ARMORED CORE for Bidden【ACfb】アーマード・コア4 作:あきてくと
パックスに対抗する最大勢力であるマグリブ解放戦線のリーダー・英雄アマジーグが討たれたことは、瞬く間にパックスの企業上層部に知れ渡り、彼らを驚愕させた。それは、彼らの驚異となる存在が消えたからではない。ましてや、アマジーグを討ったアナトリアの傭兵への驚きでもない。
パックス企業連合が真に恐れるのは、世界のパワーバランスが崩れることだ。マグリブ解放戦線は世界の安定を保つための重要な部品であった。とくに世界の産業基盤を管理するBFFとGAアメリカは頭を悩ませることになる。
マグリブ解放戦線の勢力が後退したとなれば、GAはアフリカ進出へ一気に乗り出したい。しかし、BFFはそれを快く思わない。そして、どちらもあまりに表だった行動をしては、他企業からの制裁を受けることになる。アマジーグとマグリブ解放戦線は、泥棒が敷地に無断で入らないように、BFFが砂漠に飼い離した番犬だった。
短期間でできたものほど早く壊れる。そして、緻密に組み立てられたものほど脆い。わずかな足下の瓦解が、あれよあれよいう間に世界を揺るがす事態に発展する。それほどまでに現在の世界は不安定だった。
「___本日の会合は以上だ。ここからはオフレコといこう。マグリブ解放戦線の英雄アマジーグを倒したリンクスとはいったい何者だね?」暗闇に浮かんだBFFのロゴが、声の抑揚にあわせて点滅しながら言葉を放つ。
「アナトリアで保護された、元レイヴンだと聞いたが」イクバールのロゴが同じく声にあわせて点滅する
「まだレイヴンが生き残っていたとは驚きだが、リンクスであるというのは、さらに驚きだな」インテリオル・ユニオンのロゴが言う。
「適正自体はそれほど高くありません。ただ、レイヴンとしての戦場での機知と、特異な肉体が成果を後押ししているようです。それに関しては専門であるレイレナードの代表代理に語っていただきましょう」アクアビットのロゴがそう答え、レイレナードに話のバトンを手渡した。
暗闇にはパックス6企業のうちのBFF、イクバール、インテリオル・ユニオン、レイレナードの4企業と、レイレナード傘下にあるアクアビットの計5企業のロゴが円状に並んでいた。
BFFと取引のある、これら5企業の代表は、定期的にこうした仮想空間を用いた音声通信で会合を行う。たかが会合にわざわざ顔をあわせる必要はないし、そもそも顔を知る必要もないという合理思考の結果だ。また、この専用衛星回線は秘匿性が高く、決算報告や極秘資料の安全な閲覧や共有も可能だった。
現在それぞれのロゴが囲む中央には、アマジーグの駆るバルバロイと、アナトリアの傭兵の戦闘映像が浮かんでいる。
「本日、臨時でレイレナード代表代理を務めるベルリオーズと申します。私から、先日のアマジーグとアナトリアの傭兵の戦闘、ならびに諜報からの情報をご報告をさせていただきます」
レイレナードのロゴが礼儀正しく挨拶をすると「おお、レイレナードのリンクスか」と周囲から声が漏れる。
「ご存じの通り、マグリブ解放戦線の英雄アマジーグが、アナトリアに所属する元レイヴンが搭乗したネクストによって倒されました。
諜報部からの情報によると、アナトリアの傭兵は国家解体戦争で大きな深手を負っていた模様。現在は、右半身のほとんどの部位、腕・足・眼球・肺などを失い、残る左半身も、肘から先がなく、足は大腿部が残っているだけの状態にあり、自力では起きあがれず、会話すらまともにできない状態です」ベルリオーズが資料を読みあげる。
「死に損ないではないか。そんなものに、ここまでの戦果が出せるものかね」BFFが驚きの声を上げる。
「ネクストは神経接続で操作するので、肉体の状態は問わないのですよ。極端な話、パイロットは脳だけあれば十分。誰かの脳を摘出してネクストに乗せて運用することも技術的には可能です」
アクアビットが口を挟んだ。
ベルリオーズが報告を続ける。
「戦闘機のドッグファイトをご存じでしょうか。戦闘機の性能を引き上げていくと、ネックになるのは機体性能よりもパイロットの重力加速度耐性なのです。ネクストの機動戦も最終的には、戦闘機と同じく肉体の重力加速度耐性が運動性能の上限になります。
ふつうのリンクスが、脳の血流不足によって意識レベルの低下を起こす加速度でも、四肢のほとんどを失っているアナトリアの傭兵は、手足への血液滞留が少なく、わずかではありますが五体満足の人間よりも耐G性に優れるのです。それにより、高機動力を活かした作戦展開が可能です。
