執事が大好きなお嬢様は、どうにかして執事に構ってもらいたい。 作:龍宮院奏
「じゃあ、その人の所に行くなら。私も連れて行ってよね」
日菜の宣言を理解するのに、一体どれだけの時間を有したのだろうか。実際は、ほんの数十秒だけど。
「遠回しに俺に死を選べと言っているのか……?」
日菜はアイツに会ったことが無いからそんな事を言えるが、ただでさえ厄介なのに……。
「悪いことは言わない、やめておけ……。というか、やめてくれ……」
「何で、どうして連れて行ってくれないの?」
止めようと、それでも付いて来ようとする。
「理由は2つ。まず、お前がアイツと喧嘩してみろ。俺は金輪際仕事は出来なくなる」
「何で仕事が出来なくなるの?」
「アイツに神的イラストを描いてもらえなくなるから……」
アイツのイラストが無いと……。
「でも……、もし朱那が作家を辞めても家で執事として働けば……」
そんな日菜の提案を遮るように、湧き上がる怒りを押し殺し睨みつける。
「俺は作家なんだよ……。本来の仕事は物語を生み出していくこと、それが俺の仕事であり誇りなんだよ。それを簡単に辞めたくないんだよ……」
静かに、ただ思いを呟く。俺の思いは譲れないんだと。
一度深呼吸をして、気を沈めて次の理由を話す。
「次に、アイツは滅多に人に会おうとしない。何故か、自分の興味を示したもの以外は邪魔なんだと」
「どういう事?」
「『作品を描くのに、有象無象の音が聞こえるだけで集中できない』、『好きなもの以外が、私の世界に入ると吐き気がする』って言ってるが、簡略すると『仕事の邪魔が入るから、人と関わりたくない』、『嫌いな物があると、仕事に集中できない』と俺は解釈してる」
仕事は完璧で、誰もを魅了する作品を描ける。その反面で好き嫌いが激しく、徹底的なまでに人を物事を選別していく。
「何で人嫌いなのに朱那には会うの?」
日菜の質問の意味が理解できなかった。理解した、自分ではそう思えるもはっきりと答えは出てこなかった。
「仕事の関係だから?」
唯一思いついた答えがコレだった。もし他に理由が有るとしても、それはアイツの気まぐれな心に聞かないと分からない。
「絶対なんかある……」
信じていないようで、じっと見つめてくる日菜。
きっとこのまま話し合いを続けても、お互いに引く気は無いのだから意味がないか……。なら、聞くしか無いか……。
「この学校って、屋上に入ることは出来るか?」
あまりにも、先程の重苦しい会話とはかけ離れた会話に唖然とする。
「あるけど……」
「じゃあそこで、電話して聞いてみるよ。それでアイツの許可が降りれば付いて来てもいいけど、駄目なら家に帰ること」
一度は行く前に連絡をする必要は有ったのだ、だからその時に聞いてしまえば良いだろう。
「分かった。ちゃんと電話で聞いてくれるなら、結果はちゃんと認めるから」
日菜も、ようやく納得してくれたようで掴んでいた手を離してくれた。
「あ、そうだ。お前達も来るか?もし日菜が行くってなったら?」
この提案は、少しだけ無理があったかな?かなり無理があったの方かな?
