執事が大好きなお嬢様は、どうにかして執事に構ってもらいたい。 作:龍宮院奏
日菜ちゃんが大人しく行くはずが無いのです!
もう一人の『お嬢様』に電話越しに酷く叱られて、小枝以下のメンタルはポッキーする直前だった。だから日菜が抱きついてくるのを、抵抗せず自分も癒やしを求めて抱き返してしまった。
「ねぇ、ねぇ、おんぶして〜」
「駄目だ、階段でいきなりおんぶとか、危ないだろ」
屋上を後にし二人で玄関を目指している時に、『疲れたから、おんぶ!』と高校生らしからぬ発言をしてきた。それに考えたらアイドルなんだよな……、ありえない……。
「でも、さっき私が抱きついた時の朱那の顔、すっごく気持ち良さそうだったよ」
「っく……、うるさし……」
からかってくる日菜に反論を試みるも、実際に癒やされていたのもあるので強く反論出来ない。
これを好機と見た日菜は畳み掛けるように、さらなる追い打ちを仕掛けてくる。
「もしここでおんぶしてくれなかったら、『お嬢様』の前でずっと抱きついてるよ」
「……分かった、一階に着いたらおんぶしてやる」
「やった〜!」
『お嬢様』を取引材料に使うのは卑怯だろうが、ただでさえ機嫌が悪いのに……。目の前で日菜が抱きつけば、それこそ本当に俺に明日は来ないって……。
楽しそうに前を歩く日菜を見つめながら、向こうに行った時にどうすれば良いのか……考えただけで胃が痛かった。
「は〜い、朱那。おんぶ!おんぶ!」
一階に着くなり、すぐに先程の約束を果たそうと騒ぎ始める。まだ下校中の生徒たちが居て、日菜が『おんぶ』という発言をするたび視線が突き刺さるような気がしてならない。
「少しは待てよ、靴を履いて。せめてそれからにしろ」
視線に耐えきれず、靴を履いて玄関を離れようと急ぐ。靴を履き終え、あれを回収し……。
「靴履いたから、おんぶしてくれるよね!」
突如として背中に急激な重みと、何とは言わんが柔らかいのが背中に押し当てられた。二つの感覚が折り混ざり、頭の中が真っ白になってしまう。
「朱那?大丈夫?」
耳元で吐息が掛かるくらいの近さで、そっと囁かれる。
「だ、大丈夫だ……」
危ない、危ない……。こんな公共の場で意識をぷっつんさせて倒れるところだった。自制心を保ち、先程考えていたことを思い出す。
「日菜、また後でおんぶしてやるから。一回降りてくれるか?」
「え〜、せっかくしたばっかりなのに〜」
ぶ〜、と文句を言う日菜。
「何で降ろすの?」
「《相棒》を回収して、転がしてくるのにこの体勢だとキツイので……」
「《相棒》?……、あの乗ってきた自転車のこと?」
「そうそう、《相棒》を回収したいんだよ」
「どうしよっかな〜、何か素直に降りるのも嫌だな〜」
こういう所で面倒くさいことを考えてくるんだよな……。てか、早く行きたいのだが……。
「じゃあ、朱那が乗ったところに後ろから乗るか、私がその《相棒》?に乗るかのどっちかを選んでよ」
「お前が俺の《相棒》に乗るのかよ……」
「ちょっと、何でそんな嫌そうな顔するの」
だってお気に入りの自転車だし、壊されたら嫌だから。
心で思っていても、顔には出さないでいるつもりだったけれど。顔に出ていたらしく、思い切り両方のほっぺを抓ってきた。
「痛っ、おみゃえ!なにしゅんだよ!」
「だって今、なんか私に対して不穏な事考えた気配を感じたから。罰を執行したの」
「おみゃ、ほんちょうにいひゃいきゃら」
「じゃあ何か言うことないの?」
俺が悪いのか?いや、俺は悪くないぞ。自分の大事なものを何をするか解らない危険人物に預けるの拒否しただけ、至ってこれは正当である。だから、俺は謝らない。
「……」
日菜の言葉に答えることをせず、痛みに耐えながら一心不乱に《相棒》を探す。
反応が無いことがつまらなかったのか、日菜の抓る力が徐々に弱まってきた。しかし反面、抱きつく密度が増してくる。俺が喋らずに探し始めてから、本当に抱きつくだけで何も言わない日菜。
ひたすらに抱きつくのを落とさずに辺りを探し続け、ようやく《相棒》と再会を果たした。
「良かった……、盗まれてなくて……」
駐輪場の奥手の方の隅に駐輪されていた。鍵は外していたけれど、二重ロックを掛ける暇が無かったので盗まれるかと内心ヒヤヒヤしていたからホッとした。
「じゃあ、日菜。行くぞ」
