ARMORED CORE for Bidden【ACfb】アーマード・コア4 作:あきてくと
『ネフィリム』とは、旧約聖書外典に記された巨人たちの名称だ。
エノク書では、禁忌に反して人間の女を娶った堕天使とヒトとの間にできた巨人の子と説明されていた。ヨベル書では、地上の人間と動植物を食らいつくした末、ネフィリム同士で殺し合い、共食いを始めて滅んだと記されている。
死海文書における巨人の書では古代の名高い英雄で、その民数記では人間がイナゴのように見えるほどネフィリムは巨大だったと伝えられていた。いずれにしても、伝承の巨人ネフィリムはイスラムにとって邪悪な存在として認知されている。
一方、それらとは全く違う解釈もある。聖書に登場する天使とは宇宙人のことを指し、聖書のネフィリムに関する記述は、古代の地球にやってきた宇宙人が地上にいた原生動物の遺伝子を組み替えて、新たな生物を創造したことを暗に示すものだと唱える者もいた。
私には、どれも正解のように思える。実際に『ネフィリム』を見て、その生い立ちを聞かされた今なら。
もちろん、私が見たのは聖書に登場するネフィリムそのものではない。オーメルの地下施設で見たそれは、いわば『火星のネフィリム』。旧世紀の宇宙開拓時代に火星探査で得た設計図を元にオーメルが再現した大型のアーマードコア・ネクストだ。
聖書に登場するネフィリムと、オーメルが建造したネフィリムの共通点は以下のとおりになる。
ひとつ、オーメルが組み上げた火星のネフィリムは、通常のネクストよりもふた周りは大きく、まさに巨人を思わせる。
ひとつ、オーメルのネフィリムは火星文明からもたらされた設計図面を、地球のロボット技術で模倣した機体だった。つまり天使と人間のハイブリッドならぬ、火星と地球のハイブリッドテクノロジーで生み出された存在だ。
ひとつ、ネフィリムにはORCAがアフリカで行う衛星打ち上げを阻止するための重要な役割が与えられていて、アナトリアの英雄であるレイヴンが作戦遂行に備えて現在、慣熟訓練を続けている最中だった。その存在は巨人の英雄と呼んでも差し支えないだろう。
ひとつ、聖書内のネフィリムという言葉は複数形らしい。そして、ネフィリムの機体も2機が現存している。機体完成図面はパックス全体で共有管理されているらしく、オーメルのほかにレイレナードも同じ機体を構築しており、今はORCAが所持しているとのことだ。
ひとつ、地上を蹂躙しつくしたネフィリム同士が最終的に殺し合い、共食いしたと聖書に記されていたように、この2機のネフィリムも戦う運命にある。ORCAは片割れのネフィリムにラインアークで奪取したアスピナの傭兵ジョシュア・オブライエンの人格移転型AIを乗せて来ると予想されている。もしそうなれば、レイヴンとジョシュアが戦うことは避けられない。
以上の共通点に加えて、イスラエルに本拠を置くオーメルはユディトやホロフェルネスのように旧約聖書外典の名詞を製品コードネームとして引用するのが通例だった。この機体はネフィリムという名前こそがふさわしい。むしろ、それ以外には考えられない。
とはいえ国家解体戦争以降、宗教は形骸化している。
国家解体戦争の主導者の一員であり、現オーメルの重役であるデイブは言う。「宗教こそが旧来から続くもっとも悪きし習慣」だと。
にもかかわらず、オーメルの製品名には旧約聖書の単語が引用されている。その理由が気になって尋ねたところ、本当か冗談か、彼は年甲斐もなく「なんとなくカッコイイから」と笑いながら答えた。
もちろん、宗教を悪しきものと断じて葬ったパックスといえど人々に無宗教を強制することはなく、生活様式は各コロニーごとに旧来から続く文化や宗教の継続が許されている。
とはいえ、それにより生活に少なからず変化はあった。主にイスラム教を信仰しているトルコのアナトリアはというと、国家解体戦争以後は習慣的に行われているのは日々の礼拝とラマザンの断食、玄関先に魔除けのお守りを飾る程度だ。
