ARMORED CORE for Bidden【ACfb】アーマード・コア4 作:あきてくと
視界端に小さく表示されたデジタル時計が知らせる時刻は0600時。
朝日が昇る直前にある後背の空は群青色に染まりはじめ、うっすらとオレンジ色がかった水平線付近の明るさと混じり合う。進行方向へと目を移せば、まだ星の瞬きがはっきりと視認できる漆黒の空と、暗く影を落とす広大なアフリカの大地の闇が、遥か遠くにそびえ立つキリマンジャロの稜線を境に溶け合っていた。
私が搭乗する
前方には明滅するふたつの光源。上空の星々よりも強い光を湛えるガストーチのようなジェットの奔流が断続的に噴射された瞬間だけ、その発生元となる巨大なヒト型兵器の輪郭を浮かび上がらせた。
「ミド、少し先行しすぎだ」
《了解です。スミカ》
その返答とともに、クイックブーストの噴射炎がわずかに小さくなり、レーダーに表示された緑色の輝点が二つ横並びになった。だが、輝点の下に付随するよう延びる高度ゲージは片方だけがわずかに長い。
「セロ、もっと低く飛べ」
《イエッサー》
『マム』だと何度言えばわかるんだ、まったくコイツは。返答はいい加減だが、セロはすぐさま機体を降下させ、こちらが望む高度に落ち着いた。
セロが乗る『テスタメント』は、空中戦を主軸においたユディトベースの機体で優れた上昇性能が災いして隊列を乱しやすい。一方、ミド・アウリエルが搭乗する『マグヌス』は、機動戦に特化しているぶん、他の機体より一際足が速い。そして、レーダーが指し示す私の後方には緑の輝点がもう一つ。
「メノ、付いて来られるか」
《大丈夫ですッ、なんとか》
軽量機である2機に対し、メノ・ルーが搭乗するGAの重量機サンシャインをベースとする『プリミティブライト』は足が遅い。本作戦にあたってブースターを交換させ、旧来よりも機動力は増しているはずだが、機体本来の特性差は如何ともしがたい。
私が乗る中量機シリエジオの速力はメノ機とセロ機の間くらい。既存兵器とは一線を画する機動性が特徴のアーマードコア・ネクストであっても、速力にはどうしても差がでてしまう。
それでも、イスラエルからケニア沖までの道中に行ったシミュレーターでの隊列訓練の成果は目に見えて出ている。3人とも各企業の上位リンクスだから腕は確かだ。機体特性による扱いづらさは隠しきれないが、隊列は十分維持できている。やればできるじゃないか、お前たち。
4機のヒト型兵器が、互いの位置間隔を保ったまま、アフリカの大地を這うように駆ける。目指すはおおよそ200km先に待ち構えるスピリット・オブ・マザーウィル。
BFFが製造した6足歩行型の超大型兵器であるスピリット・オブ・マザーウィルのサイズは全高600m、最大全長に至っては差し渡しで約2400m。
ネクストの全高は10m強で、我々をアフリカまで運んで来だ世界最大級の輸送船でも全長は400mほどなのだから、その大きさがどれだけ狂ったものであるか想像に難くない。その規格外の寸法から推し量るに大型兵器というより地上空母。あるいは歩く要塞だ。
おまけにスピリット・オブ・マザーウィルに備わる6門の主砲の推定射程距離は200kmにも達し、約100km圏内は静止物なら必中距離だとのことだ。
このスピリット・オブ・マザーウィルの存在はミッションの大きな妨げとなる。ただし目的はスピリット・オブ・マザーウィルの破壊ではない。あくまでORCAが実行しようとしているロケットの打ち上げ阻止だ。
我々4機に与えられた任務は、スピリット・オブ・マザーウィルの主砲を、飛行要塞フェルミ10機で構成された航空部隊に向けさせないための妨害。フェルミが1機でも無事であれば、十分ORCAのロケットサイロを爆撃できる。
さしあたり我々がすべきことは、スピリット・オブ・マザーウィルへと最小限の損害で接近することとなる。しかし、速力と機動力に優れるネクストであっても接近は容易でない。
ネクストの足で100kmを移動するのに10分ほどかかる。つまり10分間、正確無比な砲撃を避けながら接近しなくてはならないということだ。
ロケットの打ち上げ予定時刻は約2時間後。時間に余裕はないうえ、1機も欠けることなく確実に接近するには頭を使わなければならない。肝は侵攻ルートと速度とタイミングだ。遅すぎてはいけない。かといって、早すぎてもいけない。私は、高速度で流れていく背景に浮かぶ速度計とレーダーとタイマーをにらむ。
「もう間もなくスピリット・オブ・マザーウィルの最大射程圏内に入る。隊列、速度ともにこのままを維持」
《はいッ》
《了解しました》
