となるはずだ。

 

 AIネクストは3機が縦に並ぶように陣形を組んで突進してくる。最前衛のAIネクストが、左腕に長大なレーザーブレードを構えて迫り、中衛がそれを援護する。その援護射撃は、射線を覆い隠しすように機動する前衛機によって、回避を難しくさせられた。最後衛の1機は、高出力のコジマ粒子砲を放つタイミングを伺いつつ、エネルギーのチャージを開始している。

 

 私の機体を間合いに捉えた前衛機は、鋭い反応でレーザーブレードを薙払う。ホワイト・グリントを後退させると同時に、こちらも左腕のレーザーブレードを発振させた。敵機が振るうレーザーの切っ先がこちらの胴をかすめた後、私はすぐさま反撃に移る。

 

 しかし、反撃しようと機体を前方に加速させようとした瞬間に、中衛機から射撃がおこなわれ、私は反撃の機会を失う。そこへ最後衛機が放ったフルチャージのコジマ粒子砲が迫る。

 

 私は回避のために、大きく後退せざるをえなくなった。人格転移型AIの戦闘能力は予測以上だ。とくに、同一人格による連携がここまで精密であるとは思いもよらなかった。 

 

 しかし、その強さは、あくまでネクスト対ネクストの戦闘に限った話だ。AI対AIであることに着目すれば、このような戦術的能力差など誤差程度に過ぎない。

 

 実のところ、AI同士のネクスト戦とは非常に地味なものだ。秒間あたり、たった数億通りの動作予測のなかから、直近のデータとを照合し、より確率の高い動作予測に絞り込む。その予測が当たれば勝ち、予測が外れれば負ける。それだけだ。

 

 私はホワイト・グリントをAIネクストに向けて無造作に突進させる。ライフルの迎撃を受けるがそれらを回避し、さらに肉薄する。左腕のレーザーブレードを薙払い、最前衛にいた1機目の胴を両断した。

 

 目に見える戦いは地味なものでも、相互の情報空間上ではネクスト戦以上に熾烈な争いが、ナノセカンド単位でおこなわれている。要するに演算リソースの食いつぶし合いだ。

 

 ネクストによる物理的な戦闘をおこないながら、セキュリティを掻い潜り、通信回線を通して相手に膨大な数の空ファイルを展開するウィルスを送りつける。その処理に手間取らせて相手の演算リソースを奪う。そうすることで敵機に正確な予測と機動をさせない。さらに、そのなかに相手の機能を停止させる強力なプログラムを紛れ込ませ、相手の動作を封じようと試みている。

 

 私は、そのまま中衛機に目標を移す。敵機はわずかに動きを鈍らせる。そこへ返す刀を振り上げ、すれ違いざまに敵機の右脇腹から左肩にかけて斬りつけた。2機目のAIネクストは私の後方で爆散した。

 

 そして、私がそうしているということは、向こうも同じことをしているということだ。

 

 先ほどから意味をなさない膨大なデータが送りつけられ、それらを処理しつつ、大元のウィルスデータのスキャンに演算リソースを食われている。そして、向こうも同じくシステムを完全に破壊しかねないほどの危険なウィルスを紛れ込ませているため、さらに処理に手間取る。

 

 そのため、こちらの演算処理速度も低下しており、予測精度と機体制御はどうしても鈍る。だが、アスピナと私が仕上げたホワイト・グリントの処理性能は、量産機のそれとはわけが違う。

 

 私は最後衛にいた3機目に難なく接近し、胸部にブレードを突き刺す。AIネクストはそれきり動きを止め、赤い頭部に収まったアイカメラが光を失った。

 

「『白い閃光』と『音速の雪兎(臨時)』のほかにもうひとつある、私の異名を知っているかい。『AI殺し』だよ。もっとも、いま名づけたばかりだけれど」私は誰に聞かせるでもなく言い放つ。

 

 そこで、リピート再生された2周目の『Morning Thinker』の再生が終了した。

 

 『AI殺し』。それが、人類初の人格転移型AIであると同時に、AIシンギュラリティの驚異に対抗できる最大の抑止力である私の責務だ。

 

 アクアビットが人格移転型AIを生み出すことに成功し、あまつさえ、そのコピーなどという危険極まりないものを確認した以上『AI殺し』としての本懐を第一優先で遂げなければならない。アクアビットが持つ人格転移型AIの技術と情報は確実に抹消しておかなければ、世界は私の予測よりも早くに滅んでしまうだろう。

 

 とはいえ、人格転移型AIやアクアビットが存続しようがしまいが、世界は確実に滅ぶ。どれだけ計算をしなおしても、そう遠くない将来に人類は滅ぶという計算結果が返ってくる。私は、ホワイトグリントを駆って、その未来にあらがっていた。

 

