勝つのはどっちだぁぁぁ!?
byプレゼントマイク
雄英体育祭の会場。
準決勝ながら、周囲は異様な空気に包まれていた。
というか、やけに静かだな。
こちらを睨む爆豪の息づかいが聞こえるほど、あれだけ騒いでいた観客は黙っている。ほわい?
『あれ?やけに静かじゃね?』
『そりゃ、こんな戦いを見せられればな』
『はん?それってどういうことよ?』
誰も口を開かないからこそ、マイクから出てくるボイスがよく耳に入る。
『別に貶めるつもりはないが、端的に言って比企谷の個性は戦闘向きじゃない。とくにこういった逃げ場のないリングの上ではな』
『ま〜、確かに!』
『だが個性で劣っても、それ以外の分野を活かして比企谷はここまで上がって来た。そして、A組でも戦闘スキルは頭一つ抜けた爆豪と互角に渡りあっている。全員、ここから目離すなよ──』
どちらかと言えば爆豪の方を貶めてる感のある担任。
相澤先生は一呼吸置いて言う。
『決着は一瞬だ』
できればその結末を知りたかったぜ。
勝負が一瞬で終わるのは当たり前だろうとか考えたが、思考を無駄なリソースに割いている場合じゃないと思い直す。
依然、俺を睨み付ける爆豪。攻める様子も守る様子もない。
警戒してるんだろう。
麗日にすら警戒してみせた爆豪だ。ここまでやられて無警戒に飛び込んでくれたらどれだけありがたいか。
何か仕掛けることを期待してるなら、悪いが俺からは何もしねぇぞ。
現状、俺のスタミナはほとんど使い切ってる。今ステルスを使っても10秒続くか分からん。無酸素運動嫌いだわ。
さっきまで、傍から見れば俺が爆豪を追い詰めてるように見えただろうけどそうじゃない。
ステルス中も、常に右手のカウンターを気にしながら攻撃してたわけで。決定打を与えられていないのが現状だ。
どれだけ戦力を削っても、倒さなければあいつは折れない。
腕を折ろうが足を失おうが、あいつは動く限り勝負を諦めないだろう。今までみたいな詰将棋戦法は通じない。
勝つためには、二度と立てなくする気で倒す。それしかねぇ。
『沈黙した両者、うご……いた!爆豪、右手一本で加速しながら突っ込む!』
左手はつぶしてるからな。
とはいえ、片手を宙吊り状態にしながらでも来るのかよ。お前四皇?
もっと息を整えてから動きたかったが、仕掛けて来たのなら当然個性を使うしかない。
ステルス状態でしゃがみ込む。USJでも使った回避技だ。
爆豪は空中で右手を、後ろから一気に左へ振り切る。
サイドスローの爆破か。それなら当たらねぇし、下からアッパーを狙える。
予想通り、爆破は起きた。
——ただ、爆豪の右手は俺を狙ってはいなかった。
爆豪は、振り切った右手の甲を自らの左頬に近付けると、爆破の威力で右方へ吹き飛んだ。
『爆豪、自分の爆破に飛ばされてんぞ!力入れ過ぎたか!?』
そんなミスはしないはずだ。
俺から離れる行動。回避ではなく、逃避……?
いや、違う。
爆豪の機動力ならこの間合いを一瞬で無くせる。
逆に俺はもうすぐインターバルに入る。
これは……。
「勝った気でいねェだろォなァ!比企谷ァ!」
ステルスの解除と同時、爆豪は再び右手を使って方向転換する。
足を地面につけぬまま二度目の爆破。
今度はさっきよりも大きく、速い。
眼前に迫った爆豪に対し有効な攻撃手段はない。とにかく防御。ステルスが間に合わねぇ以上、耐えるしかねぇ。
両手をクロスして急所である頭を守る。
それを、見てから反応したのか。
爆豪は空中で体を捻ると、回し蹴りを俺の左脇に打ち込んだ。
推進力をそのまま生かした蹴りは痛い。威力に負けて俺は右の方へ転がる。
「逃がすかよ!」
その間に足を着いた爆豪は走り出す。
俺も息を止めながらどうにか立ち上がり、構える。
さっきの攻撃。わざとタイミングをずらして来たな。俺の個性の使い方をもう掴んでやがる。
ステルスを敵の攻撃が出る瞬間に使う。そうすることで相手は、俺がいたであろう場所を惰性で狙ってしまう。
目の前で人が消えたのなら、その残像を追ってしまうからだ。
その消えるタイミングを読まれた。
あの距離感とタイミングで打たれたら、ステルスできても避けられない。
個性は身体能力、使い続ければ疲れる。無駄打ちはさけねぇと麗日と同じ末路だ。
俺を見失った爆豪は、また右手で攻撃の構えを見せる。
爆破か、フェイクか。
ふざけんな。
読み合い以前に、後手に回った段階で俺に勝ち目はねぇ。
消えたまま、一歩踏み込む。
『ステルスを見破ったか、爆豪の猛追!──が、失敗か!?爆豪の顔が打ち上げられた~!!』
今度こそ入った。カウンターのアッパー。
追撃の速度、これがさっきの突撃よりも落ちていた。恐らく汗の量に関係するのだろう。
