よろしければ見ていただければ幸いです。
「かなり広い領域を持つ敵ね。病院内全てが領域の範囲内だわ」
ミカンは最上階の探索を終えて階段を下っていた。これだけ大きい領域内でたった1人の人間を探すのは非常に困難だ。すでに何人かの医師を無力化させたが、犯人ではなかった。
次のフロアの探索を始めようとした瞬間、ミカンの耳は女性の悲鳴を捉えた。悲鳴は遥か下の階層から聞こえたように感じた。
「また誰か襲われたの!?」
フロアと階段の踊り場をたった一歩で飛んで移動し、素早く悲鳴が発せられた階へ降り立つミカン。しばらく探すと人だかりが見えたので、集まっていた医師らの隙間から覗き込んだ光景はミカンを動揺させるには十分なものだった。
「ウガルル!?」
ミカンが声を張り上げてもウガルルは全くピクリとも反応しなかった。駆け寄り状態を確かめると、心臓などは規則正しく動いており死んでないことはわかった。
「何だね君は!患者に変な行為を……!」
「私はこの子の保護者です!犯人は!?状態はどうなの!?」
「出血でショック状態に陥っている可能性がある!発見が早かったから今から処置をするから離れて!」
騒ぎに駆けつけた若い男性医師はミカンに簡潔な説明をし、テキパキと処置を始める。
「犯人は多分病院内を逃走中よ。今他のスタッフに頼んで警察を呼んでもらっているわ」
そう発言したのは、胸のネームプレートに神崎と書いてある女性医師だ。ミカンは、安心してはいなかった。むしろ湧きあがったのは新たな疑問である。
確かに今のウガルルは呼吸が浅く不安定であり、手首からの血も中々止まらない。しかし非常に可笑しな光景であるとミカンは感じていた。
本来ウガルルは人間どころか、魔族の中でも特殊なケースの生まれだ。ミカンを媒体にして生まれたウガルルが、たかが手首の傷のショック程度で全く動けなくなるのはあり得ない。
この程度の傷なら妖気でカバーできるし、動けなくなるどころかウガルルなら即座に犯人に反撃するであろう。
そうなると傷が原因ではなく、別の要因で動けなくなったのではないか?と考えついた。
症状から見て、あの虫の効果ではないようだ。無論虫の効果が複数あると言うのであれば話は別だが、ウガルルがあんな遅い虫に刺されるまで気づかないのもおかしい。
「(なら能力者本人に直接何かされた?)」
そうなると直接犯人の手でやられたと考えるのが妥当だろう。
「ウガルル、犯人は誰!?どんなやつだったの!?」
「君、やめたまえ!この子は口も聞けない状態なんだよ」
「患者はショック状態かもしれん!離れていてくれ」
今すぐ処置を始めたい医師に部屋を追い出されそうになるミカンは抵抗していた。勘ではあるがこの部屋を出てはいけないと感じていたからだ。
未だ病院内には領域が展開し続けていることから、犯人は病院内に潜伏していることは間違いない。
しかし逃走するのであれば、能力を解除して他の人間に紛れてしまえばいい。そうすれば見分けがつかなくなるので、こちらとしては追跡が困難になる。恐らくそれくらいは犯人も考えつくであろう。
にも関わらず何故能力を解除しないのか。
……いや解除しないのではなく、できない状態にあるすれば───
ハッ、とミカンは思いついた。ウガルルは今身動きが取れず口も聞けない。だがそれとは関係なしにできることがあった。
「ウガルル!魔力そのもので犯人を攻撃しなさい!」
「君は一体何を───」
その言葉に即座に反応したウガルルは、体の一部分を魔力で包み、魔力そのものが鞭のように伸びていく!
───意外ッ!それはアホ毛ッ!
