麗「もう下旬なんだけど」
零「また作中の月日を現実が越えちまったのか」
卯「アハハ、流石遅筆作者...本編の方はいつ進むのかしら」
神「そう言えば作者Twitter解説したってマジ?」
麗「本編書かないであの鳥に時間取られてたら承知しない」
翔「えーっと、作者次第だとこの話も完結まで半年掛かる計算ですが、どうぞ...見てください、僕メインなんで!」
プロローグ ~時を翔る者~
二千三百十五年五月十八日土曜日、神奈川県
「今日のお祭り楽しみだなぁ♪ねっ!お兄ちゃん?」
まだ夏ではないのに白いワンピースに麦わら帽子を被り、お気に入りのキャラクターが描かれたサンダルを履いている。
「そうだね」
その少女を小走りに追いかけながら兄と呼ばれた少年が答えた。江流渡市には毎年夏の他にもこの季節に祭りが開かれている。そこまで大がかりな物ではないがこの少女にとっては楽しみで仕方なかった。
「だって、一年に二回もお祭りがあるんだよ!お得じゃない?」
底無しの明るさで太陽のような笑顔を見せる少女はいつも兄にそう言うのだ。お得と言えばお得だがそれは親の財布的にはお得とも言い難い。
「今日花火も上がるらしいし、先生達と見に行くんだからはしゃぎすぎて怪我するなよ」
「わかっ、てる~♪」
五歳の彼女はまるで自らを遮る物などなにもないというように道路を駆け抜けた。
この時は誰しも夢に見なかった。この純粋無垢な少女に降り掛かる災難の事を。その少女の名は
時神
※ ※ ※ ※ ※
二千三百二十二年五月十五日月曜日。神聖学園高校は文化祭の話で持ちきりだった。私学であり学力に問題がある生徒がほとんどいないという理由でこの学校には一年の間に文化祭と体育祭がそれぞれ恒例行事として存在している。
今年の文化祭は六月十日、十一日の土日で開催されることが去年から決定しており一ヶ月を切った今、爆破やテロ騒ぎで色々あった高校に活気を取り戻そうと生徒と教師が一員となって事前準備に精を出していた。
しかし一年三組の教室内で一人、時神翔だけが自分のクラスは何を催すのかという話し合いを横目に空を眺めていた。
「後、三日か...」
そうこう眺めている内にHRが終了し全員が席を立ちながら各々の部活に向かって行く。翔も机の中に入れっぱなしだったプリント類を鞄に詰め込みサッカー部の部室へと歩いて行った。
部室に着くと鞄を置いて制服を脱ぎ、ユニフォームへと着替える。ふと鏡に写る自分の身体を見ると四月の始めとは見違える程の筋肉が着いた身体へと変わっていた。
……一ヶ月でこんな感じになるのか...確かに先輩も筋肉凄かったし
エキスポで治療されていた時の零矢を思い出しつつもユニフォームに袖を通し、靴を履き替えグラウンドへと出る。そして柔軟体操をしていると監督が来てミーティングを始めた。
内容は今日の練習メニューや来週の練習試合のことなどこの前の金曜日に聞いたことがほとんどだったが、今日翔や他の人が妙に浮き足立っているのに監督は気づいていた。
「そしてお待ちかねの合宿先の発表だ!!」
この部活には五月に二泊三日の練習合宿がある。それが今度の金曜日の放課後からだった。毎回合宿先は直前に発表されるので部の先輩達はサプライズ感があって面白いそうだ。
「今度の金曜日からは神奈川の江流渡市だ!!」
「うおっ!?マジ?隕石シティじゃん!!」
「あれっしょ?隕石が落ちたっていう街!」
発表に間髪入れず何人かの部員が感嘆の声を漏らす中、翔一人だけが虚ろな目をしていた。
※ ※ ※ ※ ※
「ただいま」
「お帰り、翔」
七時前になって帰宅した翔に先に帰っていた麗華が出迎えた。既に薫も帰宅しているらしく夕食の準備をしていたということがその服装から見てとれた。
制服の上に家政婦のような白いエプロンをした麗華はさながら新妻のようで翔は少し幸福感を感じながらも合宿先の事を思い出し、顔から微笑を消した。
その微小な表情の変化を麗華は察したが特に言及することはなく靴を脱いだ翔とリビングへと入った。
「お帰り~翔。先に手洗って来なさい、後臭いから靴下も履き替えて...」
「母さん」
話の途中で翔が遮り
「次の金曜からの合宿先、江流渡だって」
と報告すると二人の間に沈黙が流れた。薫が鶏肉を炒める手を止め、それが油を跳ねる音だけがリビングに取り残される。
