ARMORED CORE for Bidden【ACfb】アーマード・コア4 作:あきてくと
高度は8500mを超えていた。
蒼空はすでに漆黒に近く、宇宙空間に近づいていることを直に感じさせる。時折下方へ注意を向ければ眼下に赤茶けたアフリカ大陸が一望できた。それどころかゆるやかに弧を描く地球の輪郭さえも確認できた。
それよりも奴はどこへ行った。レーダー波を発すれば向こうにもこちらの位置が割れてしまう。一瞬だけアクティブレーダーをロングレンジに切り替えてみるが反応はない。
まさか、逃げたか。いいや。逃げるつもりなら、これまでにもチャンスはあった。恐らく距離をとって攻撃の隙を伺っているに違いない。
人格移転型AIであるジョシュア・オブライエンは身体を持たないため、機体強度さえ許せばどれだけの高G機動にも耐えられる。一方、生身のこちらが耐えられる最大Gには上限がある。
アーマードコア・ネクストの亜種であるネフィリムの飛行形態時は速度も乗りやすいため、身体が受けるGもそれだけ大きい。急降下から転じた奴の急上昇機動について行けず、追尾は容易に振り切られた。遅れて上昇したものの、奴の姿を見失ってしまい今に至る。
空戦のセオリーに基づき、後方の頭上を中心に目視で奴の機体を探す。焦点を定めず視野を広く保ち、太陽光が奴の白い機体に反射する煌めきと、ブースターの焔へ細心の注意を払いつつ、速力を落とさないように俺は少しずつ機体高度を上げていく。
《まもなくアサルトセル防空領域。高度を上げすぎないように注意して》
オペレーターのフィオナが通信で注意を促した。現在の高度は先ほどより少し上がって9000m弱。高度1万mを超えれば、
周囲の闇はさらに濃くなっていく。こちらの機体色であるベンタブラックは光をほとんど吸収する。宇宙空間に近づくほど保護色としての効果が高くなるため、下方からは発見しづらい。
セオリー通りなら、奴は上空から攻めてくるだろう。しかし、狡猾な奴のことだ。こちらの裏をかいて下から攻めてくる可能性も拭い去り切れない。そのことを頭の片隅にとどめ、時折下方にも目を配る。
もし上にいるなら、奴の次の手は
発見できたのは偶然だった。後方。6時方向やや上方。宇宙空間の闇の中に瞬く光を捉えた。俺はすぐさま機体に回避運動を取らせる。クイックブーストの急速ロールで機体姿勢を変え、ブーストが吹け切る前に機首を引き上げ進路を変更する。
航空戦闘機よりも桁外れに高いロール速度に加え、急速な方向転換も相まってコークスクリューのようにうねったGが身体を襲う。
ネフィリムの飛行形態時はうつ伏せ姿勢がデフォルトだ。それに応じて身体に加わるGベクトルは視覚と90度ズレるかたちとなる。体感覚と視覚情報の相違はAMSが調整してくれるが、Gによる体液と血液の移動は物理法則に従うため飛行形態時の高G機動時は常に違和感がつきまとう。
そのまま機体にバレルロールモーションを取らせると、機体脇をレールガンの弾体が通過。電磁誘導によって音速の数倍にまで加速された弾体が大気摩擦で発光しながら視界の彼方へ消えていった。
さらなる追撃に備えて、機首の引き上げ速度を変化させつつ、上下左右のへのクイックブーストを織り交ぜたランダム機動で回避を実行。激しい挙動変化に方向感覚と水平感覚が麻痺してくる。四方八方から襲いかかる強烈な重力加速に呼吸すらままならない。しかし高G機動を維持し続けなければレールガンで狙撃される。
案の定、息継ぎのために行った一瞬の慣性機動を奴は見逃さず、2射目の弾体が短い翼の先端をかすった。
《損傷軽微。大丈夫、戦闘と航行に問題はないわ。後方に敵機、急速接近。注意して》
回避のために変則軌道を取るこちらに対し、直進でこちらを追うジョシュアには距離を詰められる。機体性能は同じ。違うのは搭乗者のフィジカルだ。そもそも肉体を持たない人格移転型AIであるジョシュア・オブライエンに対して機動戦では勝ち目がない。不足ぶんは戦術で補うしかない。
ある程度接近されたのを見計らって、俺はネフィリムの機体両舷にそれぞれ4門ずつ備わった可動式レーザーガンを後方の広い範囲に向けて照射。青色をした合計8本の細い光の筋が後方空間を切り裂く。
