大佐殿…おっと、今はストレンジ4のナイーブだったな。
わかった、わかったからそんな目で見るな。
もう間違えたりしねえよ。
まぁ、それはさておきナイーブの話だ。
奴を最初に見た時の印象は…そうだな…チグハグ、だな。
この基地に送られてきた連中の眼は一部の例外を除いて必ず何かしらの負の感情を帯びている。怒り、不満、絶望、不安…そんな所だ。
無論それは俺も例外じゃなかった。
まぁ、サイレントとノイズはその例外に当たるわけだが…奴らは特殊すぎるからな。
少し話がズレたか。
話を戻そう。
件のナイーブだが、奴は普通とは少し違った。奴の眼には確かに負の感情が浮かんでいた。そこは普通の奴らと変わらない。だが、同時に奴の眼にはほんの少しの期待と希望があったんだ。
おかしな話だろう?
ここは最前線の、しかも"あの"611臨時航空基地だ。さらに奴は支援部隊ではなくストレンジ隊のファイターパイロットとして配属されてる。
ストレンジ隊の異名は有名だろう。
死の部隊。
正規部隊に属する部隊の中で最も殉職率の高い職場。
それがストレンジ隊だ。
さらに奴のコールサインはストレンジ4。
最も入れ替わりが激しいポジションだ。
一ヶ月以上ストレンジ4が入れ替わらなかったという話を俺は聞いたことがない。
だがしかし、願わくばナイーブには少しでも長生きしてほしいものだ。
俺は、奴が空を見る時の少年のような眼が結構好きなんだ。
mission1 補給艦隊襲撃作戦
***
全員集まったな?それではブリーフィングを始める。
知っての通り、先の侵攻作戦の成功により、我が軍はタイラー島南部飛行場の奪還に成功した。
ストレンジ隊にも相応の被害が出た。しかし、彼の犠牲を無駄にしないためにも我々はこれからの作戦を成功に導き、このタイラー島を奪還せねばならない。各自、肝に命じておいて欲しい。
このタイラー島を手にいれた者がこの戦争を制するのだ。
それでは、今回の作戦を説明する。
我が軍の偵察部隊がタイラー島北東部より接近する艦隊を発見した。報告から判断するにエルジア本国より秘密裏に送られた補給艦隊と見て間違いないだろう。
タイラー島にはアーセナルバードへの補給を行うサプライシップの発着場がある。恐らく基地とアーセナルバードへの補給物資を積んでいるはずだ。
南部飛行場を奪還したとはいえ依然として戦況は厳しい。奴らを見逃してやる道理もないだろう。
諸君らの任務はこの艦隊を壊滅させ、敵拠点への補給を阻止することだ。
敵艦隊に空母を確認したという情報は無いが、敵も当然我々の襲撃を予測しているだろう。
まず間違いなく無人機による迎撃が行われる。それを考慮した兵装で出撃しろ。
それからナイーブ、今回の作戦は君の試金石でもある。戦果をあげられない場合は相応の処罰を受けてもらうことになるからそのつもりでいるように。
以上でブリーフィングを終了する。
***
私がこの611臨時航空基地に配属されてからおよそ二週間の時が過ぎた。配属当初は荒れたよ。
極東の基地に異動になったはずが最前線に変更になったのだから。
最前線では数多くのパイロットが戦闘機に乗り、空を舞う。
翼のない私はそれを見る事しかできない。
それが私にとっては何よりも辛かった。
しかし、配属後の私に甘えられた役割はファイターパイロットだった。
タイラー島南部飛行場奪還作戦にて撃墜されたストレンジ4の代わりとして用意された補充要員。
それが、私がこの基地で与えられた役割だった。
補充要員でも構わない。
殉職率の高い死の部隊であろうと知った事ではない。
空に上がる事ができる。
かつての私が求めて止まなかったあの大空を自らの翼で自由に飛ぶ事ができる。
それが私にはたまらなく嬉しかった。
配属後、直ぐに訓練が始まった。
私に課せられた訓練メニューは全て体作りだった。
元より空戦に関する知識は常に最新のものを頭に入れていた。破れた夢に縋り付く様に惰性で続けていた事だが、そのおかげで私は今、空に上がるための最短ルートを突き進んでいる。
それだけはかつての己を褒めてやりたいと思った。
訓練は苛烈を極めた。
軍人としての体を維持するための最低限のトレーニングは日常的に行なっていたが、ファイターパイロットには持久力が必要だ。
故に訓練は必然的に走り込みが多くなる。
毎日20キロの走り込み。
この二週間ひたすらそれを繰り返し持久力の強化に努めた。
その結果、私は今日空に上がる。
『ナイーブ、君のコールサインはストレンジ4だ。確認し、復唱せよ』
「ストレンジ4、コピー」
『ストレンジ4、離陸を許可する』
「ストレンジ4、クリアードフォーテイクオフ」
