『レーダーサイトが沈黙!』
『スクランブルだ!早く空に上がれ!』
2度目の空は随分と騒がしかった。
あの基地内での出来事を見ているからだろうか、それともスクランブルで出撃することが初めてだったために現実感がないからか、はたまたあの444基地での暮らしに慣れてしまったからか、あまり緊急事態であるという実感が湧かなかった。
『状況を報告しろ!』
『爆撃機が飛来!機数は不明!』
『ストレンジ隊、離陸を急げ!』
『ストレンジ4、聞こえるな?こちら管制塔。先に出撃したストレンジ3が現在時間を稼いでいる。今のうちに出撃してくれ』
ウィルコ、と返しながらエンジンを起こす。
私の乗るF16-Cが熱を取り戻していくのを感じる。
また、空に上がれる。
そう思うと私の胸の中になんとも言えない高揚感が広がっていった。
『ストレンジ4、離陸を許可する』
スロットルを押し込む。
機体の心臓が大きく鼓動し、同時に私は空へと上がった。
『ストレンジ4、高度制限を解除。グッドラック』
高度を上げ、基地を見回すとそこにはひどい光景が広がっていた。
滑走路付近に残る爆発痕に破壊された港湾設備から朦々と上がる黒い煙。
空には複数の敵機が飛び回り、見覚えのあるエンブレムを刻んだ機体が敵を散らすように飛んでいた。
『遅いぞナイーブ!悪いが今回は俺も手一杯だ!自分の身は自分で守れよ!』
通信と同時に、機内にミサイルアラートが鳴り響いた。レーダーを確認すると機影は友軍3機に対して敵が6機。
一度大きく深呼吸し、心を落ち着かせてから私は操縦桿を大きく傾けて旋回することでミサイルを回避した。そして即座にスロットルを押し込み、敵機から少し距離を取る。
『こちらAWACS コンダクター。侵入した所属不明の爆撃機を全機撃墜せよ。先の爆撃でレーダー施設を酷くやられた。各機の奮闘を期待する』
ウィルコ、と返答をして再度レーダーを確認する。
私から少し離れたところにチューナーの機体があり、その付近には1機、敵機の反応があった。
さらに離れたところにはサイレントとノイズがおり、彼女らはそれぞれ2機ずつを相手しているらしい。
さて、私はどう動くべきなのか。
そう考えていた時、ロックオンアラートが鳴り響いた。
背後を取られた。
続けてレーダーにミサイルの反応が表示されると同時に機内にミサイルアラートが鳴り響く。
この距離では回避は不可能だ。
操縦桿を傾けて急上昇し、同時にフレアを放出する。
ミサイルがフレアに着弾し、爆発音が鳴り響いた。
続けて再度操縦桿を傾け、機体を太陽の中に隠すように急降下し、敵の背後を取った。
「フォックス2!」
私の機体から放たれたミサイルが敵の機体を食い破らんと勢いよく飛ぶ。
しかし、敵もまたフレアを放出することで回避した。
一度仕切り直すようにお互い距離を取る。
その時、レーダーに新たな反応が表示された。
『敵爆撃機の反応を確認。ストレンジ隊各位は急行し、目標を撃墜せよ』
コンダクターからの指示が来る。
しかし、私も今目の前にいる敵の相手で手一杯だ。ここで爆撃機の迎撃に向かえば確実に落とされるだろう。
と、なれば答えは1つ。
「1秒でも早くこいつを落とすしかない」
一気にスロットを押し込み、機体を加速させる。敵も一瞬遅れて加速し、私の後に追い縋った。
高度計の数値が急激に上昇し、体にかかる重力が相応に増加する。
しかし、それに耐えながら私は加速を続ける。
高度計が2000を超えたところで反転。
再度、太陽を背に敵に向けて飛び込む。
先ほどと違うのは今度は正面から敵機に向かっているということ。
正面から迫る敵のF35-Cをサークルの中央に捉え、ミサイルを発射した。
「ストレンジ4、フォックス2!」
ミサイルを撃つと同時に操縦桿を傾け、急降下。
背後からは大きな爆発音が鳴り響く。
敵機は黒煙を上げながら急激に高度を落とし、やがて海の中へと消えていった。
やった。
高揚感に包まれるが、直ぐに目標の爆撃機が迫っていることを思い出し、私は目標の位置を探そうとレーダーを見る。
『フォックス2』
通信機からサイレントの静かな声が響く。
同時に、敵爆撃機の反応が消失した。
その後次々とチューナー、ノイズの通信報告が入る。
その度にレーダー状に表示される敵性反応は1つ、また1つと消失し、最後には全ての反応が消失した。
『全ての爆撃機の撃破を確認した。お前たち、よくやってくれた』
コンダクターから作戦終了の通信が入ったことで体から力が抜ける。
深い息を吐き、私は天を仰いだ。
今回も生き残った。
これで、また空へ上がることができる。
あとは帰るだけだ、とそう思っていた。
『まだ、終わってない』
サイレントから突然通信が入る。
いつもどおりの平坦な声だったが、しかしどこか緊張しているようにも感じられた。
『おいおい、どうしたんだサイレント。レーダーを見てみろ、もう敵は残っちゃいない』
