ARMORED CORE for Bidden【ACfb】アーマード・コア4 作:あきてくと
レイレナード本社侵攻作戦*1の折り、私は初めて上の命令を無視した。機体が動かせなくなったアナトリアの傭兵を始末する絶好の機会を、私は私の意志で放棄した。
あの人の期待を集めているアナトリアの傭兵に対して嫉妬していなかったといえば嘘になる。けれど、亡きあの人の気持ちを、思いを、無意味なものにしたくなかったのも本心だ。
ローゼンタールの白騎士レオハルト。今でも彼のことを思い出す。自らを返り血で赤く染め、平和のために戦い続けた潔白の騎士。彼が駆ったネクストの機体名はノブリスオブリージュ。その意味は『貴き者が負うべき義務』。それは彼の搭乗機にこそふさわしい名前だ。
大きな図体と仰々しい騎士装束を纏ったローゼンタールの最高戦力。そのくせ、自らの行いをくよくよと悩み、後悔する弱々しい人。でも泣き言は決して吐かない強い人。イスタンブールで一緒にいた期間はそれほど長くない。けれど、私はそんな彼をいつしか愛おしいと思うようになっていた。
同じリンクスであっても立場が違い過ぎる。叶わぬ恋だともわかっていた。それでも愛していました。心から。
そのレオハルトは、旧ピースシティの攻防戦でレイレナードのNo.1リンクスであったベルリオーズと相打ち、そして命を落とした。ベルリオーズも確実に死んだはずだ。
それなのに、今私の眼前にいるアリーヤベースの機体は間違いなくベルリオーズが駆ったシュープリスだ。
驚愕と哀愁と困惑がごちゃ混ぜになった複雑な感情に支配され、一瞬思考が停止する。しかし直後に沸き上がったのは、それらの感情をすべて吹き飛ばすかのような激しく純粋な怒りだ。
向精神薬の鎮静作用が切れたのだろうか。カッと頭が熱くなる。パチンと頭のなかで何かが弾けたのをきっかけに、面倒な思考は放棄した。私は強烈な感情にただただ身を任せる。
敵機へ向けて最大出力のクイックブーストで突進。同時に自機の両背面に備わった
「そちらの搭乗者は誰だ」
気づいた時には、攻撃を加えながら通信を開いて相手に問うていた。いつもの私なら敵との通信などあり得ない。相手に情報を与えるのは戦況を不利にするからだ。そして、仮に相手が私だったら戦場で名前を問われたとしても答えない。その問いかけが意味のないものだということもわかっていた。
けれども今は、あのエンブレムを認めた今だけは、あのシュープリスの搭乗者が誰なのかを問わずにはいられなかった。闇に浮かぶ漆黒の機体と、その肩部に刻印される血塗られた鎌を象ったエンブレムを私は睨みつける。両手の人差し指は仮想トリガーを引き絞るのをやめられない。
激しい怒りの感情はまだ胸に渦巻いている。その反面、頭の片隅には冷静に状況と敵機と自己を分析している自分の存在にも気づく。
敵機の機体構成はシュープリスそのものだけれど、標準パーツの寄せ集めにすぎない。単に同じ構成の機体、もしくはベルリオーズが使っていた予備機を持ち出したのだろう。少なくとも搭乗者がベルリオーズでないことは確かだ。
だったら、その機体を扱う意味の重さを搭乗者に思い知らせてやらなければならない。シュープリスとベルリオーズは私にとっての
不条理であることを承知のうえで、焦がれんばかりにこみ上げてくる怒りの感情を、もう一方の私は冷静に肯定し、相手にぶつける。
シュープリスの周囲に展開されたプライマルアーマーの防御幕がこちらが放つマシンガンとライフルの着弾衝撃を吸収し、持っていた運動エネルギーを青緑色の光に変換して発散する。いまだ大した損傷は与えられていないけれど、プライマルアーマーが出力負荷限界に達してからが勝負だ。
相手の銃口の動きがはっきりと見える。時間の流れが遅く感じられるほどに頭が冴えていた。いける。確信とともにマグヌスの瞬発力と機動力を活かして捕捉を振り切る。自機を相手の死角へと飛び込ませ、私は敵機めがけてひたすらトリガーを弾き続けた。
