ARMORED CORE for Bidden【ACfb】アーマード・コア4   作:あきてくと

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Seed A Hostile Earth 後編 〜セロ〜

 ジョシュア・オブライエンを搭載したプロトタイプネクストは、左腕の長大なコジマ粒子砲をアナトリアの傭兵が駆るネクストに向けて最大出力で放つ。

 

 砲口からは高密度で収束した青緑色に光る顆粒の束が吐き出され、対峙したアナトリアの傭兵を貫こうとする。しかし、その強力なエネルギーは、一般的なネクストよりもふた周りは大きなプロトタイプネクストの安定性をもってしても精密な射撃は不可能だった。

 

 発射の反動で砲身が暴れ、攻撃はアナトリアの傭兵には当たらない。それをプロトタイプネクストは消防士が火元に放水するかのごとくアナトリアの傭兵の動きに砲身を追従させる。

 

 なおも吐き出され続ける光の束は巨大な光の剣のようだ。プロトタイプネクストは大剣を薙払うがアナトリアの傭兵に回避された。追撃を加えるべく腕を振り上げ上段に構えると、光束は天上高くまで届いた。雲を突き破って空に大穴を穿ち、それが振り下ろされる。そのスケールは大剣どころか巨大ビルの倒壊に近い。

 

 破壊の光がこちらめがけて降ってくる。僕はチッと舌打ちをしてから、クイックブーストの推力を使って真横に跳んだ。プラズマ化したコジマ粒子の大剣は、さっきまで僕が立っていた崖山に叩きつけられると、辺り一帯の地形をまるごと変えた。

 

 奴め、アナトリアの傭兵ごと僕を巻き添えにしようとしたな。

 

《セロ、どうした》異常を検知した作戦本部からすぐに問い合わせがくる。

 

「なんでもない。ただの誤射だ」

 

 万が一、白い閃光がこちらの意図しない行動をとった場合の措置として、僕にはプロトタイプネクストの強制停止権限が与えられている。今の行為は限りなく黒に近いグレーってとこか。まあ、それぐらいは認めてやるさ。こっちだって本音では人質をとって、強引にけしかけさせる(・・・・・・・)ような真似はしたくないんだ。

 

 これじゃ、こっちが悪者で、僕はまるでゲームのラスボスみたいだからな。柄じゃないんだよ。そういうのは。

 

 プロトタイプネクストはボロボロになりながらも、その全身からは純白の光が発せられている。少なくとも、僕にはそう感じられる。この状況下であれだけのモチベーション(クッキリした色)を発揮しているということは、奴め、まだ何か企んでいるな。

 

 対するアナトリアの傭兵の方は、白と黒が入り混じった灰色のマーブルってとこか。酸いも甘いも噛み分けた貫禄ってやつか。どっちつかずのレイヴンの性( グレー )ってやつか。それとも、単純に迷いを抱えているだけか。いずれにせよクリーンじゃない。気持ち悪いよ。お前。

 

 だが、それでもオーメルの幹部連中よりは遥かにマシだ。奴らの色はドス黒く、まるでヘドロのように粘性を帯びている。そのくせ密度は低く、その内側はスカスカだ。

 

 僕はあらゆる情報を色彩と質感が入り交じったコードで知覚し解釈する。一部の音楽家が、音階に色がついているとか、柔らかい音色だとか言う共感覚と似たようなものだ。

 

 知覚情報が固有のコードに変換されることで、よけいな無意識が介入せず、ありのままの情報が脳に入ってくる。その結果、複雑な情報をより正確に分別できた。そして思考伝達が効率化されることによって、より素早く情報処理が行えるのだとオーメルの技術者どもは言う。理論上は常人よりも0.3秒ほど思考速度が速いそうだ。

 

 その結果のひとつとして、僕は目の前の相手が嘘をついているのがハッキリとわかる。

 

 人間はなにもしていなくても情報を発しているものだ。手足の微細な動きや眼球の動き、呼吸の乱れ、心拍変動などの情報は心裏を露見させる。僕にはそれらも色と質感を伴った明確なコードとして認識されるため、僕にとって目の前の相手が語る本音と嘘を見極めることなどCM7とCm7を聞き比べるのと同様の作業でしかない。

