───那由多誰何は忘れない
どうして魔法少女になったのか、どうして平和を目指すようになったのか。そしてその目的を達成するために関わった者の顔を忘れない。
魔法少女になってからの1000年間あったことをずっと覚えている。もはや単に記憶力がいいというレベルではない。彼女の特異性とも言って良かった。
「───可哀想に。魔族になんかに生まれて、本当に可哀想」
「ヒ、ヒ、ひぃ───」
果実が潰れるような音、そして那由多の足の下から赤い血が流れる。流れる血を見ながら、那由多は何度も足を地面に擦り付けた。
頭を失った体は痙攣をやめ、静かになった。鳥のような足、背中には羽。しかしその他は人間とほぼ同じ死体をじっと見つめ、那由多は大きく息を吸った。
物理的にありえない軌道であった。まるで意志を持っているかのように那由多の口へ死体が滑り込んでいく。全てが口の中に収まり、口の端にわずかについた血をペロリと舐める。
「さぁお嬢さん、【何もなかったけど】危ないから家に帰った方がいいよ?最近物騒だからね」
那由多が目線を向けた先には、スーツ姿の若い女性が地面にへたり込んでいた。
先ほどまで声も出ないほど怯えていたが、何があったかを【忘れている】ようで、何故今の自分が地面に座っているのか不思議そうにしていた。
「あ、ありがとうございます。あの、何か地面が黒いシミみたいになってますけど、何ですかねそれ?」
女性が示したのは那由多の足元。先ほどまであった死体も、流れた血も無くなっていた。残っているのは血のシミのみ。それさえも女性は覚えていない。
「ああ、きっと誰かがコーラでもこぼしたんだろうね。ボクが水で洗っておくよ。お大事に」
シミを作った原因であり、女性の記憶から忘れさせた原因でもある那由多は人の良さそうな笑みを向ける。女性はその笑顔から、安心感を感じるとともに、なぜかこの場から一刻も早く立ち去りたくてしょうがなかった。それは彼女自身にもわからない衝動だった。
お願いします、と一言だけ言って小走りに立ち去った女性の背中を見つめた那由多は右拳を何度か握っては開く。
「それで?見つかったかい?」
手を見たまま呟いた那由多。そのすぐ横に音もなく現れる小柄で若い、少年のような男。男は黒髪が片方の目を覆い、体はマントで覆われていた。黒一色であった。
「やはりあの桜が中心です。他の地の霊脈よりも、あそこが一番パワーがあります」
「桜ちゃんめ……こうなることが分かっていて桜を枯らせたな?」
那由多の瞼の裏に蘇るのは、街を見下ろす満開の桜。魔力を帯びた桜の美しさは那由多も、街を作った彼女も好きだった。
「あの土地で枯れた状態から霊脈のエネルギーを引っ張ってくる作業は、少し前からあの魔族を操ってやらせています。
しかし完全にコントロールするためには本の魔族か管理者の知識が必要でしょう」
「あの忌々しい魔族も使い道があるじゃないか。しかも都合がいい事に本の魔族は復活していることは彼女から見ている。何やら運命的なものを感じるよ」
「……しかし【あれ】はまだ気づかれていないようですね」
「ふふ……長い付き合いであれば多少言動がおかしくても、思い込みで見逃してしまうものさ。さて、数年ぶりに彼女たちに会いに行こうか。
けどその前に一応仕掛けておいてね。ボクからのサプライズとして」
「かしこまりました」
少し風が吹くと、すでに2名の姿は消えていた。今日の魔族のことはもう誰も覚えていない。人々の中で、何もないいつもの日々であったことだけが記憶に残った。
☆☆☆
一通り桃の過去を見た私たちは情報共有して解散になりました。
途中うすらぼんやり、より昔の桃の記憶を───桜さん、お父さん、那由多もいた───見た気がしますが、桃が外国語言っていたので良くわかりませんでした。
私のお父さんも記憶を改竄する能力があったようで、桃の桜さんに対する記憶は一部失われていたそうです。
その記憶は私しか見れなかったようですし、今回のヤバい魔法少女とは関係ないので私はその記憶のことは口にしませんでした。
『いつ奴がやってくるかもわからない。だから力もつけて守りも厚くしたい』
そう語った桃は小倉さんを連れて部屋に戻っていきました。グシオンの知識を受け継いだ小倉さんの力を借りて街の結界を強化するためだそうです。
ずるずる引きづられていく小倉さんは私たちに助けを求めるような目を向けてきましたが、頑張ってと手を振ったところ絶望してました。生きて帰ってきてください……!
