ARMORED CORE for Bidden【ACfb】アーマード・コア4 作:あきてくと
《繰り返します。こちらラインアーク守備隊。侵攻中のオーメル・インテリオル連合艦隊に告ぎます。あなた方はラインアーク主権領海を侵犯しています。速やかに退去してください。さもなくば、実力で排除します》
《ふん。オーメル軍事情報管理官のアディ・ネイサンだ。繰り返しになるが、そちらにでレイレナード・アクアビットの残党を名乗る反体制勢力を匿っているとの情報が入っている。やましい事がなければ、おとなしく武装解除してコロニー内の査察に応じろ》
14:00時。オーメル・インテリオル艦隊とラインアーク防衛隊との第二陣の戦線は、両者ともに第一波攻撃時と同じ文言を律儀に繰り返した後に開かれた。この戦いはレイレナード・アクアビット残党をあぶり出したいオーメルと、独立コロニーとしての立場を主張するラインアークとの政治戦争だ。
ただし、それは表向きの名目であり。その真意は、現存する唯一の人格移転型AIである
アナトリアの傭兵と並び、リンクス戦争で多大な戦果を上げたアスピナの傭兵ホワイトグリントとジョシュア・オブライエンの存在価値は、戦術的にも戦略的にも絶大である。ラインアークはホワイト・グリントの戦術的防衛力を行使し、自コロニーの独立自治権を恒久的なものとしたい。オーメルは、戦略的に自らの立場を脅かす可能性のある存在を野放しにはできない。
そして、ジョシュア・オブライエンの妻であるマリー・オブライエンから私が聞いた話では、レイレナード残党もジョシュアのバックアップデータを狙っているという。
もし、かつて人格移転型AIを運用していたレイレナード・アクアビット残党がジョシュアのバックアップデータを手に入れれば、強力な軍事兵器として運用され、再び戦争が始まるだろう。
ラインアークの水面下では、現在3陣営がお互いの動向を探っている。ラインアークとオーメルの戦闘による混乱は、レイレナード残党にとってジョシュアのバックアップデータを奪取する絶好のチャンスだ。ラインアーク防衛の依頼を受けた我々アナトリアの傭兵は、速やかにオーメル・インテリオル連合艦隊を駆逐し、現在置かれたこの混乱した状況を一刻も早く打開しなくてはレイレナード残党の都合の良い結果になりかねない。
《敵部隊は、再度南北から侵攻。南の方が圧倒的に数が多い。北側後衛部隊は南へ移動。北側前衛はアナトリアの傭兵の遊撃を援護しろ。奴らに島の土を踏ませるな!》
守備隊長であるエリザの指示でラインアークの守備部隊が移動を開始する。オペレータールームに並ぶ広域レーダーには、ラインアークに向かって侵攻する無数の機影が輝点で表示されており、南側の方が明らかに輝点の密度が濃い。北側に
「
索敵情報を受け取ったレイヴンは、前進して編隊を組む
いくら歴戦のアナトリアの傭兵と言えど、物量に勝る相手に対しての防衛戦は苦しい。この広い海洋上では、攻撃側の敵は360°どこからでも攻められるのに対し、こちらは360°に気を配らなければならない。おまけに最終防衛ライン以内の生活圏ではコジマ汚染を防ぐ目的で、高速移動の要であるオーバードブーストは極力使わないように指示されていた。
とはいえ、ラインアークの島周辺には砲台が設置されているうえ、守備隊は相当数の駆逐艦とMT、ノーマルACを展開させている。独立コロニーを謳うだけあって、ラインアークには十分な防衛戦力が整えられていた。
「レイヴン、大丈夫よ。撃ち漏らした敵はラインアーク守備隊が迎撃してくれてるわ。敵主力ノーマルACの集中して」
1対少数に限定された戦闘なら、リンクス戦争の英雄であるアナトリアの傭兵にかなう者などそうはいない。
しかし、ACごときではアナトリアの傭兵の足止めですら不十分だ。3機いたACは、すでに残り1機まで減っており戦線を後退しつつある。ネクストを止められるのはネクストしかいない。そう思った矢先、コジマ粒子のモニタリング反応が急上昇する。
敵は案の定、第二波攻撃でネクストを投入してきた。第一波はただの斥候であり、この第二波攻撃こそが本命なのだ。
「敵ネクスト接近中。気をつけて」
