最終選別が始まり四日が過ぎた。あれから、竈門や派手な髪色の少年とは出会っていない。手鬼のような異形の鬼も他にはおらず、手応えの無い雑魚鬼ばかりだ。というか、山頂を過ぎた辺りから鬼の数が異様に減っている。誰かが狩り尽くしてしまったのだろうか。
そんな事を考えていると、巨木の影からまた鬼が姿を現した。何の変哲もない、通常の雑魚鬼である。
「・・・・・・邪魔だ」
型を使うことなく鬼の首が斬れた。鬼は短い悲鳴を上げて倒れたようだが、鬼の体は視界の外なのでどうでもいい。俺は兎に角、斬り殺せたらそれでいいのだ。
「よくも俺の仲間を殺ってくれたな!」
木の葉の揺れる音と共に、一匹の鬼が降り立った。背中には巨大な翼が生えている。名付けるなら、翼鬼だろう。まあ、そんな事はどうでもいい。漸く、手応えのありそうな鬼が出てきたのだ。じっくり時間をかけて、痛めつけてやろう。
俺は刀を引き抜き、切っ先を翼鬼へと向けた。翼鬼は目を赤く染め、勢い良く飛び上がった。
「ふはははははっ。人間を70人以上喰った俺に勝てるわけないだろ!」
遥か上空から響く翼鬼の笑い声。何とも不快だ。苛つく。もういい、一太刀で殺してやる。
刀を構え、俺は翼鬼を追うようにして勢い良く飛び上がった。
「無駄だ! お前のような人間が、俺のように飛べるわけないだろ!」
腹を抱え、空中で転げ回る翼鬼。やはり、この鬼は頭が悪いようだな。相手の実力が分からないような鬼は、この先生きていけないぞ。
「血鬼術、翼鬼!」
背中の違和感と共に、翼が生えた。白い、清らかな色をした翼である。
「う、嘘だろ。人間が、血鬼術?」
動揺を露わにした翼鬼が、何とも滑稽だ。不意にも、俺は気持ちの悪い笑みを浮かべる。
「鏡の呼吸、肆ノ型」
急激な速度で翼鬼へと接近し、俺は刀を振り上げた。禍々しいまでの威圧を放ち、翼鬼の首を凝視する。
「
翼鬼を越えた時、俺は翼鬼の脳天めがけ刀を振り下ろした。風を切る轟音が空に吸い込まれ、翼鬼は恐怖で顔を蒼く染めた。
「う、うああああああああああああ!」
大きな悲鳴を上げ、目の端にはうっすらと涙を浮かべている。何とも貧弱だ。何とも軟弱だ。この程度の鬼で70人以上喰っているという真実が理解できない。
そして、振り下ろされた俺の刀は。
「・・・・・・は?」
呆気なくも空を斬っていた。
おかしい。おかしいだろ。何故だ? 何故、俺の刀は空を斬った?
慌てて、俺は周囲を見回した。
「アイツか」
一人の男を見つけた。上半身裸で猪の被り物をした男である。何やら高らかに笑い声を上げ、日本の刃毀れした刀を振り回している。
「やったぜ、やったぜ。俺が先に斬ってやった!」
木の枝の上で子供のように飛び跳ねる猪男に俺は腹を立てる。アイツだ。アイツの所為だ。アイツの所為で俺の刀は空を斬ったんだ。それなら。
「殺してやる!」
目を血走らせ、俺は猪男目掛け急降下した。俺自身が一発の弾丸となり、逆風を突き抜けて行く。俺は刀の切っ先を猪男に向けた。どうやら、猪男はまだ気付いていないようだ。
「鏡の呼吸、伍ノ型!
殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。
「殺す!」
俺がそう叫んだ時、猪男はこちらを見つめていた。刀の切っ先は地面に向けられている為、反応したところでもう遅いだろう。心臓を突き刺せば終わる。
「っ!」
俺の刀は猪男の左胸を突き抜けていた。猪男は吐血し、膝をつく。心臓を刺されたのだ。死んで当然である。
俺は猪男の動きが止まるのを見届け、ゆっくりと刀を引き抜いた。刀の血を振り払い、鞘にしまう。猪男は、被り物の口元から血を流し、倒れ込んだ。
「お前は、俺の邪魔をした。恨むなら、自分を恨め」
俺はそう言い残し、その場を後にした。
――――――――
最終選別が始めり、遂に七日が過ぎた。あの二人の話が本当なら、今この場にいる剣士全員が鬼殺隊の一員になるようだ。
見たところ、俺を含めて今のところ五人か。桃色の着物を着た少女、鼻の上に傷のついた目つきの悪い少年、派手な髪色をした少年、そして竈門炭治郎。予想よりも遥かに数が多い。
「あ、雷鬼じゃないか!」
竈門は俺を見るなり、手を大きく振りながら駆け寄ってきた。頬や水色の袴には土埃が目立っている。竈門も竈門で頑張っていたという事か。
「竈門、お前も生き残ったか」
「ああ! 雷鬼も生き残ったようで良かった!」
目つきの悪い少年は、和気藹々とした空気を漂わせる俺と竈門を一瞥し舌打ちをした。派手な髪色をした少年は、「死ぬ。絶対死ぬ」と呟いている。桃色の着物を着た女は蝶と戯れていた。こんな奴らが生き残ったて、鬼殺隊は本当に大丈夫なのだろうか。
その時、説明をしていた例の二人組が姿を現す。
「「お帰りなさいませ」」
仏頂面で言う二人に目つきの悪い少年が言葉を投げかける。
「で、俺はこれからどうすりゃいい?」
目つきの悪い少年は一拍空けて言葉を付け足す。
「刀は?」
刀を欲しがる少年を前に、二人はこう答えた。
「まずは、隊服を支給させていただきます」
「体の寸法を測り、その後は階級を刻ませていただきます」
「階級は十段階ございま」
「ま、待ちやがれ!」
誰かが説明を遮った。だがしかし、この声は竈門のものでも、少年二人のものではない。ましてや、あの少女のものではないだろう。
俺達は、声の聞こえてきた後方を振り向く。
「俺がまだいるだろうが」
何とびっくり。振り向いてみると、そこには殺したはずの猪男がいた。体中に傷が付いている中、左胸の刺し傷が特に目立っている。俺が付けたものである。
「おお。おお! 猪男、生きていたか!」
満面の笑みで言う俺を目にし、猪男は胸を張ってこう言った。
「俺は体が柔軟なんだよ。心臓の位置をずらす事なんて造作もねぇ」
心臓の位置をずらした? そんな芸当、人間に出来るのか?
