「──幽霊?」
ロウの言葉を聞き、少し後ろへと下がっていたシラがそう呟く。
「──正確にはこの屋敷に住まう"ゴーストタイプ"のポケモンたちです」
「そいつらを使ったのか」
「"サイコキネシス"という技でポケモンたちを全員を操り、捕えたまでです」
つまり、ロウはこの古びた洋館に、多くのグレイ団が潜んでいると気付き、ラティオスの"サイコキネシス"でポケモンを操り、シラの仲間を1人と残らず捕えたのだ。これをトロナツたちがやってくるまでの間にだ。
──グレイ団下っ端時代、ロウは主に"エスパータイプ"のポケモンを使い、躊躇いもなく人やポケモンに向かって技を放ち、思うがままに操る技術を持っていた。その技術は、依頼の成功ためだけに費やした。シラが見た資料には、情のかけらもないやり方が、細かく書き記されていた。
「ラティオス、"れいとうビーム"」
一瞬にてオドシシに攻撃が届く。オドシシを瞬時に凍らせ、壊された玄関は、分厚い氷の壁で塞がれた。
「お仲間の所へ行こうか」
ロウはシラを連れて、2階の奥の方へと消えていく。トロナツたちは、まだラティオスの"サイコキネシス"で身動きが取れていない。2人の目の前にあるのは、こちらを静かに睨むラティオス、当然2人は伝説で語られるポケモンだと分かっている。分かっている故、とんでもない敵を相手にしていたんだと思うしかなかった。
───ロウが2人の元へ戻ってくる。
「──念のために言っておくが、この古びた洋館に立て籠るつもりはない、君らを捕えたのは確かめたいことがあるからだ」
「確かめたいこと?」
「───喫茶店でブイゼルを持っていることに気付いてから、気になっていた。もしかして君たちは、クロガネシティでもグレイ団に会っているのか?」
「そんなこと、どうでもいいでしょ!」
アトリエの返しに、ロウは表情を曇らせる。
グレイ団を抜け、密かにグレイ団の重要な情報を手に入れ、元仲間であった追ってくるグレイ団員を捕えるロウの目的は、2つある。その1つはグレイ団を壊滅させることであった。
今しがた捕えたグレイ団員は身動きが取れなく、ここへ"国際警察"の者を呼び込めば、後は自身が逃げれば、"国際警察"の者がグレイ団を捕えてくれる。しかし、それとはまた別の理由でロウの心は揺らいでいる。
ロウの作戦がここまで上手くいくのは、追っ手に気付いたのではなく、最初から把握していたからだ。ロウは、とある手段を使いグレイ団の情報を知り得ていた。
──ある時、『グレイボールの機能を停止させるブイゼルがいる』という情報が流れてきた。
ロウが考えるに、グレイ団を壊滅させるには、グレイボールを何とかしなくていけなかった。このグレイボールこそグレイ団の最大の脅威だ。このボールがある限り、あらゆる勢力が無に等しい。どんなに強いトレーナーであっても、グレイボール1つで形勢が逆転しかねない。
当然グレイ団も認知している。つまり、ブイゼルは最優先で処理される可能性が高い。ロウはこの状況で2人に伝えようか否かで頭を悩ます。
流れてきた情報は『グレイボールの機能を停止させるブイゼルがいる』のみ、ブイゼルを持つトレーナーをロウは、今初めて見たのだが、唯一知るこの情報を何としても伝えなくてはいけないという気でいた。
「──グレイボールの機能を停止させるブイゼルがいる」
ロウはそんな言葉を放つ。
「これは、グレイ団から聞いた言葉だ。そこからそのポケモンはクロガネシティにいるトレーナーのポケモンだと突き止めた、──自分は敵でも味方でもないと念のために言っておく、君たちからの疑いを晴らすために、グレイ団に入った理由、抜けて敵側に入った理由を教える」
◆ ◇ ◆ ◇
これはロウが少年だった頃、そしてラティオスというポケモンを持つ前の出来事である。
