桃太郎が消滅していく最中、俺の血流は濁流の如く激しい勢いで循環していた。凄まじい速度で鼓動の鳴り響く心臓に気圧された所為か、呼吸は乱れ、理性は崩れ、精神を保つことが出来ない。この状況で鏡の呼吸を使うのは不可能だと本能に告げられた。
だが、今はそんな事で頭を使う必要も、余裕も俺にはない。今、俺の体を、脳を操っているのは俺自身ではなく、俺の持つ欲望と言う感情なのだから。
だから俺が何をして、誰を殺そうがどうでもいい。興味は無い。知りたくもない。それに、根本的な話から。
鏡音雷鬼という人間は、実在しないのだから。
「殺ス!」
俺は勢いよく体を起こし、無一郎へと刀を向けた。刀の刃が無一郎の首を捉えた時、俺の横腹に激痛が走る。突然の痛みに、嗚咽を漏らし吐血した。
俺は宙で身を翻し、数歩先で着地を決めた。
「マタ柱カ」
左手の甲で口に付いた血を拭い取り、俺に蹴りを入れた男を一睨した。男は一束にまとめられた黒髪を揺らし、言葉を返す事も無く、俺に向かって駆け出す。何とも不気味な奴だ。
俺は鬼の如き唸り声を上げながら、その男、冨岡義勇に斬りかかった。
「水の呼吸、弐ノ型。水車」
飛びあがり、宙で勢いよく回転する義勇から斬撃が放たれる。今、呼吸の使えない俺には攻撃を受け流す事など出来ない。だが、血鬼術でかわす事は可能である。
「血鬼術、翼鬼!」
義優の斬撃より早く飛び上がり、俺は空中で体勢を立て直した。そして、すぐさま義勇に向かって攻撃を仕掛ける。攻撃直後の義勇に回避は不可能である。
「霞の呼吸、肆の型。移流斬り」
義優の背後から無一郎が飛び出し、俺の体を弾き飛ばす。地面に着地すると同時に地面を蹴り、再度攻撃を仕掛ける。
「血鬼術、
空中から、数十本にも及ぶ大量の腕が出現した。腕にはそれぞれ二枚の翼が生えている為、空中からの攻撃である。腕は義勇や無一郎の、体中に巻き付き、締め付け、動きを完全に封殺した。後は首を斬るだけである。
俺は身を捩り、腕へと力を込める。呼吸を使っていなくとも、渾身の一撃で首を斬れるだろうという考えだ。
「霞の呼吸、伍ノ型。霞雲の海」
「水の呼吸、陸ノ型。ねじれ渦」
あっさりと腕全てを斬り裂いた二人の刃が俺へと向けられた。二本の刃が俺の腕を片方ずつ突き抜ける。不思議と腕に痛みは無く、すぐさま後ろに飛び退いて、体勢を立て直した。
やはり、この二人に対して呼吸が使えないのは不利過ぎる。でも、俺が何を命令したところで身体は言う事を聞かないし・・・・・・。
「水の呼吸、参ノ型。流流舞い」
突然、義勇の方から攻撃を仕掛けてきた。軽やかな足取りで距離を詰め、俺の首目掛けて刀を振る。
「アッブネェ!」
ギリギリのところで刀は空を斬り、俺は攻撃をかわすことが出来た。柱と言うのは、人間に対してもここまで容赦がないのだろうか。
「霞の呼吸、壱ノ型。垂天遠霞!」
無一郎の声が、背後から聞こえた。体勢が崩れた状態の俺に、この攻撃をかわす事は出来ない。
無一郎の刃は俺の腹部を突き抜けた。腹から血が流れ出して止まらない。止血が出来ない。再生する事もない。
もう、俺は死ぬんだ。鏡の呼吸を手に入れて、全てを滅殺する野望を叶えることもできず。俺はこの町で死ぬのだ。柱二人に殺されて。
無一郎は刀を引き抜き、付着した血を振り払う。くるくると二、三度回して鞘へと戻した。
「ウアッ、ガッ」
そう嗚咽を漏らした時、心臓の鼓動が徐々に失速し始めた。先程まで、激しく循環していたはずの血流も穏やかになり、呼吸が落ち着き始めた。まあ、死ぬのだから当然のことである。
だが不思議と、刺されたはずの腹は痛みを感じなかった。
「・・・時透、気を付けろ」
義勇は刀を構え、俺を強く睨みつけた。やはり冨岡義勇は、時透無一郎よりも強いのかもしれない。剣技に関しては同等の二人だが、ここで熟練度の差が出たか。
そう、刺されたはずの俺の腹は、既に止血を済ませていた。
「
その止血速度は十二鬼月にも匹敵するであろう速度だ。だが、俺は鬼ではない。今の俺は確実に鬼ではない。だが、俺は人間でも。鬼でも、人間でもない生命体。それが。
鏡音雷鬼である。
「呼吸を使っている」
義勇の言葉と同時に俺は飛び上がり、上半身を引きちぎれんとばかりに捩った。
「鏡ノ呼吸。拾壱ノ型。
数十発にも及ぶ連撃を無一郎目掛け繰り出した。
既に刀をしまった無一郎が受け流せるはずもなく、腹やら頬やらを掠め、左太腿と右上腕を突き抜けた。
「フハハハハッ! 殺ッタゼ! 殺ッタ! 柱ヲ殺ッタ!」
悪役らしい高らかな笑い声を上げ、刀についた無一郎の血を振り払う。そして、すぐさま義勇へと攻撃を仕掛けた。
「鏡ノ呼吸、拾弐ノ型!
刀をくるくると回しながら、義勇の心臓目掛けて突きをいれた。
「水の呼吸、漆ノ型。雫波紋突き」
義勇の突き技と俺の突き技が真正面から直撃した。義勇の刀は弾き飛ばされ、俺の刀は軌道がずれる。
俺の攻撃は義勇の手を突き抜けた。
「俺ノ、勝チダナッ」
ーーーーーーーー
産屋敷邸に、二人の剣士が呼び出された。
「君達二人に、とある任務を任せてもいいかな?」
にこやかな笑みの耀哉に二人の剣士は小さな笑い声を漏らした。
「愚問ですよ。私達に果たせない任務などありません」
薄い桃色の羽織を羽織った少女が言葉を返した。藍色の双眸は全てを見透かすように光を宿している。
「俺達であれば、どんな鬼でも斬り殺せまする」
雪のように白い髪色をした少年が不気味な笑みを浮かべて言った。両手の甲には滅という文字が深く刻まれている。
「とある剣士が暴れだしたようでね。柱二人でも完全に抑制できないようなんだ」
耀哉の発した言葉に、二人の顔色が一変した。呆れと、驚きの混ざった複雑な表情。そんな二人に、耀哉は最終確認をとる。
「それじゃあ、言ってくれるかな?
水鬼と炎鬼は一度見つめ合い、何かを決心するように頷き合う。そして、下を向き、静かな声で呟いた。
「「御意」」
冨岡さん、無一郎くんファンの方々本当にすみません。
後で冨岡さんはしのぶに、無一郎くんは炭治郎に、手当てさせておきますのでどうかお許しを。
(PS 11/29は不死川さんの誕生日! みんなでおはぎを送りましょう!)