8門それぞれが独立可動し、全周囲へ自在に照準を向けられる
レーザーの広範囲照射によって奴に回避行動を誘発させ、同時にこちらは急減速。強烈なマイナスGが身体を襲うが、高加速度で接近していたジョシュアは速度を殺し切れずにこちらを追い越した。向こうからこちらの照準に滑り込んできた奴に的を絞り、ここぞとばかりに右ウェポンラックに懸架されたレールガンを撃ち放つ。
しかし、奴は弾かれたようなロール機動とクイックブーストによるヨー運動の併用でこちらの射撃を回避。そしてすぐさま高Gを伴う急上昇。その挙動を予測してはいたものの、俺は強烈な上昇Gに耐え切れずすぐさま追従することができない。
しかし、追わない訳にはいかない。頭上に居座られたまま距離を取られれば、再び遠距離からレールガンで狙撃されるからだ。
ジョシュアは垂直に近い角度でなおも上昇していく。対してこちらは減速直後で速度も足りていないためすぐに引き離される。奴の尻を狙ってレールガンを放つが、その射撃も弾道を見切られているかのように回避された。
俺は次の動きに目を見張る。そのまま奴は失速させながら機体を反転させて方向転換。機尾を垂直方向へドリフトさせ、曲芸飛行じみたハンマーヘッドターンで今度は機首を真下へ向けた。
この機体なら失速させるよりもクイックブーストで回頭した方が速い。それにもかかわらず被弾リスクが高いストールマヌーバをあえて選択する奇行は、この状況下でも余裕があることを示す。引力にクイックブーストの推力を加えた急加速で今度は真正面から降下してくる。
レールガンで迎撃しようにもエネルギーチャージ中だ。奴の砲口が発射に伴うアーク光を放つのと、HUD上のリロード完了シグナルはほぼ同時だった。
ロールによる回避行動を取らせながらトリガーを弾くが、放たれた互いの高速弾頭は両者が回避し、再び真正面で対峙する。
ターゲットシーカー脇に示された相対距離は400。次に奴は、機体幅の数倍はあるプラズマ刃を左方へ長く伸ばす。すれ違いざまにレーザーブレードで斬るつもりか。
退避のために、俺はブレードと反対側へ機体進路を変更するが、その退避方向へレーザーが照射され進路変更はすぐさま取りやめた。さらに左右にもレーザーが照射され、こちらの移動方向を制限しにかかる。
こちらの機体色であるベンタブラックはその隠密性が災いしてレーザー照射によるダメージが大きい。一方、奴の白い機体は溶解温度に達する時間が長く、レーザーのダメージはこちらよりもわずかに小さい。
未だリロード中のレールガン代わりに、全門のIDOLTを束ねて照射するが奴は回避をしない。全て被弾してもなお進路を変えずに突っ込んでくる。すれ違いながらレーザーブレードで確実に斬るつもりなのだろう。
進路変更はあきらめ、こちらもブレードを展開して迎撃体勢を取る。奴の機体はこちらとまったくの同型機で武装も同じだ。左ウェポンラックのレーザーブレードは機体左方の水平方向にしか展開できない。互いがレーザーブレードで切りつけようと正対したまますれ違えば、両者が同等のダメージを受けてしまう。
それを理解してもなお奴は引かない。こちらも断続的なレーザー照射によって飛行軌道が制限されて引くに引けない。どうやら奴は
レーザーブレードのプラズマ刃がほぼ同時に両者のノーズカウルに触れた。そのタイミングで互いがほぼ同時にロールして致命傷だけは回避する。ただし、双方が逆方向にロールしたため互いのレーザーブレード同士が接触した。
こちらの機体速度は1000km/hほど出ており、相対速度は容易に音速を越える。プラズマ刃を形成する強力な同極性地場が反発しあって硬質な衝撃がコックピットまで伝わった。重なりあった刃を支点として機体には強烈なスピンモーメントが加わり、両機がブーメランのように弾き飛ばされる。
自動姿勢制御でも容易に復帰できないほどの回転速度に、搭乗者は目が回るどころの話ではない。コックピットは機体重心の腰部よりやや上にあるため、パイロットは遠心分離器の回転速度でジャイアントスイングをされているようなものだ。
