開会式が終わり、本選出場をかけた予選が始まった。カイズを含め3人に緊張はなかった。何事もなく予選を勝ち進み3人は本選へ切符を手にしていた。
「楽勝だったな!」
「これも特訓したおかげだな」
クオンはそう返す。
これなら余程のことがない限り、本選でも負けないだろう。そろそろ電光掲示板にトーナメント表が表示されるはずだ。セトントに、あの2人やアブソルを連れた少女が勝ち進んでいるはずだ。
クオンの予測は当たり、電光掲示板にトーナメント表が映し出された。準決勝から下の方をAブロック、Bブロック、Cブロック、Dブロックで分けてみよう。Aブロックには、コノミ、Bブロックには、カイズ、トロナツ、セトント、Cブロックには、クオン、Dブロックには、フウトがいた。
「セトントさんと2回戦で当たる」
トロナツは呟く。
もし、トロナツが負ければ、3回戦で2人がぶつかり合う。
「勝てよ、トロナツ! アイツに負けんなよ」
そうカイズが言っていた。
◆ ◇ ◆ ◇
「コノミさん、ココアさん、こちらへ来てください」
ようやくかとコノミは、立ち上がり戦う相手を見て少し驚く。相手のトレーナーは、アブソルを連れていた例の少女だ。2人はバトルフィールドにやってきて、コノミはラグラージを、ココアはアブソルを繰り出す。コノミは、アブソルの赤く垂れている角を見た。
「どうしてアブソルの角はそんな色なの?」
挑発とも見て取れるコノミの発言に、ココアはこう言葉を返していた。
「実はこのアブソルは、色違いになれなかった特殊個体みたいなの」
この試合の後に分かることだが、色違いのアブソルは通常、黒い部分が赤色になる、何らかの理由でこのアブソルは、角の先端だけが色違いになっていたらしい。
「この大会で注目されそうなアブソルだったけど、残念ながら相手が悪かったね!」
いくら、珍しい姿をしていても、実力がなければ勝ち上がることが出来ない。──強さが勝敗を左右する。2人は試合場にやってきて、ポケモンを繰り出した。
『──試合開始!!』
開始早々、お互いのポケモンはトレーナーの指示を待つようにしていて、動こうとしない。アブソルはラグラージをじっと見つめ、ピクリとも動くことがない。コノミは顔を曇らせる、何が狙いなのかと。──痺れを切らしたのか、ラグラージが、のそのそとアブソルに距離を詰める。コノミは"アームハンマー"を繰り出すように指示。微動だにしないアブソルにラグラージは、大きく右腕を振り上げた。
───越えられない壁と出会う時。その瞬間はいつも突然やってくる。あまりに理不尽で屈辱な出会い、その時は思ってしまう。
「──アブソル、"つじぎり"」
アブソルは頭の角を光らせて、構えた。ラグラージが間合いに入ってきて、"アームハンマー"を振り下ろしていた。その攻撃をアブソルは至近距離で避け、一瞬でラグラージの真横に入り、"つじぎり"をぶつける。そのままラグラージは倒れこんだ。
審判員が2匹のもとへ近づいた。
『ラグラージ、戦闘不能!』
頭の光っていた角は、血のような赤色と黒色に戻っていた。会場は静まり返る。ココアは、アブソルをボールへ戻し、スタスタとバトルフィールドを去っていった。
◆ ◇ ◆ ◇
1回戦の試合が全て終わり、歓喜を上げるトレーナー、静かに会場を後にするトレーナーが半々いた。恐らく、この会場内にいる闘志を燃やしたトレーナーの数は、たった16人。
「クオンもトロナツも勝ったよな!」
カイズは無事に勝ち上がり、トロナツやクオンも楽々勝利を手にしていた。クオンたちは、電光掲示板を確認した。他のライバルたちも順調に勝ち上がっていたが、コノミが負けている事に、ここで初めて気付く。コノミを負かした相手の名前はココア。
