ARMORED CORE for Bidden【ACfb】アーマード・コア4   作:あきてくと

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ジョシュア・オブライエン

《HLVの打ち上げまで、あと1分》

 

 先程までの激しい戦闘が嘘のように静寂が辺りを支配する。

 

 そして、この場の支配者はと言えば、スピリット・オブ・マザーウィルの最上層に陣取り、ロケット発射を宣言したORCAの首謀者メルツェルで間違いない。

 

 周囲には先程まで激戦を繰り広げていたネオニダスやエミリオ、多数の敵ノーマルACやMTがひしめき合うが、誰も動こうとはしない。

 

 我々も動けない。声すら発せない。

 

 爆撃のフェルミが全機落とされ対抗しうる手段なくした今、固唾を呑んでロケットの発射を見届けるしかなかった。

 

 スピリット・オブ・マザーウィルの遥か後方。キリマンジャロ山脈麓の少し手前。砂塵の彼方。陽炎で揺らぐ先。赤茶けたサバンナの真ん中にロケットサイロらしき平屋根の建造物が白く浮かび上がって見える。

 

 カメラを望遠に切り替えて仔細に観察すれば、施設中央に設けられた大型のハッチが数十秒もの時間をかけてゆっくりと開いていく様が伺えた。

 

 サイロ施設上部にポッカリと空いた竪坑内部がエンジンプレバーンの噴射炎によってオレンジ色に発光しはじめ、開口部からは煙が吹き上がる。

 

《さあ、いよいよだ。発射10秒前___》

 

《9……》

 

《8……》

 

 スピリット・オブ・マザーウィルの最上層で、勝ち誇ったようなの声色で放たれるメルツェルのカウントダウン。

 

 そのさなか、場の空気を壊すかのように《はぁ》と、大きなため息のような声が通信器から漏れる。

 

 不意に、メルツェルと真改と並んでいた王小龍(ワン・シャオロン)BFF製四脚機(ストリクス・クアドロ)が最上層から地上へと飛び降り、周囲の注目を集める。

 

《ジジイ。いまさら何のつもりじゃ》

 

 その動きを見咎めたネオニダスが、すぐさまメインブースターを吹かして王小龍の機影を追う。

 

 おそらく先程のため息の主は、不可解な動きを見せた王小龍。しかも通信はこちらの秘匿周波数を介しての暗号通信だった。

 

《___霞スミカ、ふがいない貴様等の失敗を精算してやる。マザーウィル管制、主砲の照準を儂のネクストに回せ》

 

 不機嫌な声で、いきなり名前を呼ばれ驚く。国家解体戦争の尖兵として互いの存在は知っていても、私は王小龍と直接的な面識はない。

 

 それ以上に、続けられた言葉に私は混乱する。『失敗を精算してやる』だ? 失敗は認めるが精算とは。さらにその後に続いた『マザーウィルの照準をネクストに回せ』の言葉の意味も不明瞭だ。

 

 この事態にはメルツェルも予想だにしなかったようで、いつのまにかカウントダウンの秒読みは中断されていた。しかし、それはあくまでメルツェルの声が止まっただけであって、ロケットのスタートアップシーケンスが中断したわけではない。

 

《3》

 

 メルツェルは思い出したかのようにカウントダウンを再開する。

 

《2》

 

 しかし、先程までの自信に満ちた声色ではない。

 

《1》

 

 おそらく王小龍の行動の意味を探っているのだろう。声にはどこか浮ついた気配が感じられる。

 

《0》

 

 ゼロカウントとともに、サイロの竪坑が強くフラッシュした。次の瞬間、一気に煙が噴出し中からロケットの先端が頭を出す。そして、そのままゆっくりと浮上を始める。

 

 ロケットにしてはやや短い円筒状の本体すべてが地上に露出すると、その下部には眩いばかりの光の尾が引かれ、数百tの総重量は下らないであろう巨躯を惑星引力からの軛を断たんと、ロケット燃料の奔流を吐き出し続ける。

 

 この遠方からでは、上昇初期の速度は緩慢とも言えるほどゆっくりに見える。しかし、大推力を放出するロケットは加速度的に上昇速度を増して行く。

 

発射(リフトオフ)

 

 発射とほぼ時を同じくして、我々が仕損じたマザーウィルの左舷主砲が重々しい稼働音を上げて再び動き出した。

 

 そして、3連の砲身がそれぞれ独立して照準合わせの動作を開始。砲口は、今まさに打ち上げられた上昇途中のロケットへと向いている。

 

 ロケットは計器に映る人工水平儀のゼロピッチラインを過ぎ、すでにやや見上げなければ捉えられない高度にある。

 

 発射開始からわずか数秒でスピリット・オブ・マザーウィルの空中甲板の高さである500mを超え、ロケットはさらに上昇を続ける。

 

 それに追従するかのように、スピリット・オブ・マザーウィルの主砲は3門それぞれが微動を繰り返す。

 

 ___まさか主砲で、あれを撃ち落とす気なのか。

 

《エミリオ!主砲を破壊しろ》

 