もちろん懸念はスピリット・オブ・マザーウィルの主砲だけではない。問題は山積みだ。なかでも、もっとも大きな不安材料はスパイの存在。
作戦の第一段階ともいえる対空ソルディオス砲の個別破壊ミッションは、それぞれが無事に達成したものの、奇襲のつもりが完全に待ち伏せされていた。つまり、こちらの作戦内容が向こうに筒抜けだということだ。
ソルディオス砲破壊後のデブリーフィングでミドは言った。「伝えるべきか迷いましたが、スパイがいます」と。
ミドがORCAの首謀者であるメルツェルから聞いた話では、ORCA内で王小龍にスパイの疑いがかけられていて、私はもちろん、他の誰もそれに関する情報は持っていないという。そして、ORCAからこちらへもスパイを紛れ込ませているとのことだ。
もし本当にスパイが潜んでいるとしたら、こちらの情報を把握できる人物だろう。我々をここまで運んできた船のブリッジクルーか、それとも作戦本部詰めのオーメルのスタッフか。最悪の展開は、我々リンクス4人のなかにスパイがいる場合。
もちろん私は潔白だが、私が他の3人に疑われている恐れもある。お互いが疑心暗鬼では連携戦術など望むべくもない。奴等は想定よりはるかに大規模な認知戦を仕掛けてきている。ORCAなど、ただのテロリストかと思っていたが、まさかここまでの規模だとはな。
これがORCAを束ねるメルツェルの才か。それとも常に場を仕切っていたベルリオーズの奴の記憶とやらによる手腕か。とはいえ、やることは変わらないし、他にやりようもある。情報が漏れているというなら欺瞞情報を流してやるまでさ。
作戦本部には、当初の予定どおり二手に別れて闇に紛れながら2方向から侵攻すると伝えてある。スピリット・オブ・マザーウィルに対して、速力と回避力に優れるセロとミドが4時方向から侵攻して砲撃を集中させ、足が遅いメノと私が7時方向から安全に侵攻する、と。
だが実際は、真正面から4機で強行突破をかける。その作戦変更の旨を知っているのは我々リンクスの4人だけだ。
もし、ORCAが地上防衛を二手に分けて展開させているとしたら、作戦本部にスパイが紛れ込んでいる可能性が高まる。真正面に地上防衛を集中させているなら、残念だがメノかセロかミドのいずれかがスパイである可能性が高い。その場合は作戦中止もやむを得ない。
答えは間もなく判明する。さて、鬼が出るか蛇がでるか___。
《砲撃、来ます》
先陣を切るミドから報告があった。前方で発光。続いて闇夜を切り裂きながら巨大な光弾が飛来する。主砲のマズルフラッシュは、さしずめ遠雷の稲光のよう。曳光を引いて押し寄せるグレネード弾はまるで巨大流星だ。砲弾は我々の頭上をかすめ、遥か後方で爆炎を上げる。
「まだ狙いは甘い。どうせ当たらん。進路このまま」
この距離でなら、メノや私の重い機体でも十分に弾道を見切って余裕で回避できる。次弾が右方の近い地面に着弾して爆発した。続いて前方左方で。発破の衝撃波とそれによって巻き上げられた土砂が機体装甲を叩き、すさまじいまでの轟音と爆炎が後方へ流れ去っていく。
そのとき、最大レンジに設定していた背面レーダーに感。反応は両舷の遥か遠くの位置に小隊規模の部隊がまばらに配置されていることを伝える。つまり、我々が2方向から攻めると踏んでの足止めの布陣。つまり、作戦本部へ伝えた情報がそのまま漏れていることを意味する。
それは同時に我々リンクスのなかにスパイはいないという証にも近い。
「両舷に複数の敵機反応確認。距離は遠い。無視してこのまま突っ切る。___それよりも、疑って済まなかった。改めてお前達を信頼させてもらうよ」
疑心暗鬼になっていた自身を恥じ、私は3人に謝罪の言葉を述べる。とはいえ、部隊配置だけでこのなかにスパイがいないという確実な証拠とはなりえない。
それに、全員他企業のリンクスだ。少なからず線引きはある。要は気分の問題だ。少なくとも、さっきまで抱えていたわだかまりは、もう消えた。それで後ろから撃たれたなら、それまでだ。
相変わらずスピリット・オブ・マザーウィルからの砲撃が立て続けに放たれるも、真正面にはMTどころか固定砲台の一つも見あたらない。侵攻進路おおむねクリア。砲撃回避のみに集中できる。まるで花道だ。
何となく嬉しくなって、私は思わずホクロがある口元を歪ませる。
「ふふ。さあ行くぞ、お前たち。愉快な遠足の始まりだ!」
《なんだよ、遠足って》
《もちろん、BFFの最新兵器見学体験ツアーですよッ♪》
《行きましょう、スミカ》
後背の彼方にある水平線からは朝日が半分ほど顔を出し、周囲の空は濃いオレンジ色に染め上げられていた。