俺は試しに心臓をずらしてみる。が、特に柔軟というわけでもない俺に出来るはずがない。
そんな俺と猪男の会話を終わらせるように、手を叩く音が響いた。そして、二人は説明を再び始める。
「階級は十段階ございます」
「甲」
「乙」
「丙」
「丁」
「戊」
「己」
「庚」
「辛」
「壬」
「癸」
「今現在皆様は、一番下の、癸でございます」
成程。新入りである俺達は、強制的に一番下の階級になるのか。
関心を見せる俺とは別に、とある物に執着を見せる少年が呟く。
「刀は?」
目つきの悪い少年は、刀好きか何かなのだろうか。ここまで執着心を見せる程だ。名の高い愛好家なのだろう。だがしかし、そんな愛好家の少年の気を二人が分かるはずがない。
「本日は、刀を作る鋼、玉鋼を選んでいたただきますが、刀が出来上がるまで十日から十五日かかります」
と、冷たく答える。案の定、それには少年も溜息を漏らし「なんだよ」と呟きを漏らした。
「その前に」
二人が二度手を叩くと、鴉の声が聞こえてきた。六羽の鴉が姿を現し、それぞれの腕に留まった。派手な髪色の少年だけは、鴉が逃げてしまったようだ。まあどうでもいいが。
「今から皆様に、鎹鴉を付けさせていただきます」
「鎹、鴉?」
竈門が首を傾げた。
「鎹鴉は、主に連絡用の鴉でございます」
「鴉? これ、どう見ても雀じゃね?」
派手な髪色の少年が唖然とした表情で二人を見つめた。だが、それを遮るようにしてとある少年が叫ぶ。
「ふざけんじゃねぇ!」
目つきの悪い少年である。少年は、鴉の留まった右腕を振り払い、二人へと近づき始めた。
「どうでもいいんだよ! 鴉なんて!」
少年は白髪の少女の髪を掴み、言葉を続けた。
「刀だよ。刀。今すぐ刀寄越せ。鬼殺隊の刀。色変わりの刀!」
どうやらこの少年は学習能力がないようだ。先程、刀は十日から十五日かかると言われたというのに。もうその事を忘れている。阿保にも程があるだろう。
だがしかし、俺はその現状を笑って見過ごす程、腐ってはいない。
「おいおい少年。手を離してやれよ」
優しい口調で話しかける俺を、横目で睨み付ける少年。だがしかし、俺が笑みを崩す事は無い。
「離さないって言うなら、お前の腕を斬るぞ?」
刀に手をかけ、俺は脅しをかけてみる。
「やってみろよ」
俺は刀を振り下ろした。
「いっ」
無くなった右腕を押さえ、少年は数歩後退った。少年の右腕が地面に転がり、竈門達がそろって顔を顰めた。あの桃色の着物を着た少女だけがまだ笑っている。
「お話は済みましたか?」
黒髪の少女はそう言うと、机にかかった紫色の布を取った。机の上には、幾つもの玉鋼が置いてある。
「では、こちらから、玉鋼を選んでくださいませ」
二人はそういう物の、俺には同じものに見えて仕方ない。
「鬼を滅殺し、己の身を守る鋼は、ご自身で選ぶのです」
そんな二人の言葉を遮るようにして派手な髪色の少年が呟く。
「多分、すぐに死にますよ。俺は」
何とも場を乱す一言である。だが、竈門達は玉鋼選びに夢中の為、どうやら聞こえていないようだ。
玉鋼を凝視する竈門達を余所に、俺はひっそりと手を上げた。
「俺に玉鋼は必要ない。この刀で充分だ」
「俺も同じだ。この刀があればどうでもいい!」
猪男が俺の意見に賛同した。
「分かりました」
「それでは、お二人はお先にお帰りください」
そう答えた後、二人は声を合わせて頭を下げた。
「「いってらっしゃいませ」」
前回よりもだいぶ話が長くなってしまい、本当にすみません。
ですが、二日連続投稿に関しては褒めてください。
次回も、三日連続とはいきませんが、できるだけ早く投稿するのでお楽しみに。
(PS 文章に関しては目を瞑って下さい
それと、伊之助ファン、玄弥ファンの皆様、すみませんでした)