敵の姿はまだ遠くて捉えられない。モニター上ではコンピュータが識別パターンの解析を行いネクストの特定を急ぐ。現在オーメルとインテリオル・ユニオンが動かせるネクストは最大で9機。幸いなことに、検知したのはネクスト1機ぶんのコジマ粒子濃度だ。どのリンクスが出てきてもいいように、敵のデータはすべて私の頭に入っている。
一番やっかいな相手は、オーメルの寵児と呼ばれるセロが駆る
その次にやっかいなのが、これまで何度か共闘した事もあるミド・アウリエルの
インテリオル・ユニオンのネクストは、グループを構成するレオーネ・アルドラ・メリエス各社の総勢7機。いずれのネクストも、レーザー兵器やプラズマ兵装など強力な光学兵器を装備しているため単機とはいえ、苦戦は避けられないだろう。
敵ネクストの解析終了を知らせる電子音が鳴った。同時に該当ネクストの情報が自動的にデータベースから引っ張り出されて別のモニターに表示される。新たな敵が、セロでもミド・アウリエルでもないことに安堵しつつ、私はそのデータを要約してレイヴンに伝える。
「敵ネクストは、アルドラの
《了解した》
少しは驚きの声を上げるかと期待したのだけれど、相手が自分と同じ元レイヴンだと知っても、彼はおくびにも出さなかった。こちらの機体から送られてくるカメラ映像とリンクしたモニターには、海面を切りながら接近してくる重量二脚型のネクストが小さく映し出された。
光学兵器に対する防御を高めるため曲面で構成された装甲板が、時折太陽光を反射して部分的に輝く。クリティークは、こちらを射程に捉えるやいなや左腕のレーザーライフルを射かけてきた。可視できるほど出力密度の高いコヒーレント光が幾本もの筋を描いてこちらを襲う。
秒速30万kmにおよぶレーザーを回避することは何人たりとも不可能だ。しかし、レイヴンはそれらをすべてかわす。レイヴンはレーザーライフルの射線上に捉えられないように機体の機動ベクトルを絶えず変化させながら回避行動をとり続けていた。
ただし、敵にとって左腕のレーザーは牽制射撃にすぎない。虎の子である右腕の高出力レーザーライフルの銃口は、レイヴンの動きを捉えようと微動を繰り返している。断続的に被ロックオン警告のアラートが鳴り、それがほんの少し長めに続いたかと思うと、敵機の右腕が激しく瞬きモニターがホワイトアウトした。
発射された
ようやく回復したモニターには、敵の右側に回り込み、射撃を加えながら接近するレイヴンの様子がカメラアイを通して映し出される。高火力兵器は射撃後の長いリロード時間が弱点だ。その間、敵の右方にできる隙をレイヴンは見逃さない。クリティークは旋回しながら左腕のライフルで迎撃しようとするが、射角がとれずにレーザーはすべてこちらの右後方に流れた。
レイヴンの機体の両腕から放たれる銃弾は、クリティークの機体に間違いなく命中しているが、機体周辺に展開されたプライマルアーマーに阻まれ威力を削がれている。その際、銃弾が持っていた運動エネルギーは青緑色の光に変換され、クリティークの機体周囲を球状に覆うように見える。
それでもレイヴンはトリガーを引き続けた。左腕のマシンガンから連続して吐き出されるおびただしい数の銃弾が、プライマルアーマーのエネルギー発生源であるコジマリアクターに負荷を与え、敵機を保護する光の幕は徐々に輝きを失っていく。
プライマルアーマーが失われたネクストの装甲はノーマルACと何ら変わることはない鉄の板だ。レイヴンは敵の胴部を狙って右腕のライフルを至近距離で放つ。120mmの弾丸は、発射時の初速を保ったまま、クリティークの装甲板まで届いた。1射目は敵の肩装甲を砕く。2射目は右腕の大型ライフルによって阻まれはしたものの、
もう一撃を加えようとしたところで、クリティークの右肩に備わったミサイルポッドが発射位置までせり出す。それを確認したレイヴンは素早い判断で攻撃をとりやめ回避行動に移る。ミサイルポッドのハッチが開かれると同時に、無数の小型ミサイルが発射され、蜘蛛の子を散らしたかのように弾頭と白煙が視界いっぱいに広がる。
