ぼっちのヒーローアカデミア   作:江波界司

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長くなりました(色々な意味で)


やはり俺の戦いはまちがっている。

 オールマイトを殺す。言うがやすしなんて言えないほどに、内容が絶望的なことだ。

 もしも仮に、そんなことを本気で言い、本気でやろうとしているのだとしたら、そいつは余程の大バカか化物だ。

 俺の目の前にいるやつは、果たしてどっちだろうな……。

 

 イレイザーヘッドの個性抹消は強力だが、異形型と呼ばれる個性には効かない。異形型ってのは、簡単に言えば葉隠みたいな常時発動型のこと。斬魄刀でいうと斬月に当たる。

 その情報からいくと、このヴィランは間違いなく異形型に含まれる。

 さっき、ボロボロのイレイザーヘッドを見た。あの人の接近戦は決して弱い部類じゃないと今日既に見ている。なのに、おそらくこいつにやられている。

 もしかしたら3対1だったのかもしれない。けれど、最悪の想定はしておくべきだ。

 

「比企谷……」

「ワープ野郎は爆豪が押さえてんだ。こいつらはこっちでどうにかするしかねぇだろ」

 

 どうする。助けを呼ぶか。クラスメイト全員で殴りかかれば勝てない事もないかもしれない。

 何故すぐに人に頼ろうとする。第一、全員が全員戦闘向きな訳じゃない。人質にされたらそれこそ詰みだ。

 そんなこと言ったら俺がここにいること自体間違いだろ。

 戦闘向きじゃない上に不意打ちも初見殺しも使い切った俺に何ができるってんだよ。

 くそ、何もねぇ。

 

「脳無……やれっ」

 

 覇気のない男の声に反応し、異形のヴィランが膝を曲げる。

 何をしてくるか分からない。

 とにかく回避すべきと判断し、ステルス発動と同時に切島の肩を思い切り下に押し込む。

 さっきと同じだ。しゃがめば大体の攻撃はスカる。

 案の定、ヴィランが打った横の大振りは空を切った。

 だが、俺たちはその一撃で今ある状況の圧倒的絶望感を味わうことになった。

 速すぎるのだ。

 ヴィランが踏み込んでから、その先が全く見えなかった。瞬きがあったのだとしたら、その一瞬で距離を詰められたということになる。

 ありえない程に、あの化物は人間を辞めている。

 もはや時間稼ぎなんて考えていられない。ここからは本当に、生死を分ける戦いだ。

 ふざけんな。こんなのどう相手しろってんだ。目視不能な移動速度とかオールマイトかよ。

 策はないかと切島を見る。

 その表情と瞳には、恐怖が浮かんでいた。

 だろうな。普通こんなことになりゃ怖えし、辛え。今頭の中で色々考えられる俺の方がイレギュラーだ。

 とにかく、今は逃げるしかない。

 異形のヴィランは俺たちを見失っている。息もそう長く続かないが、できる限り離れるべきだ。

 肩に触れていない方の手で切島の手首を掴み、走り出す。勢いに引かれながら切島も足を動かし始めた。

 何メートルなんて目測もよく分からないが、さっき俺がヴィランからとった距離よりは遥かに遠く。

 溜めた空気を吐き出した段階で、異形がこちらを向いた。

 

「比企谷……オレ、オレ……」

 

 さっき肩に触れて、今はナウで手首を掴んでいるのだ。こいつが震えていることは知っている。

 けれど、悪いが気遣ってやる余裕がない。俺だってヴィランに襲われるのは久しいのだ。それも、こんな化物相手。

 

「気張れよ。お前の個性なら耐えられる」

 

 保証はない。こんなのは口から出任せだ。無いよりはマシ程度の暗示なのだ。

 

「お、おう……!」

 

 ガキンと、硬化した身体を打ち付ける音がした。

 

「あー……あー、もうさ、何なんだよ。……いい加減にしろよ……」

 

 俺たちと睨み合いを続ける異形の裏で、頭を押さえながら細身の男が独白する。

 男はまだ目眩がするらしく、立つことすらできていない。

 

