ARMORED CORE for Bidden【ACfb】アーマード・コア4   作:あきてくと

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第二部 Armored Core for bidden
プロローグ ラインアーク防衛【ACfa】


「こちらホワイトグリント。あなたたちはラインアークの主権領域を侵犯しています。すみやかに退去してください。さもなくば、実力で排除します」

 

《ふん。フィオナ・イェルネフェルトか。アナトリア失陥の元凶が、なにを偉そうに》

 

 私が領海侵犯機に向けて警告の文言を発すると、襲撃者らしからぬ堂々とした口振りで言葉を返してきた。偉そうなのはどちらよ。それに、本人が気にしていることを、改めて言われることほど腹が立つものはない。私は思わず小さく舌打ちを返す。

 

 余計なことは言わなくていいから、黙って自分の仕事だけをしていればいいのよ。オッツダルヴァ。いいえ、ORCAの扇動家マクシミリアン・テルミドール、だったかしら。

 

 襲撃者の正体は企業統治連盟の依頼を受けたステイシスを駆るカラードのNo.1リンクスのオッツダルヴァと、最近目覚ましい活躍で頭角を表しつつあるルーキー(首輪付き)の二機。

 

 彼らは領海を守る防衛部隊を易々と排除して侵攻し、ラインアークの血管ともいえる無数の島々を繋ぐ巨大な基幹道路陸橋に、厚かましくも機体を乗り入れさせた。

 

 アーマードコア・ネクストが稼働時に発生するコジマ粒子は、甚大な放射能汚染を引き起こす。周辺の道路は完全封鎖されているため人的被害への配慮は不要だけど、基幹道路が汚染されたり、破壊さえて使えなくなってはラインアークの損失だ。被害を最小限に抑えるために、できる限り海上へと引きつけて戦う必要がある。

 

 今回の、この襲撃の発端は企業統治連盟が統治するクレイドルへの思想対立だそうだ。くだらない。なんてくだらない理由なのだろうか。

 

 クレイドルとは、赤道上地上9000m付近を飛行する居住施設だ。それはコジマ粒子に由来する放射能汚染から逃れるための空の避難所。いうなれば、天空のゆりかご。半永久的に飛び続ける空中庭園。地上を見捨てた人間の行き着く場。

 

 巨鳥の背中に住まう気分はどんなものだろう。いや、実際は背中ではなく鳥の胃袋の中か。私は幼い頃に母に聞かせてもらった、主人公が鯨の胃袋のなかに住む物語を思い出す。

 

 確かにラインアークは反クレイドル体制に傾倒しているものの、事実的には中立だ。あくまで推進派でないだけで。それだけを理由に、これほどまでの戦力を投入してくる侵攻作戦には不和を覚える。とはいえ、それはあくまで表向きの名目だということを私は知っていた。

 

 裏ルートからの情報では、混戦になるであろうこの戦闘を利用して、オッツダルヴァが企業連を裏切り、レイレナード・アクアビットの残党組織であるORCA旅団に合流する腹積もりらしい。

 

 私たちは、彼の望みどおりに事を進めさせるよう指示されていた。つまり、ORCA旅団を根絶やしにするために、オッツダルヴァを一旦泳がせて、ORCA旅団本隊をあぶり出す作戦の片棒を私たちは担いでいる。我々の依頼主は企業連のもっと上の組織だった。

 

 腐ってもNo.1だ。オッツダルヴァの方は、演出過剰なやかましい無駄口さえ気にしなければ、予定通りに自分の仕事をこなすだろう。けれど首輪付きのほうは、なにも知らされていないらしい。このラインアーク侵攻作戦自体が、多方の思惑が絡み合った政治的な欺瞞工作であり、彼はこの戦いの結果を見届ける証言者でしかない。

 

 ただ、そのついでとして私たちも利用されたのだ。ルーキー(首輪付き)の実力を図るための試金石として。叩き潰して這い上がったものだけを利用する。それが企業連中の、昔も今も変わることのない常套手段だ。まったく、損な役回りばかりね。私たちも、あなたたちも。

 

「あなたは昔の私たちと同じです。考えてください。何のために戦うのか」

 