スロットルを押し込み、加速する。
機体の加速と共に体が後ろに引かれる感覚。
離陸した瞬間の浮遊感。
エンジンの放つ力強い振動。
全てが心地良い。
目の前に広がる広大な空に、私は実感した。
とうとう、この空に上がってきたのだと。
『他のストレンジ隊メンバーが先行して空に上がっている。指定のポイントで僚機であるストレンジ3と合流せよ』
管制塔からの指示に従い、レーダーを確認する。他のメンバーは既に離陸し、現在南西を編隊を組んで飛行中の様だ。
『ストレンジ4、高度制限を解除。グッドラック』
同時にスロットルを押し込み加速。
この大空を自由に飛べる快感に浸りながら部隊への合流を行なった。
少し飛ぶと綺麗な編隊を組んだストレンジ隊を発見した。先頭を飛ぶのは大鎌のエンブレムをつけたF-16Cだ。
こいつがストレンジ1…
噂に名高い【死神】か。
『こちらAWACS、コンダクター。敵艦隊とはおおよそ70秒後にエンゲージ。全て撃破せよ。一隻たりとも逃すな』
「ストレンジ4、ウィルコ」
『ナイーブ、俺がお前の僚機だ。せいぜい落ちない様に気張れよ』
低い男の声。
僚機という事はこいつがストレンジ3なのだろう。TACネームは確かチューナー。
チューナーがそう言うと同時に、敵艦隊が姿を現した。物資を乗せた補給艦と思わしき艦船が4隻とそれを覆う様に護衛艦が7隻周囲を守っていた。
随分と大層な守りだ。よほど大切なものを積んでいるらしい。
「ストレンジ4、敵艦隊をーー」
発見、と続けようとした瞬間、私の通信に被せる様に通信が入った
『ストレンジ隊、全機に通達』
静かな女の声だ。
発信者はストレンジ1、サイレント。
一体何を言うつもりだ….
『早い者勝ち』
同時に編隊から二つの機影が凄まじいスピードで飛び出した。
一機は大鎌のエンブレムが刻まれたストレンジ1のF-16C、そしてもう一機は巨大なスピーカーのエンブレムが刻まれたF-16Cだった。
恐らくストレンジ2、ノイズだろう。
サイレントとノイズはその場で急降下。重力を利用し機体を加速させるとものの数秒で敵艦隊の頭上に到達し、爆弾を投下した。
『ストレンジ1、爆弾投下』
『ストレンジ2、爆弾投下!』
二機が投下した爆弾は同時に起爆し、即座に二隻の護衛艦を海の底に沈めた。
それが開戦の合図だった。
レーダーに複数の反応が出現し、同時にコンダクターからの通信が入った。
『敵艦隊より複数の反応を確認。喜べ狂犬ども、追加メニューだ。食い荒らして来い』
『ウィルコ。ナイーブは俺について来い!』
同時にチューナーがアフターバーナーを点火し、敵UAVの群れに飛び込んだ。遅れぬ様に私もアフターバーナーを点火。チューナーを追って敵機の中に飛び込む。
『ストレンジ3、フォックス2』
チューナーがミサイルを撃つ。同時に編隊を組んでいた無人機は散開し、迎撃行動に入った。
いよいよ空戦が始まる。
同時にコックピット内に耳障りな警告音が響いた。ロックオンアラートだ。レーダーを確認すれば私の背後には無人機が一機張り付いていた。
即座に回避行動を取るためスロットルを押し込み、急上昇する。間髪入れずに右に旋回し、敵無人機の背後を逆に取り返した。
今なら当たる。
「ストレンジ4、フォックス…」
ミサイルを発射しようとした瞬間、コックピットに先ほどとは別の警告音が鳴り響いた。これはミサイルアラートだ。
全身から嫌な汗が噴き出す。震え出しそうな腕を必死に抑え、フレアを発射しミサイルををやり過ごした。
しかし、ミサイルへの対処に意識を割きすぎてしまったためか、すぐにロックオンアラートがコックピット内に響く。
どうにかして振り切らねば。
スロットルを押し込み、さらに上昇する事で雲の中に入り、敵無人機をやり過ごす。
レーダーを確認し、タイミングを見計らってさらに急降下。敵無人機の背後を取った。
次こそ当てる。
「ストレンジ4、フォックス2!』
私の放ったミサイルは敵無人機に向けて真っ直ぐ飛び、着弾。敵無人機は制御不能に陥り、黒煙を上げながら海の中に沈んで行った。
『いいぞナイーブ!今夜はパーティだな!』
からかうようなチューナーの声が聞こえる。
一機落とした。
達成感から口元に笑みが浮かぶ。
だが、その一瞬の油断がまずかった。
コックピット内にミサイルアラートが鳴り響く。慌ててレーダーを確認するとすぐ後方に敵のミサイルが迫っていた。
さらに私を確実に落とすためか張り付くように飛ぶ一機の敵対反応。
あまりに突然の出来事のためか、私の思考が一瞬白く染まった。
ここであの無人機のミサイルが当たったらどうなる?
