今から3日前の出来事である。コノミがポケモンセンターを訪れてソファーに座り、窓から外のバトルフィールドで行われる試合を眺めていた。
(今日も、大した試合がないな)
コノミはそう思う、前回に行われたテンガン杯で燃え上がるような数ある試合を勝ち進み、優勝した瞬間を思い返す。今大会もそうあって欲しいなと、ここへ来るといつも思っていた。だが、それはとても遠いような願望であると、コノミは嫌でも感じる。
前大会と今大会のトレーナーの質は明らかに違う。そう認めざるを得ない。
──窓の外の風景に見飽きて、センター内の様子を見るコノミ。
「───アブソルをお願いします」
水色なコートで身をまとわせ、金色のショートヘアーな髪型の少女が1つのボールを渡していた。コノミは元々勘が鋭く、少女の些細なしぐさで、ある事に気付いていた。
(この人、かなり強い。大勢のトレーナーが犇めく中で、凛とした姿を崩さない)
その少女は、ボールを受け取り、隅でポケモンを出していた。中のポケモンこそ、アブソル。汚れのない真っ白な体毛に黒い爪と尻尾。──ここまでだと他と変わりないアブソルだったが、頭にある黒い角の先端部分だけは、真っ赤で垂れるように色分けされている。血とかではなく、そういった特徴があった。
◆ ◇ ◆ ◇
「───結論から言って、あの少女は相当強いと見ているよ」
コノミはそう話したが、実際にそのアブソルの試合を見ていないので、誰もが何も言えない。勿論その少女が今大会に参加しているか分からない。
「──コノミ、そろそろあの店に行かないか?」
「あ、もうそんな時間か!」
2人はこの後、どこかで昼食をとるつもりのようで、3人に当日にまた会えればと言い残し、ポケモンセンターから出て行った。
クオンを含めて3人になり、話題はそれぞれの目標について話し合いになる。
「クオンは、ポケモンリーグで優勝することを目指しているのか!」
カイズの目標は、四天王やチャンピオンと出会うことであった。珍しい目標だなと、クオンは思う。四天王やチャンピオンは、昔は誰しもが、その名その姿を知るジムリーダーと同じく憧れの存在であったらしい。しかし、その頃から幾度となく大規模な犯罪組織などを相手に、素性を隠して行動することが多かったという。今では目立つことなく行動する為、どんな人物なのか公にされてない。
「トロナツは、どんな目標があるんだ?」
「えっ!」
トロナツは、まだ目標というもの決めていない。答えられなかった自分が恥ずかしくなり、旅をしているのだから、目標を決めないとなと、トロナツは思った。
「まだ、決めていないや」
◆ ◇ ◆ ◇
テンガン杯までの数日、3人でポケモンバトルを繰り返した。それが大会で成果を挙げられる唯一の特訓方法だと結論に至った。試合数は100回を軽く超えていて、カイズも強さに自信を持つようになった頃、大会当日を迎えていた。
「やってきたぞ! テンガン杯!!」
早朝にポケモンセンターを出た3人は、テンガン杯の会場となる場所にたどり着く。大きなドーナツ型の建物、その中心は広々していて、最大で4つの試合が同時に行われる。建物の外壁に貼りついたように、多くの屋台が隙間なく並んでいて、これからやってくる多くの人たちを、今か今かと待ち受けるようだ。
「先に中に入っててくれよ」
カイズは、クオンたちにそう言う。カイズは屋台を見回るようだった、まだ開会式まで1時間もあり、クオンも屋台に惹かれていた。
「俺も屋台を見回ろうと思う、トロナツはどうする?」
「僕はいいや、先に中で待ってるよ」
トロナツは、そのまま中へ入っていった。朝からずっと元気がないトロナツにクオンは少し気になっていた。
「クオン! オクタン焼き食うか?」
カイズは3箱のオクタン焼きを手に持っていた。いつの間に買ってきたんだと、カイズの行動力にクオンは少し呆れた。しかし、大会でもあり、お祭りでもあるんだと改めて実感する。
「──開会式までの気分転換と思えばいいか」
クオンは考えることをやめて、ずらりと建ち並ぶ屋台を見て回った。
生地の中に好みの材料を使用し鉄板で焼き上げ、調味料で味付けされた『ゴンべの満腹焼き』や、専用の機械から糸状に出てくるものを1本の棒で絡めとり、大きな綿になるまで集めた『ペロッパフの綿菓子』に、テッポウオを模した玩具の銃で、向こうにある景品に当てて落とせば、その景品を取ることができる『テッポウオの射的ゲーム』など、ありとあらゆる屋台が並んでいた。
大体、半半周したくらいに、クオンと共に屋台を見ていたカイズが急に足を止める。
「──セトント!」
青無地の帽子を被り、黄色のスカジャンを着た小柄な少年がカイズの目の前に立つ。
「まさか、お前も参加しているとは思わなかったよ」
セトントは、少し嫌悪感を示しているようだった。本当にライバル同士なのかとクオンは思う。
「君は僕に勝ちたいみたいだけど、僕も勝ちたい相手がいるんだ、いい加減鬱陶しいから追いかけてこないでくれ」
彼は前回のテンガン杯に参加していた。結果は準決勝敗退、負けた相手はコノミ、つまり彼は、今大会でコノミにリベンジを果たすために参加している。カイズの相手などしている余裕はなかった。
「そうだ、オクタン焼き1箱いるか? 買い過ぎて困っていたんだ」
「いらないよ!」
強い口調でそう言葉を返し、セトントは会場の中へと入っていった。
───開会式まで残り30分を切っていて、人の数が多くなり、外からは賑わう声が聞こえる。クオンとカイズは会場の中に入っていた。トロナツと合流する。
少し遠くの窓際の大きなソファーにコノミが座り、うつろな表情で窓の外にある屋台を眺めていた。反対側の窓際から少し離れたテーブルにフウトが、天井から吊り下がっている大きな電光掲示板を見ている。入り口近くのカウンター席には、セトントがいた。
「クオン、あのポケモンって」
クオンはトロナツが指さした方向を見ると、受付近くに金髪の少女と、黒い角の先端部分だけが赤色のアブソルがいた。彼女がコノミが話していた少女なのか、名前を聞こうとクオンは席を立つと、場内にアナウンスが流れた。
『テンガン杯に参加する選手の皆様、中央の試合場までお越しください』
クオンとトロナツを含めた大会に参加するトレーナーたちは、試合場へ案内される。そこは大きく見えるバトルフィールドが4つ、向こうに小さく見える観客席があり、人で溢れかえっているように見えていた。
『総勢128人の勇気あるトレーナーたち!』
4つのバトルフィールドの中心辺りに、長く真っ黒なスカーフを入り乱れたように全体に巻いて、灰色で地味な服装を目立たせないようにし、無精ひげを生やした男がマイクを持って立つ。彼の名前は、ユウバ。アンチ・プロタゴニストのユウバと聞けば、知らぬ者はいない。プロタゴニストの意味は主人公、アンチとは嫌う者。彼はヨスガシティのジムリーダーであり、最も多くの挑戦者を敗北へ誘った偉業を持っているジムリーダーという噂があった。
『いいか、お前たちは、ここで互いに戦い合い、勝ち残った奴1人が優勝だ』
ユウバは、衆目に晒させる中でも、あっけらかんとした表情をしながら、雑な口調でだらだら話していた。