すでに方向感覚は失われている。聴覚には心拍数警告のバイタルアラートが響きわたるが、数値を確認する余裕すらない。強烈な遠心力で身体中の血液が上半身に移動し、これまでに感じたことのない強烈な吐き気をもよおす。
こうした状態でも、人格移転型AIのジョシュア・オブライエンは機体を正確にコントロールするだろう。軌道を変えなければ撃たれる。俺はとっさの判断で回避のためのクイックブーストを一発。しかし、機体にはさらに複雑な多軸運動が加わった。
激しい重力加速度変化に意識が混濁してくるが、コックピットに備わったAMSフィードバック機能が自律神経に働きかけ、血管を収縮させて強制的に覚醒を促す。しかし、その機能にも限界がある。すぐさま意識は朦朧とし始め、俺は失神を起こす。しかしシステムがそれを強制覚醒させる。
失神。覚醒。失神。覚醒。失神。覚醒___ 悪夢から覚めたときの気分が延々と繰り返された。
《レイヴン、しっかり! 飛行モジュールを遠隔で緊急投棄。3、2、1、パージ》
朦朧とする意識のなかでフィオナの声が聞こえた。次に機体に小さな衝撃があった。カウルと翼で構成される飛行モジュールがフィオナからの外部信号でパージされたようだ。
空気抵抗が増大し、機体のスピン速度は幾分小さくなる。同時に、目の前の視界も飛行形態から人型形態へ切り替わり、機体は回転したまま視覚の向きだけが瞬時に90度変わった。
それにより、さらなる空間識失調を引き起こす。しかし、体感と視覚が一致する通常の人型であれば機体は御しやすいはずだ。ある程度スピンが収まってきたところで最大出力のクイックブーストで姿勢制御を試みる。それで、ようやく機体のスピンモーションは完全に止まった。
地獄のような状況から抜け出し、ようやく一息つける。そう思った矢先、視界の真正面には、人型に変形したジョシュア・オブライエンの真っ白なネフィリムの機体を捉えた。危機を感じた俺は、とっさに右腕を繰ってレールガンの照準をつける。
しかし、奴は不気味な平行移動でこちらの視界から逃れようとする。いいや、違う。こちらが目を回しているため、奴を視界に捉え続けることができないのだ。機体が静止したことで起こる回転性目眩により、感覚だけが回転を続けている。平衡感覚は未だ回復せず、吐き気も再び強くなってくる。
人間はどれだけ訓練を積んでも生理反応から逃れることができない。当然、AIである奴は目など回さず、吐き気を
《やるね。さすが私が見込んだ男だ。目眩の具合はどうだい? 君が回復するまで少し話をしようか》
俺は目眩を覚えながらもジョシュア・オブライエンが搭乗する真っ白なネフィリムを睨みつける。
やや古めかしい
そして、奴は攻撃の意思がないことを示すように、腕部を開く姿勢を取っている。肩のレーザーも全砲門が明後日の方向へと向けられていた。
この状況で会話とは。こちらはすでに肉体の限界に近づきつつあるというのに、ジョシュアには余力が窺える。まるでこれまでの戦闘はウォーミングアップだったとでも言わんばかりだ。
宇宙空間を背景に浮かぶ奴の姿は、闇の深淵から舞い降りた天使のような神聖さすら纏っていた。
目眩は幾分マシになったが、漆黒の天穹も遥か眼下に広がる地表も、未だぐるぐると回り続けている。周囲の景色と一緒くたに、俺の視界で揺動するジョシュア・オブライエンは強引に会話を続ける。
《我々はなぜ戦っているんだろうね。そもそも、私には君と戦う理由がない。それは君も同じはずだろう》
「私怨はない。依頼だからだ」
《ふむ。実にレイヴンらしい答えだ。ずいぶんと生きやすいだろう。すべての判断を他人に委ねては》
黙れ。奴へ向けてトリガーを弾きたい衝動に駆られたが、マニュアルで照準が合わせられるほど目眩は回復していない。システム任せのロックオン射撃ではこれだけの至近距離であっても奴には回避されるだろう。
《君には力がある。だけど志がない。だからこそ世界を壊す。力はよりよく使うべきだ。そうは思わないかい》
「お前はどうだ。ディソーダーと接触することが、それほど重要か」
《重要さ。