鍵を挿し込み、ゆっくりと押していく。カラカラとチェーンが回転する音が、静かな空間で大きな音の如く響き渡る。
「……」
依然として、一向に喋ろうとしない日菜。
「俺がそんなに浮気するように思うのか?」
会話の種として、昼に俺が『お嬢様』に会いに行くと言った時の日菜の言葉を口にする。
「……」
「言っとくが、俺とアイツにお前が思うような関係は無いからな。毎回俺がアイツに怒られてばっかだし」
「……」
「アイツ、仕事始めた時から変わらなくてな。最初にあった日なんか、目がな。俺を見る目が、『この虫ケラ風情が、私に何のようかしら』みたい目でさ」
「……」
「大変だったんだよ。まずは仲良くなって貰うために、ひたすら話しかけたり。新井さんの協力を交えて、ご飯食べに行ったり」
「……」
「結局は、俺がアイツに認めて貰うための小説を書いて渡したんだけど……。『まぁ、及第点ね』だと、感想これだけだよ!俺が徹夜続けて、悩みすぎて一人部屋で発狂までしたのに……」
「……」
「けど、今はその甲斐あってか、アイツの神イラストが見れる訳だけど……。それにしても、本当に性格悪いよな。俺が打ち合わせでアイツの家に行くたびに『この部屋を綺麗にしなさい』って言ってきてさ……、慣れたよ、慣れちゃったけどさ……。掃除して、食事作って、洗濯物管理して、俺が何でかオカンの仕事してるんだよって!」
「……」
「だから、本当に俺とアイツに仕事でのパートナーとして、それ以上の関係は無いから。あと、俺は何処にも行かないから」
「……ゃ」
ようやく日菜の口が開いた。
「……約束」
震える声で、今にも消えそうな小さな声で、俺の背中にしがみつきながらそう言った。
「あぁ……、約束だ……」
同じように消え入りそうな声で、ただ日菜に聞こえるためだけに答えた。
自転車を一度停めて鞄の中身を漁る、中からあるものを取り出し……。
「日菜」
名前を呼んで、日菜が口を開けたところに先程取り出した物を投入する。
「なにっ……」
「俺の最後のアメだ、これ食べて自転車の件は諦めてくれ」
不意打ちでアメを口に入れられた日菜だったが、器用に口の中で転がしていた。
右の頬にアメを隠し、ニヤリと口角を持ち上げ笑う。
「仕方ないから、不問にしてしんぜよう。感謝するが良い」
「ありがとさん」
この時の日菜は何時にもまして上機嫌だった。それは俺がおんぶをしているせいなのか、それとも俺がアメをあげたからなのか……。自由気ままに、明るい笑顔の日菜。どれだけの物語を紡ぎ出そうと、きっとこの破天荒なお嬢様を書き表せないだろう。
「りさちー、隠れてるつもりでもバレバレだよ。薫くんも、ま〜やちゃんもバレバレだよ。友希那ちゃんに関しては隠れてるつもりなの?」
校門に近づくと、背中にコアラのようにしがみつく日菜が突如として口を開いた。
「いや、何処にあいつらが居るんだよ?向かいの道路の茂みに、
『しゃがんで隠れていたけれど、足が痛くてやめて木に隠れようと作戦を変更してみたものの、木が思った以上に細くてはみ出した制服の裾が見える』ちょっと考えが甘いのが一名見えるけど、後は居ないだろ?」
「居るよ、だって気配でわかるもん。あと、悲鳴で」
「悲鳴……。あ、そういうこと……」
悲鳴は、多分宝○で良いのだろうな……。
「ちょっと待ってて…」
「おい、何処に行く……だよ……」
背中から離れ、校門とは反対方向の何処かへと走り去ってしまった。待っててと言われたので、しばらくは様子を見ようと校門から少し離れた所に自転車を留めて待つこと数十秒。
「ぎゃぁぁァァ!!!」
凄まじい悲鳴が響き渡りました。
「はぁ……、今度は何をしたんだよ……」
フラグとしか思えない日菜の発言に注意していれば……。
頭を抱えて、その場にしゃがみ込む。一度深呼吸をして、覚悟を決めて自転車を再び動かしてゆっくりと歩き進んでいく。
「お〜い、日菜?大丈夫……じゃなさそうだな……」
校門を出て道路に出ると、一言で言うなら〘嵐の後〙だった。
まずは、顔を真っ青にしてへたり込む瀬田。慌てて看病する大和。道路を渡ってきたであろう湊に、しがみつく今井。このカオスな状況を見て、腹を抱えて笑う犯人であろう(確定的に犯人だけど)日菜。
女子高生が学校の前でこんな状態になっていて、それを見ている俺。もし先生が来たら、俺が犯人扱いされるだろうな。ならば、この場での最適解は……!
