ARMORED CORE for Bidden【ACfb】アーマード・コア4 作:あきてくと
コロニー・アナトリアから火の手が上がっている。点々と燃えさかる炎は、赤い夕日を浴びてさらに赤黒く燃えたぎり、それは地獄の業火を思わせた。予想よりも随分と早い侵攻だったな。それだけ俺が疎まれていたということか。
どうせなら、俺だけを焼き殺してくれればよかったものを。灼かれるべきはエミールでも、ハワードでも、メカニック達でも、コロニーの住人達でもない。ましてや、フィオナでも、あの花をくれた女の子でもない。あの業火に灼かれるべきは俺だけで十分だったはずだ。
そうは思っても、罪悪や後悔や自責の念は抱かない。いや、抱けない。
罪悪感を覚える資格がないほどに俺は人を殺しすぎた。その度に自分の感情を押し殺し、自責の念を感じるほどの自我など、屑ほどにも残ってはいない。後悔の数は多すぎて、もはやどの時点から悔いていいのかすらわからなかった。
俺に残された道は、一切の選択を放棄することだけだった。言われるがままに依頼を遂行し、代わりに結果のすべてを受け入れる。そうすれば、行動と感情を楽に切り離すことができた。それがレイヴンとして唯一残された俺の生き方だった。
伝説のレイヴン? リンクス戦争の英雄? 物事の表面しか見ていない連中はそんな派手な言葉で飾り立てたがる。ここにいるのは、そんな大層な代物ではない。ただの人間の形をした滓だ。___ああ、そう言えば、もう人間の形すらしていなかったな。
それでも。ただの残滓であっても。少しばかりの生存本能とわずかな怒りの感情くらいは残っている。こちらに牙をむいたことを後悔させてやるくらいには。
俺は目の前にいるアナトリアを陥落させた敵機に向けてライフルを構える。
敵はレイレナードのAIネクスト似た鋭角的なシルエットをしていた。しかしサイズはAIネクストよりもふた回りは大きい。
ラインアークから帰還途中だった俺たちの輸送機は、アナトリアを目前にしてこの機体から砲撃をうけた。輸送機が墜落する直前、フィオナはこれを『プロトタイプ・ネクスト』と呼んだ。フィオナの父であるイェルネフェルト教授が完成させた最初のネクストだと。
どうりで古くさいデザインであるうえに、兵器としての洗練度に欠ける。ありったけの機動力と攻撃力と防御力を備えただけのいかにも素人考えによる完成度だ。
だが、それゆえにスペックの予想がつかない恐ろしさがあった。兵器開発においてサイズは重要な意味をもつ。外観が1.5倍だとしても、性能は1.5倍にとどまらない。重量増による運動性能の低下はあれど、サイズに対して基本スペックは二次曲線を描いて向上する傾向にある。
両肩から前後に突き出た装甲は、多連装のブースターユニットになっているようで高い機動力を有しているようだ。
右腕には5門のガトリングガンをひと束にした規格外の重火器が備わる。そして、左腕には全長の1.5倍はあるこれまた巨大なコジマ粒子砲を携えていた。先程の砲撃の放熱がいまだ冷めず、砲身の周囲の空気は陽炎のようにゆらめいでいた。
《遅かったな。言葉は不要か》
「ああ、そうだな」
ジョシュア・オブライエンが語る短い言葉に同意して、俺は右腕に構えたライフルの照準を絞り込む。奴の目的は知れている。そして、こちらがそれを知っていることを、奴も知っているだろう。なにせ奴は人格を持ったAIなのだから。
戦場で言葉は不要だ。銃口を向けあって語れるべき言葉などない。交わされるのは、火薬で撃ち出された鉛弾かレーザーか、超高温の金属粒子だけだ。戦場で言葉は一切の意味をなくし、力をもって勝った方だけが語る権利を持つ。それは、これまでの人類史が如実に物語っている。
重々しい右腕のガトリングガンを、奴は予想以上に機敏な速さで構えた。5つの砲身がそれぞれ回転をはじめ、無数の弾丸が吐き出される。
形状こそガトリングガンだが、あの長い砲身から射出される弾丸は弾速、威力ともにライフル並だ。重々しい発破音の一発一発が耳を打つ。後退しながら、それらをすべて回避し、タイミングを見計らってネクストを突進させる。
珍しく興奮していた。だが怒りにまかせた特攻ではない。怒りのようなものは感じていたが、頭はシンと静まりかえっていて、いつになくクリアだ。冷静な怒りとでもいえばよいか。この感覚はずいぶんと久しぶりだ。
大型ガトリングガンから吐き出される一撃必倒の弾幕が、回避行動をする俺の機体のすぐ脇をかすめていく。こちらが放つ弾丸も、奴は巨体に似合わず俊敏な機動で避けられる。俺は射撃と回避を同時に行いながらさらに肉薄すべく機体を加速させた。
