町の中心部を陣取るようにして建てられた建物こそが、桃太郎の薦めた宿屋であった。建物の壁は白く、真新しい。見たところ、建てられて
宿屋の戸に手をかけ、俺は深く息を吸い込んだ。体全身に酸素が行き渡り、心臓が勢いよく跳ね上がる。何とも奇妙な感覚に身震いをし、俺はすぐさま息を吐いた。全集中の呼吸・常中とやらに体が慣れ親しんだ所為だろうか。ほんの数秒でも呼吸を乱すと心臓が跳ね上がり、感覚が狂う。全集中の呼吸・常中も面倒なものである。
俺は戸を横に流し、開いた。
「こんな夜分に失礼する! 誰か、店の者は居ないか!」
灯り一つない宿内に向かって呼びかけるが、こんな夜の更けた時間帯である。当然、返事など返ってくるわけもない。正直、返事が返ってくるという期待もしていなかった。つまりは、どうでもいいのである。
「やはり、この時間帯だ。起きているわけがないか」
あからさまに声のトーンを下げ、俺は戸を閉めた。
「仕方ねぇな。ああ、仕方ねぇ」
桃太郎は腕組みをして深く頷いた。だが、その口調が何とも棒読みである為、その真意が分からない。宿屋に行っても無駄だという事は、彼の予定通りというやつだったのだろうか。まあ、どれだけ考えても結局無駄である。俺は考えるのを辞め、俺は一歩右に移動した。
そろそろかな。
「桃太郎、この付近で鬼が出てるって噂、知ってるか?」
桃太郎の姿は視界の外だが、確かに動揺したのを気配で感じる。恨みの、怒りの、憎しみのこもった殺気と共に感知した。俺は不敵な笑みを浮かべ、羽織りの下に隠した刀へと手を伸ばす。まあ、これも念の為というやつである。
だが、結局は無駄になるだろう。俺の行動、言動、思考全てが不必要なものと化す。
「来るぞ、
俺の呟きと同時に、宿屋の戸が粉砕した。突如発生した霧の目眩ましに、桃太郎は防御態勢を取る。まあ、そんな事しても、無駄でしかないんだろうけどな。
「霞の呼吸」
華奢な体格をした少年が霧を突き抜ける。長髪の黒髪が揺れ、目眩ましである霧を一瞬にして振り払った。霧の晴れた宿屋前に姿を現した少年は刀を引き抜き、桃太郎の目下で地面を踏みしめる。
「弐ノ型」
少年は体幹を大きく捻り、一瞬にして刀を振り下ろした。
「八重霞」
八連撃程の斬撃が桃太郎の大きな体を瞬時に斬り裂き、首をも捉えた。少年の刃が桃太郎の首を刎ね飛ばし、またもや濃い霧が視界を狭める。
「ぐはっ。こ、こいつ!」
空中で弧を描く桃太郎の首が驚愕の表情を浮かべていた。瞳孔が真っ赤に染まり、口元には鋭い牙が見えている。十二鬼月や鬼舞辻無惨に比べると大したことは無いが、そこらの鬼よりは桃太郎も強いようだ。
必死に言葉を紡げようとする桃太郎を一瞥し、少年は。
霞柱、時透無一郎は桃太郎に追撃を喰らわせた。
「黙ってなよ。君はどうせ死ぬんだから」
冷徹な、冷酷な、冷淡な一言を呟いた。無一郎の瞳に光はなく、鬼殺隊内の噂では記憶喪失だそうである。すぐに物事を忘れる彼を蔑む者も少なからずいるが、それ以上に。
彼の天性とも言える剣技に賞賛の声を上げる者の方が多かった。勿論、そのうちの一人が俺である。
「は、柱だ! 柱が来たぞ!」
桃太郎は消滅する直前、町中に轟く程の大声で叫んだ。仲間の三匹の事を思っての行動だろう。
案の定、猿と雉は木の上に撤退し、犬は全速力で宿屋から離れて行くところだった。
「逃がさないよ」
音もなく地面を蹴り、無一郎は犬を追いかける。必然的に、俺は猿と雉の相手をすることになるのだが・・・。雉の相手は何だか嫌だ。気持ち悪いからな、あの雉。
そんなこんなの思考の結果、俺は猿へと視線を向けた。
「どうせ死ぬんだ。早く木から降りて来い」
鞘から刀を引き抜き、俺は切っ先を地面に突き刺した。血鬼術を使ってもいいのだが、あれは体力を大幅に削るからな。この程度の鬼相手には不必要だろう。
・・・・・・あれを試してみるか。
「降りるわけないでしょうが! 私達が殺されちゃうじゃないの!」
何故か、猿ではなく雉が反応した。何という自意識過剰ぶりだ。世の中が自分を中心に回っているとでも思っているのだろう。何とも哀れである。
そんな雉は綺麗に無視し、俺は先程の無一郎の攻撃を脳裏に浮かべた。
「鏡の呼吸」
ゆっくりと落ち着き払った声で呟き、俺は体幹を大きく捻る。先程の無一郎と同じ体制であるものの、やはり俺には可愛さという物が皆無らしい。心折れそう。
「霞ノ型」
刀を振り下ろした。
「
無一郎と同等とも言える速度で八連撃を決める。猿と雉の足場であった木は粉砕し、その猿と雉の体にも斬撃が入った。二匹の断末魔が夜空に吸い込まれていく。
「手応えの無い鬼だった、つまらない」
俺は刀に付いた血を振り払い、鞘へと戻した。
――――――――
宿屋の宴会場に響く笑い声。
「アレ斬ったの、柱だってさ」
「あー、霞柱だったけ?」
「そうそう! さっきまで居たあの昆布髪の奴!」
「アイツ、俺達が鬼って気づいてなかったよな」
「ホントに馬鹿だよな、人間ってのは」
畳の上に座り込んだ五十程の鬼達。酒器に
この町に住む全員が鬼であり、宴を楽しむヒトである。
「少し、俺の話を聞いてもらえないか?」
そんな中、一人の人間が手を上げた。体全体の筋肉が膨張し、鬼に程近い容姿をしている。腰に日輪刀が下げられていることから、鬼殺隊の一員なのだろう。
人間の言葉に宴会場は静まり返る。
「俺の幻影があそこまで弱いとは、どういうことだ?」
人間の額に青筋が浮かび、五十の鬼は息を呑む。
「お前ら、俺が誰か知っているのか?」
鬼らの筋肉が、内臓が、細胞が恐怖で震える。
「俺は、伝説の鬼狩り」
渇いた笑みと共に鬼は言葉を吐き出した。
「桃太郎だぞ」
あまり無一郎君の活躍が少なくてすみません。
また活躍が増えるのでお許しを。
(PS 無一郎くんってカッコ可愛いですよね)