しかし途中で異変に気づく。シュープリスは回避に徹するばかりで反撃をしない。なぜ。
《うら若いお嬢さんと聞いていたが、ずいぶん荒い気性の持ち主だ》
そこへ敵機から男の声で通信。返答を期待していなかった私は、相手の通信に驚き一旦機体に距離を取らせた。その声は当然のようにベルリオーズとは別人のものだった。声の主は言葉を続ける。
《そちらはオーメルのミド・アウリエルと見受ける。養成所出身の第2世代リンクス。精神負荷の影響かい? まるでバーサーカーだ》
冷静を取り戻した私はミド・アウリエルと問われたことに肯定も否定もせず、無言で相手の出方と次の言葉を待つ。
《おや、嫌われてしまったかな。怒らせるようなことは、何一つしていないと思うのだけれど》
「___少なくとも、倒されるだけの理由はあるでしょう」
《嬉しいね。ようやく口をきいてくれた》
リスクよりも好奇心が勝った。私は会話に応じ、動かない相手のコックピットに照準を絞ったまま再び問う。
「あなたは誰だ。なぜその機体に乗っている」
《はじめまして。私はレイレナードのメルツェルという者だ。この機体は預かりものというべきか。持ち主だったベルリオーズと私は兄弟だといったら驚くかい》
作戦データにあった、ORCAの首謀者メルツェル。第一優先目標が自らノコノコ出てくるとは、
「ベルリオーズに兄弟はいないはず。少なくとも公式上では」
《さすがはオーメルのリンクス。意外に情報通だ。彼との関係は、いわゆる父親違いの異母兄弟というやつさ》
メルツェルは自分の発言にクックと笑う。
(父親が違う異母兄弟は他人よ)と、私は心のなかで毒づく。つまらない冗談に加えて、気障ったらしい笑い声も無性に腹立たしい。
《だが、兄弟に近い存在であるのは本当さ。あるいは本人と呼べるかもしれない。私のおおよそ半分は》
「それは、どういう___」
《私はベルリオーズの記憶を持っている。私はまぎれもなくメルツェルというひとりの人間だが、同時に彼自信の経験や記憶も有している。いわばベルリオーズのデジタルクローンに近い存在が私という人間だ。
軽度のAMS負荷で脳内情報を読み出し、記憶の一部を電子データとして保存するアクアビットによる人格移転型AI技術の応用さ。私の頭にはベルリオーズの記憶を記録したチップが埋め込まれていて必要に応じて随時、彼の記憶が引き出される。その代わり不都合もあってね。ときどきわからなくなるよ。私は一体誰なのだろうと》
「なぜ、私にそこまで話すの」
《この程度の私事なら知られたところで問題ない。それに、私は君たちと仲良くしたい。そのためなら、これくらいの情報開示など安いものだ。つぶしがきかないリンクスは貴重だからね。あわよくば、ネクストで出撃してきた君たち4人を我々ORCAに引き込みたいとも思っている。
君らだって、今の世界情勢と企業の待遇に不満がないわけではないだろう。支配体制を強める企業にあって、リンクスは身をすり減らしてネクストに搭乗し、言われた敵を叩くだけの尖兵だ。そして、その代償は決して安くはない。
国家解体戦争で幕を開けた新時代の今、誰がどのように世界の舵取りをするかが重要だ。他企業の目的が過保護による世界の抑制だとすれば、我々レイレナードが目指すのは旧世代から続くしがらみからの解放。それこそが国家解体戦争の目的。人類を制限から解き放ち、未来永劫の繁栄のために大きな一歩を歩み出す。
パックスの頭の固い老人達は、人民のことなど塵芥ほども信用してはいない。だが、我々レイレナードは人類の秘めた可能性を信じている。その価値を最大化するのが我々ORCAの役目だ。私達と共に、よりよい未来を目指さないか。ミド・アウリエル》
声も口調も異なるが、その言葉や思想や雰囲気は旧ピースシティで聞いたベルリオーズの言葉*2を思い起こさせる。レイレナードの過激派思想。宇宙は彼らが目指すべき象徴でもあった。