 

 たいがいの人間が語る言葉は嘘だ。嘘とまでいわなくとも、少なくとも本音ではない。だが、もっと質が悪いのはそれが嘘だと気づかずに本音で嘘を言う連中だ。身体情報を一切変えることなしに、明らかにおかしなことをぬかす。その無意味な言葉にさらされる僕は激しい違和感を覚え、知覚されるコードはノイズにまみれて気持ちが悪くなる。耳も目もふさぎたくなる。

 

 だから僕は常にイライラする。だから人間は嫌いだ。

 

 ネクスト搭乗時はさらに感覚が鋭くなるが、機械を通すことで直接ノイズにさらされなくてすむ。ここだけが、僕が唯一心地よいと感じる場所だ。だから僕はネクストで戦う。

 

 ネクストのセンサーが収集した膨大な視覚データや聴覚データ、環境データはAMSを通して僕の脳に届けられ、それらが統合され構成された複雑な色と触感のコードは、相手パイロットの思考や心理までを映し出す。すべてが正確にわかるわけではないが、だいたいのことはわかる。

 

 命をかけて戦う者は純粋だ。策略や謀略を巡らす奴もいるが、それは勝つために、あるいは生き延びるために必要な行為だ。どんな色や手触りが知覚されても、そこに矛盾は感じられない。

 

 僕は、相手パイロットが攻撃の際に発する色にあわせて、自分の色を自在に変える。僕の動きも色彩コード化するのだ。それは武道でいうなら『型』のようなものだ。相手が赤色で迫ってきたら、補色である緑色の動きをする。あえて相手と同じ赤色の動きで真っ向勝負をしかけたり、黄色っぽい動きで動揺を誘うこともある。

 

 もちろん、攻撃や回避をするために普通の人間と同じように身体操作はする。赤色や緑色っぽい動きをするってことだ。抽象的な。メタ的な。わかるだろ。

 

 僕はそういう風につくられた。オーメルの科学者連中の手によって、ネクストの性能を100%引き出すためだけに設計され、遺伝子操作で生み出されたデザインベイビーたち。その成功披検体の第1号(セロ)が僕だ。

 

 僕の前に生まれた失敗作は数知れない。命をもて遊ぶような真似をなんとも思わないオーメルの科学者(マッドサイエンティスト)どもは、粘着的でサイケデリックな極彩色にまみれている。そのなかに数人いる、人間として割とまともな部類の科学者どもは、自らの行いを恥じ、あきらめの感情で色あせて見えた。

 

 どいつもこいつも気色が悪いが、僕にはどうでもいい。僕は僕に与えられた役割をこなすだけだ。

 

 その結果、『オーメルの寵児(ちょうじ)』などともてはやされる。『オーメルの天才』と担ぎ上げられて見せ物にされる。

 

 天才として生み出されても、何の苦労もせずに何でもできるわけじゃない。少なくとも天才なりの努力がいる。周りが見えすぎるから、それだけ気苦労も多い。それも僕をイライラさせる。とくに、天才だからと無理難題を押しつけてくる奴らには反吐が出る。

 

 『天才』とはずいぶんと便利な言葉だ。自ら努力もしない人間が他者を指して、あいつは生まれながらにして特別だと決めつける自己肯定の裏返し。同時に、自分の認知が及ばないだけの理由に起因する閉ざされた常識から逸脱した者へ対する軽蔑と線引きの言葉。

 

 はたまた、相手を利用するための(おだ)て文句か、望む結果だけを提示した際にかけられる殺し文句か。

 

 何が天才だ。お前らも大変だよな。気持ちはわからないでもない。力のある奴はどうしても周りがほっとかないからな。良い意味でも、悪い意味でもだ。

 

 だが調和を乱す奴らは、誰であろうと叩かなければならない。

 

 デザインベイビーである僕は特別かもしれないが、人間なら誰にでもある程度決められた社会的役割や社会的規範ってもんがあるだろ。そいつを逸脱するから叩かれる。当たり前じゃないか。空気を読めよ。

 

 オーメルは地上の管理者だ。善でも悪でもなく、必要だから存在するんだ。尻尾を振れとは言わないが、その立場を揺るがす可能性は排除しなくてはならない。わかるだろう。天才なら。

