終わってしまった世界の中で   作:落着

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色褪せた街

 ふわり。ふわり。舞い踊る白。

 光も差さぬ暗闇で、手元のランプが世界を照らす。

 ランプの届く灯りの範囲が、今の私の世界の全て。

 踏みしめた地面には、私の足跡がくっきり残った。

 私以外の足跡はなく、私以外の誰かもいない。

 音もなく、光もない。静謐に沈んだ世界に音を落とす。

 きっとこれは静寂に微睡む墓場を踏み荒らす行為に等しいのだろう。

 死者の傍らで生の実感を得る。そんな行為であるのだろう。

 立ち止まり、ランプを置く。踏み荒らされていない白がぽふんと舞い上がる。

 周囲を照らすランプの代わりに、遠くを照らすライトを取り出す。

 かち。小気味いい音が鳴り、光の線が暗闇に浮かび上がった。

 暗がりに隠れていた世界を、私のもとへと暴き出す。

 黒と白。モノクロに彩られた街が目の前に現れた。

 灰が舞い踊る幻想的な世界に、私はいる。

 

 

 

 空ってどんな色? 

 その短い問いに答えを返せる者は、とうの昔に消え去っていた。

 随分と昔に、地上は人の住める世界ではなくなった。理由はいろいろだ。多発する異常気象、行き過ぎた温暖化、汚染物質の暴露に大気汚染。そしてそれらでさえ、理由の全てではない。けれどもそれは関係ない。ただ人が住めない。それだけが重要であり、事実であり、空を眺めたことのあるものがいなくなったのは確かなのだ。

 地中型都市、アント。地表を諦め、地下へと発達していった生存環境形態。いくつもの小型の都市がアリの巣のように広がっている。人工太陽が照らす閉塞した世界。

 見上げた天井は、酸化した金属特有の色あせた鈍色だった。

 

 

 

 

 ザリっと踏みしめた足元が音を鳴らす。緩やかな傾斜を持った地面には、随分と灰が降り積もっていた。長い時間、誰も使っていなかったことが簡単にわかる。

 振り返りライトで照らせば、転々と続く自分の足跡が見える。寂しげな一人きりの足跡は、誰もいない現実を強く肯定していた。また一歩踏み出せば、積もっている灰が舞う。

 ゴーグルに舞った灰が付着し、視界が悪くなる。口元を覆うマスクにわずかな息苦しさを覚える。けれどもゴーグルもマスクも放棄都市では必要なものだ。

 人が消えて終わった街は、人類が生活をしていくには少しだけ厳しい環境だ。灰が降り積もり、ふわふわと空気中にも混ざっているここの環境もどう見積もっても生活に適してはいない。

 そんな場所へとわざわざ足を運んでいる自分は変わり者なのだろう。別段死にたいわけでも、生き急いでいるわけでもない。

 ただどうせいつかは人間みな死ぬ。ならばこの終わりゆく世界を自分で歩いて見てみたい。これはそんな程度の話なのだ。

 人類はやがて滅ぶ。老衰するようにゆっくり、ゆっくりと滅んでいく。それがいつごろかはわからない。でも人の消えた都市は増え、人口は減り、寿命は短くなってきている。そう遠い未来ではない。

 だからだろうか。終わりゆく世界を自分で眺め、歩いてみたいと思ったのは。爪痕を残したいと思ったのは。

 光が暴くは、灰に覆われたモノクロの世界。本で読んだ雪景色とはこんな感じに見えたのだろうか。答えを知る人間はとうの昔に消え去っていた。

 

 

 

 

 目ぼしい建物を見つけて中へと入る。玄関がいくつも並んでいることから集合住宅だと解った。廊下を歩き、気分のままに、並んだうちの一部屋を選ぶ。

 玄関に鍵はかかっていなかった。そして保存状態が良さそうな建物を選んだのが良かったのか、室内に灰も入り込んでいない。

 好都合だ。玄関を閉じ、ゴーグルを外してマスクを下げる。埃っぽい感じがわずかにするが、息苦しさは感じられない。

 靴を脱ぐことを想定しているであろう玄関を無視して土足で踏み入る。短い廊下を抜けるとリビングに出た。洗濯の途中だったのか、畳み掛けの衣類に誰かが座っていたのであろう窪んだクッション。なんとなくではあるが、生活感が見て取れた。

 どんな人達が暮らしていたのだろうか。興味を刺激される。すぐ近くのキッチンを覗く。一般的なキッチンだ。画一化された様式は、私の住まいのものとそう変わらない。コンロの数が一人用と家族用の違い程度だ。

