執事が大好きなお嬢様は、どうにかして執事に構ってもらいたい。 作:龍宮院奏
「ここが我が家のキッチンで〜す!」
日菜の後を追いかけて辿り着いた部屋、一般的なダイニングキッチンよりは大きく設備も、素人ながらにも凄いのは一目見てわかった。
「でかいな……」
あまりの大きさに言葉を飲む。本当は作家としては駄目なんだろうけど……。でも、見たこと無いくらいに広いんだもん。
しかし、ここに来た目的は日菜と氷川姉に朝食を作ること。
「それで何か料理に希望は有るのか?」
「う〜ん?私は特に無いよ。だってまだ朱那の料理食べたこと無いし」
「まだ連れてこられたばかりだもんな……」
俺はサイン会の帰りに担当編集と打ち上げに行こうとしたところを、誘拐(強引な仕事のオファー)されて今に至るのだから。
だから日菜が言う通り実際問題、料理を食べて貰わないと好みがハッキリとしないのだ。
「まぁ、俺の出来る範囲で作らせてもらうよ」
「頑張ってね、これも私をるんってさせるために必要なんだから」
日菜は笑顔で言ってくる。
「はいはい、それで食材は有るんだよな」
「有るよ、この冷蔵庫を開ければ……」
冷蔵庫が一瞬開いたような気がしたが、すぐさまに扉が閉まった。
「おい、どうしたんだ?」
「う、うん?何もないよ?」
額から冷や汗を流しながら、わざとらしい作り笑顔をする日菜。
「もしかして、
『食材がある、って言ったけど。いざ開けてみたら、中身が何も無かった。どうしよう……。でもこのまま見せる訳にはいかないし……』とでも思ったのか?」
あんまりにも怪しいので、簡単な推測を立ててみた。
「え!何でわかったの、朱那ってエスパー!?」
そのまんまかよ!わかり易いな!
「お前、顔に出まくってるぞ。正直かなり、わかり易かったぞ」
「そ、そんなこと無いよ」
ぷくっ、とハリセンボンの様に頬をふくらませる日菜。
「じゃあ冷蔵庫の中身がどうなのか、見せてもらうぞ」
「あ、ちょっと待って……」
日菜が冷蔵庫を開けさせまいと立ち塞がるが、
「日菜、今度は一体何しているの?」
遅れてきた氷川姉がやってきた。
「お姉ちゃん!」
氷川姉に向かって一目散に走る日菜。
その瞬間に冷蔵庫に近づき、扉を開ける。
「あ、しまった……」
氷川姉に向かう途中で、こちらの行動に気づき声が上がる。
しかし扉にはすでに手を掛けていたので、冷蔵庫の扉をゆっくりと開かれた。
「何だ、空っぽでは……。って、何でこんなにフライドポテトの入った袋が有るの?」
「それは……私の……」
唖然とした表情で冷蔵庫を見つめる氷川姉。
そんな氷川姉をよそに、さらに冷蔵庫の中身を探索しておくが。
「他には……何もないだと……。あの、一つお伺いしてよろしいですか?」
ゼンマイ人形の様に、首をゆっくり騒ぐ氷川姉妹に向ける。
「あなた達は、今までどんな食生活を……」
冷蔵庫を見て心配になってきたので、聞いてみた。
「私は仕事で出されるお弁当とかで、後は忙しいから最近はあんまり家では食べてないな」
と日菜。
「前は家政婦の方がやってくれていたのですが、日菜の要望に耐えかねて辞めてしまって以来、私も日菜と同じ様なものです」
と真面目そうな雰囲気の氷川姉もそう言った。
てか、『日菜の要望に耐えかねて辞めた』って言うのはどうなんだよ。
つまりは二人共、『ここ最近は家でちゃんと食べていない』という事だった。
「はぁ……お前ら」
お大きな溜め息を付いて、次の質問をする。
「じゃあ、まともな飯を最後に食べたのは何時頃だ?」
氷川姉妹は揃って首をかしげ、悩むこと数十秒。
「多分1〜2ヶ月間位かな?」
「1、2ヶ月ほどだと思います」
見事に回答の瞬間が一緒だった。それを喜ぶ日菜と、嫌そうにため息をつく氷川姉。
「オーケー、オーケー。よし……」
流石にこれは……。覚悟を決めて、ある提案を日菜に持ちかける。