死ぬ。
私はこんなところで死ぬのか?
否。否だ。私はまだ、まだまだこの大空を飛び回りたいのだから。
まだ死ぬわけにはいかない。
「クソッ!」
フレアを展開。間に合うかどうかは賭けだったが、なんとか賭けには勝ったようだ。ミサイルはギリギリのところでフレアに着弾し、爆発した。
『邪魔』
女の声。
レーダーを確認するとサイレントの反応があった。太陽の中に入りつつ私の頭上から真っ直ぐに急降下してくるのがわかった。
『ストレンジ1、フォックス2』
爆発音とともに背後の無人機の反応が消えた。サイレントはそのまま降下を続けると海面ギリギリを飛び、ミサイルを敵艦隊に向けて発射。護衛艦をさらに一隻沈めた。
『大丈夫か、ナイーブ。あとでお姫様に礼を言っとけよ』
からかうようなチューナーの通信を無視し、私は敵無人機を追うためにアフターバーナーを点火する。
また一機の無人機を捉えた。敵の背後に張り付き、サークルの中央に敵機の尻を捉える。
「ストレンジ4、フォックス2」
私がミサイルを発射したと同時に巨大な爆発音が鳴り響き、青白い光が海上に四つ出現した。レーダーを確認すればターゲットである補給艦の反応が消えており、反応があった場所にはサイレントの反応があった。
どうやら4隻全てあの女が食い尽くしたらしい。
『敵補給艦隊の撃沈を確認。さすがだなストレンジ1。後は無人機だけだ。残さず平らげて来い』
コンダクターの通信と共にサイレントが空に上がる。
そこからはあっという間だった。
サイレントが編隊を組む二機の無人機と交差したと思えば二機が同時に黒煙を上げて海に沈む。ノイズはサイレントと張り合うように笑い声を上げながら敵無人機を追い、撃墜していく。
二機の動きを見ているとまるで移動する台風の様だった。彼女たちが通った後には撃墜された無人機の部品だけが残る。
『敵無人機の撃墜を確認。ミッション終了だ。全機、帰投せよ』
AWACSの指示に従い、基地へ向かって真っ直ぐに飛ぶ。
帰り道ではノイズがサイレントに執拗に絡んでいた。撃墜数を競いたかったようだが、短く返されるのみで相手にされていない。
そんなやりとりを聞き流しながら私は自分が自由に空を飛ぶこの一瞬を噛みしめるように味わっていた。
私はこの空を自由に飛ぶ翼を本当の意味で手に入れたのだ。
***
敵補給艦隊は壊滅。タイラー島拠点への補給を阻止することが出来た。戦況は依然厳しいままだが、これ以上悪化することは阻止できた。
諸君らの働きに感謝する。
これからも一層の尽力を期待する。
これでデブリーフィングは終了だ。各自次の任務に備えて体を休めてくれ。
それとナイーブ。
ようこそ、611臨時航空基地へ。
我々は君を歓迎しよう。
ストレンジ1=サイレント
ストレンジ2=ノイズ
ストレンジ3=チューナー
ストレンジ4=ナイーブ(マッキンゼイ)
AWACS=コンダクター
空キチマッキンゼイはやれば出来る子