レイヴンは敵頭上を飛び越えるようにしてミサイル群の迎撃を回避しようとしたが、すべてをかわし切れずに左の腕部と脚部に被弾した。複数の小型弾頭が装甲ぶつかって一斉に弾けるも、幸い損傷は軽微だ。敵の背後をとったレイヴンはすぐさま機体を回頭させ、システムがロックオンするより早く敵の背面を照準に収めてライフルを放つ。
しかし、敵の反応も速い。クリティークはすぐさま機体を左に平行移動させて回避行動をとり、レイヴンが敵背後から放つ銃弾は右肩のミサイルポッドを貫くにとどまった。そして、クリティークはミサイル弾頭の誘爆に巻き込まれる前にポッドを空中に投棄する。
刹那遅れて内部に残ったミサイル弾頭がまとめて誘爆し、2機の間で大きな爆発が起こった。両機は爆発を避けるように距離をあける。発生した衝撃波が機体を揺さぶり画面が揺れた。そこへ敵パイロットから通信が飛び込んできた。
《かつて、伝説と呼ばれたレイヴンがいた》
敵パイロットからの通信メッセージは、まるで昔語りか独白のように始まった。
《そのレイヴンがもたらす圧倒的な戦果は、敵対企業に甚大なダメージを与える。味方なら、これ以上心強い味方はないだろう。しかし、敵として相対すればこれ以上に恐ろしい敵はいない。伝説のレイヴンの存在は、まさに雇った側が必ず勝つ
しかし、傭兵として優秀すぎるがゆえに、結局は敵味方を問わず両企業を疲弊させ、共倒れさせる。その結果、一時は対立の図式がなくなり傭兵斡旋の仕組みが瓦解したこともあった。そのとき同業内で、貴様がなんと呼ばれていたか知っているか?『バランスブレーカー』。また世界をひっかき回すのか》
《___ふん。こちらは仕事をしているだけだ。文句なら依頼主に言え》
いつもなら敵との会話を無視したがる彼が珍しく会話に応じた。敵パイロットが語る伝説のレイヴンとは、どうやらアナトリアの傭兵である彼のことらしい。元レイヴンだと言うシェリングは、同じく
私は、彼がアナトリアに来る前のことをよく知らない。凄腕のレイヴンであったことは知っていたが、それ以上は何ひとつ知らなかった。彼に訊いても答えないからだ。本名すら名乗りたがらないため、私はいまだに彼のことを『レイヴン』と呼んでいた。
《過去の事はいい。だが、貴様はまた同じ事を繰り返している。BFFとレイレナードを潰しておきながら、今度はオーメルに噛みつくのか。そのおかげで世界の均衡は崩れる。やりすぎなのだよ貴様は。力を持つなら節度をわきまえろ》
《生憎、
《この
その言葉を聞いた私の額からは冷たい汗が吹き出した。心拍数が意図せず跳ね上がり、呼吸がしずらくなる。『世界でもっとも多くの人間を殺したイェルネフェルト』。その事実は、わかってはいたことだけれども、これまで誰の口からも直接語られることはなかった。
もちろん、敵パイロットは私ではなく、亡き父に向けて言ったのだろう。頭では理解していても、心が、自我がそれを受け止め切れない。時折思いつめながらも、どこか他人事のように考えていた節はある。しかし、直接その言葉を突きつけられれば、イェルネフェルトの娘という存在が、より重く背中にのしかかり、強い脱力感に身体の自由を奪われる。
《そして、誰であろうと、目立つ杭は確実に打たれるのが世の摂理だ。アナトリアともども報いを受け___》
突如、不自然な形で敵機からの通信が途切れた。機体や通信機のモニタリングには問題はない。不慮のトラブルかと思い、私はレイヴンに現状を確認するため、出しにくくなった声を振り絞って彼に通信を入れる。
「レイヴン、通信が途切れたわ。何が___」
《何でもない。奴との通信接続をこちらで切った》
「どうして」と、思わず訊ねていた。
《奴の昔話につきあうのが億劫になっただけだ》
彼はさらっと答える。ふふん、素直じゃないな。でもありがとう。彼の気遣いに、思考が強制的に切り替えられた。さっきまで身体の自由を奪っていた脱力感は幾分軽くなり、今私がすべきことを思い出す。
「あともう一押しよ。敵ネクストは、コア内部に
《大丈夫だ。必要ない》
彼は余裕綽々と答える。事実、アナトリアの傭兵は強い。とくにネクストと頻繁に交戦するようになってから、さらにその強さに磨きがかかったように感じられる。
