旅するトレーナーには欠かせないポケモンセンター、手持ちのポケモンを回復できる他に、トレーナーが寝泊まりできる施設でもある。その部屋数は──言わないでおこう。
明日に備えてクオンたち5人は、ポケモンセンターに宿泊していた。偶然にもクオンとトロナツは同じ部屋になる。部屋の中は、左右には2段ベッド、向かい側は大きな窓と、こじんまりとした部屋であったが、一度に多くのトレーナーが泊まることを踏まえると十分な大きさだ。本来4人であろう部屋を2人で使うのだから、少しだけ広く感じる。
「今日は疲れたし、早めに寝るよ、おやすみ」
荷物を2段ベットの下へ置き、トロナツは下段のベッドに入る。クオンも電気を消し、床に入った。
『ラグラージやピジョットも技を出し終えて、"最も力が入っていない瞬間"──』
──あの言葉、どうしても引っかかる。トロナツは、確信していて言ったのだろうか。もしそうなら、本人に確かめてみるか。
「───トロナツ、あの試合わざと負けたのか?」
クオンは、気になっていたことをぶつけていた。
「わざと負けたんじゃないよ、本当に勝てなかったんだ」
「嘘はつかないでくれ、お前ならあの状況で"さきどり"くらい指示できるだろ」
そんなクオンの一言に、トロナツはしばらく黙り込んだ。
「──あの時、余計なことを考えていたんだ、嘘はついていないよ」
実はトロナツは、優勝に執着していなかった。必死に勝とうとするトレーナーをあざ笑うかのように勝ち進む、そんな自分が嫌になりながら、予選を突破してしまい深く悩んでいたとクオンに打ち明ける。
「───今でも、思うよ、もっと早く負けていたらなって」
「実力があるんだから、勝ってていいだろ」
「僕のことは、気にしなくていいよ、負けたんだからね。大人しく観客席で試合を眺めているよ」
トロナツは、それ以降のクオンの問いに答えることがなかった。クオンは少し苛立ちながら、別のことを考えることにしていた。
* * *
ココア、迫がある言葉は、ロウに似ている。旅をしている以上、いつかどこかで出会うだろう。そして俺はロウに勝ちたい、ここで躓いてるようでは、一生勝てないな。
──勝とう、優勝しようこの大会で。
クオンから決意の言葉が零れた。
◆ ◇ ◆ ◇
──鳥ポケモンだろうか、羽ばたく音が部屋に聞こえてきていた。クオンは、目を覚まし、カーテンを開けると、心地の良い日差しが肌に刺さった。
太陽のように自分の沈んでいた気持ちを浮き上がらせてくれる、元気が湧いてくる。
まぶしい朝日に照らされて、目を覚ましたのか、クオンの後ろからガバイトがよろよろと歩いてきた。
「おはよう、ガバイト」
──支度を整えてクオンは、ふと窓からぼんやりと映った会場を見ていた。今日で優勝者が決まってしまうのかと考えて、隣にいるガバイトを見ると、目が合う。
「絶対に優勝しよう」
クオンは、そう言いたくなった。
「おはよう! クオン」
ポケモンセンターの入口でトロナツとカイズが待っていた。
「俺、優勝目指そうかな」
会場に向かっている途中、クオンが呟く。
「俺は優勝しか、眼中になかったから、ライバルだな」
その呟きを聞いて直ぐにカイズが突っかかっていた。
「そうだな!」
「そういえば、昨日買い過ぎて"ゴンべの満腹焼き"が2箱開けてないんだけど、良ければ2人食うか?」
「──買い過ぎだよ」
そんなツッコミを入れつつ賑やかな会話をして3人は会場へと向かっていた。
『───いよいよ3回戦が始まるぞ、この日まで勝ち残った8人は持てる力を発揮してくれよ!』
この日もジムリーダーのユウバは、観客席から冷ややかな視線を向けられながら、堂々とマイクに向かって声を出す。
「じゃあ、言ってくるよ」
クオンが試合場へ向かっていた。それを見送ったカイズが"チョコナナ"を食べながらセトントを睨む。セトントはというと、準決勝の相手になると思われるココアを見ていて、カイズを見ようとしていない。
「このやろう」
カイズの口から火の粉が飛ぶ。
「セトントさん、カイズさん、こちらに来てください」
カイズは手に持っていた数本の"チョコナナ"を一気に平らげ、絶対に勝つと心に誓い、試合場へと向かう。セトントはワカシャモを、カイズはレアコイルをボールから出した。
『──試合開始!!』
「レアコイル! "エレキフィールド"だ!!」
レアコイルがいる地面から微量の電流がフィールドを駆け巡っていた。エレキフィールドとは『でんきタイプ』の技の威力を上げる効果を持つ。カイズは火力戦を狙っているのかと、セトントは警戒する。
「ワカシャモ、"きあいだま"!」
「レアコイル、"でんじほう"!!」
互いに巨大な塊を目の前に出し、それを放つ。大きさは互角であったが、『でんきタイプ』であったレアコイルの"でんじほう"はワカシャモの"きあいだま"を容易く消し去る。
「ワカシャモ、"まもる"」
攻撃を防ぎ、ワカシャモは攻め立てる。
「レアコイル、"ほうでん"!」
レアコイルの周りに電流が走り、ワカシャモは少し掠った。明らかにカイズは持久戦を狙っていた。この試合、快勝することしか考えていなかったセトントは、予期しない苦戦を強いられて、少し腹を立てていた。
「ワカシャモ! 再び攻め込め」
ワカシャモの特性、『かそく』の素早さを踏まえて、セトントは速めに指示を放つ。
「レアコイル、"ほうでん"!」
しかし、ワカシャモは高く飛び上がる。"ほうでん"の範囲から外れていて、セトントが"ほのおのパンチ"を指示する。
「レアコイル、"でんじほう"!!」
空中で身動きの取れないワカシャモに"でんじほう"を放つが、ワカシャモの少し隣を通り過ぎる。地面へ足をつけると同時にワカシャモは、レアコイルに燃える拳を振り下ろした。
「手間を取らせやがって!」
セトントは、倒れこんだレアコイルを見て勝利を確信する。気を落ち着かせるために目を閉じ、深呼吸をした。セトントが目を開けると、ワカシャモが倒れている。
『ワカシャモ、戦闘不能!』
彼には何が起きたのか分からなかったが、冷静に物事を整理し、1つの可能性が浮かび上がる。
「──"でんじほう"」
そう、ワカシャモを通り越して、上空へ飛んで行った"でんじほう"の勢いが弱まり、落下してきた位置が偶然にもワカシャモの頭上だったのだ。
───試合が終わって、2人が会場内に戻った。
「──今回は、引き分けにしよう! "でんじほう"がたまたま当たって勝っただけだし」
落ち込むセトントに、戸惑う様子を見せながらカイズが声をかけた。
「何が引き分けだ! あの時に攻撃していれば僕の勝ち、負けは負けだ!」
セトントは、そんな言葉を言い残し、会場の外へ走り去っていった。