こういった宗教儀式もいずれ単なる風習として生活のなかに溶け消え、何に祈りを捧げていたかすら忘れ去られてしまうことだろう。
地球の神は死んだ。合理思想の結果から起こされた国家解体戦争で。
火星の神はどうだろう。ローマ神話のマルスではなく、古代火星文明人が信仰した神は。
もしデイブの話が全て真実で、ネフィリムの機体が本当に火星由来のものであったなら、かつての火星にはヒト型の生命が高度な文明を築いていた証となる。
しかもネフィリムのプロポーションは2脚型ネクストと酷似している。人型兵器を象徴的に運用してた事実は、古代火星人も我々地球人とよく似た形態であったかもしれないということだ。地球上の神の姿が概ねヒト型であるように、おそらく火星の彼らが信仰した神もヒト型であっただろう。
特に、二足歩行は高等生物にみられる大きな特徴だ。あらゆる状況下での戦闘を想定した汎用兵器アーマードコアはヒト型が望ましい。AMSの神経接続で機体制御するネクストも、パイロットの感覚と同調させやすいヒト型が理想だ。
けれど人型兵器の機構や制御はどうしても複雑になるうえ、間接部の負担が大きく破損もしやすい。ヒト型兵器は局地戦闘における汎用性は非常に高いけれど兵器として合理的とはいえない。
文明が発展するほど合理性に収束していくはずだ。にもかかわらず古代火星で運用されていた真のネフィリムの形がヒト型なのは、自主族の特徴を投影したナルシズムの結果なのか。はたまた単なる偶像崇拝か。だとすれば技術水準が高いレベルにあったとしても、その精神性は地球人類と大差はないと予想できる。
一方で、現地球を遥かに超越した技術文明の進歩が促した最適解として人型兵器に終着した可能性もある。けれどその答えは、人類がこのまま地球に留まり続ける限り出そうにない。
デイブは、この疑問の答えと古代火星文明の詳細を知っているのだろうか。とはいえ、まともに答えてくれる保証はない。これに関しては、たぶん話をはぐらかされて終わりだろう。あの人は口が軽いけれど、話すべきでないことは決して話さない。
その火星の遺産ともいうべきオーメルのネフィリムの機体は、現在レイヴンが慣熟訓練を続けている最中だ。
さし当たりシミュレーターで機体特性をつかみ、実機に搭乗して感覚のズレを修正。そして再びシミュレーターに潜って対ネクスト演習。それで得た知見を実機で試す。あとはひたすらその繰り返し。
それぞれの訓練の合間にレイヴンは仮眠を取った。そして目が覚めると再び訓練。レイヴンは習熟の歩留まりを引き上げるために、短時間の睡眠と訓練を繰り返した。睡眠によって脳の汎化作用を促し、運動記憶の定着と強化を図るためだ。それは脳機能学的に正しい学習プロセスだとはいえ強引にもほどがある。
これが傭兵としてのレイヴンの仕事ぶり。準備の怠りは死を意味する。もちろんそれは理解できる。けれどその度の外れた徹底ぶりに、脳神経外科医としての私は少々呆れてしまう。
一方、私の方はというとオーメルの施設にいて何もしないわけにはいかない。協議の結果、オーメルと機密保持契約を結んだうえで、私はレイヴンのオペレート業務を担当することになった。
オペレーター役を務めることを提案したデイブに対して、私は二つ返事で答えた。けれど、その際のデイブの言い回しに含むところがあったのを私は聞き逃さない。私に「尻拭いの機会を与える」と直接デイブは言わなかったけれど、内心はどう思っていることやら。
数週間前のラインアークの防衛戦で、ジョシュア・オブライエンのバックアップデータがレイレナード・アクアビット残党に奪われた。この結果を招いたのは私の判断によるものだ*1。そのことは重々承知している。
