ポケットモンスター モノクローム   作:ラフィオル

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第13話 アブソル

 ──テンガン杯決勝戦、勝ち上がった2人のトレーナーが優勝という栄誉を巡って争い、最後の勝ち負けを決める。外の屋台には人の気配はなく、闘気を高めさせるような夕日が差し込む会場内には、たった2人だけがその時を待つ。──脇役は観客席に集まった。

 

「──聞きたいことがあるんだけど、そのアブソル、なんというか、得体の知れないオーラを感じるんだ。何なのか知らないか?」

 

 この静けさ、2人だけの空間となり、改めて感じるアブソルの不気味さ、迫力。クオンは、どうしても確かめたかった。

 

「私は、カンナギタウン出身なんだけど、このアブソルは有名だったの」

「有名?」

「──死ぬ瞬間が分かるって言ったら、貴方は信じる?」

「────!」

 

 その言葉にクオンは凍り付く、これ以上聞かない方がいいと肌で感じていた。

 

「ココアさん、クオンさん、こちらへ来てください」

 

 ──いよいよだ、この試合、絶対に勝ってみせる。

 

 ◆ ◇ ◆ ◇

 

 ───決勝戦、あと1回勝てば優勝だ、なんて思っているトレーナーは、たどり着けない。例えるならそこは、神聖な領域。あと1勝、ではなく、絶対に勝つ。負けという言葉が存在しない空間。結局は、どちらかが負けるのではあるが。

 

 そんな空間の外側は、例えるなら準決勝とか、それ以下の空間だろう。

──2人、2匹からは、"音が聞こえない空間"、それだけ集中してるとは、また違う。この試合場に、この決勝戦にいることを忘れているのかもしれない。そう、いつものバトルをするように。───そんな中、1つの音が響く。

 

『───試合開始!!』

 

 ──ガバイトが攻めかかる。クオンは"きりさく"を指示し、ガバイトの両方の爪は、白く光る。それに対してアブソルは待つ、暗黒なオーラを放って。

 

   * * *

 

 負ける。その言葉を言ったら、本当にそうなるような気がする。ガバイトを、アブソルを、秒速の思考は、絶やさない。

 

 ──ガバイトがアブソルの間合いに入る。ここが最初の分かれ道。

 

 その攻撃は、アブソルの顔面を掠れる。

 

「アブソル、"つじぎり"」

 

 ガバイトは反応する、片方の爪にアブソルの角が当たる。しかし、ガバイトはそのまま吹き飛ばされた。空中で体の向きを変え、受け身を取る。

 

 アブソルは、その場を全く動いていない。その行動にクオンの顔が強張る。追撃をあえてしないのかと。

 

「アブソル、"つるぎのまい"」

 

 攻撃力が増し、アブソルは少しずつガバイトに近寄っている。攻めてくる相手に隙あれば反撃する動きだった。

 

「ガバイト、"りゅうせいぐん"」

「アブソル、"ストーンエッジ"」

 

 アブソルは足を止め、空を見て構えた。──自身へ向かってくる隕石が当たる、その一歩手前でアブソルは技を出す。地中から刃のように尖った多くの岩が現れて、無数の隕石を容易く砕く。

 

「アブソル、"サイコカッター"」

 

 アブソルは、目の前に白紫の刃のようなものを出し、放つ。尖った岩を貫通させ、ガバイトへ向かわせた。辛うじてガバイトは避ける。まともに受けていれば、大きなダメージでは済まされないだろう。

 

 ───クオンは、アブソルを見つめた。

 

 本当に攻めてこないのが唯一の救いだ、技の威力と気迫は、今までバトルした相手の中でも、群を抜いて強い。俺はこの怪物に勝てるのか。

 

「──いや、俺じゃないな、"俺たち"か」

 

 クオンは、ガバイトに"ドラゴンクローを指示する。臆することなくガバイトは、一気にアブソルへと近づき、渾身の力で両腕を振り下ろす。───ガバイトの攻撃は、地面へと刺さる。ここが狩り時、そう言わんばかりにアブソルが、"つじぎり"を構えていた。

 

「まだ負けていない!」

 

 ガバイトは、爪が地面へ刺さっていながらも、両腕の勢いは止めていなかった。

 

 爪が地面から抜け、ガバイトは空中で宙返りをしていて、アブソルの角は空を切る。ガバイトの視点では、地面が上にあり、アブソルの背中が目の前に見えていた。ガバイトは、"ドラゴンクロー"をアブソルに食らわせた。

 

 ──今大会、初めてアブソルが倒れた。この時、本当に試合場は静かになる。アブソルが攻撃を受けることは、誰も予想していなかったのだろう。

 

 急いでアブソルから距離を取っていたガバイトは、様子を伺う。

 

 ──試合場が静かになっていたのは、もう1つ理由があった。

 

 そこまで大きなダメージではないはずなのに、アブソルは状態異常になったかのように、酷くふらついていて、肩で息をしていた。

 

「アブソル、とりあえず目を瞑って! "つじぎり"を構えていて!」

 

 焦った様子でココアは指示を出す。バトルはまだ続いている。

 

「ガバイト、攻め立てろ!」

 

 "きりさく"を構え、アブソルへ近づく。間合いに入りガバイトは、光る爪で攻撃する。クオンからは、ガバイトがアブソルに攻撃を当ててるように見えていた。

 

 ──攻撃を終えたガバイトは、アブソルから一気に距離を取る。ガバイトの表情は、どこか違っていて、あの攻撃が当たっていなかったのかとクオンは考えていた時。アブソルが角を大きく振りかぶって、低い衝撃音を会場に響かせていた。

 

「──技の威力、回避力が上がってるのか」

 

 クオンは、一回見ただけで分かっていた。今まで力を抑えていたことに恐怖さえ感じた。しかし、それは勝敗には関係ない。

 

 クオンは、ある言葉を思い出していた。

 

『このアブソルは大人しい性格で持久戦が苦手だけど、相手の動きを読むことは、とても優れているから──』

 

 ───この言葉が本当なら、勝機がある。

 

「攻め続けろ! ガバイト!」

 

 クオンの声を聞き取り、ガバイトの動きは鋭くなる。逆にアブソルは、閉じていた目を開き、歯を食いしばりながら攻撃を受け流し始めていた。

 

「ガバイト、"ドラゴンクロー"!!」

 

 ガバイト渾身の"ドラゴンクロー"は、アブソルの体を吹き飛ばした。

 

『──アブソル、戦闘不能!!』

 

 優勝者が今、決まる。

 

「───勝ったのか?」

 

 会場の空に、大きな花火が打ち上げられて、クオンは目を覚ます。花火の音と同じくらいに観客席からは、盛大な拍手喝采が聞こえていた。優勝したという実感が湧いてくる。この喜びを隠しきれない。クオンはしばらく、試合場で立ち尽くしていた。

 

「優勝、おめでとう」

 

 ココアがそう告げた。

 

 朝から分かってた、感じていた、アブソルに勝てる気がしないと。──それは嘘じゃないか。

 

 面白くない夢を見ていたんだなと、クオンは思っていた。

 


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