たしかに近頃のオーメルは、武力介入も辞さないほどに社会主義的な管理体制を強めようとしている。けれど、無用な戦火を巻き起こしているのは明らかに旧BFF派閥企業の方だ。どれだけ立派な大儀や理想をかざしても、やっていることはあなたたちも変わらないじゃないか。
「所属リンクスだからといってオーメルを全面的に支持しているわけではない。けれど、レイレナードの思想にも賛同できない。私の答えはNoよ」
そんなどちらのやり方もレオハルトは憂いていた。世界が悪い方向へ進むのを、自らの犠牲を省みず止めようとした。国家解体戦争を起こした主要人物として、失われた多くの命へ罪滅ぼしをするかのように。
国家解体戦争の終結後にリンクスとなった第2世代の私には、本当の意味でレオハルトが抱え込んだ心境を理解することはできない。けれども国家解体戦争以前の世界的な治安悪化が生んだアメリカの内紛で家族もろともすべてを失った私にとっては、彼が望んだ世界こそがもっとも心地の良いと思える理想郷だ。
純粋無垢な子供が思い描くような、安直な平和。実現のための障害は多いだろう。鼻で笑われるかもしれない。けれど私は、それを叶えるためにリンクスになることを決めたのだから。
《残念。勧誘は失敗か。まぁ期待はしていなかったがね。では次の交渉に移ろう。
実を言うと、私はベルリオーズと同じ経験と記憶があるのにも関わらず、彼とは違って戦闘があまり得意ではない。このシュープリスも私には到底扱い切れない代物さ。
このまま独りで戦闘を続けたら、私は恐らく君に敗北を喫するだろう。だが無論、君も無傷では済まない。ついでに言えば女性と戦うのはどうにも気が引ける。そこで取り引きだ。ここのソルディオス砲はそちらに引き渡す。破壊するなり好きにしていい。その代わり情報を引き出したい》
「___いいでしょう。ただし、取り引きに応じるかはそちらが望む情報次第よ」
私がオーメルの下っ端にすぎないことは知っているはずだ。その私から引き出したい情報とは? ORCAが欲しがる情報とは、どんなものなのか興味もあった。私は一瞬だけ思慮してから返答をする。
《こちらが確認したいのはひとつだけだ。単刀直入に訊く。BFFの
思いがけない単語に一瞬耳を疑った。
王小龍? 旧BFF海洋艦隊の作戦参謀役の? こちらの認識では、彼もORCAに組していることになっている。BFFとGAやオーメルは、ついこの間まで対立関係にあった仲だ。企業の重鎮たる人間がスパイなどということがあり得るのだろうか。けれど、そう思わせる何かがあるのか。そもそもこの応答の意図は何?
私が知る範囲で正直に答えれば返事はNoだ。より正確に答えるなら、考えるまでもなく『
ここでYesと返答すれば相手方の疑心暗鬼を招き内部攪乱を狙えるかもしれない。が、それをメルツェルが安直に信じるとも到底思えない。なら、このタイミングで逃走か攻撃をすれば言葉で語るよりも信憑性を上げられる、か。
私は迷っている様子を装って思慮を巡らす。この時間も信憑性を引き上げるのに寄与するはず。あとはタイミングを見計らって一時撤退もしくは攻撃を___私は、仮想トリガーに掛けた指に力を込める。
《最初から力ずくで聞き出せばよいものを》
不意に、別の男の声が通信に飛び込んだ。レーダーに目を走らせる。直上。もう1体のネクストがソルディオス砲塔に隠れていた。
「くぅっ」
奇襲を避けようと機体を繰るが、それより早く闖入者に体当たりを食らわされ制御を失う。ネクスト同士が密着状態で発するプライマルアーマーの干渉波で視界が青緑色の幕で覆われるなか、視界後方からレーザーブレードと思わしきまばゆい光束が伸びて、一瞬にして動きを封じられた。
《動かない方が身のためだ。___初見となる。こちらレイレナードのエミリオ・ウォルコットだ。お前と面識はないが、先の戦争では世話になった》
そう名乗った闖入者は、作戦データにあった名門ウォルコットの銘を持つレイレナードのランク外。索敵機能が阻害されているとはいえ、敵の存在を見落としたのはこれで二度目。私は今日で何度目かわからない歯噛みをする。
