ARMORED CORE for Bidden【ACfb】アーマード・コア4   作:あきてくと

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霞スミカ×国家解体戦争①

 アイロンをかけたばかりのブラウスの袖を、まだ皺ひとつないおろしたてのリクルートスーツに通す。衣服のなかにとどまったセミロングの黒髪をたくし上げ、少し乱れた部分を手櫛で直す。姿見に映る自分の姿は、うん。どこからどう見ても教師そのものだ。

 

 チャームポイントはセクシーな口元のほくろ。美人教師とか言われちゃったり? 私的には可愛い系で推しているのだけれど。とはいえ私が担任するのは初等部だからこの美貌は活かし切れないかぁ。なんてね。

 

 今日は初出校日。今日から私は『霞 澄香(かすみ すみか)先生』になるのだ。んふー、なんだかこそばゆい。う~、緊張もする。けれど楽しみだな。どんな子供たちを受け持つことになるのだろう。

 

「お父さん。お母さん。私、先生になれたよ」

 

 手帳に差し入れた父と母の写真に語りかける。見開きの反対側にはしっかりと教員免許証もある。その免許証の発行元に記載された文字は『中華人民共和国極東領』。

 

 私が15歳のころに日本全土を巻き込む大きな戦争があって、日本という国は地図上から消滅した。以降、日本だった国は中国とアメリカとロシアが分割統治している。

 

 終戦から数年経った今でも支配境界付近では武力衝突や武装テロが日常的に起こっていた。軍用MT(マッスルトレーサー)や、傭兵が駆るAC (アーマードコア)同士による大規模戦闘もときどき起こった。その度に私たち日本人コロニー(集落)の住民は地下シェルターへと避難を余儀なくされた。

 

 アメリカが管轄している関東と四国や、ロシアが支配する北海道と東北はどうだか知らないけれど、選民意識が強い中国統治下にある西日本と私が住む北陸では日本人は差別の対象だ。コロニーの近くで戦闘が起きても、日本人に対して避難勧告なんてものはない。戦争を生き延びた日本人は肩身の狭い思いを強いられている。これが、かつて日本と呼ばれていた国の現状だ。

 

 今の日本で、純血の日本人である私が教員免許を取得するには、何とかして中国からの信頼を勝ち得る必要があった。その過程で多くの辛苦も舐めた。ようやく手に入れたこの教員免許は、現在の日本を生き抜くために欠かせないものであり、日本人たる私の生き方そのものだ。

 

「生き残った子供たちの未来は潰えさせない」「なによりもしっかりとした日本人としての教育を」それは教師であった父と母の二人が最期まで語っていた言葉だ。

 

 父も母も反中思想家ではないし、レジスタンスでもない。けれど戦争を生き抜いた日本人として、教師として、日本人の気質や魂といったようなものを守り続けたい気持ちが大きかったようだ。その父は3年前に、母も去年志半ばに亡くなった。そんな父と母を見て育った私も当然のように教師になることを望んだ。

 

 もちろん、担任する子供たちに反中思想のようなものを植え付けるつもりはない。今の中国統治下で、日本人として上手く生き抜く術を教えるのだ。それが私の戦い方だ。

 

「それじゃあ、お父さん。お母さん。行ってきます」

 

 居住にあてがわれている古びた木造アパートメントを出ると、抜けるような青空を背景に桜の花びらが舞う。今は私が大好きな桜の季節だ。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 薄暗い部屋の姿見に白装束を着た女が映っていた。頭には包帯。顔は青白く、頬はこけ、目は落ち窪んで一切の精気が感じられない。

 

 一瞬、怨霊かと驚いた。しかしすぐにそれが自分の姿で、ここは病院だったと思い至る。鏡に映る自ら顔は、自分でも誰だかわからないほどに見る影もない。

 

 全身の痛みに加え、吐き気がして食事もろくに喉を通らない。眠ることすらままならないのだから当然か。肌はもちろん、唇もがさがさだ。チャームポイントだった口元のほくろはしなびて見えた。

 

 教員となって丸1年になる直前の出来事だった。それは授業中に起こった。突然の閃光と轟音。後の記憶はない。

 

 後から聞かされた話では、反中レジスタンスが私たちの住む日本人コロニーに退去し、それを掃討するために中国の治安維持部隊が軍事作戦を展開して校舎一帯が攻撃に巻き込まれたらしい。

 

 生存者は1名だけだったとのことだ。つまり、私だけが奇跡的に生き残って病院へと搬送された。倒れた私を発見したのは救助隊などではなく死体処理人だったそうだ。

 

 本来なら、このような事情など私が知る由もない。これらの情報を私に伝えたのは昨日面会に来た謎の男。ローゼンタールとかいう聞いたことのないドイツ系企業の役員で、名前はたしかハインリヒ・シュテンベルクとかいったはず。

 

 上の空で、大半の話を聞いていなかったせいもあるけれど、内容は断片的にしか理解ができなかった。なんでも、私には素質があるだとか。最新型のACに乗れだとか。そのつもりがあるのなら企業で私の面倒をみるとかなんとか。

 

 なぜ、私なんかにドイツの企業が接触してくるの。なぜ私がACなどに乗らなければならないの。私は特別な人間なんかじゃない。こんな抜け殻のような私に何をさせようというの。

 