 私は今の思いを漠然と言葉にする。幾重もの思惑が絡み合った、この複雑な事態に苛立ちを覚える。関係者各位を全員並べて足蹴にしたうえで唾を吐きかけてやりたい気分だわ。

 

 けれど、ラインアーク侵攻に踏み切らせてしまった要因は、こちらにもある。ここ数度の戦闘でホワイトグリントの調子が悪いことを露呈させてしまっていた。その脆弱性を狙って攻撃を仕掛けてくるとは少々迂闊だった。まさかこんなにも私たちが疎まれていたとは思いもよらなかった。

 

 調子が悪いのは機体ではない。このホワイトグリント3号機は、伝説のアーキテクトと名高いアブ・マーシュが設計したワンオフ機で、企業が製造する製品よりも優れた性能を発揮する。調子が悪いのはパイロットの方だった。

 

「___どうしても、戦うしかないのですね」

 

《頭の古い政治家ども、リベルタリア気取り(利己的な自由主義思想)も今日までだな。貴様等には水底が似合いだ。進化の現実って奴を教えてやる》

 

 はぁ。相手にするだけ無駄だわ。私は呆れ果てて嘆息を吐く。オッツダルヴァの無駄口を無視する代わりに、ホワイトグリントとの通信に回線を切り替え、ヘッドセットの口元のマイクを通してパイロットへ確認の言葉を届ける。

 

「レイヴン。予定通りに」

 

 オッツダルヴァの偽装工作に手を貸し、ホワイトグリントは首輪付きの力量を測ったうえで、故意に破れる。簡単に言えば、私たちに課せられた任務は、そういうシナリオを演じる事だった。ただし、パイロットが不調なのは演技ではない。万全なら難なくこなせるこのミッションも、今回ばかりは本当に彼は死んでしまうかもしれない。

 

《了解、した》

 

 彼は平然を装ってはいるけれど、実を言えば、もう戦える状態ではないのだ。コジマ汚染によって正常な細胞分裂は阻害され、脳負荷によって痴呆にも似た症状が頻発している。急激な機動で、肺の空気が口から漏れ出す音がマイクを通して響く。重力加速に抗するいつもの呼吸法もテンポがバラバラだ。

 

 バイタルサインは弱く、呼吸も脈拍も安定していない。本来、ネクストの高機動に耐えるための強制呼吸器は、今の彼にとっては生命維持のためにつけた、ただの人工呼吸器と化していた。

 

 神経接続で操作するネクストだから、長年の戦闘経験による癖だけでなんとか動かせていただけだ。いまや陽光を受けて輝くホワイトグリントの真っ白な機体は、金属と強化樹脂の棺桶へと変わりつつある。彼は寝言のようにつぶやく。

 

《フィオナ、いままで、ありがとう》

 

「水くさいことを言わないで。もう夫婦と呼べるくらい同じ時間を過ごしているのよ。それに___」

 

 彼は生きた。奇跡ともいえるほど長く、そして誰よりも強く。レイヴンとして数十年、リンクスとしてさらに十数年を生き、最後のレイヴンとして最期まで戦いつづけた。たった一人、最後までレイヴンとしてあり続けた。___いいえ。今でも彼は戦っているのよ。

 

 オペレータールームのモニターのひとつは、ホワイトグリントのメインカメラとリンクしており、彼の視点が私にも把握できる。画面上にはオッツダルヴァが駆る、ナイフエッジのようなシルエットのオーメル製高速機体パーツ『LAHIRE( ライール )』で構成されたステイシスが映っていた。そして、その後方脇にはライフルを構える首輪付きもいる。

 

 戦端が開かれると、ステイシスはその高機動性を遺憾なく発揮し、あのプロトタイプネクストにも迫る瞬間移動のような平行機動で空中を駆け回りながら、速射性に優れた実弾ライフルと、強力なレーザーバズーカ( ERー0705 )を放つ。同時に首輪付きの援護射撃もこちらに襲いかかった。

 

 しかし、レイヴンは4条の射線を的確に読みきり、徹甲弾とレーザーの十字砲火をかいくぐって、宙を縦横無尽に駆けるステイシスに肉薄する。

 