「じゃあ、俺買い物とかあるから。先に行くわ……」
《相棒》に乗って、この場を立ち去るという結論になった。
「待って、漆月さん……」
湊にしがみついたまま、一向に離れようとしない今井が話しかけてきた。
「何だ?先に言うが、この件に関して俺は一切の関係は無いからな」
全て日菜の独断で行った行為だからな。だから俺に責任を求めるな!
「そうなんですか……。まぁ、それはそうとして……。置いてかないでくださいよ!」
今井からのSOS信号を、
「だって、今のこのカオスな空間に俺が居たら、間違いなく犯人に疑われそうだから嫌だ」
バッサリと切り捨てる。
「貴方がやってないのは事実だとしても、原因となった日菜を止めなかったのには責任があると思うのだけれど」
今井に抱きつかれて、苦しそうながらに幸せオーラを放つ湊が正論で俺の心に殴りかかってきた。
「そ、それは……」
反論の余地を探して意識を彷徨っていると、
「薫さん、完全に気絶しました!」
「「「え!?」」」
大和から、一番ありえないお知らせがやって来た。
「あはは……、そんな笑えない冗談は……。え、本当に?」
笑って誤魔化せるものと思っていたが、大和の青ざめた顔を見て笑いが瞬時に消え飛んだ。
「本当ですよ、さっきから日菜さんが突いてるのに反応しませんし……」
指差す方では、日菜が枯れ木の枝で瀬田の体を突いて遊んでいた。
「朱那〜、見てみて。全く動かないよ」
日菜が枯れ木で突いても、ピクリとも動かないのだった。
よし、一旦落ち着こう。ゆっくり深呼吸……、す〜は〜、す〜は〜。だいぶ落ち着いてきたぞ。意識が冷静さを取り戻し、正常な反応が出来るようになったところで手始めに、
「日菜、まずは突くのやめなさい」
嫌そうだが、枯れ木の枝を捨てる日菜。
「大和、瀬田が好きなもの。何でもいいから言ってくれ」
「えぇ!えっと〜、えっと……。そうだ、コレなんかどうですか?」
瀬田を気絶から復活させるために、近場の大和に頼ったが……。いきなりスマホを取り出して、操作し始めたが……。
「これで多分、起きると思いますよ」
スマホに映し出された物を見て、一瞬戸惑っったが俺は瀬田について知らないから大和の判断を信じ、
「瀬田、起きろ。おい、起きろって!白鷺……、千聖(ちさと)?あってるよな読み方……。が、来てるぞ!」
わかり易い嘘を瀬田に言う。すると……、
「千聖!千聖が居るのかい!一体何処に!」
一瞬にして眠りから目覚め、周りをキョロキョロと見渡し始めたのだった。
「これこのように、何かに対して強い感情を持つ人に引き金となる言葉を掛けると起きるのであ〜る」
「「お〜!」」
日菜と大和は納得したようで驚き、
「いや、漆月さん。それって、極わずかの人にしか効かないんじゃ?」
苦笑いで否定を促す、それに頷く、今井と湊。
「そうだけど?これで効かなかった場合は瀬田のファンに預けて逃亡するつもりだったからな」
「「笑顔で言うことじゃないですよ(わよね)……」」
「何か女子なのにモテるのがムカつくから……。ファンに良いようにされるのも、人生の良い経験になるだろうし」
「理由が大人気ない……」
今井と湊からのとてつもないジト目での視線は痛かったけれど、いい感じに瀬田を弄れたのでプラマイゼロとしよう。
「瀬田も復活したことだし、日菜、氷川姉を呼ぶから、携帯の電話番号教えろ」
「え〜、朱那がお姉ちゃん呼ぶの〜」
「そうだけど?お前が電話するか?」
「まぁ、良いけど。多分出ないと思うよ、知らない番号からだから」
