真説(親切解説)アーマード・コア4 【非公認】   作:あきてくと

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First Presentation 後編 〜レイヴン〜

《レイヴン! 避けて!!》

 

 フィオナの叫び声に、現状を把握するより先にクイックブーストを全開にして回避行動をとる。

 

 恐ろしいほどの熱量を放つ光の束が視界の右端から左端へと駆けた。その光条は、先ほどまで俺の足下にいたノーマルACを飲み込み、河川上に滞空していた戦闘ヘリの布陣を貫通し、爆散させ、対岸のビル一棟を完全に崩壊させた。

 

 発射から数秒たっても消えることのないほどの光が発する放射熱により、あたり一面は熱風をともなった急激な上昇気流が発生し、離れた位置にいたヘリまでが、誘爆あるいは操縦不能になり蚊虫のようにはらはらと波打つ川面に落下していく。

 

 辛うじて回避できたものの、高エネルギーはプライマルアーマーごしでも装甲を焼き、機体正面は高熱により表面が焼けただれていた。

 

《コジマキヤノン? ネクストは……でも……》フィオナの唖然とする言葉にならない言葉が通信機から漏れる。

 

 現存するネクストは30機程度といわれ、そのほぼすべてが企業の管理下に置かれている。グリフォンのような辺境都市にいるはずがないとフィオナは言いたいのだろう。しかし、コジマ粒子を扱えるのはネクストだけだ。ならば、あれはなんだ?

 

 コジマキヤノンと思われる高粒子砲が放たれた方向に目を向ける。明暗によりカメラの調光がうまくいかず、はっきりとした機影が確認できないが、砲撃したと思われる位置から熱気が漏れ、周辺の空気が陽炎のように揺らめいでいる。砲撃後の放熱だろうか。

 

 とにかく敵には違いない。暗がりから引きずり出してやろうと、肩のマイクロミサイルを熱源に向かって放つ。発射された無数の小型ミサイルすべてが緩やかな弧を描いて未確認の敵機に向かうが、奴は回避するそぶりすら見せない。

 

 放ったすべてのミサイルが着弾し無数の爆発が起こった。あたりに立ちこめる黒い煙と粉塵の隙間に半球状の光の幕が浮かび上がり、巨大な人影が露わになる。巨人は爆炎の中を前進し始めた。そこへ、敵機から全周波数帯にむけて通信が入る。

 

《勧告もなしに撃ち込むとは、ずいぶんと礼儀知らずなネズミ、いや野良猫だ》

 

 勧告もなしに撃ったのそっちが先だろうが。反論と銃撃をしたい気持ちよりも、敵に対する好奇心が勝る。俺は黙って奴がビル陰から出てくるのを待った。日光にさらされ露わになった敵機の姿は、これまでに見たことのない形をした機体だった。

 

 本体は旧型のアセンブルタイプの重装ACに似ているが、背部に突き出た巨大な構造物が目を引く。まるで背中にボートを背負っているようにアンバランスだ。

 

 そこから左右にパイプが延び、右手に持つキヤノンと、左手のシールドらしきものに接続されている。機体の各部には明らかに急ごしらえらしきブースターが取り付けられ、背面にも追加ブースターと思わしきものが見て取れた。

 

《あれはネクスト……じゃないわ》望遠カメラで敵機の姿を確認したフィオナから通信が入る。

 

《おそらく、旧型ACにコジマリアクターを取り付けただけの急造品、いえ、テスト機かも。あんなのでまともに動くはずがないわ。コックピットだってコジマ汚染の対策がてきているかどうか……中のパイロットだって無事じゃ……》

「さっきの通信。お前はレイヴンか?」敵がフィオナの言葉を遮った。

 

「だったらどうした」

 

《嬉しいんだ。他のレイヴンはあの戦争でほとんどが死んじまった。かつては敵同士だったこともあるが、私怨はねぇ。こうなっちまうと、同業の縁みたいなものを感じるんだよ。ネクストに乗っているのは驚きだが》

 

「それはお互い様だ。その機体はなんだ?」

 