連続で三回の爆破の後だ。そりゃ、威力も落ちる。
こちらからも攻めたいが、残念ながら息が続かん。
踏み込んだ位置から一歩下がってステルス解除。目は相手から離さない。
爆豪は反撃を受けながらもしっかりと着地し、右手に力を込める。
やっぱこの程度じゃ倒れねぇか。
「来ねェのか?」
「攻めるメリットがあるか?」
「長期戦で不利なのはてめェだ」
「さて、どうだか」
実際、爆豪の方が不利なまである。
個性だけの話なら確かに爆豪に分があるだろう。
だが現状、爆豪の左腕の負傷は大きな枷になっている。
あれだけの負傷だ。動くだけでもしんどいだろうし、攻めも守りも遅れが出る。
「なら、こっちからいくぞオラァ!」
叫ぶと同時に、爆豪は自らの手を地面に向けて爆破。——空高く飛び上がった。
高けぇ……攻撃の届く範囲じゃねぇなこれ。
『爆豪飛翔!考えたな、空なら比企谷に手は出せねぇ!!』
石を投げるくらいはできるけどね、ダメージは入らないな。
加速はやがてやみ、爆豪は少しづつ地面に向かって落ち始める。
その運動の切り替わりを狙って、再び爆破。
今度は地面へと真っ直ぐ、重力すら味方につけて突進した。
思い浮かぶのは天下一武道会。少年の部でどっかの息子さんが見せた戦法だ。
だが、ステルス状態の俺の位置を先読みして着地と同時に方向転換などできるのか。
恐らく不可能。
なら、爆豪の狙いはなんだ。
考えがまとまるより先に、爆豪が俺に迫る。
落ち着け。
いくらあいつでも、生身では着地できない。攻撃は間違いなく爆破、右手だ。
少しでも攻撃しにくい方向、爆豪の左側へと回避する。
ステルス中の移動は見えない。完全に読み合いだ。
だが仮に俺の思考が読めても、攻撃しにくいのは事実のはずだ。
距離的には俺の頭上。
爆豪のとった攻撃は——。
『高速で落下しながら、まさかの超高火力、特大爆破炸裂!!いくら何でも比企谷は無事じゃすまねぇだろこれ~!!!』
まさに特大の爆弾投下。
ステージにクレーターが生じる威力が俺のいた場所に向かって落ちていた。
しかしこれ、マジかこいつ。
上昇の爆破に、落下を加速させる爆破。そして今の超特大。
明らかに火力上限を超えた攻撃だった。
つまり、本気で勝負を着けに来たってことだな。
そんな攻撃を多少は回避した俺だが、もちろんダメージはデカい。解説通り無事じゃねぇ。
爆破の熱だけでなく、その余波によって体も打っている。体操服はサイヤ人の胴衣かってくらいボロボロだ。
『超火力にさらされた比企谷は……辛うじてステージ上にいるぞ!しかし深刻なダメージ、立てるか!?』
確かに、もう少し反応が遅れてたら場外まで飛んでたな。
まぁそれ以前に、もう立てるか怪しいけど。
『これでダメージは比企谷の方が明らかに大きくなった。仮に立てても、爆豪と戦闘を続けられるか』
耳が痛えな相澤先生……。
どうにか四肢に力を込めて、悲鳴を上げる体を起き上がらせる。
もうだいぶしんどい。立つだけでMP使い果たした気がするわ。
これで、隻腕の爆豪とやり合うってか……。
「ウラァァァァァァァ!」
なんて絶望してたんだがな。
爆煙の奥から聞こえた叫び声。そして出て来たのは……。
「あァ——やっと動く」
外れた左肘を強引に
『マジかよ爆豪!自力で治しやがったぞおい!?……つか、そんなことできんのか普通?』
『爆破の個性を上手く使えばあるいは、だろうな。こう、左腕を支えて爆破の反動で関節を入れるというならできないこともないだろう』
『そんなん練習してたのかよ爆豪!?』
『いや、ぶっつけ本番だろ。誰が体育祭で関節外しにくると想定するか』
『才能マンかよ……』
その才能の一部だけでも俺にくれないですかね。
こんな悲報あるかよ。
全身火傷と打撲で痛ぇし体力も限界で、相手は両腕に戻った学年トップ。
流石に、無理か。
左手の感触を試す爆豪は、ニヤリと笑うとそのまま手の平を後ろに向ける。
「はっ——きっつ……」
「くたばれやァ!」
戻った左手で加速し、右拳で俺の腹を打ち抜く。
内臓全部吐き出しそうだ。顔を狙わなかったのはガードされることを避けるためか。
曲がって前に出た頭に、今度は左手が来る。
ダメージ自体は残ってるはずの左での爆破。辛うじて上げた腕のガードごと吹っ飛ばされた。
その後も左右の打撃と爆破が襲い掛かる。
ステルスしてる余裕がねぇ。ガードも爆破の前じゃ効果が薄い。汗線に限界が来たのであろう右手も的確に急所を突いてくる。
『一転して今度は爆豪のターン!一方的に攻められてんぞ!?』
意識が、遠退く。
くそ……ここまでか。
けどまぁ、上手くいった方だろ。
成績的には四位。学年トップとこれだけやり合ったんだし、退学回避には十分じゃないか?