神経接続でコントロールするネクストの操縦は、なにより先天的なAMS適性がものを言いう。しかし、彼の適性値は決して高い方ではなく、適性レベルでいうなら中の下といったところだ。それでも、これまで数々の強敵を打ち負かしてきた実績がある。
私が推察するに、多くのリンクスたちは五体満足であるがゆえに、ネクストの性能を活かし切れていない。それに対して、国家解体戦争で右半身と左手足を失った彼は、五体満足ではないがゆえにネクストを自分の身体のように扱える。それが彼の強さの理由だ。
元来、脳から発せられる身体制御信号は、あくまで生身の肉体寸法に最適化されているため、ネクストの機体を肉体とまったく同じように動かすことはできない。個人の身体的特徴をスケールアップした機体ならまだしも、各部寸法が規格化されたネクストでは体感覚に違和感が生まれてしまう。おまけにネクストの機体構造は、人体の可動域を最低限のアクチュエーターモーターで簡易的に模倣したロボットに過ぎないからだ。
さらに、多くのリンクスはネクストに搭乗している時間よりも、生身の身体で過ごす時間の方が長い。そうなるとネクスト搭乗時に学習した体感覚は、実生活上の生身の体感覚に上書きされてしまい、脳神経細胞の可塑化が遅れる。つまり一定の学習レベルに達するまでに、それだけ多くの搭乗時間を要するということだ。それは、動作原理がまったく異なるふたつの楽器を同時に習得することに近い。
体感覚のフィードバック回路調整と動作プログラムの変更で、動作の違和感なくすように補正を加えることはできるけれども、その弊害として微細な動作が難しくなるうえ、動作遅延が大きくなる。ミリ秒程度のわずかな遅延であってもネクストの高速戦闘では命取りだ。
それに対して、もともと生身の体感覚が希薄である彼は、ネクストの操作に違和感を覚えない。そして事実、彼の機体には、ほとんど制御補正を加えていない。補正の必要がないからだ。
国家解体戦争で四肢を失った彼にとっては、ネクストこそが彼の身体であり、今やかつてあった自分の身体のようにネクストを扱えていることだろう。とくに、微細な操作が必要な精密射撃や、運動神経系の伝達速度が大きく反映される近距離白兵戦においては、他のリンクスに対して圧倒的なアドバンテージを持っている。
もし、彼の頭の中をのぞき込むことができたなら、彼の脳運動野や小脳のニューロンネットワークの振る舞いは、自らの肉体ではなくネクストの操作に最適化されているはずだ。もし、タコのような8本足のネクストが存在したなら、彼の脳はそれにも順応するかもしれない。
体感覚を持たない人格移転型AIも、同様の理由でネクスト操作に適している。五体満足の身体を失った彼は、人格転移型AIの対になる存在であるとも言えるだろう。リンクス戦争を終結に導いたアスピナの傭兵とアナトリアの傭兵。このふたりの存在と関係に運命めいたものを感じざるを得ない。
そのアスピナの傭兵のバックアップデータの行方を左右する戦いは、再び中距離の射撃戦に移行し、レーザーと実弾の応酬が繰り広げられている。
敵ネクストが右腕に持つ高出力レーザーライフルを早い段階で使用不可にできたのは幸いだった。しかし、左腕に残った
機動性ではこちらが圧倒的に上回っていた。しかし、敵ネクストはコア内部に連射性能に優れた近距離戦用のパルスレーザーガンを隠し持っているため、迂闊に近づくのは危険だ。
レイヴンは、死角となる相手の右手側に周り込みながら攻める。クリティークが使用不能になったままのレーザーライフルを右手に保持しているからだ。しかし、敵ネクストはあえてそうすることでレイヴンの動きを限定させ、こちらの動きを誘い込んでいるようにも思える。左腕のライフルの銃口が迎撃するために幾度となく瞬いた。
クリティークは不意に右腕のライフルをこちらに向けて投げつける。レイヴンは一瞬だけ虚を突かれたように居着くが、ブーメランのように横回転しながら飛来するライフルをかわすべく、すぐさま機体を平行移動させる。しかし、その動きを予測していたクリティークは、投擲したそのレーザーライフルを自らのレーザーライフルで狙撃した。
撃ち抜かれた
