真説(親切解説)アーマード・コア4 【非公認】   作:あきてくと

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オーメル

 車椅子に乗せられた俺は、後ろからフィオナに押され、オーメルのリンクスであるミド・アウリエルに促されるまま後ろをついて行く。

 

 入念なボディチェックに加え、着陸時に目隠しをするよう指示された時には死を覚悟したが、それは杞憂に終わり、今こうして無事オーメルの施設内にいる。どうやら仕事の依頼は本当だったらしい。だが、プロトタイプネクストとの戦闘で大破した機体は持ってきていない。予備機もだ。

 

 「機体は不要です」とミド・アウリエルに伝えられていた。オーメルのユディトでも貸与してくれるのか。そうなると調整が面倒だ。それに弾薬はともかく、破損した際の修理費はどちらが持つ。まったく、こちらの都合など気にもとめず、いつも強引に事を進めてくれる奴らだ。

 

 次に俺は周辺の景色に意識を移す。イスラエルにあるオーメル本拠の施設とはいえ、特別な雰囲気はない。コンクリートの壁にリノリウムの床の何の変哲もないよくある施設だった。

 

 窓はないため、外の様子は一切わからない。しかし、施設に入る直前に潮の香りがしたから、海辺であることだけは伺えた。手足や感覚器官の大半を失っても、嗅覚だけは衰えていない。

 

 今は、フィオナが造ってくれたゴーグルのようなカメラ付き感覚補助器具をつけたているため、以前よりも外界の様子がよくわかる。この補助器具はフィオナが暇をみてアップデートして現在はバージョン3だ。視覚だけでなく聴覚補助も発話補助も以前のものより改善されていた。

 

 最近はAMS技術を応用した義手と義足のテストも度々行っている。だが、持ち運びをするには巨大なバッテリーパックと、それよりさらに馬鹿デカい制御装置も運ぶ必要がある。だから義手と義足はついておらず、今はいつもどおり手足がない状態だ。

 

 この不自由な身体にもずいぶんと慣れた。衰えていた筋力も戻ってきて片側の上腕と太股、身体のバネだけ()(つくば)りながら移動もできるようになった。とはいえ、ネクストを操縦する感覚で、ついつい無いはずの手足を動かそうとする癖は残る。

 

 夢で見る自分も未だ五体満足だ。はっと目が覚め、現実との落差を思い知らされた時のやるせなさは、なかなか慣れるものではない。この不自由な身体でいるのは苦痛だ。できることなら損失した部位を意識せずにいられるネクストに絶えず搭乗していたかった。

 

 だが、できることが増えたおかげで、最近はこの身体であっても、少なくとも死にたいとは思わなくなった。気恥ずかしい言葉を使えば、フィオナのおかげで生きる希望が湧いてきたのだ。

 

 とはいえ肝心のアナトリアの被害は深刻だ。コロニーの代表指導者であるエミールを含む、多くの人員はシェルターに避難していて無事だったが、コロニーはプロトタイプネクストの強力なコジマ放射により汚染しつくされ、復興できるか定かではない。

 

 ミド・アウリエルが連れてきたオーメルの救助部隊は、死傷者を救助したうえで、アナトリア郊外に仮設の避難所を設置し、数日かけてコロニー全体に除染処理を施した。あらかじめ想定していたかのような見事な手際で。さすがというべきか。それだけは褒めてやる。

 

 それらの作業を見届けてから、俺とフィオナはコロニーをエミールやハワードに任せて、こうしてミド・アウリエルに同行した。とはいえ、施しを受けたからといって、信用できる相手ではない。なんだ。コイツらは何を企んでいる。

 

 不意にミド・アウリエルがドアの前で止まり、ドア横の端末を操作するとドアが開く。彼女は一歩下がり、無言のまま手振りだけで部屋へ入室するよう俺達を促した。

 

 案内された部屋はブリーフィングルームの様相だった。薄暗い部屋のなかには会議テーブルが並べられており、正面のスクリーンにはプロジェクターでなにやら投影されている。

 