「「「「え?」」」」
全員が驚きの声を上げる。
「だって……、漆月さん今あれだけ揉めてたのに」
「自分たちが行ったら、やっぱり迷惑なのでは……?」
今井と大和は遠慮していたが、湊と瀬田は黙っていた。
「向こうにしては、大変迷惑この上ないのだけれど……」
「なら、尚の事私達は行かないほうが……」
今井が最もな事を言ってくる。
「俺がアイツと何かあった時、日菜を一人にしておくのも不安なんだ……」
要するに、日菜の……。
「待ってよ!朱那さ……、それって……」
俺が今から何を言うのか察したのか、慌てて口を塞ごうとをする。
「ストレートに言えば、監視役。オブラートに包んで言えば、保護者役が欲しいんだ……」
口を塞がれる前に、何とか言うことが出来た。あ〜、悪かったって。だから、胸の辺りをポカポカ殴るな。
「どういう事ですか?」
大和が不思議と言わんばかりの表情で尋ねる。
「繰り返すようだが、俺とアイツが何かあった時、例えば喧嘩だの、部屋の掃除だの、飯を作ったりだの。何だかんだで日菜にかまけてられない時にだな」
日菜の頭を撫で回しながら言うと、張り詰めていた空気が和らぎだし、全員の顔に笑みが溢れる。
「でも、喧嘩とか分かるんですけど……後半は……」
笑いを押さえながら今井が質問する。
「あぁ、それはだな……。もし行くことになったら分かるよ……」
苦笑混じりに言うと、およそ予想がついたようで何も言わずに頷いてくれた。
話を続けていたら、予鈴が鳴ってから時間が立ってしまっていたようだった。時計を見て、みんな慌てて動き始めた。
「じゃあ日菜、ちゃんと聞いてくるから。授業、真面目に受けるんだぞ」
「分かってるもん、寝ないで授業受けます〜。るんっ!て来れば……」
「おっと、最後は聞き捨てならないぞ〜」
授業を寝てサボろうとする困ったお嬢様の両頬を、手でむぅっと押さえつける。頬が唇の方によって、見事なアヒル口お嬢様の完成。
「むぅ〜、はばして〜」
口元を押さえてるから、ちゃんと喋れなくて変な喋り方だな。
「じゃあ、ちゃんと授業に参加して来なさい」
「ぶぅ〜だ、しゅにゃのぶぅ〜だ」
反省する気も内容で、アヒル口で反抗を続ける。
「言っておくが、今井から後で聞くからな、瀬田にも。嘘着いたら、連れてかないからな」
「私に聞くんですか?」
「待ってくださいよ、そんな……」
責任重大な任務を言い渡され、慌てる今井と瀬田。
「協力してくれたら、美味いもん奢ってやる。何でも良いぞ、お菓子でも、レストランのフルコースでも」
「日菜が授業を受けているの見張るだけで、そんなに奢ってくれるんですか?」
「心の懐が大きい人だ……儚い……」
提案に多少は揺らいでいるようだった。
「ちょふぉ!りひゃちぃ〜、かおりゅくんまで〜」
これには日菜も、しょんぼりしていた。
「ハッハッハ〜、これが売れっ子作家の力なのだ〜!」
大人気もなく高笑いをしてしまう。
「あの〜……、時間大丈夫ですか?皆さん?」
大和が青ざめた顔で指をとある方へに向けていた。指差すを方には、教室の壁に掛けられた時計で……。
「友希那、次の授業の開始時刻って……」
今井が当たって欲しくないと願うように、湊に尋ねてる。
「たしか……、今から一分後のはずよ?」
湊は慌てることもなく落ち着いているが……、答えを聞いた残りのみんなは凄い勢いで荷物を纏め、机を元の位置に戻し始めた。
その早さ何と、目測15秒!女子高生って、どこかの『俺は天の道を行く』さんよりも早いのでは?と思うほどに。それにしてもだ、湊よ。お前も見てないで、動きなさいよ。
「よし、片付いた」
片付けを終えた今井が額を拭う。
「ほら日菜、教室行くよ!」
今井に手を引かれる日菜。
「え〜、嫌だ〜。あ、ちょっと待ってよ!」
今もなお授業を受ける気がないようなので、日菜が引っ張られると同時に顔から手を離した。
「薫は反対側を持って、これじゃ日菜がまた暴れるから!」
何かスーパーとかでよく見る、オモチャが欲しいけど買ってくれないから駄々をこねるも、母親に連れて行かれる……。
「全く世話の焼ける子猫ちゃんだ……」
瀬田の方も日菜の教室への連行を手伝っているが、明らかに日菜が暴れるせいで大変な事に成っているが……。
「ほら、湊さん。自分たちも行くっすよ」
「仕方ないわね」
こちらも大和に言われて、嫌そうに動き始めていた。
教室から出た瞬間にチャイムが鳴り響いた。廊下に出ていたので、日菜が最後まで抵抗しているのが見えたけれど、
「気のせいにしておこう……」
考えると頭が痛くなりそうなので、屋上を目指すことにした。