「コノミ! 負けたのか!?」
フウトの声が聞こえて、クオンたちは声がした方へ人波をかき分けて進んでいく。コノミとフウトが、通路の壁際で話し合っていた。
「負けたちゃったよ」
悔しいとはまた違う、苦い表情でコノミは話す。コノミは、アブソル使いのトレーナーに完敗したと打ち明けた。その途端、納得がいかないような顔でフウトは叫んだ。
「負けたのは偶然だよ!」
しかし、コノミは何も言葉を返さない。何か確信しているようで、コノミの勘の鋭さを知るフウトも、それ以上言わなかった。
───トレーナーたちの歓喜悲哀をかき消すように2回戦が始まろうとしていた。クオンたち3人は、元の場所に戻ってくる。
クオンは、電光掲示板を見つめた。
ギリギリ勝ち抜いてきているカイズが戦う相手はそこまで強くなく、カイズも勝利の雄たけびを早くもしている。問題はトロナツとセトントの試合だ。セトントが勝てば、翌日に行われる3回戦で念願だったカイズ、セトントの試合が実現する。トロナツが勝てば、試合は実現されなくなる。
──俺だったら、そんなことは考えない。只々、バトルに集中するだろう。
「トロナツ、クオン、"チョコナナ"食べないか?」
どこかに行っていたカイズが2本の"チョコナナ"を持っていた。1つの"ナナのみ"を4つに分け、その1つを串で止めて、チョコを垂らした屋台で見かける食べ物だ。
「頂くよ、ありがとう」
クオンとトロナツは、"チョコナナ"を受け取り、口に入れた。"ナナのみ"が持つ甘味、苦味がチョコの味を際立たせ、風味良く高級感がある味わいだ。
「美味しかったよ!」
トロナツがそう言い、カイズがそうだろうと同調していた。
いくら勝てそうな相手だからって、屋台を見て回るほどの緊張感のなさは、カイズにしか出来ないな。
クオンが辺りを見渡していると、勝ち残っているトレーナーの2人が試合場へ向かう様子が見えた。2回戦が始まるようだ。少し経ちカイズが呼ばれ、次はトロナツとセトントが呼ばれるはずだ。トロナツの両手は固く閉ざしていて、どういった気持ちだったのか、クオンには、分からなかった。
「トロナツさん、セトントさん、こちらへ来てください」
2人が試合場へと向かう時、クオンは観客席へ急ぎ足で向かう。
◆ ◇ ◆ ◇
トロナツはブイゼルを、セトントはワカシャモを繰り出した。
タイプ相性ではブイゼルが有利で、総合的な強さではワカシャモの方が上だ。しかし、素早さではワカシャモの方が劣っていて、ブイゼルがやや優勢といったところだろうか。
「ワカシャモ、"ほのおのパンチ"」
試合開始と同時にセトントが指示を出す。出された技は、ブイゼルには"こうかはいまひとつ"の技であった。トロナツは警戒しながらワカシャモの様子を伺う。一直線に攻めてくるワカシャモを見て、トロナツがブイゼルに"みずでっぽう"を指示。
「ワカシャモ、まもる」
ワカシャモは、燃えていた片方の拳を消して両手を前に出す。ワカシャモを囲うように球体型の透明な壁が現れた。瞬時に技を切り替える速度は、"みずでっぽう"を遥かに超えていた。
「───速い」
観客席で試合を眺めていたクオンは、思わず言葉を漏らす。
技を出す速さというのは、ポケモンの種族や強さなどに関係しない。単純にその技を使い慣れてるか、どうかで決まる。簡潔に言うとワカシャモは、"まもる"という技をよく使っているというだ。
「ワカシャモ、ほのおのパンチ」
片方の拳を燃やし、同じようにワカシャモが一直線に攻めていて、トロナツの表情が曇る、また同じ行動なのかと。トロナツがブイゼルに指示を出そうとした瞬間、トロナツが、あることに気付いた。
──ブイゼルの目の前には、既にワカシャモがいた。