初めて戦場の空に上がったあの日、私は空の恐ろしさを身をもって体験した。
鳴り止まぬロックオンアラートに接近するミサイルの存在を伝えるミサイルアラート。
撃墜された機体がもうもうとあげる黒い煙。
私が今までの人生において感じたことのないほどの濃密な死の匂いがあの空には満ちていた。
恐ろしいところだ、と思った。
死の匂いに満ちた恐ろしい場所。
きっと何人もの人間の命をこの残酷な蒼は飲み込んできたのだろう。
私は心底この空に恐怖していた。
だが、しかし。
私は耐えがたい恐怖を感じると同時にこの空はこの世界で最も澄んだ場所である、とも思った。
この残酷な蒼の前には全てが平等なのだ。
地位も人種も国籍も性別も全てが関係ない。
この空はそのようなしがらみを全て等しく無慈悲に飲み込んでいく。
『自由とはこの世界で最も残酷なものの1つだ』
遠い昔に聞いた言葉をふと、思い出した。
当時の私には彼が何を言っているのか全くわからなかったが、今ならはっきりと理解できる。
彼の言った通りだ。
自由の象徴たるこの大空は世界で最も無慈悲な場所だった。
mission2 サイレントとノイズ
私が初めて空を飛んだあの日から数日の時が過ぎた。あれから新たな任務が言い渡されるというわけでもなく、ストレンジ隊の面々は思い思いの時を過ごしていた。
私は出撃前と変わらずトレーニングの日々に明け暮れている。
いや、変わったと言えば1つだけ出撃前とは違う点がある。
「おう、精が出るなナイーブ」
トレーニングルームの入り口から入ってきた中年の男。
先の任務で私の僚機を務めた男、ストレンジ3のチューナーだ。
パイロットとしては何年も先輩と言うことになるが、年も近く比較的話しやすい男だ。
階級は私の方が上のはずだが…まぁ、今の私にはどうでもいいことだ。
話を戻そう。
彼とは先の任務の後開かれた私の歓迎会で話して以来共にトレーニングをすることが多い。
特に時間を合わせているわけではないがここでは彼と会うことが多い。
ここ数日でわかったことだが、チューナーはよく喋る男だ。いつも彼の口からは様々な話題が洪水のように溢れ出してくる。
そこでふと、思った。
この男は何のために空を飛んでいるのだろうか。
あの恐ろしくも美しい空をどんな想いを抱いて飛んでいるのだろうか。
そう思った時、基地内に耳障りなサイレンが鳴り響いた。
「敵襲か!?」
チューナーはそう叫ぶと同時に走り出す。
突然の警報に一瞬思考が止まるが、すぐに私もチューナーを追いかけるように走り出した。
基地内は緊迫した空気が流れており、そこら中から慌ただしく走り回る音と状況確認の声や怒声が響き渡っていた。
これはかなりまずい事態だ。
この611航空基地はタイラー島にも近い最前線基地だ。敵の攻撃も相応に激しいだろう。一刻も早く空に上がり、防衛行動を取らなければならない。
配属から2回目の出撃でスクランブルとは。
全身から嫌な汗が滴るのを感じながらガレージにたどり着く。扉の前で一度呼吸を落ち着けた後、扉を開けて中に入った。
「スクランブルだ!さっさと行け!バカ共が!」
私がガレージ内に入ると同時にガレージ内に男の怒声が響き渡った。
この声はブリーフィングの時にも聞いた指揮官のものだ。
一体何事かと思い声の方を見ると、そこにはお互いに五枚ずつトランプを持ち睨み合っているサイレントとノイズがいた。
2人の間にはバラバラに積まれたカードの小さな山ができている。
ずいぶん長くやっているようだった。
「少し待って欲しい」
指揮官の方を向きもせず、そう答えるとサイレントはカードを持ちノイズを見ていた。
「今日こそは勝たせてもらう」
そう言いながらサイレントは手に持つ五枚のカードを開く。
心なしか、サイレントの目がキラリと光った気がした。
そこにはスペード、ダイヤ、ハートの6にクラブ、スペードの8が並んでいた。
「フルハウス」
どうやらポーカーをしているらしい。
フルハウスといえばポーカーの中でも上から4番目に強い役だ。
確かにこれなら勝ちを信じるに足るだろう。
サイレントのカードを見たノイズは目を見開き、まだ開いていない自分のカードと場に出たサイレントのカードをせわしなく見比べると顔を伏せ、小刻みに震え始めた。
その反応を確認し、勝利を確信したのかサイレントの顔にも小さな笑みが浮かぶ。
「ククク…悪いな!」
ノイズが顔を上げ、カードを場に開く。
開かれたカードはスペード、ダイヤ、ハート、クラブの4にスペードの2だった。
「フォーカード。今日も俺の勝ちだな」
悪いなサイレント!と高笑いするノイズ。
そんな彼の様子を見てサイレントは呆然とした表情を浮かべた後、自分の役とノイズの役を何度も見比べる。
しかし結果は変わらない。
何の疑いの余地もなくサイレントの敗北だった。
「…………もう一回」
「スクランブルだと言ってるだろうが!さっさと行け!」
痺れを切らした指揮官が懲りずに再戦しようとするサイレントのジャケットを掴み、そのまま機体まで引きずっていく。
サイレントはノイズを睨みながら指揮官に引きずられて行った。
一方のノイズはと言えば子猫のように運ばれていくサイレントを見て大笑いしながら自らの機体に向かって歩いていく。
あまりの光景に何が起きているのか理解できず、一瞬思考が止まったがすぐにスクランブルであることを思い出し、私は慌てて自らの機体に走って行った。