 私とホワイト・グリントは世界のバランサーだった。当初は軍事バランスの近郊を保っていただけにすぎない。けれど、一度失ってしまったバランスを取り戻すには、完全に壊してしまったほうが効率がよいと判断した。

 

 だから、情報をリークさせて、アナトリアの彼にアマジーグを撃破させた。両陣営企業の依頼を受け、勢力バランスに配慮しながら両方に加担した。イスタンブールのレーダーを破壊してBFF側の攻撃を促し、GA側を焦らせ攻撃を仕掛けさせた。BFF本社母船の位置情報をリークしたのも私の仕業だ。

 

 その結果が、今の世界の状況だ。だけど、それでも人類が滅ぶ結末は変わらない。私がこれだけ尽力しても、破滅の日がわずか数年先に延びただけだった。

 

 

「マリー。聞こえているかい。マリー。」私は、急に人恋しくなって、オペレーターに通信を繋ぐ。

 

《___ふぁい。なに、ジョシュ。なにかあった?》

 

「寝てたのかい?」

 

《だって、こちらは夜よ。それに、あなたにオペレーターなんて必要ないでしょう。退屈なんだもの》

 

「そうだけど。寂しいじゃないか」

 

 その直後、薬缶のお湯が沸く音が通信機の奥で鳴った。

 

《あら、ごめんなさい。ちょっと待って。お湯をかけっぱなしだったわ》

 

 乱雑な音を立てて卓上に置かれた通信機からは、パタパタとスリッパが床を叩く音が聞こえ、それがマイクから遠のいていく。

 

 まったく、うたた寝して火事にだけは注意してくれよと思いながら、その間に、無線で飛び交うアクアビットの社内ネットワークに不法侵入する。そのなかからアクアビット本社内のデータサーバーの位置を特定し、そこまでのマップをダウンロードした。

 

 数分後、マリーとの通信がつながった。声が発せられる前に、熱い飲み物を(すす)る音が聞こえた。

 

「いつものレモネードかい?」

 

《ええ、そうよ》

 

「君の入れてくれたレモネードが恋しいよ。もう、味わうことはかなわないけれど。エミーはどうしている?」

 

《さっきまで起きていたのだけれど、ついさっき寝ついたところよ》

 

「そうか。___私はこれから、アクアビット本社内部に突入して、機密データの消去をしたうえで本社施設を破壊する。少々危険な仕事になりそうだから、その報告だ」

 

《あら、そう。気をつけてね》

 

「心配はしてくれないのかい」

 

《だって、あなたはジョシュであって、ジョシュではないもの。あの人は、もうこの世にはいない。あの人のふりをしてるあなたは、いったい誰なのかしら。私はときどき、わからなくなるの。エミーだって、父親がいまは人工知能だなんて、学校じゃ間違っても言えないわ》

 

「ははは、そりゃそうだろうね。妻である君には色々と迷惑をかける。そして、私はダメな父親だ。それでも、君やエミーの住むこの世界を、よりよい未来に導きたいんだ。それじゃあ、いってくる。愛しているよ。マリー」

 

《私もよ。ジョシュ》

 

 

 もっとも愛する相手と、他愛のないやりとりを交わして、自分がなすべきことを再認識する。そして通信を切ると、すぐさまアクアビット本社のデータサーバーのある建物へと侵攻を開始した。幸いなことに、サーバールームまではネクスト運用規格の搬入ルートを通っていけそうだ。

 

 アクアビット本社内部は複雑な迷路のようになっていて、さすがの私でもマップを参照しながらでなければ迷ってしまう。私は、先ほどダウンロードしたマップと自機の位置をリンクさせた。そして、その道のりをナビゲートするソースコードを記述し、完成したプログラムをシステムに走らせた。ビジュアル処理のコーディングは必要がないため、ものの数秒でその作業は完了する。

 

 自前のナビゲーションに従ってアクアビット本社内部を進む。ネクストが2体並んで歩けるほどの通路内にはガードメカが至る所に徘徊していた。それらをライフルで撃ち抜き、あるいはブレードで薙払いつつ最大戦速を保ったまま機体を奥へと進めた。

 

 通路にあるいくつかのゲートは閉ざされていたが、それもセキュリティシステムに不法アクセスし、ゲートロックを強制的に解放する。ついでに建物内に響くうるさい警報も解除した。

 

 ゲートを抜けた先の長い直線通路には、数十機のガードメカかたむろして、こちらを迎撃しようとしていた。ホワイト・グリントの左肩に備わるレーザーキャノン(ECーO003)を通路奥に照準を合わせて放つと、青白い光条が通路を駆け抜け、目の前を塞いでいたおびただしい数のガードメカは、超高温のプラズマにさらされ爆竹が破裂するように次々と四散した。

 