「……分かったよ。めんどくさいけどさぁ、あー、頭いてぇ……分かったんだよ」

「このまま帰ってほしいところだが」

「帰るよ」

「マジで?」

「帰るけど、その前にお前……名前知らねぇや。とにかく、俺を蹴ったお前は、殺す」

 

「脳無っ!」と指示後のない声がトリガーとなり、異形は走り出す。

 何度も同じ手が通用するとは思えない。上から叩き付ける様に攻撃されたら終わりだ。

 

「切島、散開」

「え──」

 

 伝わるかは分からん。

 俺はステルスで姿を消すと同時に右に走る。

 異形の動きを目で追うことができない以上、先読みの回避しか術がない。

 一撃が通る範囲から逃れて、俺が数秒前にいた地点を見る。

 そこには硬化した切島と、何もしないヴィランがいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どういうことだ……?

 ヴィランが切島を攻撃しない。なぜ眼前の敵を撃たない。

 姿を消したのは俺だけだ。今奴には、切島が見えているはずなのだ。

 とにかく、息が続かない。

 慎重に、吐き出す。

 ──瞬間、地面を蹴る音を聞く。

 異形は、俺の鼻の先まで移動していた。

 ……うそ、だろ。

 ガード?できるわけがない。俺の貧弱な体で、イレイザーヘッドを一方的に潰せる奴の攻撃を受けられるはずがない。

 肺に残った少ない酸素をフル活用して、強引に呼吸をストップさせる。

 そして、できる最大限まで後ろに飛ぶ。パンチの衝撃を和らげる格闘テク。素人の俺にどこまで実践できるか謎だが、やるしかない。

 刹那の後、衝撃が走る。

 両腕が軋み、胸にクロスしたガードがめり込む。運動エネルギーは体を貫かんばかりに伝わる。

 宙に浮いた俺は、そのまま後方へ飛ばされ、着水した。

 急激な速度で水に打ち付けられるかに思えたが、背中に固い感触はない。

 むしろ、人間的な柔らかさすら感じていた。

 

「……ぷはっ」

 

 空気を求めて水から顔を出す。荒々しく全身に酸素を送り込みながら、俺は身体を支えられていることを自覚した。

 

「大丈夫、比企谷ちゃん?」

「蛙吹、か……」

 

 アンダー・ザ・ワールドで俺を比企谷ちゃんと呼ぶのはこいつしか居ない。

 

「すまん、助かった」

「礼なら緑谷ちゃんに言ってあげて。咄嗟に指示をくれたのよ」

「緑谷?」

 

 視線を前に向けると、緑谷と峰田が息を切らしている。

 おそらく、蛙吹が俺を受け止める役、二人がブレーキの役割を請け負ったのだろう。とはいえ、あれだけの威力で飛ばされては減速もままならなかったはずだ。

 しかし、やはり感謝すべきだろう。こいつらがいなかったら今頃全身骨折してるまである。

 とにかく岸まで泳ごうとした時、激痛が走る。

 

「いてぇ……」

 

 水を掻こうとした両腕、水の抵抗を受けたあばら骨。どちらもぼろぼろになってる。折れたか?

 両手は、動く。腕が折れてないなら腹の方も大丈夫だろうけど、クソいてぇ。

 社畜(ヒーロー)ってのも辛いもんだな。

 うぬぼれでも天狗でもなく、客観的に見て俺の姑息な個性無しでアレと渡り合えるビジョンが浮かばない。

 体が動くなら、やる必要がある。

 

「比企谷ちゃん、無理したら……」

「無理してこのザマだからな」

 

 もうすでに無理するしないのラインは超えている。

 アレと戦うこと自体がもう無理な話だ。

 だから、考えろ。

 今俺がすべきで、奴らが最も嫌がることを。

 

 今、既にヴィラン共の目的は交戦の続行ではなくなっている。

 本職ヒーローが来る前に退散、これが奴らの現段階での目標。

 ならなぜ逃げないのか。

 よく分からんが、恐らくはあの手まみれ野郎の個人的な恨み。

 俺を殺そうとしている。

 ゾッとしない話だが、切島を攻撃しなかったことからもその確率は高い。

 では、俺がすべきは囮による時間稼ぎか。

 否だ。

 それでは足りない。

 もし応援が到着すれば、その段階で奴らは逃げる。それを止めるのは、あのバケモノがいる以上不可能に近い。

 結論、俺がすべきは──。

 

