一羽の鎹鴉が甲高い声で一声鳴く。何とも、間の抜けた鳴き声を上げた鎹鴉であるが、これでもお館様お気に入りの鎹鴉である。とある剣士に『蝿鴉五月』と名付けられているようだが、既にお館様に名を付けられている為、特に意味はない。
「おかえり、
ゆったりとした口調で五月に話しかけたのは、言わずもがなお館様である、産屋敷耀哉その人だった。
「勿論ー、勿論ー。成功したー!」
五月の言葉に耀哉は微笑み、五月の頭を軽く撫でた。くすぐったいというように頭を振る五月は、どこか嬉しそうにも感じる。
「伽哉、よくやったね。今夜はゆっくり休息を取ると良い」
耀哉の言葉に小さく鳴いた後、五月は庭に生えた木の枝に留まり、瞼を閉じた。何とも気持ちのよさそうに眠り始めた五月を微笑ましく思い、耀哉は肩から力を抜くようにして息を吐いた。
「それにしても、蝿鴉五月とは何とも酷い名前だね」
誰に話しかけるわけもなく耀哉は呟く。
「また、雷鬼にあった時、
耀哉の笑い声に釣られるようにして、あまねは笑みを浮かべた。その時、庭で駆けていたかなたが石に躓いて転ぶ。あまねは穏やかな笑顔でかなたに近寄り頭を撫でて慰める。温かい家庭の象徴であろう。
だが、彼らはまだ知らない。
この幸せが、鏡音雷鬼の手によって壊されるという事を。
――――――――
十年前の一月。俺が齢6の時だった。畳の上で木刀を振り、剣術を上げようと励む俺に、とある男が話しかけてきた。
「鏡の呼吸を知っているか・・・?」
男は、気持ちの悪い形をした刀の刀身を指でなぞる。木刀を構えた俺になど目を向けず、男は穏やかな表情で自身の刀を愛でていた。
「俺の父上が使ってる呼吸だ。当たり前だろ」
禍々しい殺気を放つ俺に対し、男は至って冷静だった。そんな男に嫌気がさした俺は、この木刀で男を殺そうと動き出す。男の背後に回り、首目掛けて木刀を振り落とした。
「それなら俺が、鏡の呼吸について、教えてやる」
木刀は男の首に触れると同時に、真っ二つに折れた。木刀の切っ先が宙で弧を描き、畳に深く刺さる。俺の腕が反動で痺れ、咄嗟に声にならない悲鳴を上げた。
「鏡の呼吸とは、始まりの呼吸にも匹敵する最強の呼吸」
畳の上で蹲る俺が視界に見えていないのか、男は自然に話を続けた。
「あらゆる技を水の如く受け流し、時には鏡の如く打ち返す」
それなら、俺も父上から聞いた。父上が死ぬ三日前に、父上本人から聞いた。
「だが、それは偽り」
男の発した言葉に俺は唖然とした。父上を殺したアイツに対する怒りが、憎しみが全て崩れた。
「鏡の呼吸の本来の力。それは・・・・・・」
男の瞳が全て閉じ、言い難い言葉を絞り出すようにして呟いた。
「他の呼吸全ての型を、複写する力だ」
始まりの呼吸にも匹敵する鏡の呼吸は、本来他の呼吸全ての型を複写する力だった。どんな型をも超越する力。なら、何故父上は偽りを口にした? 何故? 何故? 何故?
驚愕と困惑が入り混じり、男の言葉を瞬時に理解することが出来ない。そんな俺の心境に気付いてか、男は言葉を付け足した。
「だが鏡の呼吸は、使用する人間の体を蝕む。だからお前の父親は、自分の代で呼吸を絶たせようとしたんだ」
俺が父上に抱き着いた時も、一緒に寝た時も、剣術の訓練をした時も、鏡の呼吸は父上の体を蝕み続けていたのだった。男の言葉に涙が溢れ出した。
折れた木刀を畳に落とし、膝をつく。常人の持つ感情が崩れたと、何故か俺は感じた。
「・・・頼む」
そして、俺の感情は完全な異質なものへと変化し。
「俺に鏡の呼吸を教えてくれ」
俺の全てを、黒々とした闇に塗り替えてしまった。
不気味な笑みを浮かべると、不思議と涙も出なくなった。喜怒哀楽全てを失った俺は、悦と言う新たな感情を手に入れたのだ。
「鏡の呼吸で、俺が全てを滅殺してやる」
俺の言葉が脳内で激しく反響する。不意にも、今置かれている状況を忘れてしまいそうになる。そんな俺の意識を引き戻したのは、金属音のぶつかる甲高い音だった。
「ふんっ!」
小太りの中年鬼と無一郎が刀を交えていた。
鬼の一振りを受け流した無一郎は、相手の足元に潜り込むようにして屈み込んだ。
「霞の呼吸、肆ノ型。移流斬り」
鬼の体を斜めに斬り上げる。鬼は小さな悲鳴と共に消滅を始め、ものの数秒で塵と化した。
「任務中に意識を飛ばすなんて、いい度胸だね。まあ、僕は忘れるからどうでもいいけど」
皮肉じみた口調で言う無一郎の言葉を軽く流し、俺はすぐさま刀を引き抜いた。先程打った『霞の型』の所為か、少し気だるげに感じる。
「それにしても、君も霞の呼吸を使ってたんだね」
また一匹の鬼を斬り殺し、無一郎は言葉を発した。任務中に雑談を持ちかけるのもどうかと思うが、と捻くれた事を考えつつも、俺は言葉を返した。
「まあ、な!」
型を使うことなく鬼の首を刎ね飛ばす。鬼の頭が空中でくるくると回転しているのが何とも面白い。何匹かの鬼で楽しんでいると、無一郎に頭を叩かれた。
「ふざけてないで早く終わらせなよ。君の所為で任務に失敗したらどうするの?」
無一郎の冷たい一言に俺は肩を落とす。任務中に何故楽しんだらいけないのか、理解が出来ない。無一郎と俺の価値観は、全くの正反対ともいえるのではないだろうか。
「霞の呼吸、伍ノ型。霞雲の海」
無一郎の繰り出した広範囲攻撃により、十匹程の鬼が一瞬で斬り殺された。あたかも当然のように鬼の首を斬り捨てて行く無一郎が、刀を握って二ヶ月とは思えない。熟練度で言えば、竈門にも匹敵すると感じられる。
「鏡の呼吸、霞ノ型。霞空粉鏡・伍」
無一郎に聞こえないよう最小限の音量で呟き、俺は数匹の鬼を一掃する。やはり、無一郎程の威力を出す事は不可能のようだ。これが複写する側の限界か。
そう溜息を吐く俺に追い打ちをかけるように、宿屋から百匹程の鬼が現れた。
無一郎君がチート過ぎて、書いてる自分も疲れました。
原作とは違って、過去はあっさりと書きましたが・・・・・・。いいですよね?
(PS 男の正体が分かった人は、主人公の正体も分かっちゃうかも・・・)