 ああ。もう、どうでもいい。疲れた。考えるのが辛い。思考しないように努めても、思い浮かぶのは生徒たちのこと。それに親御さんやご近所さん、同僚や友人たちのこと。

 

 私にはどうしようもなかったことはわかっている。けれど生徒たちは私が守らなければならなかった。子供らの声が、顔と情景が頭のなかで再生される度に苦悶に苛まれる。責められているとは思わない。それでも、担任教師として未来ある子供たちを守ることが私の責務だったはずだ。そして亡くなった彼ら、彼女らがどうにも不憫で、ただただ悲しい。

 

 涙はとうに枯れ果てていた。対外的な苦痛ならいくらでも耐えられる。けれど内からわき上がって身体を食い破るような自責の念には耐え切れない。なぜこんなにも苦しまなければならないのだろう。なぜ私だけが生き残った。もう、死んでしまいたい。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 後ろ髪をかき揚げた手が、頸椎にある金属製のAMSコネクタに触れた。指先に冷たい感触を覚えながら、艶やかなセミロングの黒髪を丁寧に束ねて樹脂製のヘアピンでしっかりと留める。一通りのメイクとヘアセットが終わった私は鏡で出来映えを確認した。

 

 バスルームの鏡に映るのは、余計な脂肪が徹底的に削ぎ落とされたアンダーウェア姿の自分。自分の顔を見る度に思う。つくづく人の性格は顔に現れるものだと。トレードマークのほくろがある口元が自嘲でわずかに歪んだ。

 

 あれからたった数年しか経っていないのに、少しばかりの自慢でもあったかつての可愛らしさは欠片ほどにもなくなった。尖った顎。つり上がった目。鋭い眼光は周囲を威嚇しているようだと現職場の同僚のような奴に言われた。

 

 こちらは一切そんなつもりはないのだけれども。まあ、今日からは別段控える必要もないか。バスルームを出た私はタイトなパイロットスーツに身を包む。

 

 出立の準備はほぼ整った。あとは出撃の時間を待つばかりだ。数日かけて丁寧にコンディションを調整し、フィジカルにもメンタルにも問題はない。適度な緊張感が頭と身体を支配している。天候や風向きもシミュレーターの予測通り。万事、滞りはない。

 

 私たちは、これから世界に喧嘩を売りに行く。いや、違うな。言い直そう。私たちは腐った世界を潰しに行く。

 

 これから起こる事変はクーデターと呼べる規模ではない。世界大戦とも比べものにならない。それどころか戦争と呼ぶのも語弊がある。おそらく戦いにすらならないからだ。端的に言い表すなら、それは蹂躙。

 

 極秘裏に用意された26機の次世代型アーマードコア、ネクストで世界各国の主要政府機関と軍事施設に一斉同時攻撃を仕掛け、機能を掌握して世界を乗っ取る。私をリクルートしたローゼンタールのハインたち新世界統一企業連合( パックス )の連中は、人類史上類を見ない頭のイカれたこの企てを『国家解体戦争』と銘打った。

 

 『アーマードコア・ネクスト』の単体戦力は、傭兵どもが駆る人型機動兵器アーマードコアの性能を遥かに凌駕する。その性能の鍵となるのは特殊な操作形態だ。ネクストを思い通りに操縦するにはAMS適性と呼ばれる先天的な因子が必要だった。

 

 ネクストの操縦者は『リンクス』と呼ばれ、機体の制御リンクのために頸椎に神経接続コネクタの埋没処置が施された。私は数少ない適性者のひとりで、今は東欧の複合企業体インテリオル・ユニオンに籍を置くリンクス、霞スミカだ。

 

 私と同じくAMS適性因子を見い出され、国家解体の尖兵として集められた世界でたった26人のリンクスたち。そのなかで面識があるのは半分ほどだが、その全員が随分と個性的な奴らだった。名声を求めて作戦に参加した者もいた。単なる興味本位で参加した者もいた。そのほか恒久的な地位や一国家予算を遥かに上回る報酬を条件として参加した者も。

 

 26人のリンクスたちが国家解体戦争に身を投じた理由はさまざまだが、ほぼすべてのリンクスが私と同じく世界へ不満を募らせていた。まったくもってイカれた連中どもだ。もっとも、私もそのなかの一人なのだけれど。まあ、それ以上にイカれきっているのは世界の方だがな。

 

 リンクスが操るネクストと現存兵器との単体戦力比は概算で1000対1。ネクストに限って、一騎当千という言葉は伊達ではない。その性能を以てすれば、世界をひっくり返すことなど容易い。恐らく国家解体はなんの問題もなく遂行されるだろう。しかし、だからといって楽観視はできない。

 

 教員時代からの名残で化粧っ気はない方だが、作戦出立の今日はいつもより丁寧にメイクした。これが私の死装束(しにしょうぞく)になると戒めの念を込めて。仕上げに昔から愛用している桜色のリップを塗り、唇を引き結ぶ。そして弾く。

 

 さて、行くか。

 

 私はヘルメットを手に取り、シリエジオ(愛機)*1が格納されているガレージに向かう。

 

 私は進む道を間違った。けれど後悔はしていない。あの世で会ったら叱ってよ。お父さん。お母さん。子供たち。責めは受けるよ、いくらでも。

 

 ___ああ、無理か。これから何十万、何百万と数え切れないほどの人間を殺すことになる私がたどり着く先は地獄と決まっているのだから。

 

*1
イタリア語で「桜」の意

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