ポケットモンスター モノクローム   作:ラフィオル

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第26話 もりのようかん

 ──写真の男に話しかけられた2人は、直ぐには言葉を出せなかった。むしろ、あまりにも唐突な出来事で、男を見つつ体が静止する。恐怖、どうしようかという判断に迫られる。

 

 そんな中で例の男は、その違和感を感じ取らないのか、再び口を開かせる。

 

「自分は昔、フローゼルを持っていたから、懐かしいなブイゼルは」

「そうなんですか」

 

 意を決して、アトリエは口を開かせる。

 

「失敬、名が遅れましたね、自分はロウ言います。以後お見知りおきを」

 

 言い終えたロウは、それぞれ2人に名刺を渡すように、トレーナーカードをさっと渡す。

 

「強そうなトレーナーを見ると、声をかけてしまうのが自分の癖でして、またどこかで会えたら」

 

 そう言葉を残し、ロウは喫茶店から出て行った。

 

 2人は顔を合わせ、急いでテーブル上にあるボールを取り、ポケモンたちを戻し、逃すまいと立ち上がる。喫茶店を出て、205番道路へ歩いていくロウを見つけ、密かに追いかけた。

 

 ロウは"ハクタイのもり"への入口で立ち止まっていた。2人は木々に隠れながら、その様子を伺っていた。もしや尾行していることに気付かれたのか、将又その先にある何かを見つめているのか、彼の行動は今だ理解しにくい。

 

 ようやくロウは、中へと入っていく。恐る恐る隠れていた木々から飛び出し、2人も"ハクタイのもり"に向かう。森の中へ入ると一直線にある道と、怪しく佇む、古びた洋館が視線の先にあった。この古びた洋館は、知る人ぞ知るホラースポットで、危険を顧みない一部のマニアしか足を踏み入れることがない場所であると言われていた。

 

 森の奥の方に人影は見えなく、おそらくロウは、この古びた洋館の中に入ったのだろう。

 

 ──幸いにもお互い嫌々せずに、古びた洋館の方を向き、ギシギシと鳴る扉を開かせる。まず目に入ったのが奥の方に置かれた何らかのポケモンの石像、その石像のポケモンは2人とも、名も姿も記憶にはなかった。

 

「知ってる? あのポケモン」

「正直、知らない」

 

 2人が交わした言葉はそれだけだった。ふらりと石像近くの扉を開けると、そこは食堂だった。

 

「──なんか動く影が見えなかった?」

 

 急に震えた声でアトリエが言った。しかし同じ方向を見ていたトロナツにはそんな影は見えてない。建物内に明かりがなく、窓から入ってくる小さな光だけであり、洋館の中はとても薄暗い。

 

「──気のせいじゃない、ここ気味が悪いから、幻覚でも見えてたとか」

「確かに見えたような気がするんだけどな」

 

 2人は食堂を出る。再び扉を開けるとポケモンの石像が直ぐ近くにあり、少し2人は驚いた。動くはずのない石像はこちらを見ているようでなんとも気味が悪い。2人は階段を静かに上る。

 

 足を置くたびに不快な音を鳴らす階段に、心臓が鑢で削られているような気になった。

 

 もうこの洋館に写真の男がいるからと決めつけて、通信機を使ってしまおうかとアトリエは考える。しかし、そもそも喫茶店で同じく昼食を取っていた彼が、何故こんな不気味な場所にと思えてしまうし、実は尾行に気付き、森の中で撒こうという考えだったかもしれない。もしそうであったら、森に入り、奥の方に彼の人影がなかった説明がつく。

 

 ──私なら尾行を撒こうとするのなら、道から外れ木々の中を走り去る。

 

「──トロナツ、一応通信機で知らせてた方がいいと思う、もしかしたら待ち構えているかもしれないし」

 

 もし2人を撒こうとする考えならば、道から外れて木々の中を走り去る方が妥当だ。写真の男がグレイ団の幹部であることは分かっていて、この古びた洋館に"逃げ込んだ"とは考えにくい。