 室内には5人いた。立っている人影が2人。3人がテーブルに就いている。感覚補助ゴーグルは薄暗い室内の明度にあわせて自動で暗視モードに切り替わり、先客の顔を先ほどよりも正確に視認できるようになった。

 

 起立している人物の一人には見覚えがあった。ローゼンタールの盟主ハインリヒ・シュテンベルグ。時代錯誤もいいところの騎士の格好はこのなかでひどく浮いて見える。隣にいるスーツを着た初老の男は知らないが、おそらくオーメルの人間だろう。

 

 座っている3人は、目つきの悪い若い男が一人。もう一人は、口元のほくろがある目つきの悪い女。さらにもう一人は緑っぽい軍服を着た女だ。男の方は両腕を頭の後ろで組み、テーブルの上に足を投げ出して座っており態度も悪い。

 

 軍服の女がこちらの姿を認めるなり立ち上がり、ゆっくりと歩み寄ってくる。その顔には見覚えがあった。

 

「あの、ゼロツー。いえ、アナトリアの傭兵さん。謝って済むことでないことは重々承知しています。ですが、その節はすみませんでした」

 

 女が俺の目の前に立ち、深々と頭を下げる。俺は左腕に鈍い麻痺感覚とともに、目の前で頭を下げる女が誰であったかを思い出す。以前、GAEのハイダ工場襲撃の降下作戦で共闘___いや、俺を殺そうとした張本人であるGAアメリカ所属のリンクス、メノ・ルー大尉。胸元のワッペンの星の数から少佐に昇格していることが伺えた。

 

 とはいえ、謝られたところでどうしようもない。おまけに、こちらが何か言うまで彼女は頭を上げる気がないようだ。こちらとしては、気にも止めていなかったし、現にすっかり忘れていた。だまって無視していれば、それでかまわなかった。きっと、彼女はそれができない性格なのだろう。

 

「___傭兵だ。殺しもすれば、殺されもするさ」

 

 迷ったあげく、そう言葉にする。その言葉は感覚補助ゴーグルに内蔵されたアンプとスピーカーで増幅されて彼女の耳にしっかり届いたようだ。ゆっくりと顔を上げたメノ・ルーは、眉間に皺をよせたなんとも言い難い、難しい顔をしていた。そこへ歩み寄ってきたローゼンタールの盟主が横合いから割り込む。

 

「ようこそ、アナトリアの傭兵。その節はすまなかった。彼女に君を倒すように命じたのは私だ。不安定な情勢ゆえ、こちらも危険因子となりうる存在を放って置くわけにはいかなかったのだよ。だが、今の我々には君の力が必要だ。もし気が済まないというのであれば、私は喜んでこの首を差しだそう」

 

 芝居がかった台詞とともに、腰に下げた剣の柄をちらの眼前に差しだす。一瞬だけ男の意図を測りかねた。気にしていないと、さっきの言葉で伝えたつもりだったのだが、伝わっていなかったのだろうか。俺はわずかに苛立ちを覚える。

 

「___あいにくだが、剣を振える腕は持っていない」

 

「ふむ、それもそうか。では、そちらのお嬢さんに」

 

 そうして今度は、後ろにいたフィオナへ向けて同じように剣の柄を差し出す。驚いたフィオナの動揺が、握った車椅子のグリップから微動となって伝わった。

 

「俺たちをここへ呼んだのは、怒らせるためか」

 

 本当に斬り殺してやろうかと思った。あの、かさばる義手を持ってこなかったのを恨めしく思ったほどに。

 

「ハイン公。そいつはまったく気にしちゃいないぜ」

 

 そこで、テーブルに足を乗せていた目つきの悪い男が、欠伸をしながらのんびりとした口調で言う。

 

「作戦の前に、確執があれば取り払っておきたいものでね。先ほど言ったとおり、我々には君の力が必要だ。アナトリアの傭兵、依頼の受諾に感謝を申し上げる。___さあ、席に就いててくれたまえ。早速ブリーフィングをはじめよう」

 


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