クオンとソノルナがロウを探し回り、ジムの方へ歩いていると、入口にテンガン杯でワカシャモを使っていたトレーナー、セトントが立っていた。
「なぜ勝てない!」
セトントは、苛立った様子で声を上げる。
セトントは幾度となくジムに挑戦していた、タイプ相性では有利なはずのワカシャモを持っていたとしても、繰り返し敗れていた。本来ならば、タイプでの不利有利は勝敗に大きく左右されるもの、セトントが苛立つのも無理はない。
「セトント?」
クオンがセトントに声をかけた。
「ああ、カイズと一緒にいたトレーナーか、何か用?」
「いや、用はないけど、この町にいたんだって」
「そんなことか、そうだよ、この町で3つ目のジムバッジを手に入れるつもりさ」
「──そうなのか」
「ジム戦は1日1回までっていう決まりだからな、僕は今負けてしまったよ、君も今日の分の挑戦を早めにしてたらどうだ?」
「いや、俺たちは別な用事があるから、後にしておくよ」
セトントと別れてクオンたちは南東側でロウを探す。ここら辺は高層建物が密集していて、人が多く、とても狭い路地もいくつかあり、見る箇所が多い。この町で最も、人が隠れるにはうってつけの場所ではあるが、同時に最も、人が溢れかえっている場所でもあった。
──少し経ち、探し疲れたクオンとソノルナは1つのベンチで休息を取っていた。すると強い風が吹き、ソノルナのマフラーが飛ぶ。
クオンは会った時から思っていた事があった。白いパーカーに今飛ばされた灰色の厚手のマフラーを彼女は身に着けている。暑くないのかと思っていしまう。しかし、クオンはそれを口に出すことはなかった。
そして、こういった厚着のトレーナーを、クオンは昔にも見たことがあった。
記憶の中、アブソルのトレーナー以外で、今までバトルした中で1番強かったトレーナーはと尋ねれば、浮かび上がってくる『デンリュウ使いのトレーナー』であった。
* * *
確か、"リッシこのほとり"で出会ったっけ、その前に勝負を仕掛けられた何人かのトレーナーたちを束ねるリーダー的な存在で、1匹だけのバトルだったけど、強かった。
「──そろそろ、写真の男を探さない?」
ソノルナがクオンに声をかけていた。
「──ああ、分かった」
狭い路地を少し眺めながら、大通りを2人は歩く。懸命に探すもロウの姿はなかった。
──2人は更に東へと向かう。建物もなくなり、ちょっとした岩場が見えてきていた。すると、クオンが持つボールが動き出し、ガバイトが出てきた。
クオンは、周りを見渡してようやくその理由に気が付く。ここは、クオンとガバイトが初めて出会った場所であった。
「──ガバイト」
ボールから出てきたガバイトを見てソノルナは、そう口走る。彼女はガバイトを使うトレーナーを見ると、あることを思い出す。
──ソノルナは、元々強い兄に惹かれてポケモントレーナーなった。その兄は、同期の仲間よりも倍の速さでジムバッジを集めていて、シンオウ地方では有名なトレーナーグループ、"金剛石の集い"、"白真珠の集い"の2グループから目をつけられていた。
『金剛石の集い、白真珠の集い』
シンオウ地方でその名が知られているトレーナーグループである。2つとも同じく、強いトレーナーたち集まりであり、2つの勢力は拮抗している。その大人数のグループを仕切っているトレーナーの多くは、ジムバッジを8個以上持ったトレーナーで、その者から認められて、グループに入れるようになっている。
しかし、ソノルナの兄は2つのグループに入ろうとはしなかった。その理由は分からないが、彼はおそらくジムバッジを8個集めることよりも、大きな目標を抱いていたのだろう。
それは、ソノルナも知ることなかった。そして確かめることも出来なくなっていた。今の兄はポケモントレーナーではない。
『ガバイトのトレーナーに負けて、気が楽になった』