なにより、あのジョシュアが自ら進んでORCAに手を貸すとは思えない。一昨日、アナトリアを襲ったときのように何らかの処置が施されているのだろうか。人工知能であるが故に、人格や記憶のデータに直接アクセスして操作できれば、人間でいう洗脳作業もそれだけ容易いことだろう。
もしくは、バックアップデータから復元されたジョシュアが何らかの思惑でORCAの企てに荷担しているとしたら。あるいはジョシュアの伴侶であるマリーさんが人質にされて、無理矢理協力を強いられているとしたら。
ジョシュアの幼なじみとしての私は、よくある物語のよくある都合の良い逆転劇に淡い期待を抱く。けれども現実主義であるべき医師もしくは技術者としての私は、その考えを冷徹に否定する。
フィオナ・イェルネフェルト個人としては、正直ジョシュアとレイヴンが戦う様子は見たくない。けれど二人が戦わざるを得ないのであれば、どのような結末になろうとも私が見届けないわけにはいかない。
そのようなことを考えつつ、私は調整が終わったオペレーターデスクでレイヴンの慣熟訓練をサポートしながら、デイブから渡された資料を読み込み、ネフィリムの機体特性などを頭に詰め込む。
ネフィリムの外観やサイズはプロトタイプネクストこと00ーARETHAによく似ていた。その感想をデイブは否定する。プロトタイプネクストやレイレナードの機体デザインの方が火星由来のネフィリムに似ているのだと彼は言う。加えてコジマ粒子の発見と活用も火星探査がきっかけだと聞いた。
デイブと古いつながりがあった父も、古代火星文明の存在を知っていたのだろうか。もちろん、そうであっても父の実績が消えるわけではない。当時最新のロボット技術とAMS技術、コジマ技術を掛け合わせたアーマードコア・ネクストの誕生は父の存在なくしては成し得なかった。良くも悪くも。
オーメルのネフィリムは、父が積み上げたネクストの基礎設計を流用して、火星にかつて存在したとされる機体の完全再現を目指したものだ。しかし、火星で入手した設計図から解読できたのは機体の詳細な外観と、どのような技術が用いられているのかほとんどわからない点のみだと言う。
オーメルが作り上げたネフィリムは元来の性能からはほど遠い。言ってしまえばモックアップ品か単なるハリボテに近い。
そうであっても、その戦闘能力は現存するどの兵器よりも優れていた。いわば最新の設計と設備で建造された00ーARETHAといったところか。コロニーアナトリアの簡素な設備では成し得なかったネフィリムは、父が目指した完璧なネクストと言えなくもない。プロトタイプネクストの実質的な後継機とも言えるだろう。
外観は真っ黒で、カウルおよび主翼とエンジンを装着した飛行形態時の様相はまるでカラスのようだ。機体表面に塗られた特殊な超低反射塗装はレーダーステルスと光学ロックを阻害する効果もあるらしい。
父の研究手帳に残っていたコジマ粒子の摩擦低減作用を間接部に応用したフローティングアクチュエーターと同様の機構も搭載される。レイヴンが使っていた強化機体にも備わったコジマフローティングアクチュエーターは、おそらく父が開発したのではなくネフィリムに用いられていた機構を、簡易的な形で流用しようとした試みだったのかもしれない。
操縦席は元来のネフィリムに備わっていなかったそうだから、ヒトが搭乗できるようにコックピットブロックが無理矢理乗せられ、操作系統はネクストと同じくAMSを用いる。コックピットのコジマ汚染対策はオーメル最新のシールド構造を採用し、被爆量は一般ネクストと同等に抑えられているそうだ。
大柄の機体の動力源として、3機のネクスト用ジェネレーターとオーメル最新の大型コジマリアクターが胴部に押し込まれ、重い機体の機動性を確保するためにプロトタイプネクストにも劣らない大出力の多連ブースターを装備。潤沢なエネルギー供給により設計上の瞬間推力はプロトタイプネクストをも上回る。
