執事が大好きなお嬢様は、どうにかして執事に構ってもらいたい。 作:龍宮院奏
「朱那〜!早く、新しいのを書いて!もう全部読んだから。早く〜、書いてよ〜」
少女は走りながら、大声で叫んで新しいのを要求してくる。
「嫌だ!俺は、俺のペースで書きたいんだ!だから、しばらくは我慢してくれ〜」
全速力で少女から逃げながら、返事を返す。
なんで俺は、今こうして少女にひたすらに追いかけ回されているのだろう。
事の発端は、数ヶ月前の出来事。
「本日は、うるはら アカ月先生のサイン会にお越しいただき誠に有難うございます。列を乱さず、一列に並んでください」
書店の店員がアナウンス機能を使って注意を促す。それもそうだ、列の最後尾が自分の座る席から見えてこない。
「今回、うるはら先生がサイン会を承諾してくれるだなんて…。あの時、私血の涙が出るかと思いましたよ」
隣で泣きそうになっている編集の新井さん。
「そんなにですか…、別にただの気まぐれですよ…」
「それでも、過去に作品を書いていた時は『絶対サイン会は開かない』って断言してたのが…」
それを聞いて、飲みかけた缶コーヒーを吹き出しそうになった。何とかギリギリの所で堪えた。
「ごほっ、ごほっ…。確かに言いましたけど、今回はこちらにも理由が有ったので」
ニヤリと不敵な笑みを口元の浮かびあげる。
「そこは何でも良いですよ。こちらとしては、売上が伸びてありがたい限りで」
この編集者、『そこは何でも良い』だと…。いつか、はっ倒してやる。
心の中で小さく誓いを立てていると、
「それでは時間になりましたので、『ロリと暮らす 転生活』の記念サイン会を始めたいと思います」
長蛇の列を作った人の波が一斉に動き出し、サインと簡単な挨拶の繰り返しが始まった。
「うるはら先生の作品、何時も楽しく読ませて頂いてます」
「『叶恋・叶うならこの恋を』シリーズから読んでいます。先生の新ジャンルもとっても面白いです」
「まさかあのうるはら先生が『幼女』を題材にしてくるだなんて、ビックリでしたが、先生の力は顕在で最高です」
「先生の書く幼女が可愛すぎて、もう毎日大変です」
「新シリーズ、おめでとう御座います!これからも頑張ってくだいさい」
一通りファンからの言葉に感謝を込めて言葉を返しながら、黙々とサインを書いていく。
『何処に居るんだ…、早く…早く、会いたい…』
「それでは本日のうるはら アカ月先生のサイン会を終了させて頂きます」
店員がサイン会の終了を告げ、関係者で拍手が巻き起こる。
「うるはら先生、折角ですからこれから飲みに行きませんか?」
新井さんに打ち上げに誘われた。
「良いですよ、まぁお酒は無理なので。料理が美味しいところで」
「本当に先生はお酒だめですからね」
「もう嫌です…」
前にこの人と飲んだら、酒豪の飲みに付き合わされて3日は仕事が出来なかったのだ。
「もうしませんて、だから飲みに行きましょう」
「分かりました」
荷物を纏め、店を出る。時刻は8時を過ぎたところで、11月になれば体が深々と冷えてくる。
「お待たせしました、それでは行きますか」
「それで今日は何処へ行くんですか?」
新井さんが店から出てきたので、今日の行く店を決める。
「今日は事前に調べておいたんですよ。この辺だと…」
「あ、あの…」
振り返ると、見知らぬ少女が新井さんの話を遮る形で話しかけてきた。
「あなたが、うるはら アカ月先生ですよね?」
「うん?まぁ、そうだけど…」
「じゃあ、私の執事になって下さい!」
「いや、それはどういうこ「では、車にどうぞ」」
如何にも高そうな車が目の前に数台停まり、黒いスーツの人が一斉に出てきた。
「え、これは。新井さん助けて!」
助けを求めて、読んで見るものの。
「すぅ…すぅ…」
何かの薬を嗅がされすでに、眠っていた。
「何やってんだよ!あんた、俺の専属の編集だろうが」
今まで幾度となく対立し、それでも認め合ってきた中だったのに…。あっさり眠らされて…、もう何だかどうでも良くなってきた。
「この馬鹿編集…」
