エルジアの精鋭部隊であるグングニル隊に配属された1人の男。

グングニル3と呼ばれる彼はスナイダーズトップ海域で三本線の悪魔と出会う。

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ファイターパイロット

【ニヨルド艦隊とプラットフォームが壊滅した】

 

そんな知らせが入ったのは俺達グングニル隊がスナイダーズトップ海域の海上プラットフォームを飛び立ったほんの1時間後の話だった。

 

『壊滅…!?バカな!あそこには護衛艦や戦闘機が山ほどあるしニヨルド艦隊まで合流していたはずだ!』

 

隊長の言う通りだ。そんなバカな話があるはずがない。

俺達が哨戒任務のために旅立ったのがほんの1時間前、これまであの基地を1時間で落とせるほどの編隊など見てはいないし、仮に俺達の目を盗んで基地にたどり着いたとしてもあそこには戦闘機や警護の艦船が山ほどいるはずだ。

間違っても1時間やそこらで壊滅する程度の戦力ではない。

 

だが、無線の向こうから聞こえるフリゲート艦の乗務員達の悲痛な叫び、鳴り響く爆発音、警報音が現場の惨状を雄弁に物語っていた。

 

『嘘じゃない!渓谷のプラットフォーム、海域に展開していた空母艦隊、洋上プラットフォームの全てがこの1時間で壊滅した!』

 

『右舷より敵機!』

 

『畜生!まただ!あの三本線の悪魔がーー』

 

直後、爆発音とともにフリゲート艦からの一切の通信が途絶えた。あまりの事態に固まる俺たちに、ただ事ではないと判断した隊長が命令を出した。

 

『グングニル隊、全機急行する!』

 

まったくなんて日だ。あの蒼穹の空に憧れてパイロットを志し、ようやく夢が叶ったっていうのにその直後にこれだ。自分の運の無さが嫌になる。

 

あまりに非現実的な報告にこれは良く出来た訓練か何かなのではないかと現実逃避したくなる。しかし、そんな甘い幻想は緊迫した様子の隊長を見て木っ端微塵に打ち砕かれる。

 

だが、もしかしたら。

 

心のどこかでそんな淡い希望を抱いていた。

そんな思いを抱きながら基地にたどり着いた俺たちが見たのはまっさらな青い海だった。

 

滑走路も、出発時には確かにあった大規模プラットフォームも一帯に展開されていたニヨルド艦隊も全てがまるで夢でも見ていたかのように消え去っていた。

 

そんな馬鹿な、目の前の現実を信じることができず、基地の座標を確認した。

一回、二回、三回と確認するが何度確認しても現在の座標が1時間前に俺達が飛び立った場所であることを示していた。

 

『馬鹿な…あれだけの戦力がたった1時間で…』

 

僚機が困惑と恐怖、そして怒りの入り混じった声で呟く。全面的に同意だ。こんな事があるはずがない。悪い夢か何かに違いない。

 

しかし、目の前の現実を否定する材料を探せば探すほどハッキリと現実を突きつけられる。崩壊したプラットフォームの残骸、黒煙をあげる艦船、海面に浮かぶエルジア国籍のマークが刻まれた機体の残骸。

俺の口から言葉が漏れる。

 

『一体誰がこんな…』

 

『オーシアの連中に決まってる!奴ら一体どこに消えた!?まだいるはずだ!』

 

僚機であるグングニル2が叫ぶ。その通りだ。すぐに追いかけねばならない。今すぐ敵を追いかけたいという思いを抑えるように操縦桿を強く握る。

焦ってはいけない。戦場では焦った奴から死んでいくのだ。

 

『落ち着け!まずは情報を集めるんだ!』

 

隊長の激が飛ぶ。

その一言で動揺していた部隊は平静さを取り戻し、各々情報の収集を開始した。

 

『こちらリジル1、艦隊に合流した時点でプラットフォームはすでに壊滅していた!現在は我々を含む護衛機が敵と交戦中!至急、援護を!』

 

通信の直後にマップに敵の情報が追加された。敵対を示す赤い点は全部で7つ。

つまり、奴らは一個中隊程度の戦力でこの基地を攻略したという事だ。

 

『こちらグングニル隊、これよりリジル隊の援護に向かう。指揮系統混乱のため、指揮は私が取る。全機ウェポンズフリー、交戦を許可する。オーシアの連中にエルジアは無人機だけではない事を教えてやれ!』

 

スロットルを押し込み、俺達は交戦エリアに飛び込んだ。

 

「グングニル3、フォックス2!」

 

俺が敵編隊にミサイルを撃ち込み、バラけた敵を隊長とグングニル2が撃墜する。基地の演習で何度も行なったコンビネーションだ。

 

俺の攻撃と同時に隊長とグングニル2がアフターバーナーを点火する。

敵との交戦が始まった。

 

俺もアフターバーナーを点火し、二機に続いて敵編隊に突っ込む。狙いは他に比べて回避が遅れたシルクハットのエンブレムが刻まれているF-15Cだ。

 