 最新鋭の軽量機であるステイシスには劣るものの、ホワイトグリントの機動性だって現時点において十分に高い。並のネクストなら置き去りにできるほどの急加速に画面がブレる。最大出力のクイックブーストからつながる連続機動( 連弾 )。一瞬で背面を振り向く急速旋回(クイックターン)

 

 旋回噴射の発動タイミングがいつもより刹那遅れたけれど、ステイシスの脇をすり抜け背後を取る。2丁のライフル銃口がステイシスの背中のほぼ真正面を捉え、着弾の閃光が瞬いた。

 

 ライフル弾の衝撃によって弾かれたステイシスはクイックブーストを吹かして急速待避するが、動きは素早いものの、明らかにぎこちない。メインブースターから黒煙を吐き出し、狂ったように右へ行ったかと思えば、不意に左へと弾かれるように右往左往する。先ほどまでの鋭い機動とは打って変わって精彩を欠いた動きだ。

 

《メインブースターがイカれただと。狙ったか、ホワイトグリント。よりによって海上で。くっ、ダメだ、飛べん》

 

 全周波数帯に向けたままの通信に、オッツダルヴァの焦る声が乗る。それに合わせてステイシスがおかしな挙動で海面へ落下していく。着水。そしてすぐさまラインアークの海にカラードNo.1のリンクスが没する。

 

《浸水だと? 馬鹿な、これが私の最期だというか。認めん、認められるか、こんなこと___》

 

 は、白々しいったらないわ。そういえば、彼は始めに何と言っていたかしら。『貴様等には水底がお似合いだ?』カラードトップのリンクス様は、笑いのセンスもトップランクね。さようなら、オッツダルヴァ(ファルスだわ、水没王子)

 

 これでミッションの約40%を完遂。しかし、眼前の近距離レーダーに急速接近する輝点が映る。残るは___

 

「3時方向、首輪付き接近!」

 

 首輪付きの乗るネクストが、ライフルを放ちながら、機体推力に任せた荒々しい挙動で迫る。ホワイトグリントは回避機動をとりつつライフルで迎撃した。突進はやり過ごしたものの、首輪付きは被弾しながらもクイックターンで強引に急旋回し、怒り狂った獣のような勢いでこちらの動きに追従する。

 

 『首輪付き』とは、元来企業連に縛られたカラードリンクス全員に当てはまる蔑称だ。なのに、なぜか新人リンクスである彼だけが、まるで固有名詞であるかのように『首輪付き』と呼ばれていた。たしかに新人であれば、それだけ組織からの束縛は大きいだろう。それに年若いパイロットのようで、動きがまったく洗練されていない。

 

 私もオペレーターとしての戦歴は長い。動きを見れば大体のことはわかる。首輪付きの機動は、戦術性も打算も感じられない素人のような動きだけれど、決して下手ではない。彼の機体からは野生味を帯びたような殺気立った気迫が放たれている。銃弾の一発一発にまで、その気配がまとわりついているようで、モニター越しの私ですら気を抜けば居竦(いすく)んでしまいそうになる。

 

 首輪付きの両腕から放たれる射撃は平行移動で回避した。しかし、不意にホワイトグリントはその場で動きを止める。横に目をやると、バイタルモニタリングには意識レベルの急速低下が示されていた。同時にAMSの神経接続レベルも瞬間的に低下する。

 

 停滞は時間にしてわずか1秒ほどだった。けれど、ネクストの高速戦闘における1秒とは、死と同義といえるほど致命的だ。そこへ首輪付きが放ったライフル弾が、ホワイトグリントの胸部装甲を直撃する。

 

 着弾の轟音がヘッドセットを通してこちらまで届いた。衝撃でモニターの視界が大きく揺れ、ホワイトグリントがさらなる待避行動もとれずに着水する様子が映し出される。

 

「レイヴン、聞こえる!? 生きてる!? 返事をして!」

 

 幸い返答はあった。しかしその声は、かつて伝説のレイヴンともリンクス戦争の英雄とも呼ばれた彼のものとは思えないほど弱々しい声だった。

 

《___ああ。だが、どうやら、ここまで、らしい。もう機体が動かせない。やってくれフィオナ。最大負荷で、高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)を》

 