「あれ...ですよね。隕石が落ちた...所」
静寂を裂くように麗華がそう発言すると
「そうね」
と薫が応え、止まっていた時が動き出したかのようにその菜箸を持った手を再び動かした。今の異様な空気感は何だったのか、何かまずいことでも言ってしまったのかと麗華が狼狽えていると
「奏の事...少しは知ってますよね?」
と翔が麗華に質問した。
「一応、亡くなったって事はお父さんが言ってたから」
レオンに個人情報を調べあげられた時、当然奏の事も虹の王国には伝わっていた。五歳という若過ぎる死、それがこの時神家にもたらしたものは計り知れない。
だから麗華も自分から尋ねようとはしなかった。何故自分が翔の部屋の隣の空き部屋ではなく翔と同室なのか、何故自分がその部屋に入ってはいけないのかという意味を察した時も。
廊下に微かに香る線香の匂い。おそらくその部屋には仏壇が置いてあるのだろうと察するのにそう時間は掛からなかった。
「その奏が死んだ原因が江流渡市に隕石が落ちたことなのよ。次の木曜日が七回忌なの」
そう薫は言うと翔に目配せをした。その意図を読み取った翔が一度洗面所に消えると、しばらくしてリビングのドアから
「麗華さん、来てください」
と声が掛かったので麗華がエプロンを外して廊下へと出る。すると翔が立っていたのは例の部屋の前だった。その扉を開け麗華が中に入ると部屋に仏壇が置いてあり、そこに一人の少女の写真が飾られていた。
「もう家族ですから...隠し続けるのもあれですよね。僕の妹の奏は二千三百十五年の五月十八日に隕石が落ちて死にました。遺体も残ってませんでした。僕達は七年前江流渡市に住んでて当時はお祭りだったんです」
淡々と翔が麗華に説明する。まるで感傷に浸る事を避けるように。そうしなければ自分の中のものが押さえられなくなってしまう事を翔は知っていたからだった。
「後になってわかったんですが事故にはGDが関わっていたそうで...最初は麗華さんからそれを聞き出せればなんて思っててすみませんでした」
写真を見つめる麗華に翔が深く頭を下げるが麗華はいや、いいと一言呟きそのまま写真を見つめ続けていた。
麗華の瞳に映るその写真の少女には...見覚えがあった。その顔と共に麗華の中に七年前の記憶がうっすらと思い出される。
……隕石が落ちたあの日...私はあの現場にいた...
この思い出した事実を翔に言えばどうなるか。GDが関わっている奏の死、その現場に自分がいたこと。考えなくても麗華自身が奏の死に関わっている事は明白だった。
虚ろな顔で線香をあげ終わると、後ろから麗華の表情を見る事が出来ない翔は
「良かったら今度の木曜日に一緒に江流渡市のお墓に来てもらえませんか?奏もきっと喜ぶと思いますし」
と穏やかに麗華に告げるがその声は麗華には響いていなかった。
※ ※ ※ ※ ※
同日、神木宅にて。大学の講義を終え帰ってきた卯一がソファーに腰掛けながら零矢に文化祭について尋ねた。
「後輩クンのクラスは何やるの?」
「このままだと...屋台でしょうか、焼きそばとたこ焼きを一緒に販売するって言ってましたし」
どこか他人事のように説明する零矢に違和感を抱いた卯一は
「ひょっとしてお祭り苦手な感じ?」
と質問するが、零矢はそれを否定し
「苦手っていうか部活の方があるので」
と答えた。零矢がお茶でも入れようとお湯を汲むのを横目に卯一は考えに更ける。
……あれ?部活に所属してたって聞いてないけど...もうちょっと自分の事話して欲しいな...知りたいし
前にパートナーだと零矢に言われた時に胸が熱くなった卯一はまだ互いの事を余りわかっていない事に気がついた。とはいっても卯一も大学関連の事は零矢に話していないのでどっこいどっこいではあるのだが。
ジト目をして零矢を見つめているとその視線に気づいたのか零矢が
「あ、部活っていうのはですね...あんまりイメージないかもですけど生徒会執行部で書記を...」
「えっ!?ウソッ!!」
説明するのを生徒会という単語が聞こえた時点で卯一が遮った。自分の思い違いでなければ彼が在席する高校にその部活は一つしかないと。
……なるほど。勉強を見ている時、字が綺麗な方だなと思ったらそういうことか。あれ?