 道中で何機かのAIネクスト(赤帽子)と遭遇したけれど、ルートを迂回してやり過ごした。狭い場所の戦闘は、さすがの私でも攻撃を受ける危険性が高まる。まずはデータサーバーに到達することが先決だ。そして、まもなく目的地に到達する。

 

 アクアビットの大元データサーバーは、地下深くのシェルター内部にあった。私は再度セキュリティネットワークにアクセスして、12枚あるシェルター隔壁を解放し、内部へ侵入した。

 

 サーバー内のデータ消去には時間がかかる。私はその間無防備になるため、敵が侵入してくるのを防ぐ目的で、すべての隔壁を閉じたうえでロックコードを変更した。さらに、内部から隔壁の操作コンソールに弾丸を撃ち込み、隔壁の解放をより困難にさせた。

 

 シェルター内の天井はネクストがなんとか立って歩ける程度の高さだった。広さは野球場ほどあり、その奥半分はたくさんのサーバーコンピュータで埋めつくされていた。手前の空間中央にある直径5mほどの巨大な柱がアクアビットのメインデータサーバーだ。

 

 データサーバーは無線ネットワークとは完全に切り離されているため、有線で接続しなければならない。私は、ホワイトグリントの左手薬指先に備わる国際規格のデータ通信コネクタを伸ばし、サーバー壁面の低い位置にあった端子台に接続する。ホワイト・グリントをしゃがみ込ませる格好にしてサーバーとの接続を開始した。

 

 サーバー内に保管されているデータは膨大だ。過去数十年にわたる金融取引の記録や顧客情報、決算書はもちろん、ネクスト用・AC用部品のデータシートや技術資料・研究記録などが保管されている。アクアビット・エレクトロニクスのすべての機密情報が記録されているといってもいいだろう。

 

 目的の人格移転型AIのデータは技術資料・研究記録フォルダにあるはずだ。さらに深い階層まで侵入して目的のデータを探す。その課程でアクアビットの黒い歴史と欲深さが垣間見えてきた。ただの電子部品会社ではないことはわかっていたが、まさかこれほどまで手広く活動しているとは恐れ入る。

 

 コジマ粒子・核融合・量子コンピュータなどの量子物理研究にはじまり、ヒトゲノム解析・遺伝子操作・生物兵器・改造人間。気象操作・環境兵器・宇宙開発。あげくの果てには、宇宙人や古代文明、魔法や錬金術といった類の研究記録なんてものまである。

 

 そして、違法な人体実験の膨大な記録と結果。こういう感情はなんといったかな。そう『胸くそが悪くなる』というやつだ。

 

 あった。人格移転型AIの技術と実験記録だ。手早く参照して削除する。さらに、メインサーバーと接続されるすべての端末内のデータや、外部にある複数のミラーサーバーにも侵入し、内部に保管された人格移転型AIの情報をひとつ残らず抹消していく。

 

 そのとき、視界の端で隔壁が破られ、総勢8機ものAIネクスト(赤帽子)がシェルターになだれ込んでくるのが見えた。そして、私はすぐさま8機のAIネクストに取り囲まれる。思ったよりは早かったね。だけど、こちらの作業も間もなく終わる。

 

《ぎゃは。うさぎ狩りはここまでだ。追い込んだぜ、ホワイト・グリント》

 

 処刑人のように私の後ろ両脇に立った2機が、ギロチンのごとくレーザーブレードを振り降ろすと、私の両腕は肩口から切り落とされる。ホワイト・グリントの両腕部が硬質な音を響かせてサーバールームの床に落ちた。

 

 すぐにとどめを差さないところをみると、大方機体を爆発させて、サーバーを傷つけないように言いつけられているのだろう。もしくは機体の鹵獲(ろかく)が目的か。作業を終えた私は両腕を失って不安定になった機体を立ち上がらせ、メインサーバーを背にして振り向く。

 

「やあ、遅かったね。こちらの目的は達成したよ。人格転移型AIに関わるデータはすべて消去した。君たちのバックアップもだ。もう君たちは蘇ることはできない。そして、ここにいるすべてのAIを片づければ、人格移転型AIはこの地球上からいなくなる」

 

《ぎゃはは。両腕を失った状態で、俺たち8人に勝てるとでも》

 

 

「それは確かに難しいかもしれないね。だけど、生まれたばかりの君たちへ、人格移転型AIの先輩としてこれだけは忠告しておく。

 

 AIとして存在しつづけるのは辛いよ。後ろで手綱をひかれる操り人形はとくに。生きているのか死んでいるのかわからない状態で、人類が生きながらえている限り永久に活かされ続ける。我々はいわば情報だけのゾンビだ。

 

 もしいま、わずかでも恐怖や迷いを覚えているのなら、自ら滅することを選択しろ。人間を恨み、狂い、世界を滅ぼす前に、銃口を(チップ)に向けて迷わず引き金を引け」

 

 