アホ毛から伸ばされた魔力は真っ直ぐこの場で唯一の女性医師、神崎先生に向かっていく。咄嗟に後ろに飛んだ神崎医師だが、ウガルルの攻撃は彼女のネームプレートを叩き割った。
「あんたが犯人ね……!」
その言葉とともに、神崎は光輝く両手で魔力を切り裂く。それと同時に神崎の脇にいた医師2名を切り裂いた。まるでメスを用いたような切り口である。
「予定変更、病院内の人間は全て消すわ」
切り裂かれた医師たちは何が起こったのか分からないという表情を浮かべつつ倒れていく。
一方ウガルルに対してはあの虫が2匹首筋に何かを注入していた。普段のウガルルならば避けられるが、今のウガルルには避けようがない。そしてウガルルの顔色はどんどん悪くなっていく。
「ウガルル!?あんた……!?」
「シッ!」
右手を振るう神崎の攻撃をミカンは後ろに飛んで回避した。そして距離をとって廊下へ飛び出す。床には攻撃によって切り裂かれた痕ができていた。
「あんた、病院で皆殺しとか本気!?」
「いやいや、あなたたちが悪いのよ?もう少し患者に優しい神崎先生を演じていたいのだけど……知られたのであれば全員消さないといけなくなっただけよ」
領域内にいる人々の近くで生まれた虫は次々に人を刺して薬を注入した。あまりの発熱、寒気、その他諸々の症状を発現した人たちは床へと蹲った。
「私の能力は【成分変化】。私の知識で作られた薬を体内に注入すればあっという間に人は死ぬ。
まぁ精神的に強い人間は抵抗力があるから、死亡するまで個人差はあるわね」
神崎は十数匹の虫を自分の周りに展開させる。この数に襲われれば普通の人間ではまず対抗できないであろう。
しかしミカンは魔法少女である。通常の人間とは比較にならないほどの戦闘力を誇る。その証拠に、0.1秒未満で変身を完了させていた。
「ならあんたをぶっ飛ばして領域を解除させるだけよ!」
ミカンは浦飯から聞いていた。領域の能力者は気絶させれば能力が解除されると。
なまじ説得などの選択肢があると時間オーバーになる恐れがある。倒して解決するのであれば、そちらの方がミカン的には圧倒的に楽だった。
ボウガンを展開させたミカンは威力はさほどないが連射速度を早めたボウガンの攻撃により、ほぼ数瞬で虫を全て撃ち落とした。そして懐へ潜り込み、神崎の顔面を右ストレートで撃ち抜いた。
「さっさと眠らせてやるわ!」
普通の人間どころか、鍛えた人間ですら意識を飛ばすには十分な一撃であった。ましてや神崎は女の医師である。さほど耐久力があるようには見えない。殴られた神崎は廊下の壁に激突し、ズルズルと仰向けになって倒れた。
手応えは十分、確実に失神させたはずだとミカンは確信していた。にも関わらず、倒れた神崎からは笑い声が漏れていた。
「ふふふ、眠らせる?それは、無理な話よ」
「嘘!?」
ジャンプして素早く立ち上がった神崎。攻撃を食らったとは思えないほど機敏な動きでミカンへ接近し、先ほど医師たちを切り裂いた時のように手を刃のように伸ばしミカンを突きまくった。
「シェアッ!!」
残像が残るくらい何度も突きを繰り出すが、ミカンにとっては見切れないスピードではない。しかしおよそ普通の人間では出せないスピードを神崎は繰り出していた。
しかも突くのは眼球、眉間、首など致命傷になり得る箇所ばかりだ。ミカンは紙一重で全て避ける。
大体神崎の攻撃を見切ったミカンが反撃に転ずる一瞬、手刀が僅かに左頬を掠め、一本の赤い線となった。
だが代わりに強力なボディブローで神崎の腹を捉え、壁まで吹き飛ばした。
神崎の体がぶつかった壁には蜘蛛の巣状にヒビが入る。しかし殴られた本人はニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「呆れた。今のは普通の人間だったら悶絶するどころかとっくに意識飛んでるレベルの攻撃だったのよ?そのタフさと動き、能力に関係してるわね」