「え?でもキミはいなかった気が...」
「入ったの二年の後期ですから...って何で知ってるんですか?」
そこで卯一は前にエキスポで弥生にあった際に新しく生徒会に入った人物がいると聞いた事を思い出した。まさかそれが零矢の事であり、しかもかつての自身と同じ書記という立場まで被っているなど卯一は夢にも見なかった。
「案外後輩クンというあだ名は的を射ていたのか...」
「ん?どういうことで...熱ッ!!」
卯一の方を見ながら話していた為、湯呑みに注いでいたお茶が溢れ出していたことに気づかず熱湯を指に掛けてしまった零矢は慌てて冷水を出し指を冷やす。
「ちょっと大丈夫!?」
卯一が立ち上がって零矢の元に行こうとした時、ちょうど足下に転がっていたリモコンの電源ボタンを踏んでしまったらしくテレビが点いた。
「多分赤くなってるだけだから冷やせば大丈夫だと思うけど」
零矢の指を触りながら確認する卯一。自分より大きな手だと関心を示し観察していると
「ウィッチさん?もう大丈夫だと思うんですが...」
ずっと指に目を奪われていたので何か別の問題でもあるんじゃないのかと錯覚した零矢が卯一にそう声を掛けると、自分が手を触り過ぎていたことに卯一は気づきすぐに手を離す。
そして互いの中に何とも言えない空気が流れ始めた。その静寂を裂いたのは
(続いてのニュースです。三日後の五月十八日は隕石が神奈川県江流渡市に落ちた、いわゆるメテオデイから七年となります)
というニュースの一文だった。気まずくなった二人の視線は逃げる場所を探してほぼ同時にテレビを見つめる。
(もう七年になりますか。復興は進んでいるのか現場と中継が繋がっております。現場の江流渡局所属の草野さーん?)
※ ※ ※ ※ ※
(はーい、江流渡局所属アナウンサーの草野恵です。今年の五月十八日で七年となるメテオデイ。当時は都市機能が壊滅的になっていましたが、現在はそのほとんどが回復へと向かっています)
たまたま着けたテレビで江流渡が映っていたため時神家の四人は無言でその映像を見続けていた。
(もちろん悪いことだけではありません。隕石シティと呼ばれるようになったこの街は外国や外星からの観光客も多く、人気の街となり復興に拍車を掛けました。この右手からは二年前から開設された遊園地が...)
薫が無言でテレビの電源を切った。その表情を麗華が盗み見ると険しい顔つきで怒りを必死に押さえ付けているようだった。それは針太郎も同じだった。
「何が遊園地よ、人様の子供の捜索すらろくにしないで観光客に媚び始めて...この局アナだって江流渡のことを人気の街としか思ってないんでしょうね。本当に不愉快だわ」
「引っ越して正解だな、犠牲になった子の命を憐れむどころか金儲けに走ったんだ。あの街はもう腐ってるんだよ」
普段明るい薫から嘘のような低い声が出たかと思うと同じトーンの針太郎が続けて話した。戸惑う麗華に翔が奏が亡くなった後、街が隕石落下を金儲けにしようとする雰囲気に両親は嫌気がさして引っ越したことを話した。
元々東京勤めの針太郎はあまり関係なかったが江流渡の広告代理店に勤めていた薫は東京の支店になるよう取り繕ってもらったらしい。
テレビを消した後、翔は自身の携帯にメッセージが届いていることに気付く。内容は合宿先の下見で二年生の部長と副部長の二人と一年生が三人無作為に選ばれる。どうやら翔はそれに選ばれたらしい。
両親に明日下見で江流渡へ行くと報告した翔は一人自らの部屋へと戻る。その場の空気がいたたまれなく感じた麗華も逃げるように翔の部屋へと向かった。
※ ※ ※ ※ ※
五月十六日火曜日、僕は先輩と同輩と共に江流渡市へとやって来た。神聖駅から江流渡駅まで約一時間、今は十七時を既に過ぎている。
「じゃ、ちゃちゃっと済ませてどっか飯でも食いに行くか!」
現サッカー部部長
部の誰もが尊敬しているような先輩だが僕は他の人のように崇拝しているかというと普通である。
「全く部長は遊ぶ事しか考えてないんだから、報告するの俺ですよ」
副部長
僕はどちらかというと才能があってその地位に就いた吉川先輩よりも木羽先輩の方を尊敬している。
「夜とか抜け出して遊び行ったり出来ますかね?」
「バカやろう、コーチに捕まるぞ」
「あはっ、そっすよね」
軽い口調で吉川に話し掛けるのは一年の