 

 望遠カメラには何事かの茶番が終わった後に、アナトリアの傭兵に頭部を打ち抜かれて機能を停止したプロトタイプネクストが映る。

 

 ___さて、ようやく出番か。

 

「こちらセロ。作戦本部へ通達。プロトタイプネクスト( 白い閃光 )が落ちた。これよりアナトリアの傭兵の方を始末する」

 

 僕はネクスト(テスタメント)を進ませる。一応、改めて挨拶くらいはしておくか。僕は戦場に立っているアナトリアの傭兵に通信をつないだ。

 

「存外、人格移転型AIとはいえそんなものか。白い閃光が勝つ方に張っていたんだが」

 

 おっと、挨拶になっていなかったな。気づけば皮肉が先に口をついて出る。オーメルの技術者どもは、どうやら僕を口から先に生まれるように設計したらしい。

 

 

     ◇ ◇ ◇

 

 

 セロは優れた垂直推力を利用してこちらの上空に陣取り、ライフルを射かけてくる。

 

 相手の頭上を取れば有利になる。それは歩兵戦闘に始まり、戦闘機によるドッグファイトを経てネクスト戦に変わっても変わることのない常套戦術だ。

 

 上空から地上に向けて放たれる弾丸は、重力加速度が加わって弾速が向上する。それは威力が向上することと同義だ。対して、地上から上空を狙い撃つには、重力が邪魔するおかげで弾速が削がれ、威力は落ち、おまけに着弾位置がやや下にズレるため照準に補正を加えなければいけない。

 

 また、上と前後左右に加えて下にも機動できる空中は回避にも有利だ。回避方向が増えることは回避率の向上に直結する。さらに、武器によっては射角が確保できず相手の手数を減らすことも可能だ。

 

 上空の敵機に接近しようにも、やはり重力によって引っ張られるため上昇加速は鈍く、そのスキを狙い撃ちされる危険がある。

 

 さらに言えば、地上からは常に上空を見上げる形となり、水平基準となる地面が見えないことで三半規管が狂いバランスを崩しやすくなる。それは回避率の低下を意味した。オートバランサーが働くため機体が倒れることはないが、ネクストの高速戦闘では瞬間的な集中力の乱れが生死に関わることも珍しくない。

 

 遥か上空から、ほぼ真下に向けて放たれるライフル弾が(あられ)のように降り注ぎ、こちらの機体をときおり叩く。対してこちらの放つ弾丸はほとんど命中していない。俺はたまらず、敵機の眼下をすり抜ける形で相手の死角に機体を待避させる。

 

 そのまま距離をとりつつ、死角からの射撃を試みるが急降下して回避された。そのまま奴は一度地上に舞い降り、再度飛び上がるためのエネルギーを機体内のコンデンサに蓄える。

 

 滑らかな回避運動でこちらが放つ弾丸を回避しながら右肩のマイクロミサイル(MPー0602ーJC)を放った。それを回避するこちらのスキを狙って右腕のライフル(MR-R100R)を数発放つと、再びジャンプして一気に高高度まで上昇する。

 

 常に相手の真上に陣取る戦い方は常套戦術ではあるものの、ここまで徹底して使う奴は珍しい。

 

 この戦術を使いこなすには、空中での緻密な機体制御技術が必要なことに加え、徹底したエネルギー管理と卓越した空間把握能力が必要だ。そして、機体重量とエネルギーデリバリーのバランスが整った機体構築があってはじめて最大の効果を発揮できる。

 

 生半可な機体とパイロットが使えば、あっという間に空中でエネルギー切れになって、ただの的になるか、死角に回り込まれて撃ち落とされる。

 

 (セロ)の駆るオーメル製ユディトベースの機体は空戦に最適化された機体だ。そして奴はその性能を十分に使いこなすだけの技術を備えており、これまで戦った誰よりも空中戦を巧みにこなしていた。だが、こちらはそれに対応する戦法もしっかり心得ており、地対空の戦術的不利は最小限に抑えている。

 

 それでも奴との戦力差を埋められないのは、奴の強さが戦術や操縦技術だけに頼ったものではないからだ。

 