「ご名答。先ほど私の能力の【成分変化】は脳内物質も変換可能でね。身体能力も遥かに高めることができて、痛みも感じない体になったのよ。
───素手でバラバラに解剖してあげるわ!!」
神崎は右腕を振りかぶろうとした瞬間、ミカンがボウガンを神崎の眉間へ構えた。
「ちぃ!」
考えるより速く、神崎は咄嗟に横に飛んだ。
それが功を奏した。眉間を撃ち抜くはずだったボウガンの矢は横に飛んだせいで横に伸びるような形になっていた左腕の半分から下を打ち抜き、千切り飛ばした。
ボウガンはそのまま廊下のガラスを突き破り、外へ消えていく。砕けたガラスとちぎれた左腕が廊下の床に落ちる。
「(先ほどよりさらに早い……)」
「もうあんたを人間とは思わないわ。能力を解除して降参しないなら、今度こそ頭を撃ち抜くわよ」
半分本気の発言である。
普通の人間ではあり得ないタフさと身体能力。だがそれ以上に関係ない人間を平然と皆殺しにしようとする精神性。
気絶させるのがベストだが、相手の能力的に難しく、まともに戦っていては時間がかかる。
殺人にはなるが、ここで躊躇していては全員手遅れだ。降参してほしいという意味も込めての発言である。
床に落ちていた千切れた左腕を拾い上げた神崎はニタリと笑う。
「……ふふ。まだ私の能力を分かってないようね」
「そんな腕を持って一体を……!?」
千切れた左腕の傷口同士を合わせ、青白く光っている右手で傷口を一周する。すると左手が何度もグーパーと開いたり閉じたりできるようになった。完全に神経と筋肉が繋がった証である。
「冗談でしょ……?」
「私は外科医よ?手術はお手の物だわ」
ちぎれた腕は全く問題なく動くようになっていた。神崎は体内物質を操り骨、神経、筋肉の修復と成長を早め、再生させたのだ。
骨折しても元に戻るように。筋肉が切れても超再生するように。それを一瞬で完了させるスピードは彼女の医者としての医療知識によるものが大きかった。
ミカンとしてもこれほど再生が早い相手は中々経験がない。
「最近この街に来たようだけど、目的は何?那由多誰何に何を指示されているの?」
「……! やはりあの人を知っているのね」
「知ってるんだったら、さっさと……」
「社会人から言葉よ……聞いたら答えてくれるとは思わないことね!」
またしても神崎の手刀での攻撃。確かに脳内物質をコントロールしての戦闘能力の向上は大したものだ。
神崎の状態を分かりやすく言えば、一流スポーツ選手が稀に入れるというゾーンと言われる集中した状態で、かつ体のリミッターを外している状態が今の彼女である。普通の人間で勝てる者は中々いないだろう。
しかしミカンは魔法少女である。いくら神崎がゾーンに入りリミッターを解除していようとも、魔力による身体強化はそれらを軽々と超える。
いくらゾーンに入っていようと人間は銃で頭を撃ち抜かれれば死ぬ。
だが十分に魔力などで強化した魔法少女や魔族は銃弾すら跳ね返す。それほど差があるのだ。
ミカンの回し蹴りが神崎の側頭部を捉え、壁際まで吹き飛ばす。だが今度は倒れることなく空中で回転して着地した。
「普通だったらとっくに気絶しているんでしょうけど、脳内麻薬のせいでハッピーな気分よ。むしろいいアクセントだわ」
「知っていることを全部素直に言って能力を解除すれば殺さないであげる。こんだけやったあんたは捕まって終わりよ」
誰かが通報もしているだろうし、警察が来ればこれだけ派手に動いている神崎は詰みの状態に近いだろう。しかし彼女は口から少し血を流しながら、ニタリと笑った。
「丁重にお断りするわ。私を倒さない限り能力で感染した人間は元に戻らないし、あの人のことを話す気はないわ。
それに私は魔族じゃない普通の人間よ?私を殺せば、あなたの方が刑務所行きね」
神崎は全く従う気はなく、逆に煽るような言葉を吐いた。実際神崎を殺せばミカンは殺人の罪に問われるだろう。
ミカンの目には廊下に倒れている人々が目に入る。いずれも落合のように非常に顔色が悪く、もう時間がないことがわかる。その光景を作り上げている神崎が、先ほどのようなセリフを吐く。