上に兄と姉がいるらしく特に姉の方は真面目過ぎてウザいとたまに愚痴を吐いているところを見掛けるが、僕に言わせれば彼はサッカー漫画の主人公のような人物であり、自分から話し掛けようとした事はない。
「一人でどこ行こうってんだよ、俺も連れてけよ勝」
上杉に話し掛けるのは同じく一年の
いつも勝の近くにいるので友達だと言うことがわかるが僕にはどうにも取り巻きのように見えてしまう。こちらも変わらず僕から話し掛ける事はない。
大体僕には部活内に友達がおらず誰かと帰り際に喋ると言うこともあまりない。なので正直このメンバーでしかも江流渡を下見など時間の流れが長く感じるほど憂鬱だった。
そもそも新しく何か挑戦してみたいという気持ちでサッカー部に入部したが同級生はほとんど経験者であり、僕は技術から何から遅れをとっているのだ。
辞めたいと思ったこともなくはないし、このままでは僕の所属は良くてディフェンダー、最悪ベンチである。
「えーっと、時神で合ってるよな。さっきから静かだけど何か食べたい物とかあんの?」
「いえ、僕は家で食べるので。もしどこかで夕食を取るのなら先に帰らせて頂きます」
吉川部長の誘いをやんわりと断り気を立てられないように注意する。僕には夕食をこの人達と取る気は更々ない、なぜなら場所が場所だからだ。江流渡でなんてとても食事が喉を通らない。
そんな事を考えながら歩いて合宿先へと向かう途中に隕石が丁度落下した丘が見えた。元はもっと高く街を見下ろす事が出来、近所の人は丘ではなく山と呼んでいた場所だったそう、まさにその場所こそが忌まわしき場所である。
ふと、その麓の辺りに頂上を見上げる少女が目に入った。どこかで遊んで来たのか少し黒く汚れたワンピースを着た儚げな彼女は普通の女の子に見えるだろう。
しかしそんな小学生ぐらいの彼女には一つだけ違和感があった。首筋にくっきりと白いタトゥーが入っていたのだ。遠目で良くわからなかったが何かしらの模様が入っているのは明らかだった。
よくもまぁ日本でこの歳の少女にタトゥーなんかを入れる親がいたものだと他人事のように横目に見ながら僕はその場を通り過ぎた。
※ ※ ※ ※ ※
江流渡市某所、よくあるチェーン店のファミレスに初夏だというのにマスクにサングラスにキャップと少し暑そうな格好の女が入店する。
どうやら待ち合わせをしているようで店員が席に案内すると先に待っていたボサボサの髪に無精髭、不潔と言われても反論は出来なさそうな白衣を纏った男が座っていた。
「お待たせ、天野くん。やっとオフもらえて」
「一時間ぐらいならどうって事ないさ。今時のドリンクバー結構種類あってな、待ってる間に全制覇しちゃった」
とお互いに軽口を言い合い女は席に座った。薄いコートを羽織っていたが脱ごうとせず、出されたお冷やをストローを使って飲む。
「でも良いのか?今話題の女子アナがこんな不潔そうな男と付き合ってるだなんて知られたら人気がた落ちだろ...俺の稼ぎがもう少し良ければこんな場所じゃなくもっとお洒落なバーとかに連れて行けたのにさ」
「別に良いじゃない、私ファミレス嫌いじゃないわよ。それよりあなたはもう少しシャワーの頻度を上げるべきね、ここにも来れなくなっちゃうわよ」
「ハイハイ、テレビとは違って厳しいねぇ」
何を隠そうこの女性こそ、今江流渡で時の人となりつつある草野アナこと
「でもマジで気をつけなよ、どこかにカメラ持った人間とかいるかも知れないだろ?」
「バラエティの見過ぎよ、第一別にバレても良いじゃない、浮気だとか不倫しているわけじゃないんだしれっきとした純愛よ。アナウンサーが恋して何が悪いってんのよ」
「え、酒入ってる?」
「シラフだけど?」
「あっそう...俺何頼もうかな」
そう言うと男――
勿論スキャンダルすら出たことがない草野にとって、これがバレたら死活問題である。しかし、そう忠告する天野をよそに草野は堂々としていた。その態度に天野は惚れたのだが。
「お義父さんのことだけど、非難の目が向かないように掛け合ってるわ。メテオデイも近いしね」
草野は天野の父親である
死者や負傷者が大勢出たメテオデイの当日、天野星は子供たちを連れ、街を見下ろせる山へと登っていた。山といっても丘のようなものだったが、そこで星を観察する予定だったらしい。
