第15話 クロガネシティの小説家
『クロガネシティ』
ここは昔は緑が少なかったという。街中は白いコンクリートが貼られ、両脇には大きな木々が並ぶ。町の北東側には観光名所である化石博物館、その反対側は人々が安らげる人工芝の庭園がある。南側に、昔は栄えていた炭鉱の跡地が今もしっかりと残されている。
この町のポケモンセンターの中、休憩所にある1つのテーブルの上には、真っ白な原稿が置かれていた。その原稿を見つめるドーブルと、ベレー帽をかぶり、茶色のポンチョを着ている少女が、鉛筆を咥え、頭を掻いていた。
「──ここから1文字も、書くことができないよー!」
少女は、シンオウ地方を渡り歩く小説家である。ポケモンの視点になって描かれる彼女の小説は、とても独創的であったが、その小説を手に取ってくれる人は少なかった。それをいつしか怖いと感じるようになり、鉛筆を震えて持つようになる。字が汚い、次にそう感じる。彼女は小説を書けなくなっていた。
全く書けないわけではなく、ほぼ真っ白な原稿には、微かに文字があった。
『ある場所に、一つの卵があった。卵からひびが入って、ポケモンが生まれてきた。生まれたポケモンが目を開けると、いろんなポケモンがこちらを見ていた』
この物語は、とある太古の時代に生まれた1匹のポケモンの話。
「ようやく、ついた!」
──ポケモンセンターの入口から2人の少年がやってくる。2人の名前は、クオンとトロナツ。この間に行われたヨスガシティの大会、テンガン杯を終え、ハクタイシティへ向かうべく、その途中にあるクロガネシティにやってきていた。
「意外とあっという間だったな、軽く休んだら向かおうとしていたけど、この町をしばらく観光するのもありかもな」
黒いリュックを背負った少年は、もう1人の白いニット帽を被る少年に、話しかけていた。
「それも、いいね!」
白いニット帽を被った少年の後ろから、よたよたとブイゼルがメモ帳と鉛筆をそれぞれ片方の手で持ち、何かを書いている。彼女はその光景に目を疑い、じっと見つめる。
ブイゼルは、2人にメモ帳を見せていた。
『おなかへた』
「お腹下手? これってどう意味だ、トロナツ」
「──多分、おなかが減ったってことかな」
そのまま2人は、休憩所のテーブルで食事を取っていた。
彼女は、ふと口に咥えていた鉛筆を手に取ると、怖くなかった。──あのブイゼルを見ていると、不思議と小説が書けそうな気がする。そんな考えが浮かんだ。
「ね、ねえ、そのブイゼルって人の言葉を知っているの?」
2人が食事をしていると1人の"少女"が現れていた。クオンは一瞬驚いたが、我に返る。
* * *
いきなり、変なタイミングで話しかけられて、少し驚いたけど、文字を書くブイゼルなんて、珍しがられるよな。
いつもガバイトとも仲良くしているブイゼルは、そこらでは見ることの出来ない、文字を書くブイゼルだと、クオンは改めて感じていた。
「簡単な単語を少しだけね」
トロナツのブイゼルは、日常的に使われるような言葉は大体把握していて、ポケモンが話していることを片言ながら、メモ帳に翻訳できる。──早口のポケモンは、察してほしい。
クオンたちは、ベレー帽を被る少女と、しばらく話をした。
彼女の名前は、アトリエ。ミオシティ出身の小説家であり、相棒のドーブルと共に、小説のアイディアを考えながら気ままな旅をしていた。
「──唐突かもしれないけど、2人の旅に私もついて行っちゃ、ダメかな?」
いきなりと言えるアトリエの言動に、2人は彼女を疑った。それも仕方がない。2人は、ブイゼルがいると小説が書ける、なんていうアトリエの考えを知らないのだから。
「少し考えてみるよ」
クオンがそう答えていて、トロナツとポケモンセンターの入口へ向かっていた。
「私は明後日の夜まで、ここで小説を書いているから、いつでも来てよ!」
アトリエは、入口にいる2人にそう言い放っていた。冷静になってアトリエは思う、何故ブイゼルに拘るのだろうと。あの2人と旅をしたいと強く思うのだろうと。──もしかしたら彼女は、"数時間後"に起こる、ポケモンの強い想いが多く交差する"とある出来事"を予知していたのかもしれない。
◆ ◇ ◆ ◇
ポケモンセンターを出て北側へ向かおうとすると、緩やかな上り坂が目に入る。クオンとトロナツは、その上り坂を歩いていると、とても大きな建物が見えてくる。
大きな大理石の建物があり、その周りにある多くの木々や低木が、その真っ白な建物をひと際目立たせていた。ここがクロガネ化石博物館。
クオンたちは、建物を眺めていると入口近くの低木から、2つのポケモンらしき影が見えていて、その2つ影は、博物館の中へと消えていった。
「ポケモンの姿、見えたか?」
「全然、小さな影だったけど」
博物館の入口は、出入り自由であり、ポケモンらしき影が中に入っていく前に、先駆けて入っていったトレーナーなどは、いない。野生ポケモンが中に入っていったのかとクオンは考える。
2人は、博物館の中へ入る。まず目に入ったのが植物で、太古の時代を思わせるようにあらゆる植物が不規則に、これでもかと置かれていた。点々と縦長のガラスケースが置いてあり、中には大小様々な化石があった。天井にはいくつものシャンデリア、奥の方には横に広い緩やかな階段。見慣れない風景が2人の思考を奪う。
「──ようこそクロガネ化石博物館へ、わたくし副館長のコールマと申します」
広々とした入口には、黒めスーツを着て、灰色の髪した紳士的な男性老人が立っていた。
「すみませんが、先程ここに野生のポケモンが入ってきませんでしたか?」
クオンが言葉を投げかける。
「そのようなポケモンは見受けられなかったです。ここに野生のポケモンがやってくることは、殆どないですので、是非ゆっくりとご観覧ください」
確かに博物館の中へ入っていくポケモンの影を見ていた2人ではあったが、そこまで気にすることではなかった為、展示物を見て回ることにした。
博物館内は1階と2階があり、今2人がいる場所が中央ホール。そこから東側と西側があり、1階片側の展示物を軽く見るだけで数十分かかる。2階の東側は、化石に関する本が色々と置かれた図書室があるようで、2人はそこへ行くことにした。
その部屋へ向かう為の通路にも、不規則に置かれた植物、化石が入ったガラスケースが点々と置かれている。
「──こんな博物館、初めて見たよ」
トロナツが静かに呟く。歩きやすいように置かれているものの、規則正しくなく置かれた展示物や植物は、独創的なアートとも言えるものだった。しかし、2人は不思議と不快にはならない。ガラスケースの中の化石が生き生きとしているように見えていたからだ。
2人は、沢山の本が置かれた図書室にたどり着く。入口からここまで10分以上が経っていた。どうしてポケモンは化石なったのかという本から、あらゆる化石に関した資料本までの本があった。多くの本棚が並ぶ、その室内の中心には1つのガラスケースが置かれていた。中には、花のような形をした化石である。
「君たち、化石に興味があるのかい?」
奥の方で本を読んでいた男性が、クオンたちに気付き、やってきていた。