学校の見取り図が書かれた紙が無いかと廊下を歩いていると、先程のサイン会・暴動で顔を覚えられたらしく、扉の窓から顔が見えたのだろうか、毎度どこかを通る度に悲鳴が聞こえてくる。
「はぁ……、やっぱり来るんじゃなかった……」
溜め息が溢れるも、それもまた悲鳴で掻き消された。
やっとの思いで屋上に続く階段を発見し、静かに過ごせることに安堵していた。扉を開けて屋上に入る、風が吹き初め肌寒かったが落ち着く。
授業の邪魔にならないように、そっと扉を締めて給水塔の辺りに腰を掛けて、
『あら、アカ月先生じゃない。どうしたのかしら、今になって?』
俺の《別のお嬢様》に電話を掛けるとワンコールで繋がった。でも、声の様子からして、メチャメチャ不機嫌そうだった。
「あの、まずは謝らせて欲しいのだけれど……」
『嫌よ。貴方、自分の立場が理解ってるのかしら?何さらっと、どこぞの小娘の執事になってるのよ』
「……、ごめんなさい」
『そんな言葉で許してもらえるとでも、随分と軽く見られたものね』
素直な謝罪がさらに怒りの導火線に着火したらしく、
『大体ね、私という高貴なる存在が居ながら、何でそう……』
怒りは静まるどころを知らないようで、ずっと怒られ続ける。返事をしたら怒られるかなと思って返事をしなければ、それはそれで怒られて……。もはや理不尽だった……。
『はぁ……、まだ言いたいことは有るけど。それは会って直接言うわ、で、何の用なの?』
ようやく話を聞いてくれるのか……、でも後で怒られるんだ……。
「いや、出来なかったキャラの打ち合わせをしたいなと……」
最初から言いたかったことをようやく言えた。
『……、私が嫌だと言ったら?』
以外に即座に断られると思っていたのだが、少し間を置いてから返事が来た。
「何でも言うこと聞くのでお願いします。後、雇い主のお嬢様も連れていきたいです……」
『ほう……、頭を下げてお願いしておきながら、他の小娘を連れていきたいですって……』
向こうの怒りが、電話越しでも分かるくらいに強くなってきている。
『……、良いでしょう』
以外過ぎる反応に耳を疑ったが、
『但し、何もなしに承諾する気は無いけれど。今から言う条件を飲みなさい……』
やはりそう簡単には上手くいかず、でも条件付きでもまだ良かった……。良かったのだけれど……。
放課後、長い屋上生活を終えて日菜に電話を掛けようとしたその時、
「朱那〜!ちゃんと授業受けたよ!私頑張ったよ!ねぇ、褒めて褒めて」
扉が開いて僅かコンマ数秒で抱きつき、抱きついた勢いで倒れ込んでしまった。自由過ぎる行動に、日菜の前世は猫なのかと思えてくる……。頭痛い……、お腹痛い……。
「偉い、偉い……。よく頑張りました」
退いてくれる様子が無いので、とりあえず頭を撫でる。
「ふぁ……、気持ちぃ……」
「変な声を出すな……」
こんな所、他の奴らに見られたら誤解を……。
突き刺さる視線が降り注ぐと思ったら、無情にも今井達が居たのだった。
「えっと……、お邪魔しました……」
開けた扉を閉めて、その場で見たものを忘れようと離れようとするので、
「ち、違うんだ!これは、日菜が!」
誤解を解こうとするも、日菜が抱きついて離れない。
「漆月さん、お幸せに……」
何か悟りを開いた様に、満面の笑顔を浮かべて帰ってしまった。
扉が無情にも閉まり、再び日菜との二人きりになる。
「なぁ……、日菜……。お前の所為で、社会的に死にそうなんだけど……」
諦めて日菜を抱き寄せ、頭を少し雑に撫でる。
「日菜ちゃん知らな〜い。朱那は私の執事だから、私は朱那にこうして抱きついても良いの」
幸せそうに抱きつきながら、マーキングされるかの様に顔を擦り付けてくる。
「そんなものか」
「そういうもの」
何故か笑いが溢れ、日菜を抱きしめ、朱那抱きしめる。
「連絡の結果……、聞きたいか?」
「聞きたい。どうなの?どうなの?」
「条件付きで許しが出たよ、時間に来ないと俺に明日は無いって言われたけど」
「やった〜!これで朱那が浮気してないか、ちゃんと確認できる!」
一体どれだけ心配なんだよ……。
「じゃあ行くか?」
「うん、行く」
日菜が俺の上から動き、体が開放される。
夕暮れに照らされる屋上を後にして、これからもう一人の『お嬢様』に会いに向かうのだった。
お久しぶりです。
他の連載作品を書いていたり、別の案件で短編を書いたりしていました。
遅くなって、すみません。
しばらくぶりに書いたので……、どうですかね?雰囲気変わってますか?
短編がバトル物で、日常系のタッチを思い出すのに時間が掛かりそうです。
頑張って、今までの感覚を取り戻し!今まで以上のクオリティを出したいと思います!
今回もご閲覧いただきありがとうございます。
感想などがあれば、お待ちしております。