 奴の動きは、これまで戦ったどの敵とも異質だった。空戦に特化した機体だけに上昇性能は高いが、それ以外の動きは軽量機として平均的だ。総合的な機動力ではこちらの方が高い。プロトタイプネクストの動きとなら比べるまでもない。

 

 奴は反応が異常に速かった。その速さは人格移転型AIより上かもしれない。人格移転型AIも高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)も、光学カメラが捉えた映像を、火器管制システム( FCS )が解析し、その情報を相手の動作予測としてパイロットに伝える。その結果、俺の場合なら0.5秒ほどの先の敵の動きがほぼ正確に読める。

 

 奴の動きは、そんな無機的で場当たり的な対応ではなく、はじめから何が起こるかわかっているような不可解な動きをする。

 

 システム解析からパイロット間での伝達処理速度が速いのか、それともパイロットが認知して動作するまでの速度が速いのか定かではないが、例えるならそれは空中を飛び回るハエの動きに近い。こちらと向こうで体感時間がまったく異なっているような隔絶した動きをする。

 

 ジョシュアのプロトタイプネクストを倒して活路が開かれたと思ったが、安堵するには早すぎたようだ。これが『オーメルの寵児』と呼ばれる所以(ゆえん)か。公開されている奴の年齢は二十歳にも満たなかったはずだ。しかし、経験不足を才能と技量で補ってあまりある。

 

 とはいえ奴には無駄な動きが多く、終始落ち着きのない踊るような動きをする。だが、それがかえって奴の動きを読みづらくさせていた。

 

 

 セロは相変わらず頭上に陣取り、ほぼ真上からライフルを射かけてくる。俺はその死角となる奴の後方直下に機体を移動させながら直上射撃で応戦した。いくら空戦に特化した機体でも、永久に飛び続けられるわけではない。回避を誘発させてエネルギー切れを誘う。 

 

 奴がエネルギーを切らして降下するのを察知すると入れ違いで跳び上がり、今度は逆にこちらが奴の頭上を取り、攻撃をしかけてやる。

 

《ふん、僕のお株を奪おうってのか》セロのぼやきが通信機から聞こえた。

 

 奴は、俺がしたのと同じようにこちらの死角へ逃げ回りながら射撃を回避し、跳び上がるタイミングを図っている。そうはさせまいと、俺は奴が跳躍するために身を屈める仕草を見せると同時に奴の頭上を狙撃し、跳びあがるタイミングをことごとく潰して回る。

 

 何度目かのタイミングで、跳躍の挙動をわざと見逃した。奴はここぞとばかりに飛び上がるために腰をおろして膝を曲げ、上昇初期加速を得るためのエネルギーを脚部にため込もうとする。

 

 狙いはその一瞬だ。どれほど動きが速くとも、どれだけ反応が速くとも、絶対に狙撃を回避できないタイミングがある。人も鳥もネクストも、着地する一瞬と、跳び上がる一瞬だけは無防備だ。高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)で鋭敏になった俺の感覚は、奴の曲げた膝関節に隙間ができるタイミングを正確に捉える。

 

 俺が放った120mm弾は、奴が膝をもっとも曲げた瞬間にそこへ命中した。機体周囲にまとうプライマルアーマーが弾丸の威力を削ぎ光が瞬く。それでも、脚部への着弾で奴は上体を崩してバランスを失う。こちらが放った2撃目が奴の胸部装甲にクリーンヒットすると、再び機体を包むプライマルアーマーが球状の光を瞬かせた。

 

 しかし、膝関節破壊を狙って放った初撃は寸前で膝装甲で阻まれたようだ。奴の反応速度はこちらの予想を遥かに上回るものだった。

 

 セロはブースターを使って体勢を立て直しつつオーバードブーストを起動させ高速移動で一時距離を取ると、反転と同時に左肩のレーザーキャノン(EC-0300)を乱射してこちらを威嚇する。俺は不可視のレーザー光を避けるために急降下して一時地上に降りた。

 

《あのタイミングで当ててくるか。バケモノめ。だけど面白いよお前。少しだけ興味あり、だな》

 

 セロはそう語ると、両肩と左腕の武装をパージする。空いた左腕には格納式のレーザーブレードが装備された。

 

《教えてやるよ。僕が得意なのは空中戦だけじゃないってことを》

 