発生した膨大な熱と光は一帯の海水を一瞬で蒸発させ、さらにこちらの機体を飲み込もうとする。レイヴンはあわてて退避するが、それより早く熱膨張によって爆発的に体積を増やした蒸気の波が押し寄せ、機体は弾き飛ばされて制御不能に陥る。ブースターを駆使して姿勢を保持しようと試みているがその努力もむなしく機体は海面に叩きつけられた。着水した衝撃音が通信機を通してこちらの耳まで届いた。
私はすぐさま機体の状態を示すモニタに目を走らせ、各部の動作状態をチェックする。制御機能に異常は出ていない。機体内部への浸水もないようだ。ただ、装甲表面温度が海水に浸されながらも依然高い数値を示していることが、先程の攻撃が起こした爆発の膨大な熱量を物語る。
カメラに泡立つ水面が映る。機体はすでに頭部までが海中に沈んでいた。ネクストは海中での運用が想定されておらず、水中ではブースターの性能が著しく低下する。機体は最大出力で浮上を試みているが、海面に浮上してから上昇に転じるまでには隙が生じてしまう。
「レイヴン、浮上してはダメ! 撃たれるわ!」
私の叫びは聞こえただろうか。元レイヴンであるシェリングは、もちろんこちらが浮上する際の隙を決して見逃さないだろう。機体のアイカメラは、波で歪んだクリティークの機体らしき姿を捉えていた。同時にロックオンされたことを示す警告アラートが鳴る。
打開策を見つけるべく私が目を泳がせていると、モニタ上にはオーバードブーストが発動するまでのカウントダウンが表示されていた。ああ、そうか。私はレイヴンの意図を読む。オーバードブーストの大推力なら浮上時に狙撃される確率は低い。それに___。
衝撃音が響いた。こちらのオーバードブーストが点火し、メインブースターの数倍もの大推力が機体背面から発せられる。その膨大なエネルギーは大量の海水を空高くまで巻き上げ、機体全体を覆うほど巨大な水柱を立ち上げた。挙をつかれた敵ネクストは、後退しながらレーザーライフルを連射するが、近距離からの射撃にもかかわらずレーザーは水柱に阻まれこちらに届かない。
レイヴンの狙いはこれだった。水を通過したレーザー光は拡散し、威力は著しく低下する。彼は水柱をレーザーを防ぐ盾に利用したのだ。同時にブースターの推力不足を補いつつ安全に浮上できる。水柱から遅れて飛び出たレイヴンは、ライフルを射かけながらクリティークに肉薄する。左腕に持っていたマシンガンはすでに捨て去り、格納式レーザーブレードに換装してあった。
レイヴンが薙払ったレーザーブレードのプラズマ刃は、クリティークのプライマルアーマーの防御を突破し、その超高温で装甲を融解させ胴部を深々とえぐった。機体同士が接触した際に、接触通信回線が自動的にオンになる。
《伝説は伊達ではなかったか。貴様にやられるなら悔いはない》シェリングは最期にそう言った。
ジェネレーターを破損させたらしく、クリティークはそのまま動きを止める。そして、機体を浮上させていたブースターの推力も失い、機体は渦をつくって海中に没した。
レイヴンの機体はしばらくの間、その場へとどまった。昔のことを思い出しているのだろうか。それとも同業の縁がある元レイヴンだったシェリングを弔っているのだろうか。通信機からはなにも聞こえない。私は周辺の索敵をして安全であることを確かめたうえで、そっとしておくことにした。
任務によっては他のレイヴンと共闘することもあるそうだが、もちろん敵となることもある。依頼完遂のためであれば、知り合いでも殺さねばならない非情な世界の住人だ。
そんな世界で長らく生きた人間は、きっと
戦士として優秀であることは、人間性を殺すことだ。同じ戦士でも、守るべきもののために戦う軍人とは少し違う。より所さえ持たず、たったひとりで戦い続けなければいけない状況は誰であっても辛いはずだ。
レイレナード本社侵攻作戦のおり、彼は『これ以上今の状態で生きたいとは思わない』と言った。国家解体戦争の戦地から逃れ、アナトリアに不時着した彼に治療を施したのは私だ。そして、再び戦場へ引き戻した。
果たして、私は彼を助けたのだろうか。それとも、彼を苦しめ続けているだけなのだろうか___。