 私と同じ結論に達したのであろう、メルツェルが珍しく声を荒らげて叫ぶ。

 

 主砲の近くにいたエミリオは、その声に呼応してすぐさまハイレーザーライフル(HLR01-CANOPUS)を構える。

 

 メルツェルの言葉に反応した私も、それを阻止せんとエミリオの逆関節器に向かって手持ちのレーザーライフルを向けた。

 

 しかし、カノープスの大径レーザー照射口は淡く光るだけで、強力なレーザー照射は行われない。こちらのレーザーライフルもすでに弾切れだった。

 

 そのさなか、マザーウィルが発する発砲の轟音が辺りに響き渡る。ただし、これまでのように3連射ではなく、1射ずつ狙いを定めての精密砲撃。私の注意は自然とエミリオからロケットへと移る。

 

 1射目は、ロケットの鼻先をかすめた。

 

 2射目は、加速し続けるロケットの下を通過する。

 

 3射目の砲弾にロケットが突っ込む形で命中し、空中で派手な爆発を起こした。

 

 すでに高い加速度を保っていたロケットは赤熱化した破片と黒煙纏いながら、なおも上昇。しかし、燃料に引火したようですぐさま爆散し、上空に向かって放射線状に破片を撒き散らす。

 

 青空を背景にしてロケット燃料の白煙が空に向かって立ち上り、黒煙を伴った破片が放物線を描いて落下するものだから、上空には朝顔の花冠のような形の煙が出来上がった。しかし、上空を流れる強い気流によって煙は徐々に形を変えていく。

 

 そこにいた誰もが、上空のその様を見上げていた。

 

 唖然としながら。

 

 「撃墜した……のか?」

 

 それはつまり、ミッションの成功を意味する。一時は絶望しかけた作戦遂行だったが、蓋を開ければ思わぬ形で片が付くことになった。

 

 本件の立役者は王小龍だ。我々は一体なんの成果を挙げただろうか。

 

 互いの判断を惑わせ、狂わせる情報認知戦に始まり、両陣営内部の深いところまで入り込んだ互いのスパイが裏で暗躍する戦い。ORCAによるフェルミへの細工。スパイ容疑をかけられながらもロケット発射を阻止した王小龍。

 

 身体を張って表で戦う我々は結局、捨て駒か。沸々と怒りが湧き上がるが、すぐさま思い直す。所詮はリンクスだ。ただの尖兵でしかない。そんなことは、わかりきっていたはずじゃないか。

 

 上空にとどまる濃い黒煙の塊からは、まだバラバラとロケットの破片が地表へと降り注ぐ。

 

 まあ、いいさ。こうして生き残ったのだから。さて、この混乱に乗じて我々も撤収を、と仲間に指示を出そうとしたところで、異変に気づく。

 

 黒煙から一際大きな塊が現れ、錐揉みしながら一直線に地上へと落下した。ロケットの基部だろうか。

 

 地面へ衝突するかと思った矢先、それは息を吹き替えしたかのように軌道修正。一気に急上昇し、こちらに向かって飛行してくる。

 

 同時にコックピット内に鳴り響く移動体急速接近のアラート。

 

「何だ。こっちへ来るぞ」

 

 徐々に大きく明瞭に見えるそれは、ところどころ煤けてはいるものの、白い鳥のようにも見える。

 

 ジェット音と空気を切り裂く発破音を上げながら白い物体が高速接近。スピリットオブマザーウィルに衝突するか否かの直前で、それは(ベイパー)を引きながら急速回頭。

 

 何度かロールをして姿勢を整えた後、こちらに上面を見せながらスピリットオブマザーウィルの周囲を旋回し始める。

 

 大きさはネクストより二回りほど大きく、胴部は幅広いが翼部は小さい。戦闘機にしては大柄で異形。もちろん機体ライブラリのデータベースにも該当はない。極秘開発の飛行型MTか、それともこれがスペースシャトルというやつなのか。

 

 ネクストのクイックブーストにも似た断続的な噴射音を響かせながら、周回飛行を続けるその外観は白鳥(しらとり)のようだが、旋回しながらこちらを伺う様子は地表の獲物を狙う猛禽類のような雰囲気を放つ。

 

 なにより、これはロケットに搭載されていた物体だ。

 

 つまり、これを操縦しているのは___

 

《ジョシュア・オブライエン。すまないが、今回のプランは失敗だ。我々は撤収する》

 

 メルツェルが正体不明機に向かって淡々とした口調で語りかける。オープン回線でやり取りされるその声はこちらにも聞こえていた。そして正体不明機もまた同じ回線で返答をする。

 

 それは私が初めて聞く、アスピナの傭兵ジョシュア・オブライエンの声音だった。

 

《逃げるなら勝手にするといい。最初に言ったはずだよ、メルツェル。私は君等ORCAの指図は受けない。君等は君等の目的のために私を利用する。私は私の目的のために君等を利用する。私たちは、それだけの関係だ》

 

《ふん。ならば好きにするがいい》

 

《命が惜しかったら、速やかな撤退をおすすめする。まもなく『彼』が来る》

 

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