 武装をパージして身軽になった奴はオーバードブーストを起動し、先ほどよりも明らかに速い速度でこちらに迫る。どうやら接近戦で仕止める戦法に切り替えたらしい。俺はライフルで迎撃するが、素早い反応と動きで右へ左へ難なくかわされる。

 

 不意にセロがオーバードブーストをカットし、バランスを崩したような挙動を見せた。そこを狙ってライフルを放つが、奴はオーバードブーストの慣性速度を保ったまま小さくジャンプしてそれをかわす。そして、着地した奴の次の動きに俺は目を見張った。

 

 側転から2度の後方宙返り、そして錐揉みを加えた側宙返り。そのスピン状態を保ったまま上空からこちらに接近し、左腕のレーザーブレードが振われる。

 

 火器管制システム( FCS )が奴の動きを予測し、高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)がそれを俺に知覚させるが、俺はその状況を飲み込めないでいた。突拍子もない動きから繰り出される奴の攻撃を大きく後退して回避するも、奴は再度跳躍し、低く空中前転をしながら追従してくる。その動きはまるで体操選手か雑伎団か、もしくは猿だ。

 

 身を縮めながら空中前転した奴の両脚裏が目前に迫る。その膝が勢いよく延ばされると、俺はそのまま蹴り飛ばされた。奴はネクストの機体を使ってドロップキックをして見せた。激しい衝撃がコックピットを襲い、一瞬操作がままならなくなる。後方に転倒しそうになるのをメインブースターを使ってバランスを保つのがやっとだった。

 

 こんな風にネクストを動かす奴をはじめて見た。しかも、脚部のショックアブソーバー機構を有効に利かせて蹴ることで、反動によって自機が受けるダメージを最小限に抑えている。荒っぽい動作に見えて、緻密で繊細な操作だ。

 

 視界に映るテスタメントは右腕のライフルで追い打ちをかけながら再び肉薄する。

 

 姿勢を回復しきれないまま身をひねってライフル弾をかわす俺は、ほとんど千鳥足だ。奴の接近を拒むようにレーザーブレードを薙ぐが、腰が入っていない腕を振っただけの斬撃は悠々とかわされる。奴はこちらのブレードをくぐるように身を低め、回頭しながら回避すると、しゃがみ込んだ姿勢のまま反対側の脚を伸ばして後ろ蹴りを放ち、俺は再び衝撃に襲われる。

 

 そのまま流れるような動きで繰り出される回し蹴りは寸前で後方に回避したものの、脚の振りを利用して身を翻しながら振るわれた奴のレーザーブレードがこちらへ迫り、青白い光を放つ高熱の刃に胸部装甲がうっすらとえぐられる。俺はたまらず奴から距離をとる。

 

 遠距離ではライフルが放たれ、中距離ではレーザーブレードが振るわれる。さらにその内側の密着した間合いではカポエイラかマーシャルアーツと思わしき足技が繰り出された。打撃の衝撃をプライマルアーマーは吸収せず、蹴られた際の衝撃は機体よりもパイロットへのダメージが蓄積する。脳しんとうを起こすほどの衝撃ではないものの、数度蹴られただけで三半規管が狂いそうだ。

 

 これがオーメルの寵児と呼ばれるセロ(No.6)の本気か。最高レベルのAMS適正による精密な機体操作と、あの尋常ではない反応の速さ合わさってこそ発揮できる離れ技だ。わずかでも気を抜けば鋭い斬撃を喰らうか、蹴られたあげくに一瞬で斬り殺される。奴がハエだとしたら、ただのハエじゃない。凶暴な肉食のキラーフライだ。

 

 だが、奴の動きは視認はできている。奴の軸足は左だ。これまでの攻撃パターンはすべて右脚の蹴り技からの斬撃か、斬撃の回避に備えた右脚蹴りでまとめられている。

 

 依然として踊るような滑らかな動きをするものの、攻撃に転じる瞬間は鋭く無駄のない動きが繰り出される。その一瞬の動きを読め。奴の呼吸のリズムを感じろ。奴の姿勢から繰り出されるであろうもっとも効率のよい攻撃を予測するんだ。

 