彼は街では有名な科学者でよく子供向けに実験教室や工場見学を定期的に開催しており子供や親達からの信頼も厚かった。
だが事故当日子供たちをあの場所に連れていかなければ死ぬことはなかった、何故落下当時その場所から少し離れていたのかと八つ当たりのように責任を追及され、研究所を追われてその後行方不明になってしまった。
毎年メテオデイの近くになると失踪した天野博士の責任についての報道で持ちきりになってしまう。草野はその報道形態を変えたいと切望し、地道に努力を積み重ねテレビ局の顔まで上り詰めた。
そして多少なりとも手に入れた発言権を使い、報道される内容を博士の責任追及から復興へとスライドさせているのだ。
「ないとは思うがそのためにプロデューサーと...」
「そんなわけないでしょ!大体私が出世出来たのはあなたが支えてくれたのと私の努力のおかげ。他に誰の力も借りてないわ」
「悪い...その、本当にありがとな。親父の為に」
「別に、あなたに恩返しがしたいのよ。それにどうせ身内になるんだし」
草野はそうするとわざとらしく左手の薬指を擦りだし
「最近左手が物足りなく感じるのよね、せめて指輪でも着ければ変わるんでしょうけど」
と天野に話す。
「…わかった。次の誕生日に高い指輪買うから...な?ちょっと水取ってくる」
だが天野はその真意に気づいてない様子でドリンクバー横の給水コーナーへとコップを持って行ってしまう。そんなシワだらけの白衣の背中を見送ると、草野はため息をつく。
……もう、鈍感なんだから...ずっと待ってるのよ
まだ何も着けられていない左手を見ながら草野はそっと微笑んだ。
※ ※ ※ ※ ※
旅館やその周辺の下見が終わった頃には既に十九時を過ぎており、辺りは真っ暗になっていた。夏至が近いので先程まで明るかったがすぐに暗くなるものなのか。
帰り際にこの後どこで食べるかという話になってしまった為、僕は断り先に帰ると言って繁華街に行く部活仲間を見送ると、一人先程の丘へと戻る。
メテオデイの当日、隕石の警報を聞いた僕は奏を迎えに行こうと両親の制止を振り切りこの場所まで来た。しかし、子供の足で間に合うはずもなく僕はこの丘に隕石が落ちるのを見た後、落下の衝撃波で壁に叩きつけられ気づいたら病院にいた。
かつては山のように高かった丘も今では低くなったように感じる。今では隕石の落下地点という名所になっているが僕達遺族にとってはここは事故現場である。
研究の際に外国や外星から来た著名な科学者だか研究者だか知らないが、死者に手を合わせてるのを見るたびにそれは本心から思っていることなのかと疑ってしまう。
そんな暗い感情を抱きながら、頂上へ行く道である林道に入ろうとすると薄暗い林道から先程の少女がひょこっと出てきた。場所が場所だから一瞬幽霊かと疑ってしまう。
恐る恐るその少女に僕は話し掛けた。
「こんばんは、結構暗いけど君もこの丘に用があって来たの?」
近くで見るとその少女の髪や肌は風呂に入っていないのか少し汚れていてお世辞にも綺麗だとは言えなかった。言葉は悪いかもしれないが孤児という印象を受ける。
少女は虚ろげな目で僕の方を見ると
「七年前のこと知ってる?」
と聞いて来たので僕は頷いた。すると
「空の星がもうすぐ落ちて来るよ。七年前と同じ日に、同じようにこの場所に」
と意味深に呟いた。その言葉に圧倒され、どういうことだと少女に訪ねようとした時には辺りに彼女の姿はなく、僕の脳裏には彼女の首筋にある魔方陣のような白いタトゥーが焼き付いていた。
※ ※ ※ ※ ※
同時刻、江流渡市某所にて突如空間にヒビが入った。そしてそれを食い破るように侵略者の如く次元の
全身を黒いローブで覆った大柄の男が狭間から出ると、割れた空間は再び閉じ普段と同じただの風景と化した。
男は手に注射器のような物を持っていてそれをしばらく確認した後でポケットにしまう。そして江流渡に浮かぶ月を見上げた。しかし、その焦点は月ではなく夜空の星を眺めているようだった。
「ソニア...」
そう静かに呟くと男は人目につかない林道へと入っていく。そして何かを探すように森の中へと消えていった。
「ボス...!?」
「ふざけんな...」
「黙って見てな、翠女神」
「希望なんて意味がない、全てが無に還るって」
次回『Kick off the meteor day again』
「一緒に地獄へ堕ちようか。殺人者ども」