 適当に棚をいくつか開けていると食器棚が見つかった。同じ柄の食器が基本的に三点ずつ見られる。三人家族だったみたいだ。子供は大きかったのか、小さかったのか。はたまたどちらかの両親か。もしくは子供二人のシングル家庭だったのかもしれない。食器だけではわからない。

 また適当に周囲をぱたぱたと、少しだけ賑やかにしながら探索をする。その時冷蔵庫がちらりと視界に入るが、開ける気は無かった。電気が止まって久しいのだ。開けるための勇気が私には少々足りなかった。

 

「ん、当たりかな?」

 

 棚の一つに鈍色に光る袋を見つけた。レトルトパウチのような見た目のそれは、ドライフルーツの入った保存食だった。乾燥させた果物ならそうそう痛んではいないだろうと、未開封のそれの封を切る。

 

「痛んではなさそうかな?」

 

 鼻を近づけ、軽く匂いを嗅いでも、発酵したり腐ったもの特有の匂いは感じられない。食べられないことはなさそうだ。むしろいい匂いだ。

 この都市まで来るのに要した時間は十数日。固形食料しか口にできていない私にとってはご馳走である。というか一般的な都市での生活においても、ドライフルーツは贅沢な嗜好品に分類される。出費の多い私では、とてもではないが手を出せない代物である。

 どれどれと中身を覗いてみれば、ドライフルーツはどれもが均一なブロック状に揃えられており、どれがどの果物かの判別はパッと見ではできない。それはそれで味わった時の楽しみがあるなと、気にすることなく一つを摘まみ上げる。

 

「んぅ……」

 

 甘く、それでいてほんのりと酸味を感じる。これはなんの果物だろうか。というか果物というものを食べた記憶がとんとない私では、自分の中でこの味が何であるかを参照することができない事に気がついた。我ながら貧しい舌をしている。

 酸味があるから柑橘系だろう、多分。レモンは酸っぱいと聞いたことがある。色も橙がかっているし、柑橘系の特徴な気がする。オレンジジュースに味も似ている。一般的な都市のオレンジジュースにオレンジの果汁は入ってないけど。

 そんな馬鹿な事を考えながらも、私は次の味に期待を膨らませる。

 

「いただきました」

 

 別段家主がいるわけでもないが、一応の礼儀だと礼を口にしておく。他にもいくつか食べられそうなものが見つかったから、拝借しておく。中身が腐っていたらその時はその時だ。誰にも知られず朽ちさせるより、私に食べられる方が食材も本望だろう。

 自分本位な理論を適当に組み立て、誰かに揶揄された訳でもないが反論をして、心置きなく背負い袋へと詰め込んでいく。

 小腹が満たされれば、また別の欲が顔を出す。探究心というほど高尚ではないが、野次馬根性というほど低俗でもない。ただ誰かの残した形跡をなぞり、そこにいた人の世界の輪郭を見てみたいという程度の、言ってしまえば好奇心というものだろう。

 保存食にドライフルーツを選ぶのだ。比較的富裕層だったことは簡単に察しがつく。というか、その辺りの住民が住んでいたであろう地域の建屋に入っているのだから、当然の帰結というものか。

 リビングとキッチンを除けば残りは二部屋。どちらから見てみようか。片方の部屋にはプレートがかかっている。可愛らしい装飾から多分子供部屋。

 なんとなく先に、夫婦のものと思われる部屋へと足を向ける。寝具に衣類をしまうクローゼット。他は化粧台に埋め込み式の液晶パネル。整理整頓されており、散らかっていない。

 キッチンやリビングから解っていたが、まめに家事をこなしていたらしい。けれどもそれを差し引いても、寝る時以外はあまり使っていなかったのだろう。リビングと比べると整いすぎているように感じられる。強いて言えば、二人用のベッドに枕が一つしかないことだろうか。腕枕でも毎夜していたのかもしれない。なるほど、子供がいるわけだ。

 整頓された部屋は、あまり見るものはなさそうだった。とりあえずクローゼットを開けてみれば、十年ほど前に流行っていたデザインの服が見受けられた。衣類という自分にとっても身近な物のせいか、今日一番に時間の流れを感じさせられた。

 他も少し見てみるが、もうこの部屋に見るべきものはなさそうだ。

 

「さてと」

 

 一息ついて最後の部屋へと向かう。可愛らしいプレートのついた子供部屋。プレートにはリーナとあった。女の子の部屋なのだろう。

 扉を開ける。子供部屋は、幼子向けらしい淡い桃色の壁紙でファンシーにまとめられていた。部屋の真ん中にはベビーベッド。思いのほか子供は小さかったみたいだ。使わない子供の分の食器もそろえていたのは几帳面だったのか、気が急いでいたのか、はたまた別の理由か。答えがわかる時は来ないだろう。