奴はそこで急上昇。現在の高度は1万m弱。これ以上高度を上げればアサルトセルの防空領域に突入する。しかし、奴はそれをものともせず上昇を続ける。
その直後、星々が急激に輝度を増し、降り落ちてくる。星のように見えているのは上空に漂う無数の
狙いは徐々にターゲットへ向かって絞られていき、この一帯に点在する数十基ものアサルトセルからほぼ同時かつ絶え間なく放たれるプラズマレーザーが領域を侵犯したジョシュアのネフィリムを執拗に狙う。
上空に留まるジョシュアは、それらの攻撃をクイックブーストを駆使して回避していく。1射、2射、3射___ アサルトセルから発せられるプラズマレーザーの光条は綾のように幾重にも重なり合い、ネフィリムが機動時に発するクイックブーストの奔流が糸を編むかのように無軌道な光の軌跡を描いた。
5射目を回避したところで、奴は急降下。一定高度に戻ったとたんアサルトセルの射撃は止まり、あたりには再び静寂が戻る。
《これがアサルトセルだよ。外敵を排除すると同時に、自らをも傷つける諸刃の剣。まるでハリネズミだ。人類の咎の化身と言ってよいだろう。
君はこんな空に囲まれた惑星をどう思う。レイヴンとして戦場を生きて、世界を見渡して、人類に期待などできるかい。
くだらない隠蔽に、くだらない争い。すべてが我々一個人の預かり知らぬところで動いている。人類はただ生きているだけだ。それは生物たる営みと呼べるのだろうか。この惑星に住まう一住人として、君はこの凄惨な空を見て何を思う》
俺は答えない。思うも何も、そもそも人に期待などしないし、考えたことすらない。
信用すれば裏切られる。背中を見せれば殺される。どれだけ力を持とうと、あるいは意志を持って戦ったところで、世界は変えられない。俺の知っている世界とはそういうものだ。
こちらに質問を投げかけながらも、ジョシュアは一方的に言葉を続ける。
《パックスは世界を上手く管理していくだろう。しかし限界もある。何をしようと世界は滅びる。数多の手段は所詮、延命措置にすぎない。
これから人類とこの惑星はゆっくりと、しかし確実に死へと向かっていく。四肢の末端が壊死するように。気づかないほど、ゆっくりとした速度でだ。世界は必ず滅ぶ。人間が自ら滅ぼす。これは決定事項だよ》
ジョシュアがそこまで話し終えたところで、ここから少し離れた空域のアサルトセル群が、再びプラズマレーザーを照射する。ただし射撃は大気圏外を向いていた。カメラを最大望遠にしてその様子を観察すると、アサルトセルが攻撃を行う先には、無数の小さな物体が浮遊していた。
《定刻だ。予定通りディソーダーの群が来ているね。君らの邪魔がなければ、私は今頃彼らと対話をしていたはずだったのに。今回を逃せば、次に火星が最接近するまでの約2年と2ヵ月を再び待たなければならない。
ディソーダーの姿は見えるかい。一体一体は体長5mほどの有機機械で、戦力としてみれば大した脅威ではない。
彼らディソーダーはコジマ粒子による放射能に特異な反応を示す。惑星規模の高濃度コジマ汚染は避けようとするが、小規模の汚染には近づいてくる。そして放射能を取り込み除染する。つまり、彼らは除染ロボットだよ。
実に健気だと思わないかい。その振る舞いは、まるでコジマ粒子の存在に対して責任をとるかのようだ。もっとも、ただのプログラムかもしれないけれど。
彼らが地球に訪れる正確な目的はわからない。そして、彼らが地球に降り立ったとき訪れるのは福音か破滅かも予測ができない。だから、私は彼らと対話して直接訊ねる。人類を代表して。そうすることで、彼らとの共存の道を探れるかもしれない。
ほら、一定の群の中にいる大型のリーダー機が対話の対象さ。彼らは特殊な指揮系統と通信網を持っている。それによって火星の中枢にある未知の情報にもアクセスできるかもしれない。旧レイレナードやアクアビットはその技術を狙っていたようだけれど。
ORCAのメルツェルは、ディソーダー来襲による地球環境の強制改変で世界と人類意識を変革させるとか語っていたけどね。メルツェルの言葉を鵜呑みにすれば、私もORCAの言い分に共感しなくもない。だから彼らと一時的な同盟を結んだのさ。