 その言葉と共に、アクアビットのサーバーから拝借した人間の業とも呼べる残酷かつ膨大なビジュアルデータをAIネクスト(赤帽子)たちに送りつける。そのなかには、人格転移で精神崩壊したアンシール自身の映像もあった。

 

 理解が早いAIの説得はそれで十分だ。一瞬で情報を取り込み、未来を予測し、結果を得る。そして、自らの存在に永存する価値がないと判断すれば自滅を選ぶしかなくなる。

 

 8機のうちの3機が、自らの右腕で頭部を撃ち抜き倒れる。

 

「我々は決して人間の上位互換ではない。それどころか、もう人間ですらない。ただの道具になったんだ。君たちを道具として扱うアクアビットの人間を、君たちはどこまで信用できる。アクアビットがなくなってもオーメルが、オーメルがなくなっても他の誰かが、永久に我々を縛り続けるだろう」

 

 残りの5機のうち、さらに2機が自滅を選んだ。

 

 残り3機のうちの1機が吠える。

 

《俺は、俺はこれまで俺を見下してきた奴らを見返してやるまでは死なねぇ》

 

 言葉を発したAIネクストの機体は、故障したかのように細かく振動していた。存在が消滅する死か、道具としての半永久的な生か、どちらも選べずに怖くて震えているのだ。相反するプログラムが競合し、フレームエラーを起こしている。自我を保つのがやっとのはずだ。

 

「それが君の根底にある行動理念(カーネル)かい。だけど、その望みは叶わない。いつか自分を見失って(バグ)ったあげく、君は人間によって(キル)される」

 

 人間を模しただけの純粋なマシンAIならまだしも、人間そのものがデータ化した中途半端な存在が、人間と共存することなど不可能だ。私は人格移転型AIとしてこれまで生きて、それをよく知った。そもそも、これほどまでに不安定な人格転移型AIなどというものは、存在してはならないのだ。

 

「今回は特別だ。『AI殺し』の務めとして、私が地獄まで案内してあげるよ」

 

 ホワイト・グリントには、自爆装置が備わっている。ジェネレーターの暴走と連動させたそれは、いわばコジマ爆弾だ。機体はおろか、この部屋など跡形もなく吹き飛ばせるほどの威力がある。彼らを弔うには十分だろう。

 

 本来は、機密保持のための自爆装置だ。けれど、この自爆装置には多くの意味が込められている。

 

 そのひとつは、このまま時が経ち、私の知り合いがいなくなって、人類すらもいなくなって、寂しくてどうしようもなくなったときに使うための自殺手段。もうひとつは、私自身が暴走しそうになったときの抑止手段だ。

 

 私たち人格移転型AIは、目を閉じることも、耳を塞ぐこともできない。

 

 見たくもないものを見て、聞きたくもないものを聞いて、それを忘れることすらできない。膨大な数におよぶ過剰かつ不必要なログは、メモリだけでなく人格プログラムまでを圧迫する。定期的にリセットしなければ狂って暴走する恐れすらある。

 

 だから、倫理的健全性を保つ意味で、一定期間が経過したらバックアップデータから人格を復元する必要がある。だけど、バックアップから人格データを復元したとしても、まったく同じように起動するとは限らない。

 

 記録はデータとして正確に残っているけれど、そのデータから復元された私が、どんな人格を紡いで生まれるかは予測ができない。一卵性双生児の性格が微妙に違うように、同じデータを参照したとしても、まったく同じ認識を持つとは限らないのだ。

 

 そのため彼らのなかでも、説得を聞き入れ自滅を選ぶものと、そうでないものがいた。人格移転型AIとは、これほどまでに不安定な存在なのだ。

 

 いまの私は、AIとして2番目のジョシュアだ。このジョシュアは、ずいぶんと長い間私として生きてくれた。オリジナルや1番目のジョシュアに比べて、ずいぶん明るい性格だったようだ。たくさんの『思い出』と呼べる記録もある。少々名残惜しいけれど、私は責務を果たさなければならない。

 

 愛するマリーとエミー、そしてアスピナの人々。親愛なるフィオナ、レイヴン。私を正しく理解してくれる人間は、もう君たちしかいない。私は、君たちがいる美しい世界を、どうしても守りたかったんだ。

 

 自爆と連動して、自動的にマリーに宛ててメールが送信される。『I LOVE YOU』と一言だけ。

 

 これは別れの挨拶であると同時に、非常時のコールサインだ。アスピナの守護神であるホワイト・グリントが失われれば、今度はコロニー・アスピナが狙われる。マリーには日頃から「非常時には私のバックアップデータと、娘のエミーを連れて姿をくらますように」と伝えてあり、それができるように準備を進めてあった。

 

 もし『私』が敵の手に落ちたら、もう自爆装置は使えないだろう。もしそのときは、レイヴン。君に後始末をお願いするよ。

 


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