 数秒だけ思いを巡らせ、部屋へと踏み入る。ベビーベッドを覗けば、小さな子供の遺体があった。近くには大人用の枕が一つ。先ほどの部屋で見当たらなかった枕はここにあったらしい。

 そして脇には手を繋いだままの夫婦の遺体が、ベビーベッドへもたれるように事切れていた。水分が飛び、カサカサに干からび、一部が炭化している遺体。先ほどのドライフルーツではないが、水分が無かったから腐敗しなかったのかもしれない。

 苦しくは無かったのだろうか。きっと苦しかったはずだ。けれども繋がれた手を見て、少しは恐怖が和らいでいたのだったら良いなと思う。そう思わずにはいられなかった。

 少しだけ気持ちが落ちる。玄関に靴が残っていた時点で、何となく予想できていたことが幸いだった。気分を切り替えるために窓際へと近づく。

 堆積した灰のせいで、窓の開きが悪い。ガタガタと音をさせながら開けば、視界が広がる。高層マンションの上層階ゆえの景観だろう。

 けれども広い視界だからこそ、辺りがよく見える。下を見下ろしてライトを向ければ、冷えて固まった溶岩と、溶岩の熱で燃えた街並みが一望できた。

 都市の中の低地は、いたるところに焼け跡が残っていた。高所で無事なところが多いのは、地中型都市ゆえのものだろう。都市内の酸素がなくなり、燃焼自体が止まったのだ。それ故に高所は焼けなかった。

 けれど酸素がなければ人は生きられない。多くの人が窒息と高温で亡くなった。都市内に篭った熱気はまさにオーブンさながらであったことだろう。そして水分を飛ばされ干からびて、遺体がある程度保存された。この部屋の住民たちのように。

 ここは溶岩に飲まれた灰の街。だがそれは、たまたまこの都市だっただけの話。他の多くの都市もここと同じリスクを抱えている。冷たい空気が下に溜まるように、基本的に地底は寒い。それは生活していく上では大きな問題となる。

 だからこそ地底でも暖かい都市を作るため、溶岩の流れる場所の近くに都市を作った。地熱発電も可能となり、都市自体も温まる。あるとないとでは大きな違いが出る。けれどもそれは、同時にリスクも伴う。便利さと危険は紙一重の証が、この灰の都市である。

 

「じゃあ、記録はここでいいかな」

 

 多少気持ちも紛れたので、言葉に出して意識的な区切りをつける。

 リビングへと戻り、背負い袋を下ろして中を漁る。少し探せば目的のものに指が触れる。取り出したものは掌に乗るサイズの小さな機械。ちょうどアイスホッケーのパックくらいのサイズ。

 機能は単純で音声と映像の記録と再生。装置の大部分は防水防塵防圧防熱などの耐久性のための外装。キャッチコピーは千年経っても大丈夫。何とも胡散臭いが、頑丈なのは確かだ。

 リビングのテーブルへと装置を置き、椅子を一脚お借りする。

 装置のランプが赤く灯る。見慣れた記録開始の合図。

 

「没歴八百四十二年、八月六日。これは私、リュカの残した記録である。ここは今から十一年前に溶岩災害で沈んだ都市である──」

 

 

 

 

「──以上が、私が探索した範囲での知見と考察だ。これは後世への記録であると同時に証だ。私はここにいた。その証である。それでは最後まで音声を聞いてくれた誰かよ、ありがとう」

 

 ボタンを押して記録を停止する。押されたボタンは凹んだまま戻ることはなかった。この装置は一度きりしか記録できず、上書きが不可能な作りなのだ。かなり極まったつくりをしているが、私たちのような種類の人間に細々とした需要がある。

 確認のために再生してみれば、パック部分の中央にある上向きのレンズから光が照射された。ホログラム形態の映像が再生され始める。

 

『没歴八百四十二年、八月六日。これは私、リュカの残した記録である──』

 

 椅子に座った自分の姿が映し出され、問題なく記録ができていることを教えてくれる。停止ボタンを押し、再生を中止する。流石に自分を眺めて、娯楽性を感じられる感性は持ち合わせていない。記録ができているならそれで十分。

 記録装置を机の上に置いたまま、背負い袋を担ぐ。子供部屋を一度だけ振り返る。

 

「貴方達は確かにここにいた」

 

 ただの自己満足でしかない言葉を投げかける。当然返事があるわけもなく、室内はしんと静まり返ったまま。ほぅっと一息掃き出し、ゴーグルとマスクを着けなおし、私は部屋を後にする。せめて貴方達だけでもと、埋葬するほどの優しさを持ち合わせていない私をどうか許してほしい。そう心の中で謝罪して。

 




続きは思いついたらぽつぽつ書いてこうと思います
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