相対距離200m。ここが俺のポジションだ。踏み出した脚部が地面を削り、急制動をかけると同時に左肩のクイックブーストを最大出力で点火し、一瞬にして奴の真横へ飛んだ。奴は反応できず、無防備な脇腹を露わにする。俺の視覚が、狙うべき装甲と装甲の継ぎ目を瞬間的に拡大して捉え、意識するより速くそこへライフル向けて引き金を引いた。
捉えた。どんな高機動性を有していても絶対に避けられないタイミングだ。ライフルのマズルフラッシュから曳光が延びて奴に向かう。しかし、視界全体が瞬き、奴が消え、銃弾が空を切り裂きながら遠のいていくのが見えた。
俺は危険を察知し、状況を把握するより先に跳んでいた。コジマ粒子反応の上昇を捉えたときには、足下の大地が閃光を発して砕かれた。
なんだ今の動きは。奴が目の前から消えた。そしてあらぬ方向から撃たれた。まるで瞬間移動だ。現実味のない現象に戸惑いながらもレーダーを視認するより早く、やつの機体が放つ膨大な熱量を検知した方向へ向けてライフルを放つ。命中する手応えを感じたものの、奴は肩のブースターを大きく瞬かせると、着弾の間際でその場から消え失せる。
しかし、今度は奴の動きが見えた。奴の肩に備わる10連のクイックブーストが吐き出す推力が、まるで瞬間移動のような加速力を生み出していた。それにとどまらず、今度は反対側に向けて同じように加速すると奴の機体がいとも簡単に視界から外れる。危険を感じ、とっさに回避した後の空間を数発の100mm弾が駆けた。
あの加速は反則だ。あまりに常軌を逸した敵機の機動に俺は思わず苦笑いを浮かべる。あれだけの加速だと身体にかかる重力加速度は20Gほどだろうか。切り返した際の瞬間最大加速度は50G、あるいはそれ以上か。奴が身体を持たないAIであることを改めて思い出した。あの加速では人間の身体ならミンチになっていてもおかしくない。
再び撃たれた方向にライフルを向けるが、その方向に奴はすでにいなかった。右斜め後ろ。 気づいた時には衝撃とともにプライマルアーマーの光りの幕が視認され、被弾したことを悟った。俺は機体姿勢を立て直しつつ後退する。
奴は再び瞬間移動のような加速性能を披露し、右へ左へ機体をひるがえしながら追撃を放ってくる。速い。確かに速いが、それだけだ。奴が消えた瞬間に、明後日の方向にライフルを向け引き金を引く。命中はしなかったものの、奴の脇を銃弾がかすめた。
奴の初速とブースターの噴射時間から算出した移動地点に射撃をした。
あれだけの加速だ。慣性法則を無視できない以上、一方向に加速し続けるしかない。切り返すにしても一瞬だけ速度がゼロになる瞬間がある。その針の穴を通すようなタイミングを捉えるべく神経を集中させて引き金を引いた。
こちらの放った120mm弾が奴の厚い装甲に弾かれ、浅い角度で跳弾する。続けて放った弾丸はまるで検討外れの方向へ飛ぶ。さらに別方向へ放った弾丸は、奴の肩装甲に当たって弾けた。それを認めた奴は、今度はブースターの噴射タイミングをランダムに調整し始め、照準を絞るのがさらに難しくなる。しかし、それでも5発に1発程度なら当たる。
だが、不意に連続した衝撃が機体を揺さぶる。射撃に集中しておろそかになった回避のスキを突かれて再び被弾した。機体のダメージモニタリングは、ところどころオレンジ表示で損傷を警告し始める。このまま戦闘が長引けば、やられるのはこちらだ。なんとかして接近戦にもちこまなければ。
俺は背面のオーバードブーストを起動させた。単純な速力ならオーバードブーストの大推力で稼げるが、こいつの難点は小回りが効かないことと、発動までにタイムラグがあることだ。奴の素早さには追従しきれない。しかし、奴の動きを誘導させられれば直線的な動きでも奴に肉薄できる。
コジマ粒子が背面に展開された大型ブースターに収束し、膨大な推力が立ち上がる。弾かれるように加速した俺の機体は奴に向かって突き進んだ。直進を保ちながら、機体を揺らすように機動させてガトリングガンの迎撃をかわしつつ、軌道を微修正して奴に肉薄する。しかし、一度目のアプローチは、あの常識はずれの加速でこちらの軌道上からたやすく逃げられた。
奴の横をパスし、大きく旋回して再び真正面に捉えた奴に向かって機体を突き進ませる。1200km/hほどの速度で奴に接近しながらライフルを構え照準を絞る。狙いは、奴のやや右方。右に撃たれれば奴は左に回避するはずだ。
