あと、漆話と捌話の題名を変更しましたが、おきになさらず。
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俺は死んだのだろうか。
いやいや、当たり前の事である。体中の骨を砕かれ、刺傷の数も酷いのだ。必然的に考えれば、生きているわけがない。
俺は殺されたのだ。俺は殺され、完全に死んだのだ。死んだはずなのだか。
「・・・何処だ? ここは」
俺の視界に広がるのは、目を逸らしたくなる程に青々とした空だ。雲一つない快晴を前に、動揺を隠せない俺の目の前を、1羽の蝶が横切った。
紫色と桃色の2色で彩られた、美麗な羽を懸命に羽ばたかせる蝶。よくよく目を凝らして見てみると、蝶の羽には小さな穴が幾つか空いている。
「この蝶、どこかで見たことがある」
不意にそんな言葉が漏れた。特に脳裏に浮かび上がったわけでも、言おうと思って発した言葉ではない。無意識に漏れた、不思議な言葉だった。
その時、一陣の強い風が吹き、蝶を勢いよく吹き飛ばす。蝶はくるくると宙で旋回し、俺の鼻に留まった。
「おいおい、はな違いだけはやめてくれよ」
苦笑混じりに言葉を漏らし、俺は瞳を閉じた。爽やかな風が吹き抜け、かさかさと草の揺れる音が聞こえる。どうやら、俺は野原の上で横たわっていたようだ。
暖かな太陽に照らされていると、不思議と思考を放棄してしまいたくなる。悦の感情を放棄し、ただ時間が流れるのを待ち続けたくなる。
「大丈夫、ですか?」
鈴を転がしたような声が頭上から聞こえた。優しげな口調にはどこか聞き覚えがある。
俺は渋々、瞼を開く。その時、鼻に留まった蝶が飛び立った。
「誰だ、お前」
陰った視界の先に、小さな少女の顔が見えた。橙色の奇妙な髪色をしている。少女の薄く紅潮した頬に、一瞬胸がざわめきを起こした。
そんな俺になど気付くこともなく、少女は言葉を返してきた。
「わ、私、はっ。み、
緊張で顔を真っ赤にした莉亜が何とも愛らしい。流石の俺でも、心底溺愛してしまいそうだ。まあ、結局は溺愛しないのたが。
「・・・莉亜、か。成程、覚えておこう」
莉亜の名を胸に刻み、俺は体を起こした。既に莉亜への興味は消え失せいている為、俺は視線を莉亜から外す。そして、無意識的にも、飛び立った蝶へと向けた。
その時、額に激痛が走る。
「いあっ⁉」
「きゃっ⁉」
俺と莉亜の額が勢いよく衝突したのだ。莉亜の見た目からは想像もできない石頭に、脳裏で激しい火花が散る。
「だ、大丈夫ですか?」
痛みに耐えかね、呻き声を漏らす俺に対し、莉亜は何事もなかったのようだ。あまりの痛みに一瞬、気を失いかけたと言うのに、全く。
痛みが和らいで来た頃、俺は額から手を離す。掌を見てみると、指先が血で赤く染まっていた。
「う、嘘だろ・・・」
驚愕で震える俺をよそに、莉亜は小首を傾げている。何とも愛らしい姿にまた溺愛しかけた。まあ、勿論、やっぱり、溺愛しなかったが。
その時、俺はとある事に気付いた。
「・・・あれ? 骨が砕かれてない?」
頭、腕、脚。体中の骨が完全に再生している。つまり、この野原も、莉亜も、実在するものではない。所謂、幻想というやつなのだ。
「わ、私の頭、そんなに硬いですか?」
困惑気味の莉亜は、額を手で軽く叩き、石頭の確認を始めた。2、3度額を叩いた末、にっこりと満面の笑みを浮かべ、一言。
「ごめんなさいっ」
神々しさすらも感じさせる屈託のない笑み。天使か、天女か、女神あたりなのではないかと錯覚を起こしてしまう。いや、幻想なのだから有り得る話か。
俺は一度咳払いをして、莉亜へと言葉を発した。
「・・・謝るな。別にお前は悪くないんだ」
莉亜と話してると、不思議な感覚になる。いつもの、悦の感情が消えて、何か懐かしい感情が蘇ってくる。喜び、悲しみ、怒り、楽しみ。そんなありふれた平凡な感情じゃない、特別な感情。
「憎いん、だよね。あの二人が」
莉亜の言葉に目を見開き、驚きで息を呑んだ。俺が抱いた懐かしい感情。それは、喜怒哀楽ではなく。
憎しみだった。
「どうして、莉亜がそれを・・・」
俺が言葉を発した時、莉亜は複雑な表情で笑みを浮かべた。悲しみの権化とも言えるその笑顔を前にすると、胸が締め付けられたような感覚になる。
「それくらい、分かるよ」
莉亜の言葉と同時に、俺の瞳から涙が溢れだした。悲しいわけでもない。悔しいわけでもない。俺は憎いだけなのに。それだけなのに。
涙が止まらない。
「たすけ、られなかった」
彼女は、助けを求めていたのに。
「まもれ、なかった」
守るって、約束したのに。
「何もっ。できなかった!」
俺の目の前で、彼女は泣いていたのに。
「俺はっ! あの鬼をっ!」
そうだ。俺はしなければならない。
「憎悪の刃でっ!」
憎い鬼を、全滅させるまでは。
「滅殺してやるっ!」
死んでいる暇はない。
ーーーーーーーー
そして時は遡り。
「妬ましいなぁ、妬ましいなぁ」
俺が刀を握る少し前。
「私は、若くて美しい人間が喰いたかったんだよ」
彼女が。
「雷鬼くん、助けてっ」
峰ヶ崎莉亜が、遊郭に連れていかれた日に戻る。
次話こそは雷鬼の過去を書きますので、どうかお許しください。
新キャラの莉亜ちゃん、可愛く書こうとした結果がこれでした。
(PS 雷鬼はロリコンではありません)