また、肉体構造に支配された意識が希薄であるため、機体制御によけいな制限をかけず、ネクストの操作特性に馴染みやすいのだと思われます。
さらに、長い戦闘経験と知識からくる戦術立てや勘の鋭さが加われば、比較的低年齢のリンクスでは太刀打ちできないでしょう。
そのうえ、先のアマジーグ戦で、ネクストとのAMSレベルを強制的に引き上げる『
「ネクストに乗るために生まれてきた……いやネクストに乗るために一度死んだと言ったほうがよいか。君なら勝てるかね?」BFFがベルリオーズに訊ねる。
「もちろん。機動力だけがネクストの戦闘ではありません」ベルリオーズが答えた。
「さて、どうしたものかね。潰すか、活かすか」インテリオル・ユニオンが問いを投げかける。
「いつものように、潰して這い上がったものだけを利用するのが得策かと」イクバールが提案する。
「ふむ、では、指導者を失った砂漠の民の怒りを利用するとしよう」BFFが言い放つ。
「第二のアマジーグは必要かね」イクバールが訊ねた。
「いや、もうすぐ世界に大きな動きがある。小犬達の餌代も馬鹿にはならん。小犬は捨てて、もっと大きな犬を飼うことにした」BFFが意味ありげに言う。
「巨人に仕掛けるつもりか?」インテリオル・ユニオンが直接訊ねた。
「向こうの出方次第だ」BFFが不敵に答える。
「___ウチは見守らせていただくよ。戦争はリスクが大きすぎる。せいぜい、飼い犬に噛み殺されないように気をつけるんだな」インテリオル・ユニオンがそう言うと、企業のロゴは消え、後には『log out 』の文字が現れた。
「我々も同感だ。いざとなった場合、どちら側につくかは状況次第だ。おつかれさん」イクバールのロゴも消え、同じく『log out 』と表示される。
後には、BFFとレイレナードとアクアビットのロゴだけが残った。
「___さて、邪魔者はお帰りになった。首尾を聞かせてもらおうか」BFFが本題を切り出す。「賢いほうの犬はどうなっている?」とアクアビットに尋ねた。
「AIを用いた無人ネクスト機は、レイレナードと共同で、アリゾナのレヴァンティール基地にて調整中です。起動には成功しましたが、戦闘にはまだまだ。さらなる調整と学習が必要のようです。起動時には、ベルリオーズ殿にも立ち会っていただきましたが……」アクアビットがレイレナードのベルリオーズに言葉を求める。
「今後の進捗によりますが、性能について私が現役の間に追い越されることはないでしょう。人類がAIに滅ぼされるのは、当分先の話だということです。ただし、
「人格移転型AIは、ご存じの通り、人間の人格を埋め込んだAIです。AIの演算処理能力と、人間の柔軟性を兼ね備えるため、兵器転用できれば、実用までに手間のかかるリンクスなど不要になります」アクアビットの言葉にベルリオーズがわざとらしく咳払いをする。
アクアビットは悪びれた様子もなく言葉を続ける。
「失礼。また、先ほども出たように、ネクストを扱ううえでの肉体的な制限が取り払われるため、戦闘能力は現リンクスを大きく越えたものとなるでしょう。ただし、生産と取り扱いが非常に難しいデメリットがあります。
人格移転型AIは、AMS神経接続を最大負荷にした状態の意識を、AIに学習転移させなければならないため、被験体はまず間違いなく精神崩壊を引き起こし、二度と使い物にならなくなるのです。
よしんば成功したとしても、自分が人格移転型AIであることを受け入れられずに、ループ思考や自虐的な思考に陥り、機能停止や暴走を起こす恐れがあります。
仮に、素性のよろしくない人間が、人格移転型AIとして完成した場合、それこそ世界が終わる可能性すらあります。実用可能な人格移転型AIとは、まさに奇蹟の存在ですな」アクアビットが長い説明を終えた。
「その『奇蹟の存在』は現在どうしているかね。こちらの手駒にはなりそうか」BFFが誰かのことを指して言う。
「
「___では、大きい犬の方は?」BFFは比喩で訊ねる。
「こちらは順調。現在、組立に着手したところです」アクアビットが答える。
「確実に利益をもたらす巨大兵器の建造は、まだ初期段階とはいえ、今後の基幹になる産業だ。ベルリオーズ、リンクスの君はこの件に関してどう思うかね」BFFが再びベルリオーズの意見を聞きたがる。
「我々の仕事が少なくなるのは不本意ですが、それも時代の流れでしょう」ベルリオーズは俯瞰的な視点で世界を思い描きながら答えた。
「では、君らもAIになるかね? それともダルマになるか?」BFFが皮肉まじりに言う。
「ふふん、ご冗談を」