とはいえ、スペックがどれだけ大したものでも扱える人間がいなければ意味がない。コジマ汚染やAMSの害を除いてもネクストの稼働はパイロットの身体に負担をかける。AMS適正があったとしても、一般人が何の訓練もなしにネクストの性能を引き出すことは難しいのだ。
とくにネクストの特徴ともいえるクイックブーストが生み出す瞬間加速は常人には耐え難い。ネフィリムのスペックでは不用意に最大出力で加速制動をかけようものなら内蔵破裂は避けられないだろう。
コックピットはオーメルが新設計したフローティングGアブソーバー構造で、身体にかかる重力加速度は最小限に抑えられているとのことだけれど、実際の戦闘機動においてパイロットにかかる負担は計り知れない。
プロトタイプネクストは元より、ネフィリムのスペックは人が扱う限界を完全に超越していた。そこで疑問が生じる。なぜ、使えないものを作る必要があるのか。
パイロットの限界を知らない父が試験的に作ったプロトタイプネクストならまだわかる。けれど正規メーカーであるオーメルなら、その辺りの分別は誰よりもわきまえているはずだ。
もちろん、メーカーだって扱いに困るようなピーキーな製品や、採算を度外視したハイエンドモデルを作る場合もある。しかしネフィリムのそれは、まるで人間以外が操ることを想定したかのような設計だった。
このネフィリムはどのような使用が想定されているのだろう。複数のネクストを相手に確実に勝利するためか。もしくは今回のようにAI制御によるネクストに対抗するためか。それとも兵器を抑止力として運用するには、これほどまでの強大な力が必要なのか。それともほかに何か別の理由があるのか。
これほどまでの力を生み出し、彼らオーメルは一体、何と戦おうとしているのだろう。
火星は、その調査の痕跡から核戦争で滅んだという噂もある。人体に有害な核分裂による放射線。火星由来のコジマ粒子。そしてネクストのような人型兵器。
これでは、地球人類が向かう先は……。
不意に濃いコーヒーの香りが鼻孔を突いた。振り返ると、そこにはオーメルの軍事顧問であり、国家解体戦争の首謀者でスキンヘッドのデイビットがマグカップを両手に立っていた。
早朝にも関わらず、格好は相変わらずスーツ姿で、髭もしっかりと整えられている。私は思わずギクリと身をこわばらせる。
「経過はどうかね」
デイブはそう言って片方のマグカップを差し出した。私は湯気が立つマグカップをデイブから受け取る。
「ああ。ありがとうございます、デイブ。ええ、順調ですとも」
「そんなに根を詰める必要はないよ。機体制御関係のチェックと作戦情報のオペレートはオーメルのスタッフが担当するからね。君はレイヴンのケアに徹してくれればいい」
デイブは笑顔で私に優しい言葉を投げかける。けれど、この日向ぼっこをしているお爺ちゃんのような笑顔も、その言葉も一切を信用してはいけないことを私は知っている。
「お世話になる以上、そういうわけには」
「ふむ、真面目なのはよいことだ。あの仕事熱心なイェルネフェルト教授が、人を育てる器用さを持ち合わせていたのは意外だったよ。それともお母上の影響か。ああ、悪い意味に受け取らんでくれよ」
その言葉に、私は精一杯の作り笑いを返す。次に、デイブの細い目がモニターを睨んだ。視線の先にはレイヴンが操るネクストの視点がモニタリングされていて、その様子を一瞥したデイブは私に尋ねる。
「さっきから同じ動きを繰り返してばかりだ。彼は一体何をしているのだね」
確かにレイヴンは断続的にクイックブーストを吹かして、同じ動きばかりを繰り返している。クイックブーストのタイミングを図る練習なのだとは思うけれど、それがどのような効能をもたらすかはパイロットではない私にはわからない。
私は返答に迷ったあげく「さあ、彼の考えていることはよくわかりません」とだけデイブに返してやった。