 搭乗しているのが人間であり意識がある以上、不規則的ながら思考や呼吸のリズムに支配されている。それは人間が機械操作するACや、機械AIではない人格移転型AIであっても同じだ。身体感覚で動かすネクストは、かすかではあるものの身体の癖までを再現するため、余計に動きを読みやすい。

 

 だが、奴の尋常ならざる反応速度はこちらの攻撃をすべて無力化する。ならば防御に徹し、素早く動けるコジマフロート関節の利点を活かしたカウンターアタックに勝機をかけるしかない。

 

 勘を働かせろ。高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)による動作予測と、センサーが捉える赤外線の熱探知と電磁波の振幅検知、微細な音響などの感覚データを総動員させて奴の動きを捉えるんだ。

 

 奴が左肩を引く。刹那遅れて右足を引き上げる。奴の左肩と右大腿関節のアクチュエーターが駆動電圧を上昇させ、電磁誘導によってわすかに磁界が変化する。それを機体に備わったセンサーが捉え、高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)を通して知覚する。予測どおり、奴が右足での前蹴りを繰り出す。それを素早く察知し、1歩後退して回避する。

 

 奴の右足が引き戻され、その反動を利用して左腕部が高い初速で動き出す。左前腕部から高周電磁波が発せられるとともに熱を宿し、急上昇するのを検知する。レーザーブレードでの突きが繰り出される前に、俺は胴部をひねりながら半歩右へ回避する。数万℃のプラズマ刃がコックピット手前の空を切る。

 

 奴は突き出した左腕の勢いを殺さないまま胴部を大きくひねる。さらに引き戻した右足の勢いも利用して機体を半回転させる。折り畳んだ右脚部が小さく弧を描きながら鋭く伸びてきた。後ろ回し蹴りか。器用な奴だ。

 

 俺は機体をしゃがみ込ませると同時に左腕のレーザーブレードを発振させて、奴の左足を薙ぐ。しかし、セロはジャンプしながら左脚部を宙に浮かせて軸足への斬撃を避けた。同時に俺の頭上をセロの右脚部がかすめた。

 

 そのわずかなスキをついて、俺はブレードを返して奴を斬り上げる。セロは宙に浮いたままブレードを叩き降ろした。強力な磁力で形状が保たれた超高温のプラズマ刃同士が重なると、粒子干渉を起こしてスパークを放つ。

 

 強力な同極性磁場の反発力に加え、上体の振りとテスタメントの機体重量が乗せられたセロの斬撃は、俺を地面に押しつける。機体に備わったコジマフロートの特殊関節は大きな荷重を受けて、肘から膝にかけて鋭く輝く。足裏の岩盤が荷重によって砕けて弾けた。

 

 足腰を踏ん張り、左腕にも力を込める。コジマフロート左肘関節はさらに輝きを増した。さらに、ブースターの推力も使って圧力に対抗し、テスタメントを弾き返す。レーザーブレードを振り抜くと、刀身の間合いから外れた敵機に向けてすぐさま右腕のライフルを向ける。同時にセロもライフルを構えこちらの眼前に銃口を突きつける。

 

 姿勢維持も照準合わせもそこそこに、お互いが引き金を引く。発破音が重なった。

 

 俺が放った弾丸は、テスタメントの平べったい頭部をかすめ、浅く跳弾して後方に消えた。一方、奴が放った弾丸の先端が回転しながら迫るのを、俺の視覚がハッキリと捉えた。直後、一瞬だけ映像が途切れ、視界の解像度が急激に落ちる。同時に機体から届けられる周囲の環境情報も精彩を欠き、高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)の予測も急速に精度を失った。

 

 俺は奴の射撃を回避できず、頭部を撃ち抜かれてメインカメラとセンサーを破損した。視界は緊急用のサブカメラで確保できてはいるものの画質は荒い。虎の子の高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)は満足に機能しなくなり、おまけにライフルの残弾はゼロだ。とにかくセロの追撃を避けるべく後方へ待避する。

 

《恐ろしいな。生まれてはじめて敵が恐ろしいと思ったよ。僕の動きについてこれるのは、ベルリオーズかアンジェくらいだと思っていた。お前をここで片づけておかなければ、いつか手が着けられなくなる》

 

