アイドル部短編集   作:F.ヴィンケル

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拙いものですが、楽しんで頂けると幸いです。


Star overhead

灰色の病室。

灰色の街並み。

灰色の空。

ここから見渡す景色に色はなく、ここから見渡す世界はどうしよもなく一人ぼっちであった。

 

いつものベンチに腰をかけ、先程自動販売機で買ったパックの飲み物にストローを刺して口につける。

 

「うん、美味しい」

 

甘い、しかしそれでいてさっぱりとした優しい味が、口の中に広がった。

じわじわと身体の中に染み渡る感覚を、静かに目を瞑って感じる。

 

(考え事をする時にはこれに限るな)

 

あれから、いったい何回答えのない回答を自問自答したであろうか。

意味のない問答を繰り返したであろうか。

 

最初は、最初はそう、憧れであった。

暗い、暗い夜空に浮かぶ数少ない星達。

 

その星の一つ。

 

白く輝く綺麗な〝星〟に憧れた。

いつか自分も彼処に行きたい。輝く星達の一つになりたいと。

がむしゃらに手を伸ばし、もともと強くない身体に必死に必死に鞭を打ち、走り続けた。

転んで立ち上がり、足が動かなくなれば腕で立ち上がり、腕が動かなくなっても這いずりながらも前に進んだ。

 

そして彼女は一つの〝星〟になれた。

 

とても眩しく輝く〝星〟と一緒の夜空に上がり事ができた。

しかも、それだけではない。

自分の周りには、一緒に夜空に登った〝星〟

達もいた。

自分とは違う、光り輝く〝星〟達が。

 

嬉しかった。

 

凄く、凄く嬉しかった。

 

憧れの舞台に、自分が立てた事が。

憧れの舞台に、仲間がいた事が。

 

その幸福に喜び、歓び、悦び──

 

そして、私の身体は壊れ始めた。

 

ーーーー

 

元々、〝昔〟と違い、〝今〟の身体は丈夫な方ではなかった。

弱く、脆く、惰弱。

そんな身体なのに、鞭を打ち、悲鳴に耳を塞ぎ、進み続けた。

 

その結果見事に夜空に咲き誇った彼女は、同時に少しずつ光を失い始めた。

それでも、周りの〝星〟達に心配かけない様に、必死に輝こうとした。

 

しかし、彼女の努力は虚しく、あっさりとその虚構は見破られた。

いや、恐らく彼女は〝最初〟から気づいていたのだろう。

 

それでも、何も言わずに、崩れる直前に私に手を差し伸べてきた。

1人きりの空間に、錆び付いた音が聞こえる。

ゆっくりと目を開けると、ドアから1人の少女が顔を出す。

 

「やはりここにいましたか」

 

紫色の少女はてくてくとこちらに歩んでくると、私の正面にピタリと立ち止まる。

下から見上げる顔には表情は無い。

表情は無いが、私には解る。

これは、私を心配している顔だ。

 

「多少は暖かくなってきましたが、お身体に悪いですよ」

「いやぁ、どうしても部屋だと気が滅入ってねぇ」

 

私の言葉に、紫の少女は表情を変えないまま器用にため息をつくと、「失礼します」と私の隣に腰をかけた。

 

「まぁ、気持ちはわかりますが。あまり長時間いるのはダメですよ」

「お、付き合ってくれるの?」

「いた方が罪悪感を感じて早く戻ると思いまして」

「うぇー」

 

いつも通りの軽口を叩いて、膨れっ面をしながらも私は彼女に感謝する。

いつも通り…本当に〝いつも通り〟。

彼女はあの日から毎日、私のところに来てくれている。

偶に他の子達も来てくれているが、彼女達も忙しく、流石に毎日来る事は無い。

しかし、この紫の少女だけは毎日私の元へと来てくれていた。

 

誰よりも早く私の異変に気づき、私に別の輝き方を教えてくれた少女。

 

毎日私のところに来ては、学園であったたわいない話や、他の子達の活動の話を聞かせてくれる。

 

灰色の世界にいる私に、毎日紫を届けてくれる少女。

彼女は私と違い、〝輝く〟事が出来るのに。

消えかけている私の為に寄り添ってくれる。

そんな彼女に、私はどうしよもなく甘えていた。

押し潰されそうな罪悪感に包まれながらも。

 

「そろそろ、戻りますよ」

「…うん、そうだね」

 

立ち上がる彼女に、私は微笑みかながら立ち上がる。

しかし、彼女は立ち上がった私を見上げたまま、動こうとしない。

紫水晶の様に綺麗な瞳が、私の瞳を捉えたまま、離さない。

まるでメデューサの瞳を覗いてしまった愚かな獲物の様に、私は動けなくなる。

 

「牛巻さん」

 

唐突に名前を呼ばれて、永遠とも続くと思った時間が、ふと終わりを告げる。

 

「なに?あずきち」

 

どうにか私は冷静を装いながらも、内心の鼓動を隠しながら返事をする。

 

「私は、あずきは貴女を理由に逃げています」

「え?」

 

唐突な彼女の発言に私は意味がわからずに驚くが、彼女はお構いなしに言葉を紡ぐ。

 

「あずきはもともと、光り輝く様な存在ではなかった。そんなあずきに、ばあちゃるさんが〝星〟にならないかと、お声をかけてくださいました」

 

私は何も言わずに、彼女の言葉に耳を傾ける。

 

「それは私が想像しているよりも、とても…とても、眩しすぎて…あずきは逃げ出してしまいました。あずきなんかに…私なんかに、沢山の人々が期待を、夢を抱いて下さいました。しかし──」

 

「──私は逃げ出しました」

 

ふと言葉が途切れる。

彼女と私のは途切れない。

 

「今から戻るのは怖いです。とても、とても。私一人では、私一人だけでは、空に帰る事が出来ません」

 

彼女の紫が深く、深くなる。

 

「だから──牛巻さんの身体が良くなったら、あずきと一緒に空へ昇ってもらえませんか?」

 

言葉と共に、紫の少女は右手を差し出してきた。

 

ああ──そうか──彼女も──

 

小さな少女が差し出した、微かに震える手を、私は優しく握る。

 

「あずきちは悪女だね。私があずきちのお願いを断れるとでも?」

 

彼女の瞳に安堵の色が浮かぶ。

 

「知ってますか?悪女はもれなく良い女なのですよ?」

「知ってるよ。絶賛体感中」

 

そう返すと、彼女にしては珍しく、私の手を引きながら、扉へと向かう。

 

「さぁ、戻りますよ。りこさん」

「さぁ、戻ろうか。あずき」

 

悪戯する子供の様な笑顔を浮かべる彼女に、私はとっておきの笑顔を返しながら、病院の屋上を後にするのだった。

 

みんなで輝く星空を思い浮かべながら──


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