文句を言いながらも氷川姉の携帯番号を教えてもらい、自分の携帯に登録して電話を掛ける。
『もしもし、どちら様でしょうか?』
「あ、氷川姉。良かった、普通に繋がった」
三コール目にしてあっさりと繋がったので、日菜が口を開けて驚いていた。
『その声は……、執事ですね』
俺の声を聞いた瞬間に、声のトーンを下げるなよ。わかり易く嫌うなよ……。
『一体私に何の用ですか?』
「いや、俺これから仕事仲間の所に顔出さなきゃ行けなくて。そこでご飯食べたりすると思うんだよ」
『そうですか、では日菜と何か適当に食べ』
「それがさ、日菜が『浮気しないか見る』って事で一緒に行くことになってな」
『今なんて言いました?』
やばい……、氷川姉の声が更にワントーン低なってきた……。
「あ、あの……日菜が着いてくると言って聞かないので……」
『一応聞きますけど、仕事仲間さんの性別は?』
あれ?何で性別聞くの?だって今ちゃんと『日菜が浮気を監視するため』って言ったはずだけど……。
「女の人だけど?だから日菜が『浮気しないか』って言ってるんだが」
『念の為です』
「どういう……?」
『『女の人』と言っておいて、実は『男の人』で、日菜に手を出すのかと』
「俺はそんなゲスじゃないわ!何で俺がそんなことをしなくちゃいけないんだよ」
俺の好みはどちらかと言えば年上だし……。二、三歳上で、側に居ると落ち着く人で、優しい人。
『念の為と言ったはずです、それに私はまだ貴方のことを信用してないので』
「信用が本当に無いな、俺……」
『それで、待ち合わせ場所はどうしますか?』
「信用してないくせに来るんだな」
『べ、別に私は』
「分かってるよ、心配だってことは」
『なら同じことを言わせないでください』
「すまん」
仲が悪いんだか、良いんだか分からないな、この姉妹。
『ちゃんと謝罪の仕方があるでしょうが』
「へぇへぇ、申し訳ございませんでした」
『貴方、クビにしますよ』
「それは無理だな、俺の契約主は日菜だから」
自分の名前が出てきた瞬間に、すり寄って来るな。
『何でこう何時もいつも……』
おっと……、氷川姉もご機嫌斜めかな?
「それでだ、待ち合わせ場所はお前の学校の前で良いか?」
『……、構いません。今学校を出たばかりなので』
「それじゃあ、日菜の案内で行くから」
『では私は待っています』
「おう、それじゃあ」
待ち合わせの場所も決まったので、ようやく行けるな。
「日菜、氷川姉の学校に行くぞ」
無意識に頭を撫でる。
「お姉ちゃんも来るの!?」
「そうだ、氷川姉も来るぞ」
「わ〜い!」
「待ち合わせは氷川姉の学校の前だ」
「了解!それじゃ、早く行こう!」
我先に行かんと、俺の側を離れて駆け出し始める。
「あ、日菜。どこに行くの」
今井が後を追うように走り出し、湊もそれに続く。
「ひ、日菜さん!まだ、薫さんが……」
「全く…、自由気ままな子猫ちゃんだ……」
大和に支えられながら、歩き出す瀬田。
「お〜い、日菜〜。あんま早く行くなよ〜」
そして最後に日菜の背中に導かれるように、動き出す彼女たちに追いつくために自転車のペダルを踏み込んだ。
本当は今回で『もう一人のお嬢様・茨姫』を出そうと思っていたんですけど……。
つい筆の勢いが乗りに乗りました……、日菜ちゃんの話を書いてると楽しくて。
次回は必ず、必ず朱那が恐怖で震え上がる旋律の『茨姫』の登場回にしたいと思います。
今回もご閲覧ありがとうございました。
感想などお待ちしております。