ノイズが茶化すように話すが、サイレントはノイズを無視して続けた。
『何か、来る』
同時にコンダクターから通信が入った。
『いや待て、ストレンジ1の言う通りだ。レーダーにボギー1!凄い速さで近づいてくるぞ!総員警戒!』
『一体どこから出てきやがった!?レーダーに反応なんてなかったぞ!』
『総員回避行動!』
ノイズのぼやきをかき消すようにサイレントが突然叫ぶ。
何を、と思った瞬間、サイレントの圧に当てられたのかわたしは無意識のうちに操縦桿を大きく傾けていた。
直後、私の直ぐ隣を一発のミサイルが通り抜けていった。
「なんだ、今のは!?」
思わず叫ぶ。
ミサイルが隣を通り過ぎるまで一切気付くことができなかった。
『落ち着けナイーブ!なんだかわからんが敵がいるぞ!』
チューナーからの激が飛ぶ。
慌ててレーダーを確認する。
しかし、私のレーダーには何の反応も示されていなかった。
しかし、ミサイルの放つ雲の軌道の先。
そこにはナニカがいた。
「何だ、アレは…」
思わず口から漏れたのはそんな言葉だった。
現れた機体は全てが異様だった。
全体的に細長いフォルムを持つその機体は全身を真紅に染めており、主翼の付け根には大きなカナードがついている。
加えて異様な翼を持っていた。
V字に折れ曲がった特徴的な2対の翼はSu-47のような前進翼にも見えるが、常に変動し続け小さな調整を続けている。どうやら可変翼の機能も有しているようだ。
本来はガラス張りとなっており、パイロットが乗っているはずのコックピットは真紅の装甲に覆われており、とても人が乗っているようには見えない。
加えてコックピットを覆うその装甲にはダイヤ型の穴のようなものが空いており、そこからはカメラのレンズらしきものが見えていた。
本来なら所属やパイロットの誇りを示すエンブレムはその機体のどこを探しても見当たらず、その様がこの機体の異様さを際立たせている。
今までに見たことがないほどに不気味な機体がそこにはいた。
これは人を乗せて空を舞う戦闘機なのか…?
そんな疑問が脳裏を過ぎる。
しかし、そんな私を現実に引き戻したのはサイレントの通信報告だった。
『フォックス2!』
完璧なタイミングだった。
どれだけの腕を持っていようとこれを避けることは現行の戦闘機では不可能。
そう思えるほどに完璧な射撃タイミングだった。
しかし、直ぐに私は考えを改めることになる。
速度1000程でこちらに接近していたボギーは急激に加速し、上昇。
自身を撃ち抜かんと背後から迫るサイレントのミサイルを引き離した。
そう、サイレントのミサイルを純粋な速度で引き離したのだ。
『何だあの加速は!?人間の耐えられる速度じゃないぞ!?』
チューナーの悲鳴のような声が機内に響く。
直後、ボギーがこちらに向け翼を動かしながら突撃してきた。
『ナイーブ!何とか逃げろ!』
「クソっ!」
ボギーを振り切らんと操縦桿を傾け、スロットルを全力で押し込む。
最大加速。
地球の重力がわたしの体を貫く。
しかし、かまわない。
真っ当な動きではこの化け物から逃れることはできない。
しかし、ボギーは私の必死の抵抗を嘲笑うようにピッタリと背後に張り付いた。
ロックオンアラートが鳴り響く。
「クソ、クソクソクソッ!」
死んでたまるか、と言う思いを振り払うようにアフターバーナーを点火して加速しつつ操縦桿を激しく動かす。
しかし、必死の抵抗も虚しくボギーを振り払うことはできない。
しかし、ここであることに気づく。
ミサイルを撃ってこない。
ボギーは私の背後に張り付いたままロックオンをするのみで、なぜかミサイルを撃っては来なかった。
「こいつ、遊んでいるのか!?」
私が死の恐怖を超えるほどの怒りを感じたその時、私とボギーの間を通るようにミサイルが発射された。
撃ったのはサイレント。
また助けられてしまったようだ。
『ナイーブ、下がって』
サイレントは一気に機体を加速させ、ボギーに接近する。
『フォックス2』
サイレントがミサイルを撃つとボギーは急激に速度を落とし、腹を空に見せるように反転。機首にサイレントが撃ったミサイルを捉えると、サイレントに少し遅れてミサイルを撃った。
直後、サイレントの撃ったミサイルとボギーの撃ったミサイルが衝突。
大きな爆発を起こした。
『あいつ、ミサイルをミサイルで迎撃したのか!?』
ノイズの茫然とした声がコックピットに響く。
あまりに非現実的な光景に、私は茫然とすることしかできなかった。
サイレントとボギーはその後睨み合いを続けるが、直ぐにボギーが反転し、先ほど見せた急激な加速で雲を切り裂きながら蒼穹の彼方へ消えていった。
「アレは一体何だったんだ…」
私の口がそんな言葉が漏れる。
『分からない。分からないが、今はまずこの戦場を生き残ったことを喜ぼう。よくやったな、お前たち』
私の言葉に応えるように無線から響いたコンダクターの言葉が響いた。