「比企谷くん!」

「緑谷か」

 

 俺が脳内会議を終わらせると同時、岸辺にいたであろう緑谷がこちらに泳いで来た。

 

「大丈夫?腕は」

「気にすんな。それより、俺を陸まで運んでくれ」

「でも、比企谷くん、その体じゃ」

「問題ねぇよ。そもそも戦う気はねぇんだ。最初から逃げ切り前提なんだよ」

「どの道、傷付いた体を水中に入れておくのは悪いわ。移動しましょう」

 

 蛙吹に背中を押されながら、俺は広すぎるプールの岸まで運ばれた。

 その間、あのバケモノは何もせずこちらを見ている。まるで何かを待っているように。

 俺が個性を使うのを待ってるってことか。

 時間制限付きであることがバレたか、接近戦で仕留めるために距離を詰めたいか、あるいはその両方だろう。

 蛙吹と緑谷に支えられながら、俺は再び奴の前方に立つ。

 

「下がってろ」

「待って比企谷くん。僕も、やる」

「いや、お前が一番ここにいるべきだ」

「どうして!?僕も一緒に」

「もし俺が死んだ時、真っ先に狙われるのは俺の近くにいたお前らだ。その時戦闘向きの個性持ちがいねぇと話にならねぇだろ」

「死ぬって……そんなのダメだよ!君は死なせない!僕も戦う!」

「だから……」

 

 だめだ、こいつ。

 いや俺の言い方もまずかったけど、今緑谷と言い合ってる時間はない。

 とにかく納得できそうな話をしねぇと。

 

「すっこンでろ!デク!」

 

 思考を別の方向に向けようとした最中、爆豪の声が轟く。

 

「てめぇがいても邪魔なだけなンだよ!分かれやクソナード!」

「かっちゃん……」

「まぁ、そういうことだ。それに、そこの二人を守ってもらわねぇと俺がうまく動けん」

 

「殺せっ、脳無!」

 

 緑谷の返事を聞くより先に、男の殺意に満ちた叫び声を聞く。

 それに反応するように、モンスターはまた動き出した。

 すぐに息を止め、右に転がる。

 体が条件反射してくれたようだった。

 ヴィランの攻撃は俺には当たっておらず、奴のすぐ横に俺は移動していた。

 こちらからは仕掛けない。

 俺が狙うは、あの男だけだ。

 息を止めたまま走る。

 距離的に、最後までは続かない。だが、髪の毛一本を抜くくらいならできるはずだ。

 走りながら、堪えきれなくなった肺へ酸素を送る。

 俺の存在は既に露見した。

 至近距離まで迫った手まみれの男へと俺は手を伸ばす。

 今後、奴の逃げ道を塞ぐためにDNAに関係するものを手に入れる。

 それが今の最善手。

 俺は男の背後から、後頭部へと手を伸ばし──眼前に現れた手(・・・・・・・)に頭を鷲掴みにされた。

 

「なっ……」

「何度も見れば分かるよ、透明になれるお前の個性ぃ」

 

 バレた。

 いやそれ以前にこれは、ワープ能力の応用ではないか。

 ワープ野郎は爆豪が押さえてるはずじゃねぇのかよ。

 男の指の隙間から見ると、爆豪に押さえ付けられた黒いモヤがいる。

 当然、この行動に爆破で応える爆豪。

 それを奴は、背後に大きく広げたワープホールで回避した。

 一瞬の油断、いや、誤算と言うべきだ。

 まさか、ノーモーションでワープを繋げ、俺が捕まるとは思わなかった。

 自惚れた、過信してしまった。

 

「さてと、これで形勢はこっちのもんて事だよなぁ?」

 

 人質を手に入れ、ワープホールが使用可能。

 なるほど、確かにまずい。

 俺の個性が、透明化ならな。

 

「……は?」

 