 セロはライフルを連射しながら、低く跳躍してここぞとばかりに追撃してくる。俺はさらに後退しながら、弾切れのライフルを向けて威嚇する。

 

《わかっているぞ。もう弾切れだろう》

 

 奴はフェイクに一切動じず接近し、着地と同時に弾切れのライフルを邪魔だと言わんばかりに叩き斬る。俺はそのスキを狙って左腕のブレードを大きく振るうが、低く伏せられて回避された。だが、これもこちらのフェイクだ。

 

 真っ二つになったライフルはすぐさま捨て去り、俺は右腕に装備しなおした格納式レーザーブレードを間髪入れずに振るう。

 

 これまでの攻防は、すべてこの一撃のカウンターアタックのための布石だ。俺は右腕に渾身の力を込める。

 

 しかし、それでも奴の反応の方が早かった。レーザーブレードの刃先が奴に届くより先に、セロが上体を起こす勢いのままレーザーブレードを振り上げる。

 

 俺の機体の右腕部がレーザーブレードごと斬り飛ばされて宙を舞い、視界の端に消えた。眼前にはテスタメントの機体が大きく迫り、そのまま当て身で弾かれる。大質量同士がぶつかる轟音と衝撃がコックピットを襲った。後退して衝撃を幾らか緩和させたものの、俺は姿勢を崩される。

 

 バランスを崩しながらとっさに振るった左腕も肩口から斬り落とされた。そして足裏で胴部を蹴り飛ばされると、度重なる衝撃で意識が飛びそうになる。両腕を失った俺は姿勢を保てずに仰向けに倒れ込みながら大きく地面を滑るしかなかった。両腕部を失った状態では、もはや機体を起きあがらせることもままならない。

 

《___皮肉にも、生身のお前の身体と同じだな。もう、自分で動くことすらできまい》

 

 こちらが戦闘能力を失ったと悟ったセロは、ブレードを発振させたままゆっくりと近づいてくる。俺は意識を取り戻しつつ、奴の接近に備えた。

 

 そうだ。もっと近づいてこい。最後の手段(とっておき)をお見舞いしてやる。

 

 あと三歩で射程距離に捉えられる。

 

 あと二歩。

 

 あと一歩。

 

 そこでセロがピタリと足を止めた。

 

《アサルト・アーマー》

 

 セロはその場から動かず、聞き慣れない単語を言う。

 

 そして、左腕のブレードの切っ先で自分の斜め後ろを指す。

 

《___と、オーメルの技術者連中は呼んでいるが、プロトタイプネクストが使う、あのコジマ圧縮粒子を解放した全方位攻撃は、その機体も使えるんだろう》

 

 レーザーブレードで示された奴の左斜め後方の少し離れた位置には、搭乗者を失ったプロトタイプネクストが片膝を着いたままの姿勢で佇んでいた。俺はギクリと身を強ばらせる。

 

《残念だったな。レイレナード本社攻略時にミド・アウリエルが収集したお前の戦闘記録は僕も見ている》

 

 セロはライフルを構え直し、銃口の狙いをこちらのコックピットに定めた。

 

《だから、ここからの射撃で仕止める。なぶり殺しみたいで後味は悪いが、これが戦争だ。悪く思う___なっ!》

 

 それは一瞬の出来事だった。

 

 俺は自分の目を疑った。

 

 起こるはずのないことが起こった。

 

 俺は確かに奴の頭部を撃ち抜いたはずだ。

 

 それなのに奴が動いている。

 

 動かないはずのプロトタイプネクストが、あの瞬間移動のような動きでセロに突進し、背後から組みついた。そしてすぐさま眩しいほどの光が視界を覆う。

 

 衝撃波が辺りの地面を波打たせ、岩石と土砂を巻き上げながら放射状に広がってこちらにも迫る。俺の機体は衝撃波に弾かれ、制御もままならないまま吹き飛ばされた。

 

 夕日によって赤茶けたアナトリアの空と大地が視界を無軌道に流れた後に、地面に叩きつけられた俺は、かろうじて意識を保ってはいたものの、機体の方はいくら力を込めても麻痺したかのようにピクリとも動かない。ダメージモニタリングは機体の全箇所が赤く染まり動作不能を示していた。

 

