"たてのカセキ"という大きな収穫を得たクオンたちは、化石博物館へ戻ってきていた。入口では副館長のコールマが待っていたようで、真っ先に2匹に駆け寄っていた。
「──ロコン、また泥だらけになって、こっちにおいで」
コールマは水道ホースを持ち、蛇口を捻る。したり顔をする泥まみれのロコンの頭に水をかけていた。その間にノネトが"たてのカセキ"を博物館の中になる復元装置に入れた。
クオンとトロナツは嬉しそうに水浴びするロコンを眺めていた。
「本当にロコンは水が好きなんだな」
「そうだね」
どこかぼんやりとしているトロナツは、静かに言葉を返した。
「明日くらいまでには、化石からポケモンが復元されていると思うから!」
復元には時間が掛かる。クオンたち3人はポケモンセンターへ戻ることにしていた。ロコンとコジョフーも帰るようで、トロナツとブイゼルが見送っていた。
クオンはあることに気付いた。片手を振るブイゼルのもう片方の手には手提げカバンの中にある手帳を持っていて、開いている。うっすらと見開いた頁を見てみると『しらないよ』という文字が書かれていた。
(トロナツ、あの2匹と何か会話をしていたのか)
──3人はポケモンセンターへ戻ってきた。
「今日は疲れたし、早めに寝るよ」
戻ってきた早々トロナツが2人にそう話し、部屋へと1人向かっていった。
「珍しいの? そんな浮かない表情をして」
トロナツが部屋へと向かう様子を見ていたクオンが、考え込んでいるのを見て、アトリエは声をかけていた。
「なんか、いつもと違って、元気がないんだよな」
「──悩み事とかかな、考えても仕方ないよ」
「俺たちで解決できないのかな?」
「悩みたいときって誰だってあると思う、トロナツは今その時なんじゃないかな」
アトリエは手元のコーヒーを口にする。
「今日も書くぞー!」
何処か嫌々した表情でアトリエは鉛筆を持って、原稿を睨んでいた。クオンは静かに席を立ち、トロナツと同じ部屋へ向かった。扉を開けると部屋は暗く、トロナツがベットで寝ているようだった。クオンも他にやることもなかったので、迷わず床に就いた。
「──起きてる? クオン」
クオンがしばらく眠れずにしているとトロナツの声が聞こえてきた。
「起きてる」
「話したいことがあるんだけどいいかな」
「いいよ」
トロナツは化石掘りでノネトと話したこと、『前の館長は亡くなっている』ことを話し、あの時の2匹との会話のことを話し始めた。
「──あの時、2匹に話したことは、前の館長さんを知っているかどうかだったんだ」
「それで、"しらない"って答えられたってことか」
「──見ていたんだ、なら簡潔に言うよ。僕の推測だけども、あの2匹はどういうわけか知らないけど、まるで自分たちが前の館長さんを殺したって思ってるかもしれないんだ」
「自分を責め続けてるってことか」
「僕はもう2匹を見ているだけで辛くなる。──何とか出来ないかなクオン?」
徐々に泣きながら話す声がクオンには聞こえていた。これは嘘ではないとクオンは確信する。トロナツは共感力の高い人間なんだとクオンには伝わっていた。そして、トロナツの問いに答えられずにいた。
◆ ◇ ◆ ◇
───この日の夕方、クロガネシティから西の方角にある洞窟、クロガネゲートでは、多くのならず者たちが見たこともないボールで野生ポケモンを大量に捕獲する姿が目撃された。
「ボス! こっちの方では、20匹程捕まえたっす!」
「20匹は少ねえな! アイツの言った数には全然足りねえ!」
「了解っす! ボス」
クロガネゲートにはズバットやゴルバットなど夜行性のポケモンが住み着いていて、見つけ次第にボールを投げていた。
「にしても、このボールの性能を聞いたときは震えたな。世の中には本当にこういったボールが存在するんだな」
「どんな性能なんすか?」
「アイツが言うには"明日"が決行日だ、早くポケモンを捕まえろ!」
「──ボス! 洞窟の入口から2匹のポケモンが!」
「ああ! 野生ポケモンだったら捕まえろ!」
入口に現れた2匹のポケモンは、ロコンとコジョフー。
「待て! やっぱ俺が確かめる!」
ボスと言われる男はポケットからボールを出し、中からクリムガンが現れた。ロコンを押しのけて、コジョフーが前に出る。コジョフーは勢いよく駆け出し、クリムガンの体を掴むと手から衝撃波を放っていた。だがクリムガンはびくともしない。
「クリムガン、"ばかぢから"!」
咄嗟にコジョフーはクリムガンの背後に回り込む、尻尾を掴み投げ飛ばそうとしていたが、なかなか持ち上がらない。コジョフーはクリムガンの足元を見て気付く。クリムガンは、片足を地面へ突き刺していた。
「振り払え!」
クリムガンは掴まれている尻尾を勢いよく振る。振り払われたコジョフーは壁にぶつかって倒れる。
「後は任せたぞ」
灰色のボールを構えていた1人が倒れているコジョフーに近づくが、真横から炎が飛んできて、ボールを持った男は驚いて尻餅をついた。炎が消えて、倒れたコジョフーの前には牙を向けるロコンの姿があった。
そして、洞窟の中が急に明るくなる。
「コイツ、隠れ特性か!」
ロコンの隠れ特性、『ひでり』は、場に出ると日差しが強い晴れの天候にすることが出来る特性。この天候で、"ほのおタイプ"の技の威力が上がり、"みずタイプ"の技の威力が下がる。そして、特定のポケモンが強くなれる。
「俺のクリムガンは、どこぞの野生ポケモンに負けるほど、弱くねえ!」
日が沈み、洞窟内だけが明るい夜。火花が散るような激しいバトルが行われていた。
「クリムガン、ドラゴンクロー!」
背中に倒れたコジョフーを気にしてか、ロコンはクリムガンの攻撃をまともに受けてしまう。体勢を上手く立て直せないロコンに無慈悲にもクリムガンは攻め立てる。向かってくるクリムガンに、ロコンは口から渾身の炎を吐き出した。しかし、それはクリムガンの横を通り過ぎ、洞窟の天井に当たっていた。
「──後は任せたぞ!」
そう言って、男は振り返り、ふと天井を見上げる。炎が当たった場所であろう天井部分に大きな亀裂が出来ていた。
「まさかな」
もしかしたら、あのロコンは初めから勝ち目がないと考え、洞窟を崩落させて、その隙にコジョフーを連れて逃げるつもりだったのではと考える。
(考えすぎか、だが、もしそうなら、見た目に反してかなりの無鉄砲さだな)
「───どうだ、順調に進んでいるか? サメ」
「ようやくあと少しってところだ、ヒューマさんよ」
ボスと言われていた男、サメは、ヒューマに山積みになっている捕獲済みボールを見せる。
「──今回の作戦を教える、相手にはジムリーダーもいるから、気を付けてくれよ」
ヒューマから聞かされた作戦の全容はこうだった。明日の深夜、化石博物館にサメたちが捕まえたポケモンを使い、正面から突入する。その隙にヒューマは、2階西側に忍び込み、"赤いひみつのコハク"を奪い取る。そして、火災を起こし、混乱に乗じて逃げるというものだった。