《エミリオ、私はまだ呼んでいないが》
《メルツェル。お前の戯れ事に付き合うのは、いい加減もう飽きた》
《やれやれ困った奴だ。短気は身を滅ぼすと誰かに教わらなかったのかい》
芝居がかった問答を交わしあった後、メルツェルは私の処遇について語り出す。
《さて、ミド・アウリエル。急遽2対1になってしまったわけだが、どうしようか。我々の同士となるなら歓迎しよう。王小龍の情報があるのなら聞き入れる。気は進まないが、口を紡ぎ、ここで倒れるのもよいだろう。返答を聞かせてもらおうか》
嫌な男。私は心の中で吐き捨てる。その間にも私は打開案を模索する。2機を相手に軽量機で挑むのは明らかに分が悪い。機体損傷を覚悟で強引に拘束を振り解き、速力で振り切って逃げるしかない。残弾はまだ十分残っている。後はタイミングだ。会話を引き延ばして付け入る隙をみつけなければ。
「私は___」
言葉を発しようとしたところで、数十kmほど離れた位置にある隣接するソルディオス砲が青緑のコジマの光を夜空に振りまきながら倒壊していく様子を視界に捉えた。あちらの方角は、霞スミカが担当するソルディオス砲だ。この事態にメルツェルが初めて動揺の色を見せる。ただし、慌てるというよりは、呆れている様子だ。
《ネオニダスめ、だからコジマライフルは使うなと。撤収だエミリオ。我々は交渉の手札を失った。ここで奮闘しても実にならない。___聞こえているか、真改。ネオニダス。総員撤収する》
《いいのか。今ここで1機潰しておけば後が楽になる》
《ネクスト戦とはいえ女性をなぶるような真似はしたくない。私は紳士でありたいのだよ。それに、おおよその敵情は掴めた。彼女は何も知らされていない》
《ふん。お前について行くと、先が思いやられる》
《自由こそが我々レイレナードの信条だよ。よく覚えておくといい》
エミリオが唐突な作戦変更にあきれ声で答える。メルツェルは本気か冗談かわからない言葉を返し、次に拘束されたままの私にカメラアイを向けながら言った。
《ミド・アウリエル、私たちORCAはスピリット・オブ・マザーウィルで君らを待つ。もっとも、無事に辿り着ければの話だが。もちろん、投降して我々の同士となるのも大歓迎だ。同じ事を残りの3名にも伝えておいてくれたまえ》
それからメルツェルは無警戒のまま、こちらに背を向ける。同時に背面のハッチが展開しコジマの光が収束していく。
《ああ、それと。BFFの
メルツェルのシュープリスがオーバードブーストを吹かして飛去ると、エミリオ・ウォルコットも私の拘束を解きざまにオーバードブーストを始動させたらしく、あたりにコジマ粒子圧縮特有の高周波音が響きわたる。
《念のため言っておくが、メルツェルの言葉を真に受けてORCAに寝返るのはおすすめしない。意味の分からん理由で無駄にこき使われるからな》と、エミリオは去り際にうんざりした様子で言った。
オーバードブースト作動時に発せられるジェット音がドップラー効果で徐々に低くなり遠ざかっていく。私が振り返ったとき、すでに2つの輝点は一等星と見分けが付かないほどまでに小さくなっていた。
遥か頭上には、月明かりに照らされながらもくっきりと輝く満点の星々が瞬く。その下では、いまだ撃ちどころを探しているソルディオス砲がコジマの光をたたえていた。まるで怒りのぶつけどころを探している私のようだ。
私は誰にも聞かれないように周囲を確認してから、すうっと息を吸い込む。それから思いの丈をぶちまける。
「なんなのよっ! ORCAの連中って!」
大声を上げて憤慨を露わにする。普段の私なら絶対に取らない行動だ。
偶然にもソルディオス砲が天上に向かって撃ち放たれる。ソルディオス砲の保護機構が働いたのだろう。自壊を防ぐために標的なく放出された圧縮コジマ粒子がアフリカの夜空に青緑色の流星のような軌跡をつくった。