まずは一機を確実に落とす。

 

突撃してくる俺を振り切ろうとシルクハットのF15-Cが高度を一気に上げる。

当然逃がすつもりはない。俺もまた操縦桿を傾け、高度を上げる。

 

後ろを取った。今なら当たる。

 

そのままミサイルを放とうとした瞬間、コックピットに耳障りなアラートが響いた。ロックオンアラートだ。敵編隊の一機に捕らえられたのだ。

 

俺は迷わずスロットルを押し込み、その場で急降下。眼前の景色が空から海へと変わり、機体は重力に従って急加速する。

そのまま操縦桿を傾け、海と水平に飛行し敵のロックから逃れた。敵機は俺たちとほぼ同型のF15-C。機体性能に大きな差はないはずだ。で、あれば純粋な腕の勝負になる。

ここで負ければファイターパイロットの名が廃るというものだ。

 

俺は再度空に上がり、友軍機であるリジル隊のMiG-31と挟み込むように敵機を追う。

 

俺達が捕まえた機体は何の因果か先ほど逃したシルクハットの機体だった。

今度は確実に落とす。

 

MiG-31を振り切るために躍起になっている敵機をサークル中央に捉え、俺はほくそ笑んだ。

 

落ちろ、シルクハット。

 

「グングニル3、フォックス2!」

 

しかし、俺がミサイルを放つ瞬間、黒い影が俺の視界を遮った。衝突を回避するため、咄嗟に左方向に旋回する。おかげで俺の放ったミサイルは見当違いの方向へと飛んで行った。

 

くそ、あと少しだったのに。

俺の邪魔をした機体を睨む。

よく見ればその機体は明らかに他とは動きが違う。間違いない、あれが隊長機だ。

 

隊長機に統率されるように敵機が素早く編隊を組み直していく。

くそ、させてたまるか。相手が体制を整える前にケリをつける。

 

『待て、グングニル3!前に出過ぎだ!こちらも大勢を整える!』

 

『しかし、隊長!この乱戦状態を逃すのは…』

 

『同士討ちの方が危険だ!つまらん死に方はするなと常に言っているだろう!』

 

「っ、了解!」

 

隊長の指示通り、一度敵編隊と距離を開け、編隊を組み直した時。

 

『こちら、リジル1!南からボギー接近!全機警戒!』

 

ボギー!?このタイミングで!?

 

即座にレーダーを確認すると、俺たちの背後を取るように南から急速接近する反応が1つ。

 

***

 

ソレを表すのに言葉は不要だろう。

その機体は、現れただけで戦場に存在する全てを圧倒した。

たしかに敵の隊長機も相当な腕だ。マトモにやり合えば俺程度など一瞬で海に浮かぶ残骸の仲間入りを果たすだろう。

だが、コイツは違う。

正しく別格だ。

 

俺たちは即座に理解した。

 

 

コイツだ。

 

 

強大なニヨルド艦隊を壊滅させ、2つのプラットフォームを海の底に沈めた三本の爪痕を持つ機体。

 

---三本線の悪魔

 

***

 

『後方だと!?』

 

一瞬遅れて奴の存在に気づいた隊長が驚愕の声をあげる。

その反応の遅れが致命的な結果をもたらした。

 

三本線は反応の遅れた俺達の頭上を越え、リジル隊の編隊に飛び込み、ミサイルを発射した。

 

『リジル1、回避を-ー』

 

隊長がそう言った瞬間、爆発音が鳴り響き、リジル隊の先頭を飛んでいたMiG-31は黒煙を上げながら海に沈んでいく。

 

『リジル1がやられた!』

『何だこいつ、早すぎるぞ!』

 

両隊から悲鳴にも似た通信が入る。

 

『総員、落ち着け!あれだけの速度だ、反転には時間がかかる!その間に大勢を整えるんだ!敵は三本線だけではないんだぞ!』

 

冷静な隊長の言葉に頭が冷える。

そうだ、あの三本線以外にも敵はいる。ここで冷静さを失っては死ぬだけだ。

アフターバーナーを点火、直ぐにリジル隊と隊長の援護に向かう。

 

「隊長、援護します!」

 

『頼むぞグングニル3!まずは敵編隊を崩す!』

 

『お前は中距離から支援だ!俺と隊長で敵編隊を崩す!』

 

やる事は開戦時と変わらない。俺がミサイルで敵編隊を混乱させ、その隙に隊長とグングニル2が崩す。大丈夫だ、さっきもうまく言った。今回だって…。

 

心のどこかに残る不安を押しつぶすように俺は叫ぶ。

 

『3カウントで突撃する!3…2…1…』

 

「グングニル3、フォックス2!」

 

ミサイルを発射。同時に隊長とグングニル2が敵編隊に突撃。連携を乱す…

 

はずだった。

 

IFFから隊長とグングニル2の反応が突如消失したのだ。

 