 高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)とは、AMSレベルをシステム上で強制的に引き上げ、パイロットと機体間の脳神経接続レベルを瞬間的にブーストさせて戦闘能力を高める機能だ。けれど、これは諸刃の剣でもある。不用意にAMSレベルを高めれば、それに応じてパイロットの精神的、肉体的負荷も幾何級数的に増大する。

 

 彼とは事前に約束していた。いざというときには安楽的な死を。高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)で、ネクストとの神経接続レベルを最大負荷まで上げれば、脊髄神経から末端神経にいたるまでがたやすく焼き切れる。苦しむ間もなく一瞬で死ねるわけではないけれど、ほんの十数秒ほどで確実に死を迎えられる。

 

 彼の主治医なのに、私は彼に何をしてあげられただろう。戦えるだけ戦わせておいて、最後の最後に安楽死が彼に対する最大限の返礼だとは皮肉にもほどがある。

 

《さようなら、フィオナ。いままで、ありがとう》

 

 ディスプレイに浮かぶ像が滲む。けれど、泣いてなどいられない。

 

 私はキーボードを叩いて、ネクストの制御端末に高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)を起動するコマンドとパスコードを入力する。最終確認にyesと打ち込み、最後に震える指でエンターキーを押した。

 

 数秒遅れて高度神経接続負荷(オーバーロード・フラッシング)が発動し、神経接続レベルが強制的に最大レベルまで引き上げられる。濃密かつ膨大な量の生体データが、彼の脳と機体の間でやりとりされ、その情報はオペレータールームのディスプレイでもモニタリングされた。

 

 眼前のディスプレイには、膨大な文字列が超高速でスクロールしていく。血の代わりに、断末魔の代わりに、垂れ流されるこの無数の文字列が、戦いに身を捧げた彼の人生のすべてなのだ。私は彼を抱き止める想いで透明樹脂のディスプレイに指先を触れさせた。

 

 3、2、1___。

 

 すべてのバイタルモニタリングの数値がダウンし、生命活動の完全停止を告げるアラートが鳴り響く。

 

「___ありがとう。レイヴン」

 

 私はヘッドセットを力なく外し、オペレータールームの天井を振り仰ぐ。

 

 今でも考える。十数年前のあのとき、このラインアーク防衛戦のさなか、ジョシュア・オブライエンのバックアップデータが載る潜水艇を見逃した私の行動は、果たして正しかったのだろうか。

 

 パラレルワールド。世界の分岐。無数にある可能性のなかの私。現実主義であるべき医師として技術者として、このような考えは(やぶさ)かではあるけれど、向こうの私はどのような人生を送ったのだろうか。

 

 この世界線では、私の選択の結果、彼は呪われた黒い鳥によって命を削り取られた。それでも彼は戦い続ける道を進んだ。その彼は首輪付きに討たれて死んだ。最後の最後までレイヴンとして戦い続けた。そして、彼は人としての生を終えた。

 

 歴史にもしもという言葉はない。その台詞は既に手垢にまみれている。使われすぎて、すり切れて、何の面白味も価値もない。けれど、人間に選択という権利がある限り、その台詞は必ずついて回る。

 

 彼は、レイヴンとして生きるために選択そのものを放棄したと言う。一切の選択を放棄する代わりに、結果のすべてを受け入れる、と。

 

 私には、彼のような考え方はできない。あの日、あの時、この場所で、もし別の判断をしていたなら、別の未来が待っていたのではないだろうかと、どうしても余計な期待が頭をよぎってしまうの。

 

 何をしたとしても、結末は変わらないかもしれない。ただ過程が変わっただけかもしれない。

 

 それでも。

 

 これから語られるのは、私の選択によってもたらされた、隠された物語。すでに終わった物語とは、別の未来に至るもうひとつの物語。

 

 題名は、そうね。『Armored Core for bidden』。

 

 その始まりを、ここに宣言する。

 




最後までお読みいただきありがとうございました。
第一部の『断章 ラインアーク防衛 前編 〜イェルネフェルト〜』および『断章 ラインアーク防衛 後編 〜オブライエン〜』を読んでいただくと本編の理解が深まると思われます。

発売から15周年を迎えたAC4のストーリーを振り返る意味で、願わくば最初から読んでいただけると幸いです。m(_ _)m

新章ACfbは、AC4とACfaの間の物語になる予定です。
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