《ネクストのプロトタイプのプロトタイプだそうだ。コジマ粒子の発生装置をACに無理矢理乗せただけの。性能は見せたとおり。バカ重い機体に、バカみたいな出力のエンジンを乗せたバランスのかけらもねぇ機体だが、案外気に入っているんだ》

 

「パックスからの提供か?」

 

《そいつは言えねぇな。クライアントの守秘義務を守るのが俺たちの仕事だろう。どこまで落ちたとしてもレイヴンの生き方は変えられねぇ。そして、レイヴンである以上、戦地で出会ってしまった以上、俺たちは戦わなくちゃいけない。違うか》

 

 奴の左手に持ったシールドからコジマの光が漏れ、直上に延びてブレードを形成する。

 

「ああ、そうだな」俺も左手のレーザーブレードを発振させて応える。

 

 

 

 奴の背面ブースターが瞬いた。はじかれたように迫ってくる勢いは、あきらかに旧来のACの加速ではなくネクストにも匹敵する。

 

 俺はブレードを振りかぶり迎え撃つが、奴の機体は急にバランスを崩し、薙払ったコジマブレードは俺の右空を切る。オーバーランしたところをターンブースターの勢いだけで強引に急旋回し、振り向きざまにコジマブレードを振り下ろした。こちらも振り向きながらブレードを振るう。

 

 重なったブレードの粒子が反発を起こし、スパークしてお互いが弾かれる。

 

《出力にバランス制御がおいつかねぇんだ。じゃじゃ馬でよ。まっすぐすら飛べやしねぇ》

 

 再びブースターで距離を詰めようとする敵に向かってライフルで牽制。奴はコジマブレードをシールドに切り替えつつ、左にスライドして避け、後方へ周り込もうとする。俺は向き直り、ライフルで追い打ちをかけるが当たらない。

 

 ネクストと同等の速さをもつものの、動きは旧来のAC操作による直線的な機動だ。しかし、ときどきバランスを崩してあらぬ方向へ突進する。それを修正するためにスロットルを細かく制御するものだから、さらに射撃予測が狂って照準が逸れる。

 

 回避技術はともかく、あの機体を制御する腕には舌を巻く。何発かは直撃したものの、あのプライマルアーマーと同性能のシールドによって威力が減衰するため、致命傷は与えられない。ただし、ネクストのプライマルアーマーとは異なり、背後には展開されないようだ。後ろから狙えばダメージを与えられるが、奴から背後をとるのは難しい。

 

 そして、あのコジマキヤノンがいつ撃たれるか知れないことが戦術立てを困難にする。ならば、撃たせなければいい。

 

 ライフルで牽制しながら、距離を詰め、ブレードを振るう。敵機はシールドを展開して斬撃を防ぎ閃光が弾ける。

 

《右腕のコイツが怖いようだな》

 

 ほざけ。再び敵機に向けて渾身の力でブレードを叩き込む。ネクストの神経接続による機体制御は、身体と同じように、刃先に自重を乗せて打ち込める。単純なプログラム制御の旧型ACにはできない芸当だ。重量で上回る敵機を押し返し、粒子の反発も手伝って敵機を後方に弾き飛ばす。

 

 体勢を崩した敵機に、さらに追い打ちをかけようとする矢先、奴がバランスを崩しながらも右腕のキヤノンを構えた。俺は射線上から逃れるためにサイドブースターを点火し回避。しかし、砲撃は行われない。

 

 フェイント。動きを読まれた。回避先の地点に向かって、ブースターで姿勢を強引に立て直した敵機が錐揉みしながら突進してくる。機体同士が衝突し、硬質な轟音とともに摩擦で火花が散った。瞬間的に視界がぶれ、俺は大きく弾き飛ばされた。

 

 下腹部に激痛が走る。ネクスト搭乗時は痛覚が遮断されている。それでもこれだけ痛むということは、さっきの衝撃で傷口が開いたのだろう。バイタルアラートは失血を示すレッドゲージと警告音を発するが、衝撃時の脳震とうも手伝って頭が働かない。機体の制御もままならないまま地面に叩きつけられる。

 

 そこへ、奴の右腕が光を放った。朦朧とする意識のなかで目の前が真っ白になる。先に聞いた奇妙な発射音と大気を切り裂く轟音が頭の中に響きわたった。

 

 

 

 

 

 薄らぐ光とともに、頭上を走った光の帯がすっと消える。そして、少し離れた位置に、どんもりうった敵機の姿が確認できた。砲口の先端は赤く赤熱している。砲身後端と背面のフィンから高熱の蒸気が吐き出され、冷却機構が働いているのがわかった。外したのか?

