ARMORED CORE for Bidden【ACfb】アーマード・コア4   作:あきてくと

39 / 60
レイヴン①

「君を別行動としたのは、企業のリンクスと一緒では落ち着かないだろうと思っての配慮だ。___というのは冗談だ。君にしかできない仕事がある」

 

「その仕事とは? 単独でロケットサイロの破壊ではないのか」

 

「そいつは、目的地についてからのお楽しみだ。もう間もなく着く。ああ、そう言えばフィオナ嬢。お父上、イェルネフェルト教授が亡くなってもう何年経つかな」

 

「もう10年以上になります」

 

「早いものだな。惜しい人を亡くした。人類にとっての大きな損失だったよ」

 

 オーメルの軍事統括参謀のデイビットという鼻髭を生やしたスキンヘッドで初老の男性は、車椅子に乗るレイヴンと、それを押す私を連れだってオーメルの施設内を歩く。ブリーフィング前にミド・アウリエルに連れられた地上施設の雰囲気とは違い、今歩いている地下の通路は壁面が金属製のパネルで覆われた物々しい様相だった。

 

 それを払拭するかのようにデイビットは談笑を交えつつ、終始ニコニコと柔和な表情を浮かべていた。パックス6企業のなかでもっとも大きな権力を持つオーメルの重役とはいえ、これまでの会話といい、セロというリンクスやミド・アウリエルへの対応といい、その雰囲気はまるでそこら辺にいる気の良いお爺さんだ。

 

 よくよく聞けば、デイビットは父と知り合いだそうだ。父の葬儀のときも参列していたそうだけれど、とはいえ当時私はまだ幼くて、よくは覚えていない。

 

 レイヴンは、パックス企業を毛嫌っているようだけれど、勘ぐりすぎなのよ。国家解体戦争後は無政府状態となり、その代役として企業が世界を統治している。つまり、彼らは政府と同じなのだから信用すべきだ。むしろ信用しないほうがおかしい。

 

 確かに危ない目には何度か遭わされたけれど、メノ・ルー少佐は我々に謝ってくれたし、ローゼンタールの盟主だって、向こうの都合上、強い力を持つ私たちを要注意対象として認識せざるををえなかったのだ。よくよく考えれば誠実さの塊のような人ではないか。騎士みたいな格好で剣の柄を向けられた時にはびっくりしたけれど。

 

 国家解体戦争などという人類史上例をみない大事変を起こした張本人たるパックス企業の人員だって同じ血の通った人間だ。なかには、ちゃんと優しい人はいるのだ。

 

 けれどそれは、レイヴンがとある言葉を口するまで。この後、私は現実というものを思い知らされる。

 

「___ところで君のことはなんと呼べばいいかね。まさかレイヴンと名乗っているわけではあるまい」

 

「本名はレイヴンになったときに、過去の経歴ごとすべて捨て___」

 

 レイヴンの言葉がそこで不自然に泳ぐ。それから時間が止まったように数秒間沈黙が続いた。声をかけようとした矢先、再び言葉を紡ぎ出す。

 

「___もうレイヴンは俺しかいないんだ。固有名詞として使っても問題ないだろう。それとも許可が必要か? ___元レイヴンズ・ネスト最高統括理事官アキヒト・デイビット・ハタミヤ。俺をここへ呼び出して、どういうつもりだ」

 

 その瞬間、前を歩くデイビットが尋常ではない身のこなしでこちらを振り向いた。その素早さといったら、思わずこちらのほうが驚いてしまうほどだった。

 

「ふん。鎌を掛けたつもりだったが、まさか図星だったとはな」レイヴンは、してやったりと言い放つ。

 

 年齢に似合わない身のこなしもさることながら、なにより注意を引くのはデイビットがこちらを見据えている目だ。平時は細くて、やもすれば笑っているように見えたけれども、大きく見開いたときの眼光の鋭さと冷たさといったらない。私には分かる。この人、絶対に何人かコロしているわ。

 

 しかしデイビットはすぐさま落ち着きを取り戻し、表情も元に戻した。けれど笑ったように見える元の顔は、彼への印象が変わったせいで、かえって不気味にすら感じられる。

 

「これは驚いた。一介のレイヴンに私の素性が割れているとは。まったく、ネストの保安部は何をやっていた」とあきれたように苦笑を浮かべている。

 

「レイヴンと情報屋を舐めるな」

 

「まあいい。確かに私は旧レイヴンズ・ネストの管理者のひとりで、君をこの作戦に推薦したのは私だ。もちろん君のレイヴン時代の実績と、リンクスとしての活躍を加味して判断した結果だよ。

 

 君のレイヴンとしての高い実績は抜きんでていたから、例外的よく印象に残っている。時折、君の働きで企業からネストにクレームが入るくらいだったよ。だが、成果ランキングを前代未聞の早さで一気に駆け上がったと思ったら、君は忽然と公の場から姿を消した。それからどうしていた」

 

「上位に登るほど、対立した企業連中やら、周りのレイヴンからの妨害やらで、まともに仕事を請けられなくなった。それどころか、表さえ堂々と歩けなかったくらいだ。いつかは夜道でいきなり鉄パイプで殴られたこともあったし、拠点に暗殺者が来たこともあったな。何度もだ。暮らすのに不自由で仕方なかった」

 

「その対処として、上位のレイヴンにはネストの保護下に入るように通達が行くようになっていたはずだったが」

 

「縛られるのは好きじゃない。だから、ほどほどのところで、ほどほどの仕事をしていた。それから、しばらくして国家解体戦争に駆り出されて___」

 