そして俺も、ハンカチに当てられた薬を嗅がされて眠ってしまった。
「やっと手に入った…。もう手間掛けさせないでよね、これからはアタシの為に最高にるんってくる物語を書いてよね」
月明かりが照らす夜の街で、少女は楽しそうに笑っていた。
ジャラ…、ジャラジャラ…。何か手首の辺りが重いし、痛いような…。
「っ…、は!新井さん!って、ここ何処?」
編集者の名前を叫んでみたけど、そもそもここは何処?それに、何で手足が動かないんだ。
「あ、起きた!?ちょっと長く眠ってたから、薬の量間違えてもう起きないのかと思った」
あははと、笑ってはいるがそれじゃ俺死んでるから。
「攫っておいて、殺すのかよ…」
本音が漏れる。
「うん?殺さないよ?だって、殺しちゃったら私の楽しみが無くなっちゃうから」
「楽しみ?」
どういう事だ、この誘拐犯の思考がまるで理解できない。
「そうだよ。私の楽しみだよ」
「それがお前の、『執事になって』って言うことになるのか?」
「まぁ、そういう事かな。執事でも作家のままでも、どっちでも良いんだけど」
誘拐犯は、わざとらしくはっきりしない口調で言う。
「それで、俺はどうすれば自由になれるんだ?」
早くこの手足の高速を解いて欲しい…、何か擦れてきて痛いのだが。
「自由って言うのかな?まぁ、拘束は解いてあげられるよ」
「良し、じゃあ何をすれば良いんだ」
「あれ、意外とすんなり聞くんだね?」
「そろそろ手足の感覚が無くなってきたからな。それに何時までもここでこうしていたら、小説が書けなくなる。それが嫌だからだ」
答えを聞いた誘拐犯は、愉快そうに大声で笑っていた。
「本当に面白いや!はぁ〜、最高だよ。『うるはら アカ月』今はこっちの方が良いのかな?『漆月朱那』」
俺の本名まで知ってる…、コイツ本当に何者なんだ。
「私からの要求は唯一つ、
私が最高に、最高に、最高に!るんってくる物語を書いて欲しい!
私の、私だけの物語を『漆月朱那』。アナタに書いて欲しいの」
誘拐犯は声たからかにそう宣言した。
「聞いて呆れた…、本当はただファンレターの子を見つけたかっただけなのに…」
やっぱり普段しないことは、やらない方が良かったのかな。これは肝に銘じておこう。
それはそれとして…、今俺は直接仕事の依頼を受けているのか…。俺のことを誘拐してまで、俺の作品を読みたいというファンに直接…。これは…、
「はぁ…、良いぜ…。その依頼を受けようか…」
「本当!?」
声色がワントーン高くなっている。
「誘拐して、執事とか訳の分からない事まで言って、そうまでして俺の作品が読みたいんだろ」
「読みたい!毎回毎回、読むたびにるんって気持ちが抑えられなくなるの」
「そうか、『るんってなる』のが何かは知らんが、そうやって楽しんでくれるファン今、目の前にいて仕事を出してきたんだ…。だったら、引き受けなきゃ損だろ」
本当に馬鹿だ、そんな事は俺にも分かってる。それでも、こんなネタになりそうな事を逃してたまるか。
「それじゃあ、これでもっとるんって出来るんだね…」
幸せそうに言いながら、手足の拘束を解く誘拐犯。
拘束されていた部屋には窓が着いていたらしく、カーテンを開くと眩しい光が差し込んできて、部屋を明るく照らす。そして、誘拐犯の顔がようやく見えてきた。
「じゃあ自己紹介しなくちゃね、私は氷川日菜。これからいっぱい、いっぱいるんってさせてね」
明るく、夜空に煌めくような一等星の様な笑顔みせて笑った。
「あぁ、この『うるはら アカ月』こと、『漆月朱那』が最高にそのるんってさせてやる」
この日から俺は、このまだ名前しか知らない氷川日菜という少女の専属作家になった。でも今は、それでも良いと思えた。
知っている人は、どうもです。知らない人は、始めまして。
今回の話は、何か本当にふと思いついたものでどんな風になるかは決めていません。
もしかしたら、タグに居ない人がこれから増えるかもしれないですし?
新しい物語も始めさせていただきます。
こちらもどうか、宜しくよろしくお願いします。