案の定、奴はこちらから見て左に回避するために反対側の肩ブースターを噴射させた。そのブースターの瞬きを捉えた瞬間に、俺は機体を大きく左にスライドさせた。急激な方向転換による遠心加速度で、真横から殴られたような加速度が身体を襲い、身体中の血液が一気に右側に移る。バイタルアラートは血流異常と心拍数上昇を警告するが無視する。カメラに直接接続された視神経はレッドアウトを起こさない。
俺の進路上に、奴の方から現れた。すぐさま左腕に備わったレーザーブレードを発振させ、奴に超高温のプラズマ刃の斬撃を加えるべく左腕を振りかぶる。奴をブレードの間合いに捉え、青白い輝きを放つブレード振るうべく左腕に力を込めた瞬間、奴の機体各部が妙な光を発しているのに気づいた。同時に、コジマ粒子濃度上昇のアラートが耳をつんざく。
回避だ。奴の機体から距離をとるために、俺はブレードによる攻撃を取りやめ、機体を前方に加速させる。奴の機体とすれ違った直後、後方から膨大な光りが照らし、目の前に自機の影ができた。衝撃波が加速中の俺の機体を一瞬で追い越し、激しい衝撃に機体が揺さぶられる。同時にあたりの地面がえぐられ、巻き上げられた土砂や岩が機体を叩いた。
俺はオーバーブーストで加速中の機体姿勢を保つべく、必死で四肢と各ブースターをコントロールする。
その甲斐もむなしくバランスを崩した俺の機体は、発生した乱気流に飲み込まれ、嵐の中の木の葉のように無軌道で放り飛ばされる。地面に叩きつけられたらしい衝撃を受けると同時に、さっきの攻撃の正体が何であるかが思い浮かんだ。
あれはフィオナの父であるイェルネフェルト教授が造った機体だ。ならば、コジマ粒子を極限圧縮させて全周囲に解き放つあの兵器も組み込まれているはずだ。同じものが俺の機体にも組み込まれている。しかし、一度使えばコジマリアクターともどもジェネレーターが破損して機体を動かせなくなる諸刃の剣だ。
だが、視界に捉えた奴の機体は、さっきの攻撃で出来上がったクレーターの中心で、何事もなかったかのようにこちらへ振り向く。予備のジェネレーターが動いているのか、それとも無制限にあれを放つことができるのか。後者だったとしたら、接近戦に持ち込んで倒すことも難しくなる。
打つ手なしか。俺は機体を起きあがらせ、思わず後ずさる。そこへ単発の銃声が響き、弾丸がすぐ後方の地面をえぐった。
《逃げおうせようなんて考えるなよ、アナトリアの傭兵。もしそうなら、次は当てるぞ》
突如、どこからか通信が飛び込む。ジョシュアの声ではない。もっと若い男の声だ。通信の出所を探ると、アナトリア近くの崖の上に、一体のネクストが隠れもせず立っているのをみつけた。通信はあのオーメル製の機体から発せられた。
《セロ、彼は逃げるような男ではない。手を出すな》
ジョシュアからの通信が、セロと呼ばれたあのオーメル機に搭乗しているリンクスをたしなめる。
《___ふん、まあいい。お前たちのどちらか生き残った方を撃破するよう指令を受けている。せいぜい、どちらも『がんばれ』》
セロがふてぶてしい態度で状況を説明した。なるほど、オーメルは随分と用意周到だ。奴らはジョシュアのことも、ただの捨て駒としか考えていないらしい。
《そう言うことだレイヴン。私たちはどちらかが死ぬまで戦わなくてはいけない》
「共闘して
《残念ながら、妻を人質にとられている。それは無理だ》
「___ふん。相変わらず姑息な手を使う連中だ。利用するだけ利用しておいてこの始末とは、恩を仇で返すにもほどがある」
俺はいい機会だと思い、これまでの心境を吐露する。わざとセロに聞こえるように大声で。
《ああ、まったくだ。このような人間が人類を支配していると思うと鳥肌が立つ。どおりで世界が破滅する以外の未来が見えないわけだ》
ジョシュアもここぞとばかりに不満を口にした。皮膚のないAIに鳥肌が立つとは思えなかったが、奴らに一泡吹かせたいのはジョシュアも同じようだ。
《戦争屋風情が偉そうに言うなよ。そもそも、お前たちみたいなバケモノが敵味方の区別なく暴れられたら、迷惑するのはこっちなんだ。さあ、戦闘を再開しろ。少なくとも、どちらかがやられるまで手出しはしないから安心していい。信用するかどうかは任せるが》
何様のつもりだ。俺の中に再び怒りの感情がわき上がる。しかし、怒りはただの怒りだ。体内のホルモンバランス変化がそう感じさせるだけにすぎない。怒りでは目の前の事態は解決しない。
落ち着いて周りをよく見ろ。わずかな変化を感じ取れ。そして考えろ。まずは、ジョシュアの乗るプロトタイプネクストを倒さなければ、俺とアナトリアはここで終わりだ。