 本人の口からレイヴン時代の話を聞くのは初めてだった。デイビットとは旧知の仲という訳ではなさそうだけれど、過去を共有している者同士であるせいか、レイヴンはいつになく饒舌だ。

 

 2人の会話に聞き入っていると、ふと私はあることに気づく。デイビットのジャケット懐の隙間が鈍く光るのを。よく見れば彼の左胸から脇にかけて不自然に膨らんでいる。

 

「ネストの重職だったお前がオーメルにいるということは、パックスとなんらかの裏取引があったのか。それともまさか、売ったのか俺たち(レイヴン)を」

 

「それは違う」

 

 デイビットは毅然とした態度で否定する。それから、にやりといやらしい笑いを浮かべて、思わせぶりに言った。

 

「レイヴンという仕組みが不要になったから。後始末をしただけだ」

 

「それはつまり、国家解体戦争を起こした張本人は___」

 

「そう、私が発案者だ。正確にはその一人だが」

 

 デイビットの言葉と同時に、レイヴンは息を荒らげながら車椅子の上で暴れ回った。おそらくデイビットに殴りかかろうとしているのだろう。けれど手足を失っているレイヴンがそうしたところで、傍目にはただ前後左右に激しく揺れているだけにしか見えない。

 

 私は車椅子が倒れないよう支えつつ、とっさに車椅子を後ろに引いてレイヴンをデイビットから離す。レイヴンが暴れる理由はわかる。このような身体になった根本原因たる人物が目の前にいるのだ。怒りの感情がわき上がらないわけがない。

 

 いいえ。本当のところ私にはレイヴンの心情などわかってはいない。だからこうして彼がデイビットに殴りかかるのを(とど)められているのだ。彼の辛さが本当にわかっているのなら、今頃、彼に代わって私がデイビットに平手打ちの一発でも喰らわせている。

 

 けれど私にはできない。私は臆病者なのだ。レイヴンは息が上がるまで暴れ続けた。私はそれを見ていることしかできなかった。

 

「君たちに言うわけではないが、自由と奔放をはき違えてはいないかね。人民に与えられるのは制限のなかの自由だ。敷かれたレールをたどる必要はない。だがレールの外側へは決して飛び出せないようにできている。それがシステムというものだ」

 

 デイビットは正した姿勢のままくるりと振り返り、こちらに背中を見せて一人、通路の先にあった扉に向かって歩く。私たちは動けない。デイビットはそのまま言葉を続ける。彼の声と硬質な靴音は通路壁に反射して不気味に響いて聞こえた。

 

「君がレイヴン時代に被ったそれ自体が旧体制の縮図だよ。60点では誰の目にも止まらず、100点では目立ちすぎ、120点など出そうものなら強制退場を余儀なくされる。あらゆる面で80点を取り続けることを暗に強要される、息が詰まるようなシステムだ。

 

 これはレイヴンに限らない。飽和しすぎた資本主義経済の成れの果てだ。すでにできあがった仕組みに手を加えると余計におかしくなる。だから、すべて壊す必要があった。腐敗は切除するしかないように。

 

 企業対立。流行の創造。計画的経済戦争。民衆の宗教観や思想さえ仕組まれたものだ。旧世紀から人はそうやって経済を回してきた。美辞麗句をならべるだけの、中身のない為政。嘘で塗り固められた世界。我々はこれら古い体制の間違いを是正しただけだ。世界から腐った部分を間引いた。ネクストを使って。これが国家解体戦争の真相だ」

 

「世直しのつもりか。くだらん覇権争いに俺たちを巻き込むな」

 

 扉の前までたどりついたデイビットがこちらを振り向き、ジャケットの内側に手を入れる。私の心拍数は跳ね上がり、同時に足が、全身が震え出す。

 

 しかし、彼がジャケットから取り出したのは拳銃ではなく、ただのカードキーだった。

 

「まぁ、言ってしまえば世直しではあるな。世界人口が減ったおかげで、現に戦争前よりも住みやすくなっているだろう。もっとも戦場に身を置き続ける君には実感できるはずもないだろうが。

 

 さて、どうする? この扉の先にはオーメルの、いやパックスの機密が収められている。それを見たらもう引き返せないぞ。ハインも言っていたように我々には君の力が必要だ。悪いようにするつもりはない。信用してくれないか。我々はコロニー・アナトリアにも救援の手を差し伸べている___」

 

「掌握の間違いだろう。そういうところが気にくわないと言っているんだ」

 

「つまり、不満はあるが拒否はしない。ということでいいんだな」

 

 デイビットが持っていたカードを扉脇の端末に通すと小さな電子音が鳴り、重々しいモーター音とともに扉が開く。私にはそのモーター音が悪魔の叫び声に聞こえた。私は思わず、車椅子のグリップを強く握りしめる。

 

 常識を逸脱した事態の連続に、何かに掴まっていなければ、気を失って倒れそうだった。口から泡を吹いて。あぁ、なんでこんなところに着いて来ちゃったかな。そもそも先方のご指名はレイヴンだけで、私は含まれていない。

 

 不自由なレイヴンの身の回りの介護があるから成り行きで着いてきたものの、いまさらになって激しく後悔をする。いっそこのまま気を失ってしまいたい。

 

 地獄へとつながる門はゆっくりとさらに開く。その奥は、いまにも魔物か死神かが飛び出して来そうな漆黒の虚無だ。

 

 あぁ、神様。死ぬのなら、せめてどうか苦しまないように、安らかに死なせてください。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。