 

 意識を回復した俺は、ライフルを構えて機体を立ち上がらせる。訳がわからないまま、敵機に照準をあわせた。下腹部は依然として痛みを発し、バイタルアラートは鳴り続いている。

 

《チクショウ! 砲撃すらまともにできねぇのか! このポンコツは!!》がなり散らす敵レイヴンの声が無線から聞こえてきた。

 

 おそらく外れたのだ。あの機体には、あの高粒子砲の反動を制御できるだけの安定性が備わっていない。テスト機とはいえ、本当に、ただ取り付けただけの代物だ。

 

《コイツを造った技師どもは、実戦てモンを知らない。もっとも実戦投入する気などなかったのかも知れないが》

 

 奴は機体を起きあがらせると、左手のシールドを構えようとする。しかし、淡く光ったたけでシールドもブレードも展開されない。背面の装置から左腕に延びたケーブルは途中で切断され、ぶらりと垂れ下がっていた。

 

《だが、故障しても、負傷しても、任務のために、どんな手段を使ってでも、生き延びるのが、俺たちだ。生き残れなければ、それは、弱さだ。ちがうか? レイヴン》

 

 奴はブースターを吹かして飛び去った。撤退? まさか。

 

 長く尾を引くブースト炎を吐き出しながら、不安定な軌道で川面のスレスレを飛ぶ敵機は、川の水を巻き上げ、時折着水して飛び石のように突き進む。高速度で飛行する奴に向かってライフル狙撃を試みるが、銃弾はすべて奴の脇か後方に逸れ、幾つもの水柱を立てた。

 

 

フィオナからの通信が入る。《いまのうちに撤退しましょう! 命に関わるほどではないけれど出血量が多いの。あなたはもう戦えないわ》

 

「いや、奴は仕掛けてくる」狙撃を継続しながら撤退命令を拒否した。

 

 敵機は、独立都市グリフォンの象徴である大きな橋の下をパスして旋回。こちらに向きなおりながらコジマキヤノンを構え、さらに速度を上げた。おそらく、キヤノン発射の反動を、加速の勢いで相殺して照準を定めるつもりだ。

 

《聞こえているか、レイヴン! 俺たちは、正義でも、悪でもない。ただ、戦争を長引かせるだけのやっかいな存在で、誰も救えない。だが、歴史を最前線で見て、なにも変えられなくても、たった一人で戦い続け、必要だから、戦った。

 

俺たちは、戦った! 俺は、レイヴンの───っ!!》

 

 

 

 

 コジマキヤノンは撃たれなかった。急に挙動を乱した敵機が制御不能なまでの錐揉みで軌道を外れ、加速度を殺せないまま都市街のビルに激突して大爆発を起こした。

 

 奴の断末魔は、しっかりと聞き取れなかったが、奴の過去と、俺の過去のすべてを物語ったようだった。奴は撃たなかったのか、撃てなかったのか今になってはわからない。力を振るいながら歴史を傍観することしかできないのが今の俺だった。

 

《彼は、たぶん、重度のコジマ汚染でまともな状態ではなかった。この戦闘で汚染が加速度的に進行して、気を失ったか、あるいは……》フィオナが口重く語る。

 

 沈黙。

 

《さあ、帰りましょう。イレギュラーがあったけれど、戦果にはエミールもきっと大喜びよ。でも、ケガか完治するまで仕事はムリね。ドクターストップよ》

 

 

「───俺もいずれは、ああやって死ぬのか」

 

《いずれ、は》

 

 フィオナは医師でははく、技術者らしくさらりと答えた。

 


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