少し時間を遡る。クオンとトロナツが小川で2匹と出会った時あたりまでだ。
その川の上流は207番道路。
クロガネシティからサイクリングロードまで続く、緩やかな上り坂がある道路だが、右へと逸れると荒々しい地形に変わり、テンガン山が直ぐに見えてくる。テンガン山までの一本道以外の凸凹とした地形は、人が寄り付かず、主に"かくとうタイプ"の野生ポケモンの修行の場である。また、シンオウ地方では数少ない地熱地域である為、"ほのおタイプ"の野生ポケモンもちらほら見かけられる。
「おい! ニット帽の兄ちゃん、俺らの縄張りに何か用か?」
素行が悪そうな男がニット帽を被る青少年を睨む。
「ちょっと、1人になりたくて、人が居なそうな場所を歩いていたんですが、"皆さん"はここで何を?」
人が寄り付かないの地形にやってくるのは必ずしも野生ポケモンだけではない。ここは、ならず者たちが集まっている場所でもあったのだ。
「いけ、ルカリオ」
ニット帽を被る青少年は、灰色のボールをポケットから出し、その中から活発で陽気そうなルカリオを繰り出していた。
「──用があったのはお互い様です」
◆ ◇ ◆ ◇
少し離れた場所で、ならず者たちが慌ただしく集まっていた。全員の視線の先には、黒色のシャツを着て、黒いタオルを頭に巻き、赤い手袋を身に着ける大柄な男がいて、周りからはボスと呼ばれている。彼の名前は、サメ。
「たった1人に何人やられているんだ!」
「それが、ボス! 奴はとんでもなく強いんすよ」
「そうそう、勝ち目がまるで見つからねえ! 仲間が逃げ腰になるのも仕方がないっす!」
青少年とルカリオは、次々と向かってくる下っ端のポケモンを数秒かからずに打ち負かし、進んでいた。
「下っ端がよく言っていたボスとは、貴方のことですかね?」
大きめの黒いニット帽をかぶった背の高い青少年、大衆を見て丁寧にお辞儀をするルカリオがサメがいる場所へたどり着いていた。
「──待て、俺が出る。これ以上部下が負ける様を見たくないからな!」
サメが青少年の元へ歩み寄る。
「俺はサメって言うんだ、おめえの名前はなんだ?」
「グレイ団のヒューマと申します」
「そうか」
サメは無言でポケットから1つのボールを目の前に投げ入れる。ボールからはクリムガンが現れていた。これ以上語ることはないという意思表示のような行為であろう。
「クリムガン、"ほのおのパンチ"!」
「ルカリオ、"コメットパンチ"」
2匹の拳がぶつかり合った。しばらくすると、ルカリオが徐に拳を緩めていて、クリムガンは拳を抱えて倒れこんでいた。クリムガンは、そのまま立ち上がろうとしない。
「ルカリオ、何をしている? 早く決着をつけろ」
ヒューマの声を聞き、ルカリオは倒れるクリムガンへ寄って、拳を振り上げる。
「もう決着はついてる。俺の負けだ!」
急いでクリムガンをボールへ戻し、ヒューマの顔を睨んだ。
「一体、何が目的でここへ来たんだ?」
単なる八つ当たりだけが目的ではないとサメは感じ、ヒューマに問いただす。
「──今から2つの選択肢を言う。お前たちはどっちがいいか選んでくれ。1つ目は、お前たちのポケモンを全て頂く、2つ目は、俺たちと"あること"を協力するかのどちらかだ」
「───あることってのは?」
「野生のポケモンを大量に捕まえて、クロガネシティの化石博物館を派手に荒らしてくれればいいだけさ」
「──そう言って、俺たちを警察の的にさせるつもりじゃないんだろうな」
「疑うのなら好きな時に逃げればいい、俺は野生ポケモンを大量に捕まえてくれるだけの人材としか見ていないから安心してくれ」
◆ ◇ ◆ ◇
更に時間を大きく遡る。クオンとトロナツがまだ出会っていない頃、クロガネシティのポケモンセンターで1人の少女が鉛筆を咥え、目の前のテーブルの上には真っ白な原稿が置かれていた。そう、彼女の名前は、アトリエ。小説のネタを考えるためにクロガネシティに滞在していた。
「ドーブル、いくら私が書こうとしないからって、その紙にお絵描きしちゃ駄目だからね」
ドーブルは真っ白な原稿を見つめていた。
(絶対に、このテーマで小説を書いてやるんだから!)
アトリエが決めていた小説のテーマは、『太古の時代のポケモン』であり、それら関連の小説を作ると心に決めていた。しかし、物事はそう上手くはいかなかった。
アトリエは、近くにあった雑誌を手に取った。そこにはヨスガシティで行われるテンガン杯という大会のことが詳しく記載されていた。
「向こうのヨスガシティでは、一か月後にテンガン杯が始まるのか。──そっちに行って白熱する試合を眺めれば、何か小説が書けるかなって、駄目だ」
どうしても小説に熱が入らない自分がいることが嫌いで、克服する為に、この町に留まっているのが理由の1つである。もう1つは、些細な理由であった。
「朝早くなら書けるかな思ったけど、やっぱ変わらないな。博物館に行こう」
アトリエは、毎朝化石博物館へ向かい、展示物を眺めることが日課になっている。軽い運動と、小説のテーマである"太古の時代のポケモン"への意識を高める為にであった。時折、何の為にと思いながらも、博物館の全ての展示物を眺める。──最後に眺める展示物はいつも決まっている。
長い廊下を抜け、広い大部屋に1つ大きな展示物が置いてある。彼女が最後に見る展示物は"赤いひみつのコハク"であった。
* * *
いつも思う。この展示物だけ、毎日見ても新鮮な気持ちになれる。
毎日のようにアトリエは、生きているはずもない展示物の化石たちに語りかける。時折、人に見られて恥ずかしくなりながらも、よく考えれば無意味な行動だと思いながらも、アトリエは、口を閉ざすことはない。
「──ドーブルだ! 珍しい!」
その声にアトリエは振り返ると、少年少女の2人がいた。彼らの名前は、コノミとフウト。
(そういえば、ドーブルってシンオウ地方に、いないポケモンだっけか)
──シンオウ地方に生息しているポケモンの種類は、約100年前より遥かに多い。主な理由としては、各地方まで広がった『ちかつうろ』が原因だとされている。
『ちかつうろ』
昔はシンオウ地方全土の地下に広がる場所とされていたが、今は各地方まで広がっていて、その殆どが野生ポケモンの住処になっている。一部の通路が開拓され、大規模な地下鉄となっている。
「──もしかして、貴方、小説家のアトリエさんですか?」
コノミの一言にアトリエは驚く。いくら小説を出版しているとはいえ、無名である自分の名を呼ばれるとは思いがけないことであった。
「──そうだけど」
「やっぱり、何処かで見た顔だって思っていたからさ」
2人はヒノキア博士の助手で、博士に進められてアトリエの小説を読んだことがあると話す。
「博士はポケモンの性格の違いについて研究しているからな、ポケモンの心境を書く小説に関心があったんだろうな」
ヒノキア博士はポケモンの性格の違いを、アトリエはポケモンの心境を、2人は似通うところがある。
「博士に一度に会ってみたらどうだ?」
現在ヒノキア博士は、ハクタイシティで"ちかつうろ"に住む野生ポケモンの調査をしているとフウトは話していた。