そして次の日。学校に登校して自分の席でグダッと横になります。
学校の様子はいつもと変わりなく平和そのものでした。疲れているのは私のみです。
最近本当に忙しいというか、話が急展開で大変です。ましてあんなヤバいやつといつか戦わないといけないとは……。
楽な戦いじゃないだろうなと想像し、私は大きくため息をつきました。
「おーすシャミ子、何かお疲れ?」
「まぁ色々ありまして……」
杏里ちゃんが空いている席に腰掛けると、察してくれたのかあまり突っ込んできませんでした。
ふと席の周りを見渡すと、もうすぐHRの時間にも関わらず、ポツポツ席が空いてました。ここのところ休む人が増えてきているようです。
「最近休む人多いですけど、何か流行っているんでしょうか……?杏里ちゃんは何か知ってます?」
「いやー詳しい病名は知らないねー。でも少し変なんだよね」
「何が変なんだよ?」
浦飯さんが尋ねると、杏里ちゃんは少し唸って答えます。
「単に体調崩した〜っていう子が大半なんだけどね、中にはひどい頭痛と吐き気で全然動けないなんていう子もいたらしいよ。しかもそれが先週くらいから急に起き始めてさぁ……」
「季節性の風邪ですかね?」
魔族になる前は入退院を繰り返してましたが、今は元気モリモリです。むしろ修行で痛みつけられる我が肉体を労ってあげたいです。
「それにしちゃ時期が揃っていて変だしな……一回皆で集まってみっか」
意外にも慎重な意見を言ったのは浦飯さん。普段なら笑い飛ばすくらいの対応をする人が集まろう、なんて言い出す。マジでやばいかも、と思うくらいには何かありそうでした。
お昼休み。桃やミカンさん、杏里ちゃん、小倉さんで集まって話し合うことにしました。
相変わらず桃の昼食は菓子パンと謎ジュースで少しいい加減です。もっと栄養つけろ!
「───っていうことになっているんだよ」
杏里ちゃんが一通り朝の説明すると、3人は顎に手を置いてうーんと唸っていました。
「何かの異変、ていうには今のところ実害はないわよね。放っておいていいんじゃない?」
「でもミカン、私がこの街に住んでからこんなことは一度もなかった。何でもないと放っておくには少し気になる」
ミカンさん、桃の意見は分かれます。
以前あったように魂が抜かれている、とかいうのであればすぐ動く必要がありますが、今のところ具合が悪くなっている程度なので動く必要があるかと言われれば微妙なのも確かです。
「はいはい、杏里ちゃん質問でーす」
うーんと行き詰まっている空気の中、小倉さんが手を上げました。グシオンの知識を受け継いだであろう彼女は何か引っかかったのかもしれません。
「何ー?小倉」
「それってこの街だけ?隣町は?もしくは市内全体とか?」
「あー、確定じゃないんだけど、隣町の知り合いの周りで体調悪い人は出てないみたい。それがどうかした?」
「なるほどなるほど……」
ブツブツ呟いている小倉さんは懐から取り出したメモ帳にかなりのスピードで書き込み始めました。何かわかったんでしょうか?
「私の仮説なんだけど、とりあえずいいかな?」
メモ帳から目を離して、小倉さんは私たちをグルリと見渡します。誰も否定せず頷いて先を促しました。
「元々この街の結界の元はあの丘にある桜の木から発生している、もしくは中心となっているという前提で話すね?」
「でもあの桜は枯れたままじゃねーか。何のパワーも感じないぜ?」
「そこです浦飯さん。あの桜は以前は1年中咲きっぱなしだった、しかし今は全く咲かない。となると単なる桜ではなく、魔力を帯びた桜であると仮定します」
まぁ確かに1年中咲いたり、枯れっぱなしなんていう極端な桜なんて私は聞いたことがありません。しかもこの街にあるんだから魔力関係だろうということは明白です。
「つまり魔力がないから咲かないってことですか?」
「いいよシャミ子ちゃん、多分合ってるよ!」
「いやぁ、それほどでも……」
「ただそうすると桜は枯れていても、この街の結界は一応機能していた。結界の揺らぎはそれほど感じ取れないけど」
「そこだよ」
桃の意見に対し、小倉さんはボールペンの先を向けました。
「ただでさえ弱くなっている結界だった。だからさらに弱くなっているのが加速していたとしても、気付かない可能性の方が大きいんだよ」
「まぁ言いたいことはわかるわ。でも仮に弱体化がひどくなっていても、他の人たちの体調不良とどう関係があるのよ?」
ミカンさんの疑問に対し、小倉さんは紙に絵を描き始めました。桜を中心とし、街を覆うように2重の円を書いています。