なら、もういいだろ——。
「お兄ちゃん!」
そんな声が聞こえた気がした。
本当に聞こえたのかは分からん。ただの記憶かもしれない。
それでもいい。
「がっ——!」
『何をされた——!?良く分からんが、多分消えた比企谷の反撃がヒット!』
頭突きだよ。
あぁ、別に退学でもいいんだよ。俺はヒーローになりたいわけじゃないからな。
けどな。
——二度と小町を泣かせねぇ。
それだけは。
それだけは。
「譲れねぇんだよ」
「知るかァ!」
再び拳を握る爆豪。俺もまた、息を大きく吸い込む。
もう二度と、あの時みたいなことだけは絶対に。
俺は、小町を守れない存在じゃダメなんだよ。
世界なんてどうでもいい。
自分がヒーローかヴィランかなんてどうでもいい。
ただ、ここで負けるようじゃあの時と同じだ。
右ストレートに合わせて息を止める。
半身になって拳を避け、手の平で爆豪の顎を打ち上げる。
脳が揺れれば意識が鈍る。
ボロボロの左腕を掴む。
息が続かない。
ステルスは解ける。
掴んだ左腕を引っ張り、爆豪の頭を体ごと引き寄せる。
回避はさせない。
限界まで引いたところで、鼻を潰すつもりで肘を打ち込む。
左手はボロボロな上、右でのカウンターは間に合わない。
——当たる。
瞬間、爆破が起きた。
俺は至近距離で起きた特大の爆破によって飛ばされ、ステージ上で倒れこむ。
マジかよ……。
「はァ、はァ……言ったろうが。無理すりゃ撃てンだよ……」
辛うじて動く頭を回して爆豪を見る。
限界を超えた左手を更に酷使して起こした爆破。
その代償は大きく、右手で支えている爆豪の腕は痙攣していた。
「これだけやって、足りねぇのかよ……」
「…………」
それ以上先は、覚えていない。
「は?」
「だから、退学免除だ」
「いや、え?俺負けましたよね?」
「第三位、十分な成績だろう」
「三位……表彰式とかしましたっけ?俺気が付いたら家にいたんすけど」
「爆豪戦の後、意識不明だったからな」
「それ結構ヤバめの事態じゃ……」
「命には別条はない。傷についても完全に治癒しているだろ」
後日談というか、今回のオチを職員室で伝えられた。
どうやら俺は常闇に勝った段階でもう目的を達成していたらしい。なぜ俺はあんな無茶を……。
「一応言っておくが、お前が爆豪との試合であれだけやり合ったからこその判断だ。棄権していたらすぐに退学にしていた」
「あ、はい」
この人、もしかして心読める?
まぁ、最後の最後で足掻いたのは無駄じゃなかったと思おう。じゃないと恥ずかしさで首吊っちゃうまである。しないけど。
俺が勝とうとしたのは何故だ。
理由は知っている。
あの時と重なったからだ。
あの時。俺が個性を使って小町を守ろうとしたあの時。
俺は動けなかった。
俺は届かなかった。
俺は守れなかった。
小町を捕まえたヴィランに成す術なく負けて、動くこともできぬまま、足掻くこともできぬまま、俺はヒーローに縋った。
「比企谷」
「え、あ、はい」
「大丈夫か?」
変なスイッチが入っていたのを担任の声で元に戻した。やる気スイッチでも押してくれたのかしら。
「比企谷、お前の個性の変化。いや、進化と言うべきか」
「あぁ、はい」
「あれはお前の意志で進化したものだ。それだけは覚えておけ」
一応、相澤先生は俺の個性について知っている。
その進化というか真価に俺の意志が関係しているとかいうが、どういう意味だ?
よく分からんが、うん、まぁ、覚えておこう。
多分いつか、授業で習うんだろう。
ご愛読ありがとうございます。
先日、一時期ですが評価バーが赤く染まりました。
今は色々あってオレンジに戻りましたが、たくさんの評価を頂きとてもうれしいです。
次回からオリ展開、職場体験編・改が始まります。
ただ、更新に少し間が開きそうです。
できる限り早くできるように頑張ります。
補足しておくと、体育祭は原作通り爆豪の優勝です。今作では書いていませんが、轟くんも原作通り裏で色々ありました。
比企谷が後日談を受けたのは雄英体育祭後の最初の登校日です。
これからも感想、高評価よろしくお願いします。
2020/04/05
少し修正しました。
爆豪の脱臼治しについての描写がほとんど無かったと感想を頂いたので追加しました。
ご意見ありがとうございます。