全滅の刃   作:秋町海莉

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前話の後書きに反し、今回は過去編の序章的なものになってしまいました。すみません。
あと、漆話と捌話の題名を変更しましたが、おきになさらず。
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玖話 憎悪・壱

 俺は死んだのだろうか。

 いやいや、当たり前の事である。体中の骨を砕かれ、刺傷の数も酷いのだ。必然的に考えれば、生きているわけがない。

 俺は殺されたのだ。俺は殺され、完全に死んだのだ。死んだはずなのだか。

 

「・・・何処だ? ここは」

 

 俺の視界に広がるのは、目を逸らしたくなる程に青々とした空だ。雲一つない快晴を前に、動揺を隠せない俺の目の前を、1羽の蝶が横切った。

 紫色と桃色の2色で彩られた、美麗な羽を懸命に羽ばたかせる蝶。よくよく目を凝らして見てみると、蝶の羽には小さな穴が幾つか空いている。

 

「この蝶、どこかで見たことがある」

 

 不意にそんな言葉が漏れた。特に脳裏に浮かび上がったわけでも、言おうと思って発した言葉ではない。無意識に漏れた、不思議な言葉だった。

 その時、一陣の強い風が吹き、蝶を勢いよく吹き飛ばす。蝶はくるくると宙で旋回し、俺の鼻に留まった。

 

「おいおい、はな違いだけはやめてくれよ」

 

 苦笑混じりに言葉を漏らし、俺は瞳を閉じた。爽やかな風が吹き抜け、かさかさと草の揺れる音が聞こえる。どうやら、俺は野原の上で横たわっていたようだ。

 暖かな太陽に照らされていると、不思議と思考を放棄してしまいたくなる。悦の感情を放棄し、ただ時間が流れるのを待ち続けたくなる。

 

「大丈夫、ですか?」

 

 鈴を転がしたような声が頭上から聞こえた。優しげな口調にはどこか聞き覚えがある。

 俺は渋々、瞼を開く。その時、鼻に留まった蝶が飛び立った。

 

「誰だ、お前」

 

 陰った視界の先に、小さな少女の顔が見えた。橙色の奇妙な髪色をしている。少女の薄く紅潮した頬に、一瞬胸がざわめきを起こした。

 そんな俺になど気付くこともなく、少女は言葉を返してきた。

 

「わ、私、はっ。み、峰ヶ崎(みねがさき)。り、莉亜(りあ)、です!」

 

 緊張で顔を真っ赤にした莉亜が何とも愛らしい。流石の俺でも、心底溺愛してしまいそうだ。まあ、結局は溺愛しないのたが。

 

「・・・莉亜、か。成程、覚えておこう」

 

 莉亜の名を胸に刻み、俺は体を起こした。既に莉亜への興味は消え失せいている為、俺は視線を莉亜から外す。そして、無意識的にも、飛び立った蝶へと向けた。

 その時、額に激痛が走る。

 

「いあっ⁉」

「きゃっ⁉」

 

 俺と莉亜の額が勢いよく衝突したのだ。莉亜の見た目からは想像もできない石頭に、脳裏で激しい火花が散る。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

 痛みに耐えかね、呻き声を漏らす俺に対し、莉亜は何事もなかったのようだ。あまりの痛みに一瞬、気を失いかけたと言うのに、全く。

 痛みが和らいで来た頃、俺は額から手を離す。掌を見てみると、指先が血で赤く染まっていた。

 

「う、嘘だろ・・・」

 

 驚愕で震える俺をよそに、莉亜は小首を傾げている。何とも愛らしい姿にまた溺愛しかけた。まあ、勿論、やっぱり、溺愛しなかったが。

 その時、俺はとある事に気付いた。

 

「・・・あれ? 骨が砕かれてない?」

 

 頭、腕、脚。体中の骨が完全に再生している。つまり、この野原も、莉亜も、実在するものではない。所謂、幻想というやつなのだ。

 

「わ、私の頭、そんなに硬いですか?」

 

 困惑気味の莉亜は、額を手で軽く叩き、石頭の確認を始めた。2、3度額を叩いた末、にっこりと満面の笑みを浮かべ、一言。

 

「ごめんなさいっ」

 

 神々しさすらも感じさせる屈託のない笑み。天使か、天女か、女神あたりなのではないかと錯覚を起こしてしまう。いや、幻想なのだから有り得る話か。

 俺は一度咳払いをして、莉亜へと言葉を発した。

 

「・・・謝るな。別にお前は悪くないんだ」

 

 莉亜と話してると、不思議な感覚になる。いつもの、悦の感情が消えて、何か懐かしい感情が蘇ってくる。喜び、悲しみ、怒り、楽しみ。そんなありふれた平凡な感情じゃない、特別な感情。

 

「憎いん、だよね。あの二人が」

 

 莉亜の言葉に目を見開き、驚きで息を呑んだ。俺が抱いた懐かしい感情。それは、喜怒哀楽ではなく。

 憎しみだった。

 

「どうして、莉亜がそれを・・・」

 

 俺が言葉を発した時、莉亜は複雑な表情で笑みを浮かべた。悲しみの権化とも言えるその笑顔を前にすると、胸が締め付けられたような感覚になる。

 

「それくらい、分かるよ」

 

 莉亜の言葉と同時に、俺の瞳から涙が溢れだした。悲しいわけでもない。悔しいわけでもない。俺は憎いだけなのに。それだけなのに。

 涙が止まらない。

 

「たすけ、られなかった」

 

 彼女は、助けを求めていたのに。

 

「まもれ、なかった」

 

 守るって、約束したのに。

 

「何もっ。できなかった!」

 

 俺の目の前で、彼女は泣いていたのに。

 

「俺はっ! あの鬼をっ!」

 

 そうだ。俺はしなければならない。

 

「憎悪の刃でっ!」

 

 憎い鬼を、全滅させるまでは。

 

「滅殺してやるっ!」

 

 死んでいる暇はない。

 

ーーーーーーーー

 

 そして時は遡り。

 

「妬ましいなぁ、妬ましいなぁ」

 

 俺が刀を握る少し前。

 

「私は、若くて美しい人間が喰いたかったんだよ」

 

 彼女が。

 

「雷鬼くん、助けてっ」

 

 峰ヶ崎莉亜が、遊郭に連れていかれた日に戻る。




次話こそは雷鬼の過去を書きますので、どうかお許しください。
新キャラの莉亜ちゃん、可愛く書こうとした結果がこれでした。
(PS 雷鬼はロリコンではありません)

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