私の思考は、遠くで起こった発破音と立ち上る水柱によって中断させられた。素早くレーダーを読み、状況把握に努める。付近に敵影はない。ラインアーク南側ではまだ戦闘が続いているが、
水柱は北側最終防衛ライン付近で起こった。続けてもう一回。おそらく水中機雷か魚雷の爆発だ。状況を問い合わせようとした矢先、ラインアーク守備隊長のエリザの方から通信が飛び込む。
《フィオナさん。聞こえるか。エリザだ。すまない。要人とバックアップデータが、コロニー内部への突入部隊に奪取された。現在、要人を乗せた潜水艇が周辺海域の機雷網を抜けて逃走中。こちらの魚雷攻撃を振り切り
絶句した。この侵攻自体がオーメルの画策した陽動作戦だったのだろうか。それとも、この混乱に乗じて行動を起こしたレイレナード残党の仕業なのだろうか。まさかこんな結末になろうとは予想だにしなかった。それも潜水艇を使うとは。
ネクストは水中での運用を考慮されていないため海中深くに潜ることはできない。ラインアークの周辺海域は比較的浅いものの、水深150mはある。ネクストの耐水深度はおよそ100mほどだ。海底スレスレを航行されれば手が出せない。攻撃するにしても水中で火器は使用できないし、レーザーブレードも役に立たない。そもそも海中ソナーすら装備していないため、潜水艇の発見すら困難だ。
「こちらアナトリアのオペレーター。ネクストは水中での運用は想定されていません。海中への攻撃はおろか、潜水艇の位置特定もできません。迎撃は不可能___」
そこへレイヴンが会話に割り込む。
《フィオナ。
は? なにを言っているの、この人は。確かに
しかし、潜水艇は動いているのだ。さらに沈降されれば手の打ちようがないし、耐水深度を越えたら機体がどうなるかわからない。この程度の深度でネクストが圧壊することはないだろうが、故障箇所によっては再浮上できなくなる恐れがある。イコールそれは彼の死だ。
「無茶だわ。許可できない」
《潜水艇にはジョシュア・オブライエンのバックアップが載っているんだろう? 奴を敵に渡せば、今度は確実にアナトリアが狙われる》
「でも___」私は言葉に詰まる。第二波攻撃の前に交わしたマリーとの会話が幻聴のように蘇った。
マリーは『私やジョシュアが何者かの手に墜ちそうになったら。あるいは、あなた方の前に立ちふさがることになったとしたら、そのときは迷うことなく撃ってください』と言った。
事態はマリーが想定した最悪の状況になった。おまけにマリーとの約束を果たすためには、レイヴンの命もかける必要がある。今、目の前では、マリーとレイヴンふたりの命と世界の行方が、天秤の両端にぶら下がっている。
これでは倫理学課題モデルのトロッコ問題そのものではないか。線路が分岐した先の一方にマリーがいる。もう一方には数十億人の未来がある。私が分岐点をどちらに切り替えるかで、今後の世界が大きく変わる。そして、トロッコに乗っているのはレイヴンで、彼の命も危うい状況だ。
一個人にとって、数十億人という単位はスケールが大きすぎて現実味が薄く、身近な人間の命を尊重したくなってしまう。だからといって、ここでマリーとレイヴンの命を優先させれば、イェルネフェルトは2度目の大量殺戮の引き金を引くことになるかもしれない。そうなればイェルネフェルトの血は本当に呪われたものとなってしまうだろう。
しかし本音では、知人やパートナーの命を失わせることだけは絶対に避けたい。どうする。マリーやレイヴンのように、私もここで覚悟を決めなければならない。
先程よりこちらに近い位置で再び水柱が立ち上がり発破音が轟く。もう迷っている時間はない。問題自体は単純な二者択一だ。わずかばかり時間をかけたとしても事態が好転することはありえない。
ジョシュア、ごめんなさい。あなたは私たちを見守ってくれていたのに、私はあなたを守れなかった。
マリーさん、ごめんなさい。あなたの覚悟は決して無駄にしません。
そしてレイヴン、ごめんなさい。あなたには辛い役目を押しつけてばかりだわ。
「___ネクストのスペック上の限界深度は100mよ。それ以上は深追いしないで。___アナトリアからラインアーク守備隊本部へ。ネクストを海中に潜らせて潜水艇の離脱阻止を試みます。潜水艇の予想進路座標を要求。加えて、万が一に備えてサルベージ船の出動を乞う」