突然、兄がポケモントレーナーをやめると言いだして、次に放った言葉である。現在の兄はポケモンの預かり屋を目指し、本を読みながら独学で勉強している。ソノルナが信じられなかったのは兄がトレーナーをやめたことよりも、兄がバトルに負けたことある。
聞こえはいいが、無敗のトレーナー、ソノルナは兄の負けた姿を今まで見たこともなく、少しも感じたこともなかった。だが、そうまで思っていた兄の口からその言葉が急に現れたのだ。兄の背中を追いかけることが出来なくなったソノルナは、憧れと余裕を失い、ガバイトのトレーナーという言葉に固執するようになる。
───彼女にとって、ガバイトを使うトレーナーは、無視できないものである。
しかし、今ここでクオンにバトルを申し込むことは出来るわけがないと、分かってはいるが。
「──ここにはいないだろうし、南西側を探してみようか」
ガバイトをボールに戻していたクオンがソノルナに声をかけた。
「そうだね」
ソノルナはそう一言返し、来た道を戻った。
◆ ◇ ◆ ◇
──ハクタイシティの東側では、トロナツとアトリエがロウを探す。しかし、彼らは写真の男の名前がロウだとは知らない。あくまでもグレイ団を抜け出した幹部の男という認識だ。
「──本当にいるのかねえ、この町に写真の男は」
アトリエが呟く。かれこれ東側をくまなく探し終え、北側へ向かおうとしているところであった。その最中に例の写真を持ったトレーナーを数えるほど見てきたが、写真の男は見つかる気配すらなかった。
アトリエは、これだけ街中を探しても見つからないのに、それでも続けているマチエスの判断に疑念を抱く。だがトロナツは、そうは思っていないようだった。
「あの人なりの思惑があるんだと思う」
東側を探している間に、トロナツとマチエスの関係を聞いていたアトリエは、少し口を閉じた。期待もあり不安もある考えの中、とりあえずもう少し探してみるかいう結論についた。
「──アトリエ、隠れて!」
急に小声でトロナツがアトリエに呼びかける。2人は民家の壁に身を寄せる。アトリエが向こうの大通りを見てみると、灰色のダウンベストを着た男が立っている。
「──あの服、間違いなくグレイ団だよ」
今までトロナツたちが出会ってきたグレイ団の人物は、灰色のダウンベストを着ている。
そんな共通点にトロナツは気が付き、咄嗟に隠れる行動に移していたのだ。更にここでグレイ団に出会ったということは、トロナツたちにとっては大きな情報になり得る。こんな街中にグレイ団であろう人物が堂々と歩いてるとなると、元グレイ団の男を追ってきた可能性が高かった。
───クロガネシティの化石博物館で起こった騒動は公にされていない。そのため、グレイ団の男は街中を悠々と歩けるのだ。
グレイ団の男がどこかへ去っていき、2人は身を隠すことやめる。アトリエが一息つき、近くにあった時計の時刻を見ると、長針短針が一番上に差し掛かろうとしていた。
「どこかで昼食を取らない?」
トロナツも時計を確認し、2人はとある喫茶店に足を踏み入れた。未だ解決しない諸問題を気にして、2人は軽食で済ましていた。ドーブルとブイゼルはそんな2人の顔を気にすることなく、"きのみ"を食べ続けていた。
「ロコンも好きに食べていいよ!」
2匹と距離を開けて"きのみ"を見続けるロコンにトロナツは声をかける。それを聞いたロコンは、ゆっくりと2匹に近づき、"きのみ"に噛り付いていた。
「意外とロコンって人見知りなのかな」
オドオドしたロコンを見て、アトリエはそう話していた。
──そんな時だった。
「──2人はポケモントレーナーですか?」
隣の席にいた1人の男がこちらを見ていて、話しかけていた。その人物は赤の他人ではない。 長い黒髪で紺色のロングコートを着た男、写真の人物と全く同じ顔だった。