彼には幼馴染でライバルであったトレーナーがいた。いやライバルと思っていたのかは定かではないが、ロウはそのライバルに勝ち続けていた。
「──クロ、力が入り過ぎじゃない」
灰色のコートを纏い、黒いカチューシャをつけた少女が倒れるパチリスをボールへ戻す。少女の名前はクロ、ロウと幼馴染であり、日々ポケモンバトルで競い合っていた。
2人が住んでいる町はコトブキシティ、シンオウ地方一と言われる大都市であった。ポケモントレーナーとしては欠かせない、ポケモンの基礎知識を学ぶことが出来るトレーナーズスクールがこの町にあり、2人はここの生徒であった。旅立つ前にトレーナーズスクールでポケモンの知識を学ぼうとするトレーナーは数多い。2人もその一部のトレーナーであった。
とても高い志を持つ2人は、山ほどあった学問では物足りず、他が疲れて真っすぐ家へと帰る中、毎日のように校庭のバトルフィールドに赴き、残っている力を吐き出すように、バトルをする。
だが、勝ち負けはいつも決まっていた。全試合、ロウのブイゼルの快勝である。学園の秀才とも言われ、ポケモントレーナーとして全く隙のない完璧人間だった2人には1つだけ違う箇所があった。それはポケモンに対する育て方の違いである。
「やっぱり、ロウに勝つには、もっとポケモンを強くしないと」
バトルを終えた後、疲れ切っているクロはそんな独り言をぼやく。負けず嫌いな性格の彼女は、ポケモンの育て方にも抜かりはなかった。しかし、どれだけそこに力を割いてもロウとの実力の差は埋まらなかった。時折クロは、どんな育て方をしているのかとロウに尋ねることはあったが、自身の育て方をロウは口にすることはなかったのだ。
しかし、ロウの育て方はとても意外なものだったのだ。
ポケモンが鍛錬しているところを見て、何となくな気持ちで指摘をする。ロウは、とある教材に書かれていた言葉、『ポケモントレーナーとは、ポケモンに的確に指示を放たなくてはいけない』という教えに、惹かれていた。しっかりと指示を放てるトレーナーになろうとする故に、その時に思った事だけをポケモンに伝えるだけの育成法を貫いていた。
しかし、心の内ではクロの育て方への熱意にどこか負けているのではと思っていた。数年後したら自分はクロに負けてしまうのかという考えがあった。
「──自分はまだ一度も負けていない」
気付けばロウはトレーナーズスクールで期待の星とも言われるトレーナーとして注目されていた。人生、壁に当たってからが本番だというロウの思考は、いつしか敗北が壁、という誤解を生んでいた。
───この日もロウのブイゼルが勝利を手にしていた。
「──次のバトル、それで最後にしよう」
2人は卒業まであと数日といったところであり、それぞれ旅をする心意気を持たなくてはいけない頃であった。そして、クロが話す次のバトルというのは、近くコトブキシティで開催される大会の決勝戦。そこで会おうという約束だった。
この時、肝の据わったクロを見て、ロウは今までの勝負に初めて罪悪感を抱いていた。自分はバトルに負けないようにしか考えていなかったが、クロは、自分に勝つことを必死に考えていたのだ。そして、この覚悟の違いでロウは初めて敗北を感じた。それと同時に大会の決勝戦という大舞台でクロとどうバトルをしたらいいのかと、自分を見失っていた。
──決勝戦まで行って、クロに負けよう。そんな考えが浮かぶ。しかし、勝つという気持ちが今のロウにはなかった。悩み続けたロウは、大会当日までポケモンと鍛錬をすることがなかった。
───そして結果は最悪だった。
『──コトブキ大会! 優勝者ロウ!!』
最悪なコンディションの中、それでもロウは決勝戦でさえ、快勝で優勝していた。