 俺の個性の発動中、誰も俺を認識できない。俺に触れていることすら感じることはできない。

 相手のミスは、即座に俺を個性で潰さなかったことだ。

 掴んでいるはずなのに、その感覚が消えている。

 そんな異常事態が起これば誰だって戸惑う。

 だから隙が生まれる。

 緩んだ手から頭を抜き、今度こそ奴の髪を掴む。

 そして、力の限り引き抜く。

 腕力によって生じるエネルギーはそのまま伝わる。

 これは感覚の矛盾だ。

 掴まれていることは感じないのに、引っ張られている感覚を感じる。

 俺は髪を何本か引き抜き、すぐにその場を離れる。

 

「痛えぇ。はぁ?何、何されたんだよ俺は!」

 

 激昂する細身のヴィラン。その横にワープ野郎が現れる。

 俺は一定の距離を取ってから個性を解除した。

 何やらモヤと男が話している。

 

「比企谷っ!危ねえっ!」

 

 その様子を見ていた矢先、切島の声を聞いた。

 声のする方を振り向くと、俺の真横に化け物(ヴィラン)がいた。

 もはや反応すらできない距離。個性を発動してから避けるのでは間に合わない。

 本気で、死を覚悟した。

 

「死──ッねェエエエ!」

 

 そんな俺の頭上を通過して、化け物の顔面に爆発を叩きつける男がいた。

 その一瞬の間に、どうにか体を動かしてヴィランから離れる。

 マジで爆豪がいなかったら死んでた。

 

「悪ぃ、助かった」

「助けてねェ。それより、オレのヘマはオレが片付ける」

 

 モヤの一瞬の挙動を見逃したのは俺がやられそうになったせいだろうが、それでもこいつなりに責任を感じているらしい。

 さて、さしあたってはこの状況だ。

 どうするか。

 

「おい、透明人間」

「あ?」

「三秒で選べ。そこで死ぬか、こっちに来るかさぁ」

 

 そう言ったのは、あの細身の男。

 やつは言いながらある方向を指さしていた。

 示す先には、あの三人──緑谷、峰田、蛙吹がいる。

 それはつまり、俺が行かねぇと三人が死ぬってことかよ。

 確かにワープを使えば一瞬だ。

 そうしないのは、俺を自らの手で殺したいからか。

 俺は両手を上げ、ゆっくりと歩き出す。

 俺の命と他の三人の命、天秤にかけるまでもないことだ。

 覚悟を決めて進む俺の肩を、爆豪の左手が掴んだ。

 

「てめェ、どこ行く気だ?」

 

 もちろん分かっている。

 奴らが、交換条件など出す気はないと。

 

「爆豪」

「あン?」

「お前、無理すればもう一発撃てるんだよな」

「……おい、てめェ」

 

 肩にある手を振りほどいて、爆豪に背を向ける。

 あいつは優秀だ。たとえ今は伝わらずとも、必ず気付く。

 化け物は俺を襲ってこない。

 ヴィラン二人も、俺が近付くその様子を見ている。

 1歩、2歩、徐々に距離は縮まる。

 

「──そういや、言ってなかったな」

 

 その場にいる全員に聞こえるように、できる限り声を張りながら。

 

「俺は死ぬ気も死なせる気もねぇよ」

 

 走り出す。

 目標は、水辺にいる三人のいる場所。

 やはり、俺の行動を見た男はワープを使って俺ではなく緑谷達を狙う。

 

 俺は振り向く。

 視線を交わすのは爆豪。

 アイコンコンタクトだけで俺の意志を把握したあいつは、俺に両手を向けた。

 

「加減はしねェでやるよォ!」

 

 爆豪が出せる最大爆発力。

 武具ではなく身体能力によって発生した衝撃を生む大爆発は、俺の背中に爆風をぶつける。

 人1人を吹き飛ばす勢いに身を任せながら、俺は息を止める。

 認識できない俺を迎撃はできない。

 蛙吹と峰田を庇うように立つ緑谷と、その眼前に立つ細身のヴィラン。

 襲いかかる寸前まで来ている状況では、俺のパンチやキックでは奇襲できても危機的状況は変わらない。

 だから、同級生を三人まとめて、抱きつくように水の中へ掴み落とす。

 水しぶきを上げながら水中にダイブしながらも、俺の個性は発動している。

 俺の触れている三人もまた、ステルスの共有ができているはずだ。

 あとは、ひたすら耐えるだけ。

 沈みながら、ゆっくりと確実に酸素は欠乏していく。

 意識が遠のいていく……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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