 

 つまり、もし誘い込まれている状況ならば、今の2人は例えるなら鳥かごの中に入ったのと同じである。洋館から出れば怪しまれ、洋館の中を探し回れば、いずれ男と出会うからだ。

 

 トロナツは、通信機を手に取り、ボタンを押す。

 

「───ラティオス、"サイコキネシス"」

 

 その声を聞いた途端、体の自由が利かなくなった。足が地面から離れていることに気付く、そして2人の通信機が宙を舞い、どこかへ吸い寄せられる。石像の隣に、ロウが立っていて、2つの通信機はロウへと奪い取られていた。

 

「やはり、"君たちも"か、侮れないものだな」

 

 ロウは2つの通信機を服のポケットへと入れた。

 

「おそらく、"国際警察"の差金かな、相変わらず回りくどい」

 

 そうゆったりとロウが話していたが、突然彼は、玄関の方を向いた。

 

「ラティオス、"りゅうのはどう"」

 

 ラティオスは、玄関先に技を放つ。

 

「オドシシ! "まもる"!」

 

 玄関の壁がほとんど吹き飛ぶ。そこに立っていたのはオドシシと、ハクタイシティにいた、灰色のダウンベストを着たグレイ団の男であった。彼の名前はシラ。

 

「どうやら余裕もなくなっているようだな、無理もない、こんな古ぼけた洋館に多くのグレイ団が身を潜めていたとは思わないだろうしな!」

 

 シラはグレイ団の元幹部を捕えるためにある作戦を考えていた。

 

 ◆ ◇ ◆ ◇

 

 ───数日前の出来事である。シラは薄暗い建物の中で過去のロウに関する情報を集めていた。

 

「──えげつない成果だな、これで幹部止まりか」

 

 当時の実力を書き記している資料を見てシラは驚く。

 

 グレイ団時代のロウは、下っ端だった頃、依頼の成功率、実力ともトップの成績で、異例の速さで幹部に昇進。幹部になって尚、その的確な判断力で部下を巧みに動かし任務を遂行。しかし、ある日突然、姿を消したと書いてあった。

 

 シラは今の依頼、ロウを捕えるということの難しさを知り、頭を悩ましていた。1つでもよくない評価があればと思ったが、そんなものがある気がしない。この高評価だらけの資料はなんなんだとシラは言いたくなった。

 

「こんな奴を多人数でだが、相手にしろってか」

 

 ロウを捕えるという依頼で、指揮する役割を担うのがシラであり、隙がまるで見えないロウを知り、焦っていた。

 

 しかし、ある情報を聞き、その考えは一変する。

 

 ロウが姿を消した時期を調べてみると、それはもう数年前の事であった。何故今になって連れ戻すという依頼を出したのかと、上層部に尋ねてみると、少し前にグレイ団の幹部にしか知り得ない場所にて、怪しげな痕跡を見つけたのが始まりだった。それはグレイ団としての重要な情報が漏れている可能性があると示唆するものであり、元幹部であったロウが疑わしい人物として挙げられたのだ。

 

 つまり、ハクタイシティの近く、グレイ団が関与している場所に、ロウが現れる可能性は大いに高い。その周辺に仲間を見張らせて置き、見つけ次第全員で取り囲む作戦を、シラは作り上げた。

 

 ──そしてその作戦は当たりだった。ハクタイシティで探している最中に仲間からロウの姿が見えたという連絡が入り、シラは"ハクタイのもり"へ向かった。

 

 この作戦は完璧だった。これで間もなく頭を悩まし続けた依頼も終わるだろう。

 

 ◆ ◇ ◆ ◇

 

「───ああ、お仲間ですか」

 

 勝ち誇って作戦を全て話し終えたシラに、ロウはそう言葉を返す。

 

 ロウの表情はどこか、にやついていた。

 

「お仲間は全員、ここにいる幽霊に驚いていましたよ」

 


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