「日菜、今からこの時間でやっているスーパーに行って買い物をしてくるから。食費を幾らか出してくれ」
本来俺は作家であって、こんな事をする必要なは無いのだが。
今は雇われて日菜専属の作家兼執事であるため、雇い主にそんな不健康な食生活はさせられない。
今こそ綺麗な銀髪(白髪?)最強のおかん狐さんが言っていた、『1日3食50品目』を使うときが来たのだ。
あれを見てから、頑張って料理を覚えようとした。
とは言っても、お金は出して貰うんだけど……。だって今、俺の財布が何処にあるか解らないし。
「こんな朝早くからやってるお店はあるけど、ちょっと遠いよ」
突然の申し出に戸惑う日菜。
「どのくらいだ」
「歩いて20分位だけど」
「じゃあ、行ける。これだけじゃ、絶対体に悪い」
事実、一度俺は食生活の所為で、倒れて病院で入院したんだから。
「今からスーパーに行って買い物をして、ちゃんとした料理を俺が作るから」
1〜2ヶ月間もちゃんとしたご飯を食べていなんじゃ、さすがに心配だった。
「ちょっと待って、何であなたがそうまでするの?」
俺の事をやはり不審そうに見てくる、氷川姉。まぁ、それが普通だよな。
しかしその言葉に対して、真剣に。
「だって仕事だからな、俺は執事でお前の妹に雇われたこの家の執事。
『執事は主の為に全てを捧げて尽くすもの』って何かに書いてあったから」
「そんな理由で、私達の家の執事をやろうと言うのですか」
呆れているのか、怒っているのか、氷川姉の声は酷く冷たかった。
「別に、日菜の専属作家になった時点での付属の仕事みたいなもんだから。理由はなんであれ、仕事で有ることには変わりない」
受けた依頼は必ず遂行する、それは絶対だから。
「やっぱり、朱那は面白いよ。作家としてもそうだけど、こうして話しているの見るともっと面白い」
今まで会話に入ってこないと思っていたら、どうやら何かを取りに行っていたらしい。
「はい、これ」
手渡されたのは、茶色の封筒に入った現金だった。あ、以外に入ってる。
「前に居た家政婦さんはそんな事言ってくれなかったから、でも今朱那は、
『俺は執事でお前の妹に雇われたこの家の執事。執事は主の為に全てを捧げて尽くす』って言ってくれた」
日菜は何故か嬉しそうだった。
「確かに言ったぞ」
「その言葉を聞いて、さらにるんって!来ちゃったの……。だから信じて食費の管理を任せましょう!」
どうやらこの茶封筒の中の現金は、食費の全てらしい。
「おい!そんな簡単に良いのかよ」
さすがに自分で言っておいてなんだが、そんな簡単に預けて良いのか。
「今更、何言ってるの?ほら、朱那は私の専属の執事なんだから。私は朱那を従えて、朱那は私の為に仕事をする。それで良いんじゃないかな?」
言っていることは滅茶苦茶で、所々問題は有るように聞こえたが……。結局は、その通りだった。
俺は日菜の為に仕事をして、それに対して報酬を貰うんだから。何ら問題は無い、普通だったら『問題大有りだから!』と思うのだろが、どうにもここに来て日菜と話していると楽しくて仕方がないのだ。
だから仕事を受けたのだ。
「そうだな、それじゃあ俺がこの食費を管理してやる。常に最安値で、最高を出してやる」
「うん、宜しく頼むよ!朱那」
本当に気持ちの良いくらいの笑顔を見せてくる。
「それじゃあ、まずは買い出しに行こう!」
日菜は俺の腕を掴み、キッチンを飛び出した。
「待ちなさい、日菜。私もそれだったら行くわ」
氷川姉も着いていくことになり、最初の仕事である『朝食を作る』の為に、双子の姉妹の主と買い出しをすることになった。
それと、出かけるのは良かったのだが、日菜も氷川姉もパジャマだったので着替えてから家を出た。
今回は朝から、忙しく過ごす氷川家執事と氷川家のお嬢様たちでした。
やっぱり紗夜さんは、ポテトが大好きだということで……。
でも、お金持ったら意外とあるのかな?
今回も閲覧いただきありがとうございました。