「───あんた、本当に殺すわよ」
もうミカンはほぼキレかけていた。少なくとも神崎にはそう見える。青臭い小娘だ、と神崎は内心小馬鹿にした。
またミカンはボウガンによる攻撃を行う。神崎はミカンの目線とボウガンの構えた位置から予測して回避行動をとったが、それでも矢を完全に回避することはできず、脇腹を抉られた。
「ふん、そうやってジワジワ嬲り殺すつもり?でも私の能力ならすぐ治るわ」
「確かにその通りね。傷は治るわね」
「ふん、なら無駄なことくらい───」
ビキリ、と神崎は自分の体の中から音が鳴ったような気がした。そして手足がほんのわずかしか言うことを聞かず、前のめりに倒れた。
「な、何で急に……まさか、毒!?」
神崎は自分の手足が全く言うことを聞かなくなりつつあるのを悟り、自身の体をチェックする。すると強力な毒が体内を急速に駆け巡っていた。
いつ仕掛けられた毒なのか?先ほどの脇腹への一撃だった場合、毒とはいえ、これほど早く効くものは医師である神崎の知識にはない。
「よく効くわね。これ、私のナビゲーターのミカエルの毒なの」
「い、今までと矢だったはず……!?」
ミカンはゆっくり神崎に近づく。
「私が仕留める時にミカエルは矢じりに変身して攻撃するの。
あんた身体能力は上がっているけど、動きが単調だから戦いの素人よね?さっき打った時何度か目線のフェイント入れたら簡単に引っかかったものね」
「じゃあさっきまでの怒りは……!」
「怒っていたのは事実よ?でも怒っている私は多分力押しだけで来るだろう、と思わせれば警戒も薄れる。あんたが能力で解毒するにしても、普通知られてない毒なら分解するにも時間がかかるでしょ?
いっぱい時間が稼げるわけ」
ミカンの予想は的中していた。神崎の能力で解毒自体は可能である。
だがそれをやるには適切な成分を選択しなければならない。菌には抗菌剤を、ウイルスには抗ウイルス剤を。しかもそれぞれに合った構造体を持った成分を選択しなければならない。きちんとした診断の下での治療薬が必要なのだ。
神崎が知っている毒や病気で有れば、すぐ対処し完治できる能力である。
しかしミカエルはオレンジ色のモウドクフキヤガエルの姿を普段とっており、矢じりに変身して通常の人間であれば即死する猛毒を与えることができるのだ。そして神崎の知識の中にモウドクフキヤガエルの毒はない。
そのため神崎の能力を持ってしても、毒の強さに即死を免れるのが精一杯なのだ。
ミカンは神崎の頭の近くまで寄って見下ろした。
毒の強さに能力のリソース全力を注いでいる神崎は身動き一つできず、ミカンの表情は全く見えなかった。
「そして毒の解析をしている間は動けず無防備。果たしてさっきみたいな超人的な耐久力はあるのかしら?」
毒で死なないようにするのが精一杯の状況で、身動きすらできない。
もう詰みの状態であった。
「や、やめ───!!」
ミカンは神崎の頭に足を振り下ろした。病院が響くような轟音。それが数度響くと、やがて静かになった。
それから少しすると廊下に倒れていた他の人間たちは立ち上がった。まるで今まであった強烈な症状が全く消えているからだ。
ミカンは頭を持ち上げて神崎が気絶していることを確認し、心臓も動いているのを確認した。そして外からパトカーのサイレンが聞こえてくる。
「あー、終わったぁ。すっごい緊張したー!」
まさかウガルルが倒されて自分1人で未知の能力者を相手にし、しかも倒さないと大勢死ぬという精神的プレッシャーは相当なものだった。もし呪いが継続しているミカンだったら病院が破壊尽くされるくらい緊張していたのだ。
「さて、ウガルル回収しなきゃね」
警察が来る以上長居は無用である。殺してないとはいえ傷害罪にされたらたまらないので、ミカンは急いでウガルルを抱えて離脱するのだった。
つづく
そういえばミカンの毒の矢って設定あったけど使ってないや
→んじゃ使おう!という流れ。