私はレイヴンに潜水の許可を出す。そして、ラインアーク守備隊本部に対応を具申した。ネクストの制御端末に
「レイヴン、お願い」と思わず口に出したものの、誰に何をどうお願いしたいのかは、言った私自信にもわからなかった。
レイヴンは、エリザが提示した潜水艇の予想進路上で潜水を開始する。十数mも潜れば太陽光はほとんど届かない。アイカメラ映像は徐々に暗くなってくる。高度計はマイナスを指し示し、現在は深度40mを越えたところだ。機体にはまだなんら異常はみられない。
深度50m。
すでに視界はゼロだ。コックピット内の気圧は一定に保たれているため潜水病の心配はない。それでも、バイタルモニタが示すレイヴンの心拍数は少しばかり上昇していた。さすがのレイヴンでも緊張の色が見て取れる。いくら伝説のレイヴンと呼ばれる存在だとしても、海中での作戦は初めてなのだろう。ACやネクストでの海中戦などこれまで見たことも聞いたことがないのだから。
深度60m。
「レイヴン、異常はない?」
《いまのところ、とくに異常はない》
この真っ暗な海中でも、
さらに、
未来予知と、人間の耳と目では捉えられない微細な振動と熱を認知できる状態とはどのような状態なのだろう。人間には検知できない帯域の電磁波センサをAMSで接続すれば、もしかしたら彼はこの世界のあらゆるものを見通せるようになるかもしれない。
技術者として興味は尽きない。是非とも自ら体感してみたいところだけれども、あいにく私はネクストに乗ることができない。
深度70m。
レイヴンの身体は定期的に検査を行っているため、私は彼の身体の状態を彼以上に知っていた。脳波検査でも、CTスキャンによる脳画像でも、まだ
ただし、コジマ汚染はそれなりに進行している。彼の身体にはコジマ由来の放射性物質が蓄積し、暗闇ではぼんやりと光って見える。こればかりはコジマ技術の結晶であるネクストを運用する以上、頻繁に除染する以外どうしようもない。
深度80m。
「そろそろ限界深度よ。反応は?」
《潜水艇はまだ捉えられない》
音と赤外線を認知できるからといって、本当に潜水艇の動きなど捉えられるものだろうか。
深度90m。
「レイヴン、そこまで。限界よ」
機体の制御モニタリングが、左足の動作不能を警告する。先の戦闘で被弾して弱った左足内部に浸水したようだ。電気回路がショートして動作不能に陥った。すぐさま回路は遮断されて、他所へ被害が拡大するのを抑えるが、次はダメージを受けた左腕が、その次はコックピットがある胴体内部へ浸水することは目に見えている。
《潜水艇をみつけた。さらに沈降する》
「これ以上は無理だわ」
深度100m。案の定、左腕に浸水し動作不能に陥る。それでもレイヴンは私の警告を無視してさらに沈降する。
深度110m。「レイヴン。浮上して」
深度120m。《後少しなんだ》
深度130m。「命令よ。浮上しなさい」
すでに限界深度を大幅に越えている。このままでは、彼まで命を落としてしまう。
命令無視もここまでくれば上等だわ。こうまでしてあなたを突き動かすものはなに?
レイヴンとしての挟持? アナトリアへの義理? 『アナトリア』の傭兵だから?
どうして自分の命をそんなに安く考えるの?
お願い、死なないで。私をおいていかないで。私を一人にしないで。
私は迷ったあげく、キーボードを叩き、
「お願い。浮上して」私は彼に懇願する。
《___了解した》少し遅れて彼が答えた。ブースターが弱々しい推力を吐き出し、機体はゆっくりと浮上を開始する。
レイヴンが安全な水深まで浮上したのを確認してから、私は思い出したようにラインアーク守備隊本部へ通信を入れる。
「アナトリアのオペレーターより、ラインアーク守備隊本部へ。申し訳ありません。潜水艇の迎撃は失敗しました」
《いや、元はと言えばこちらの失態だ。貴殿ら働きに感謝する。オーメル・インテリオル部隊は撤退を開始した。帰投したらゆっくり休んでくれ》
エリザが我々に労いの言葉をかける。マリーらを奪取した突入部隊が、オーメル側なのかレイレナード側なのか気になったが、今は誰とも話をしたい気分ではなかった。