まずペンで外側の円を指しました。
「元々この結界は悪しき考えの魔族や魔法少女をシャットダウンするのが外側の結界。また魔族が近くにいても人間がそれほど違和感なく対応するという認識変更が内側と考えてくれていいよ。
絵としては2重の円だけど、実際は一つで二つの能力がある。
つまりバリア的な能力と、認識改竄という二つの能力を併せ持った結界っていうわけ」
「そうして聞くとやばい結界ですね……」
しかし認識改竄とか、人の頭の中身を弄るような代物ですねこれは……。事前に住民に説明したら反発されそうなレベルの代物です。
そのことは私だけでなく、杏里ちゃんも感じ取っており、ボソリと「やばくね……?」と呟いてました。
「つまりいじっていた認識が元に戻っていたり、さらにいじられた場合、脳や体が拒否反応を起こして体調不良につながった可能性があるということだよ〜」
小倉さんの意見は皆に緊張を強いるには十分すぎました。そこまで言えば誰しもまずい事態になっていると。
つまり何者かが結界の元になっているものを弄っているから、結界内の住民に変化を起こさせているということです。
「結界の元の何かを弄っているやつがこの街に入り込んでいるってことか」
「あの那由多ってやつ?」
「いや、あのヤローはかなりパワーがあるやつだ。流石に結界が反応するだろ。そうなると……ヤローの仲間か」
確かに今の那由多の実力は不明ですが、以前と同じだとしても街に入れば何となくわかるでしょう。となれば結界が反応しない程度の実力の仲間が来ている可能性の方が高いと言えます。
しかしそこまで話は進みましたが、じゃあどこにいてどんなやつなのか、というのが全くわかりません。全員お手上げでした。
「よし、魔力か妖気持ちで見たことないやつを徹底的に探そう。もし見つけても戦わず皆に知らせること!解散!」
力強い桃の宣言でこの会議は終了となりました。何と分かりやすい作戦でしょう。小倉さんと杏里ちゃんはあっけにとられてましたが、桃とミカンさんと浦飯さんは当然のごとく受け入れてました。
「相手の能力がわかんねー以上、見つけても戦ったらやべーかもしんねーからな。小倉と杏里はすぐ逃げろよ」
「はーい」
「了解でーす!」
確かに一撃必殺の能力だったり、頭脳で競う系の能力だと私なら一発終了ですからね。言っていて悲しくなりますが、連絡はこまめにするように取り決めをし、お昼休みは終了しました。
何か姿が見えない、正面から来ない敵って本当に不気味です。何もなければいいんですが……。
☆☆☆
「しかしそう簡単に敵が見つかるとは思えないんですけど」
浦飯さんと私だけのペアでブラブラ街を歩いていましたが、変わり映えしない、いつもの風景が続くだけでした。
ため息まじりにこぼした言葉に、浦飯さんも同意するようにため息を吐いてました。
「全くだな。姿が見えねー、コソコソやる連中は1番めんどくさいぜ」
夕方であるせいか、人の行き来がだんだんと少なくなっていき、学生やサラリーマンくらいしか歩いてませんでした。
夕方は集中力が落ちやすく、事故が多くなると聞いています。だからでしょうか、歩いていると人を見かけなくなってきたと気づくのが遅れたのです。
そして次の瞬間、途方もなく違和感に全身突っ込んだような感覚に襲われました。
「何ですかこれ……!?この拭えない違和感は……!」
「こいつは
もちろん能力の範囲や、範囲内には自由に出入りできるor脱出不可能なんて条件もバラバラなようです。
私は声を聞いた瞬間、咄嗟に後ろに飛びましたが、見えないバリアがあるようでそれ以上後退することができませんでした。
「そんな!脱出できません!」
「ちくしょー、もう能力の範囲内かよ!ヤロー、隠れてねぇで出てきやがれ!相手になってやんぜ!」
するとベンチに座っていた私と同い年くらいの男の子が拍手しながら立ち上がりました。
黒髪にところどころ金髪がある逆立ったヘアースタイル……一度見たら忘れられない強烈な見た目でした。
「彼女の言う通り、威勢のいい2人組と聞いていたが、その通りのようだ」
「何者です!」
「俺の名は遊賭。さぁ、闇のゲームを始めよう」
「何ですと……!?」
一体現れた彼の言う闇のゲームとは一体何なのか。そして如何なる能力を持っているのか。
直接肌で実力を感じ取れない分、余計に恐ろしさを感じてました。
つづく
最近うろ覚えだったので遊戯王全巻購入から、そこから出演。闇のゲームって領域っぽいですよね。
でもカードゲームになってから罰ゲームがほぼなくなってしまって寂しいっすよ……