 機体のサブカメラが捉えた低解像度の視界には、大柄なプロトタイプネクストだけが直立している。テスタメントの姿は影も形もなかった。

 

《君は私の期待以上の働きをしてくれる。これほど私のすぐ近くまでセロを引きつけてくれるとは》

 

 ジョシュアからの通信が飛び込んだ。プロトタイプネクストはゆっくりとこちらに向き直り歩み寄る。

 

《倒したはずの機体が動いて驚いているようだな。しかし、私は頭を潰せとは言ったが、チップを潰せとは言っていない。この機体のチップは胴体にあるんだ》

 

 知るか。奴は頭部をひしゃげさせたまま、不気味な存在感を放ちながら迫ってくる。

 

《すべては私の思惑したシナリオどおりだ。私が何も語らずとも、君は役を演じきった》

 

 赤黒い夕日を背景に、プロトタイプネクストの巨体がこちらに向かって一歩づつ歩みを進める。

 

《こちらが不審な行動をとればすぐにセロにばれてしまうからな。私が見せたわずかなスキを君は見逃さず、君はこちらに都合のいいように動いてくれた》

 

 しかし、俺が狙撃した奴の左脚部の動きは悪く、その歩みはぎこちない。

 

《そして最後はセロにスキをつくらせることができた》

 

 俺はアサルトアーマーをいつでも発動できるように起動準備をしておく。

 

《おかげで、オーメル本部に連絡されることなくセロを倒せた。おそらく妻は無事だろう。レイヴン、感謝する___》

 

 次に踏み出した奴の左足が悲鳴のような金属音を上げて機能を停止し、プロトタイプネクストは受け身もとれずその場に倒れ込んだ。転倒の衝撃が地響きのようにこちらまで伝わった。

 

《___それにしても、無様な格好だな》

 

 舞い上がる砂煙のなかで、機体を起こせないまま、なおもジョシュアはこちらに語りかける。

 

「お互いにな」

 

 俺は緊張を解き、皮肉と自虐を込めて言葉を返す。

 

 そして、二人で通信機ごしに笑う。

 

「これからどうする気だ」

 

《もちろん、オーメル本社に妻を助けに行く。それから娘を迎えに行く》

 

 起きあがることすらできない満身創痍の機体で、ジョシュアはまるで幼稚園にでも迎えにいくような軽い口振りで言う。

 

「その機体でか。人質を盾にされて破壊されるのがオチだぞ」

 

《ふん、私を誰だと思っている。ネクスト( セロ )のいないオーメル本社制圧などこれで十分だ。___というのは実を言うと、ただの強がりに過ぎないが。君こそどうする。セロを倒した今、全企業が総手で君の抹殺に動くぞ》

 

「ラインアークに亡命する手はずを進めていたが、このままではラインアークごと潰されてしまうな」

 

《その通りだ。ラインアークには私も縁がある。その手はおすすめしない。最悪の事態は回避したものの、お互い手詰まりのようだ》

 

 ジョシュアはそこで再び笑う。俺には何がおかしいのかわからない。

 

「どちらにせよ、もうアナトリアにはいられない。いっそのこと、こちらから仕掛けて華々しく散るのも悪くない。ハワード、聞いているか。以前使っていた予備機はまだ使えるだろう」

 

《おう。修理は終わって、使える状態にはある。だが___》

 

《そんなことをするなら、私が許可しません》そのやりとりを聞き(とが)めたフィオナが通信に割り込む。

 

《ふふん、レイヴンともあろうものが、今は首輪付きか___なら、その機体を貸してくれるか。いいことを思いついた。そのためにはハワードとフィオナに、私の制御チップをその機体に移植してもらう必要がある。人質を取られていたとはいえ、私がアナトリアを攻撃したことは事実だ。私に罪を償うチャンスをくれないか》

 

 俺は無言のまま、ハワードとフィオナの返答を待った。ジョシュアはさらに続ける。

 

《信用はできないかもしれないが、そうすることで君たちには多くの見返りを約束できるだろう。ああ、そうだ。事がうまく運べば、『ジョシュア・オブライエン』と『ホワイト・グリント』の名は君に譲ろう。すでに死んだことになっている私には、もはや不要だからな》

 

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