ポケットモンスター モノクローム   作:ラフィオル

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第2話 ゴウカザルとガバイト

 ラクは、ゴウカザルに"インファイト"を指示、そして煙を見続けた。

 

 ──足音は聞こえない。この大量の煙に紛れて、ガバイトは必ず現れる。

 

 まだか、まだなのか。

 

 あらゆる可能性を脳内でコマ送り動画のように予測し、唯々時間が過ぎていく。徐々に少なくなる煙を見て、ラクの頬から汗が垂れる。

 

 

 ───煙は晴れた。そこには何もいない。地面を掘ったような形跡もなく、ガバイトはどこかに消えていた。

 

「ガバイト、"りゅうせいぐん"!」

 

 声を聞き、ラクが上を向くと、無数の隕石と空中に漂うガバイトの姿があった。

 

 ──クオンはあることをしていた。

 

 煙が消えかけるタイミングを見計い、技を使いガバイトを空中に、煙が晴れ地上にいるゴウカザルを、ガバイトが目視した瞬間に"りゅうせいぐん"を指示。

 この一連の流れは、少しのミスさえ許されない。失敗した瞬間、ゴウカザルの"インファイト"を受けることになっていただろう。

 

 隕石はガバイトを追い越し、ゴウカザルに襲い掛かる。ゴウカザルは多くの隕石を避けられずに被弾した。

 

『ゴウカザル、戦闘不能!』

 

 ──負けた。

 

 バトルフィールドの周りにいる多くのトレーナーたちは、思わず大歓声を上げていた。

 ──いつもゴウカザルの力に頼っては、勝ち続けていた。

 僕が求めていた強さに負けた、泣きたいくらい悔しいのに。

 

 試合に勝ったクオン、負けたはずのラクにも大きな拍手が送られていて、ラクの悔しさは、まるで煙のように消えていた。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 空は青紫色に染まり、道路脇にある街灯が光りだす。時刻は夕食頃の時間。ヨスガシティの中心部に、とある飲食店があった。ここに訪れた者は、温かなスープを口にし、英気を養い明日に備える。色鮮やかなポフィンなども置いてあって、ポケモントレーナーたちにも、人気の店である。

 

 クオンは、ラクに連れられてこの店にやってくる。中へ入ると、4人くらいで囲めるテーブルが所狭しと置かれている。誰が見ても、店の回転率を上げることしか考えていないと思えてしまう作りだ。

 クオンが席に着くと、テーブルの上には、華やかな料理が並び、赤や青、黄色に緑など彩りよく、滑らかで平たい丸の形をした料理が最後に置かれた。テーブルの上は、例えるなら絵画のようである。

 

「これはポフィンだよ、ポケモンが好んで食べるお菓子なんだ!」

 

 ポフィンとは、辛味、渋味、甘味、苦味、酸味の五種類ある"きのみ"の味を上手く使い、作られるお菓子である。

 

 二人は、ガバイトとゴウカザルをボールから繰り出す。二匹は、目の前にあったポフィンを見つめる。何か見つけたようにゴウカザルは、赤いポフィンを手に取る。美味しそうに頬張るゴウカザルを見て、ガバイトは、徐に青いポフィンを手に取った。

 

「クオンって、ジムバッジをいくつ持っているの?」

 

 

 

『ジムバッジ』

ポケモントレーナーとして、知らぬものなどいない、この言葉。

各地方には、8人のジムリーダーがいて、挑戦し、勝利すると貰える証である。

8人のジムリーダーを打ち倒し、ジムバッジを8つ集めたトレーナーは、その地方のポケモンリーグの挑戦資格が得られる。更に、ジムバッジを8つ以上持つトレーナーは、治安維持を目的とするトレーナーから、その高い実力と信頼性を買われて、その場で捜査協力を頼まれることがある。多くのトレーナーは、それらに憧れ、挫折する。

 

 

 2人で試合のことを振り返り、話し合っていた際に、ラクはクオンにそう言った。

一見、他愛もない問いなのだが、クオンの表情は硬くなる。

 

   * * *

 

 ラクはジムバッジを2つも持っているのか、道理で強かったわけか。

 ───こんなにも美味しい料理がある店に案内されて、熱いバトルの礼だと言う彼に、いつもなら、軽く口走っている"この嘘"は、つけないな。

 

「1つも持っていないんだ」

 

 クオンは、高みを目指すことを諦めたトレーナーである。

 バトルをした後に相手から、ジムバッジの数を聞かれることがあったが、5個、4個と適当な数を言っていた。

 

 こうなることを予測するべきだった。

 

 クオンは、後悔していた。

 

   * * *

 

 あの実力で、バッジを持っていない。僕のゴウカザルは、バッジを7つ持っていたトレーナーのエースポケモンに勝ったこともあるんだ。

 

 当然だが、ラクは動揺する。

 いくらゴウカザルが連戦で疲れていた、と考えた場合でもだ。

 脳裏に焼き付いた試合は、駆け出しのトレーナーを相手に、ジムリーダーが消化試合をやっているようなもの。己の実力が、そんなものだと思えてしまい、彼の感情が高ぶった。

 

「そんな実力があるのに、ジム巡りの旅をしていないのは、もったいないよ!」

 

 気付けば、怒り任せに言葉を放っていた。

 聞いた彼の表情は、ピクリとも動かない。

 

 この瞬間、興味がないとか、強くなくてもいいとか、そういうものではない何かだと、ラクは感じていた。

 

 

「──若いうちに、多く失敗していた方がいいものだ、少年!」

 

 2人がいる席に、藍色のスーツを着た中年男性が立つ。

 大の大人が盗み聞きをしていて、子供の輪の中に入るのかという状況に、2人の思考は停止した。

 

「ズイタウンに強そうな"ブイゼル"を連れている、白いニット帽をかぶったトレーナーがいて、君と似たようなこと言う少年だった。ジム巡りに興味がないとか、とりあえず一度会ってみたらどうだ?」

 

 男性は、そのまま彼らの声に、耳を貸すことなく、店から出て行く。酔った拍子で話す内容ではないからこそ、その言動が不気味に感じていた。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 2人が店から出るころには、辺りはすっかり暗くなっていた。柔らかな色合いの街並みから、陽光を奪えば、こんなにも不安な気持ちにさせるのか。

 

 街灯を頼りに2人は、208番道路の入り口にやってくる。

 

「今日は本当にありがとう! またどこかで会えれば!」

 

 ラクは、今からハクタイシティを目指し、ジムに挑戦するつもりだと、クオンに告げて、歩いていく。クオンには、そんな勇ましい背中と、遠くにあるテンガン山がぼんやりと見えていた。

 

 クオンは、ふと後ろにある案内板を見つめた。

 

「──とりあえず、か」

 

 ずっと目的のない旅を続けるつもりだった。

 

『君と似たようなこと言う少年だった』

 

 あの時の言葉、どうしても引っかかる。

 

 ──ズイタウンに行くのはこれで何回目だろうか。

 ヨスガシティとトバリシティの道中にある小さな町に、自分と似ているか。

 そのトレーナーに、期待なんてしていない。自分の気持ちは、きっと変わらないだろう。

 


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