何が起きているのか、俺には全く理解できなかった。

 

隊長達がアフターバーナーを点火し、敵編隊に飛び込もうとした瞬間、反転を終えた三本線が現れた。

それを確認した二機はたしかに回避行動をとった。

 

だが、次の瞬間俺の目に移ったのは一発ずつエンジンにミサイルを撃ち込まれ、黒煙を上げながら海に沈んでいく二機の姿だった。

 

目の前に立ち上る黒煙を見て、レーダーを確認し、それでもなお、俺は何が起きているのか理解することができなかった。

 

『グングニル1とグングニル2がやられた!』

『馬鹿な!あの精鋭部隊がこんなにあっさりと!?』

『あの野郎、交差の瞬間に完璧なタイミングでミサイルをぶち込みやがった!』

『化け物め……!!!』

『スヴェル2!次はお前だ!』

『ダメだ、振り切れない!』

『スヴェル2が撃墜された!スヴェル3!何とか逃げ切れ!』

『畜生…畜生畜生畜生!!!!』

 

何だ、一体何が起きている…!?

 

『スヴェル3ロスト!スヴェル隊は全滅だ!』

『リジル3!後ろだ!』

『なっ!?クソ、何がどうなって』

『リジル3もやられた!クソ!』

 

何が、何が起きているんだ!?なぜ味方の反応が次々と消えていく!?

 

『何だあいつは!?あの三本線の機体は何者なんだ!?』

『悪魔だ…あれは悪魔だ!!!』

『落ち着けリジル4!冷静になれ!』

『リジル4ロスト!クソ、三本線め!』

 

 

全てが夢にすら思えた。

数的有利を取っていた俺たちの部隊は三本線に次々撃墜され、半分も残っていない。

 

そんな俺のそばをリジル4を撃墜し、反転した三本線が通り抜けて行った。

 

三本の爪を持つ悪魔。

 

そのそばを通った時、俺は確かに感じたのだ。

 

その鋭い爪が、俺の首にかかるのを。

 

「死んで、たまるか!!!」

 

反転。スロットルを押し込み、三本線の背後を取る。

 

「グングニル3、フォックス2!」

 

すかさずミサイルを発射。

しかし、奴はそのまま急上昇し、太陽の中に消える。

 

どこだ、奴はどこにいる。

 

同時に、コックピットの中にミサイルアラートが鳴り響いた。

 

反応は背後。

 

一体いつの間に回り込まれた!?

 

すぐさま急降下する事でミサイルを海面にぶつけ、回避する。

さらにその場で右旋回。

少し距離を開け、再び三本線の背後を狙う。

 

だが、いない。

直ぐそばで俺を狙っていた三本線が煙のように消えていた。

 

一体どこに…

 

答えは下だった。

 

ありえない、とそう思った。

 

俺は高度70フィートの海上を飛んでいたのだ。

この高速戦闘中にその下をくぐり抜けるだと!?

マトモな頭では出来ない。間違いなくイカれてやがる。

 

あまりに非現実的な光景に俺の思考が一瞬止まる。

 

その一瞬が命取りだった。

 

ロックオンアラートがコックピットに鳴り響く。

 

撃たれる。

 

そう思った。

 

しかしミサイルが放たれる事はなかった。

 

三本線は俺からロックを外し、戦闘領域から離脱したのだ。

見れば他の機体も撤退していく。

 

一体何が…

 

『グングニル隊、応答せよ!グングニル3!』

 

「……あ、は、はい!」

 

『生きていたか!まったく、応答がないから肝が冷えたぞ』

 

後方から満身創痍のMiG-31が現れる。俺と同様にかろうじて命を拾ったリジル5だった。

 

「何が…起きたのでしょうか…」

 

『オーシア側のエースだよ。あの三本線には何度も苦渋を舐めさせられた。奴に部隊を壊滅させられるのも初めての事じゃない。正真正銘の悪魔だよ、アレは』

 

「何故、あのタイミングで撤退を…」

 

『おそらく燃料が切れたのだろう。給油機の燃料も無限にあるわけじゃないからな』

 

俺は海面に目を向ける。撃墜された飛行機の残骸が目に見えて増えており、中には見覚えのある尾翼もあった。

しかし、その時のことを俺はよく覚えていない。かろうじて覚えているのはリジル5に連れられて基地に戻ったことだけ。

 

気がつけば俺は格納庫の前で空を見上げていた。

 

***

 

三本線の悪魔。

 

俺の積み上げてきたものを全て壊し、圧倒的な力で戦場を支配した悪夢の爪。

俺はその姿と恐怖を永遠に忘れないだろう。

 

今でも空に上がるたびにあの悪夢を思い出す。

 

 

だが、しかし。

 

それでも俺は空に上がることをやめないだろう。

 

なぜなら、

 

 

俺はファイターパイロットだからだ。




三本線=トリガー
シルクハットの機体=カウント
隊長機=ワイズマン



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