少なくとも、人間はいくら時間をかけようがこれ以上の精神性を得られない。それに、いつかはこのアサルトセルの防衛網も破られるだろう。アサルトセル自体の寿命か、あるいはメルツェルが排除するかもしれない。
ディソーダーによって世界にもたらされるものが救済であったにしろ混沌であったにしろ、環境の大規模変化は人間の意識を包括的に変化させる。高い精神性を得るための、あるいは破滅を回避するための言わばショック療法と言えるだろう。もしそれで人類が破滅するなら、所詮人間はその程度の存在だということさ。
いずれにせよ、遅かれ早かれディソーダーはこの惑星に降り立つ。それならディソーダーとの対話で片をつける方策が有効だとは思わないかい。それが私にしかできない、私の成すべきことだ。邪魔をするなら君でも容赦はしないよ》
「神にでもなったつもりか。それとも、とち狂ったか」
売り言葉に買い言葉だ。俺は率直な感想を言葉にする。
《まさか。私は正常だよ。神などという陳腐なものにも興味はない。単純な知的好奇心は多分にあるけどね。もしディソーダーとの対話が成功すれば、人類が抱える脅威をまるまる一つ無くせる。たとえ失敗しても、地球にディソーダー処理という面倒な仕事が残るだけだ。それは君が得意だろう?
さっきも言ったとおり、力はよりよく使わなくてはならない。君は傭兵などという小さなスケールに収まる人間ではないはずだ。なぜもっと大局的な全体構造に目を向けないんだ。
___ああ、そうだ。レイヴン、私と組まないか。君と私が組めば不可能などない。世界をよりよく変えられる。
あくまで傭兵としてのスタンスを取り続けるなら、仕事として君に私が依頼しよう。これから、この機体を最大高度まで上昇させてディソーダーと対話を試みる。
君には周辺のアサルトセルの撤去と、コンタクトに際して無防備になる私の護衛を頼みたい。対価は___そうだな、君が望むものを与えるよ。
オーメルにはいくらで雇われた? 報酬なら望む額を支払おう。その不自由な身体が不満なら、私の全リソースを使って再生医療技術を進歩させてもいい。
それとも人格移転の技術を伝えようか。人格移転型AIになれば、不老を超越して不死すら手に入る。君にとっても、アナトリアにとってもメリットは限りなく大きいはずだ》
《レイヴン、ジョシュアの言葉に耳を貸しちゃダメ》
フィオナが通信で制止の声を挟む。ただし、本心ではどう思っていることか。フィオナの言葉はオーメルの重役であるデイブの耳にも届いていることだろう。立場上、現依頼主であるオーメルの利益を損ねる言動を慎むのは当然のことだ。
もし、ここで俺がジョシュアの側へ寝返れば、本当にこの四肢が失われた不自由な身体から解放されるかもしれない。その代わり、フィオナとアナトリアは相応の仕打ちを受けることになるだろう。思考を巡らしてみるが、返す答えは最初から決まっていた。
「断る。お前と組めば、俺たちがパックスから命を狙われる。大口依頼主の機嫌を損ねないことが、長い傭兵生活で学んだ上手い生き方だ」
《ははは。これは一本取られたね。もちろんアフターサービスも万全さ。君やアナトリアは私が守るよ。けれどたぶん、こうした条件を付け加えても君は断るだろうね。君と私は似たもの同士だと思っていたけれど、やはり相容れない存在か》
「人間は肉を喰らい、糞尿を垂れ流さなければ生きていけない。人間として生きることをやめたお前に、人類を語る資格も、導く資格もない」
《なら、君も人格移転型AIになってみればいい。肉体の制限から解き放たれた電子の海は静かだ。物欲がないから低次元の争いも、悩みも生じない。
君が純粋で優しい人間だということを私は知っている。だからこそ戦場に身を置きながら、悩まないように自我を殺して生きてきたんだろう。だけどそれは矛盾だ。
結局は君も苦悩に苛まれる。辛いだろう。苦しいだろう。この世界は、そういう優しい人間こそが救われる、生きやすい世界であるべきではないだろうか》
何を知った風に。
《なにより、そういう世界であれば妻と娘は死なずに済んだ》
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